表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/34

第三十一話

「アリア、驚かせてすまない。重ねて謝罪するよ」


 騒ぎ立てる様子のないカイルに少しだけ安心したのか小さく頷いたアリア。

 少女は黒猫にしたように声を出したりはしなかった。


「あー…さっきの黒猫は君の、友達…かな?」


 カイルは何と声をかけるべきかと思いつつ放った黒猫という言葉でアリアはまた体を硬くした。

 内心で失敗したと反省しながらも、ロブたちに話すつもりはないことを告げて、再び警戒を解いてもらう。


「えっと、アリア…さっき喋っていたように見えたんだが…」


 何が警戒度を上げるかわからないが、少女の前に姿を表した手前、無言で去るわけにはいかなかったため、気になることを聞くことにした。

 少女は沈黙を保ったままだった。


「もしかして…何か話したくない理由があるのかな…?」


(んー…なんと声を掛けるべきか…)


 カイルが考えを巡らせている間も、少女は答える素ぶりはない。

 言葉が続かないと思いながら辺りを見ると生活感があった。


「君は、ここで暮らしてるのか…?」


 少女もカイルの視線を追うように倉庫内を見ると、少し経ってから微かに頷いた。

 声は出さないが答えてもいい範囲だったようだ。


「そうか…家の中に部屋があると思っていたが…」


 少なくともロブたちはアリアをその部屋に行くように言っていた。

 しかし少女がそう答えた以上はそれが真実なのだろう。


 倉庫の中にはわずかに置かれた服や食器に粗末と言ってもいい寝床。

 どう考えてもまともな生活ではないように感じた。


(ロブさんたちが命じたのか?)


 やはり少女は話さないため詳しくは解らない。


「そ、そうだ、さっきの黒猫には名前があるのか…?」


 少女が話しやすそうな話題に変えることにした。

 すると、何かを発しようと口を開いたため、返答を期待するがやはり何も言わず俯いてしまう。


 目の前の少女を見ると、髪や肌は荒れていて、栄養をしっかりと摂れているわけではなさそうだ。


(……やはり、何か理由があるんだろうが、全然わからんな…)


 理由がわからない以上、人の家の事情に踏み込むべきではないと思う。

 だが、カイルのお節介な性格は放って置けなかった。


「アリア…答えなくてもいいから聞いてくれ」


 目線を合わせるためにしゃがみ込むカイル。

 カイルの言葉に少女が顔を上げて頷いた。


(ここにいて、辛く…いや…)


 きっと思った答えは返ってこない。

 それを責めるわけでは決してないが、カイルは簡潔に自分の考えを伝えることにした。


「もし良かったら、ここを出て、俺と一緒に来ないか?」


 冒険者である以上、ずっと連れ回すことは出来ないが、街に行けば、少女に今よりマシな生活を送らせるだけのツテも余力もある。


 答えはない。

 前髪に隠れた瞳が何を思っているかもわからない。

 気がついたら少女の足元には黒猫が寄り添って、少女を見上げていた。


 しばらくして、少女は俯きがちに首を横に振った。


「…そう、か」


 断られたことに若干のショックはあるものの、それが少女の選択であれば尊重するべきだ。

 カイルは内心を隠しながらも告げる。

 

「また、近くに来たら顔を出すよ」


 カイルは口の端を上げて笑う。

 少女を近くで見守ることは出来ないが、何かあったら力になることを心の中で決意した。


 そして、邪魔をしたことを詫びると踵を返して、倉庫の扉に手を掛ける。


「…あ、ありがと、う…ござい、ます…」


 扉が締まる瞬間に、少女の声が耳に届いた。

 それは一音一音、踏み締めるように発せられているようだった。


―――――――――――――


 カイルの去った後の倉庫には静寂が戻った。

 アリアはしばらく動かなかった。

 やがて足元の黒猫を抱き上げる。


「……」


 黒猫だけが静かに喉を鳴らしていた。


(…怖い人じゃなくて良かった)


 男に見られたときは全てダメになってしまったと思ったアリアだったが、どうやらグリモアのことは黙っていてくれると言っていた。

 その瞳には嘘はないような気がした。


(それに、一緒に来ないかって…)

 

 アリアにはカイルに一緒にここを離れることを提案された理由がよく分かっていなかった。


(…ナタリア母さんと離れるのは、嫌だな…)


 確かに自由もないし、理不尽に怒鳴られることも多く環境としては悪いが、食事も与えられ、寝る場所もある。

 他に比較が出来る対象が存在しない暮らしで正常な判断も出来なかった。


 カイルの誘いを断ったのはそう言った面もあるが、ナタリアの存在も大きかった。

 アリアがちゃんと言うことを聞いて、絶対に声を出さなければまた、優しくしてくれるかもしれない。

 そう思わずにはいられないのだった。


 アリアにとっておかしいことはない生活。

 それでも胸の奥が少しだけざわついていた。

 訳がわからないまま、アリアは黒猫を抱きしめる。


 その温もりを感じているうちに、違和感は静かに沈んでいってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ