第三十話
ロブの乾杯で、ジョッキの中を少しだけ口に含むカイル。
目の前のロブは喉を鳴らしながらエールを飲み干していた。
ナタリアはロイドを見守りながら自分も食事を始めた。
食事が始まると、ロブは森での出来事を改めて話し始めた。
異常な魔獣のこと。
カイルが現れなければ死んでいたこと。
奇跡的に果実が一つだけ残っていたこと。
その度にナタリアは驚いたり、胸を撫で下ろしたりしていた。
一方で、話題は自然とカイルのことにも移っていく。
冒険者という仕事や魔獣討伐の依頼など街から離れた場所では聞くことの出来ないこと。
ロブは酒を飲みながら興味深そうに聞いていた。
途中、カイルはナタリアの足について尋ねたが、彼女は「昔、ちょっとね」とだけ曖昧に笑って誤魔化した。
また、カイルが一番気になっているアリアについても聞いた。
ロブたちとは似ていないこと。
どうして話さないのかということ。
「あいつは拾い子なんだよ。昔、酷ぇ目に遭ったらしくてな……それ以来、まともに喋れなくなっちまったみてぇでよ」
ロブはそう言ってエールを煽った。
それ以上は踏み込むなという空気を感じ取り、カイルも深くは聞かなかった。
そうして時間は何処かぎこちなく、ゆっくりと過ぎていった。
その後も話は続いていたが、食事の終わりが見え始めた頃にロイドが椅子の上でうとうとと船を漕ぎ始めたため、カイルがいる小規模な食事会はお開きとなった。
ロイドはロブに抱えられて寝室に連れられて行った。
「すまないねぇ…お客様なのにさ」
カイルに運ばれていく食器を眺めながら、ナタリアは感謝の意を込めて謝罪をした。
「いや、こちらこそ、沢山ご馳走してもらったからこれくらいはさせて貰わないと罰が当たるよ」
戯けたように言うカイルに、ナタリアは吹き出した。
「ありがとう、カイルさん…本当にね」
改めて礼を告げるナタリア。
そこには食器を運ぶこと以上の物が含まれていた。
カイルが言葉を返そうとしたとき、ロブが寝室から出てきて、ナタリアに小さく声を掛けた。
ナタリアは頷いて立ち上がる。
「カイルさん、少し席を外すよ」
ナタリアはアリアの様子を見に行くと言って、少女が入った部屋に消えて行った。
カイルは何も言わずに2人のやり取りを見守ると部屋の中に意識を集中しようとした。
「カイルさん、もう一杯飲もうぜ」
その時、席にドカっと座ったロブが、エールが入ったジョッキを掲げるとカイルに言った。
全ての食器を運び終えていたカイルは部屋の中に意識を向けることを諦めて再び着席する。
しばらくしてからナタリアが部屋から出てくると、エールを飲んでいるロブを見てわざとらしく溜め息を吐いた。
「あまり飲みすぎると明日が辛いよ、ロブ」
そう言われたロブは肩をすくめると観念したようにジョッキから手を離した。
ロブの顔はかなりエールが回っているのか真っ赤になっていた。
―――――――――――――
ロブやナタリアが寝静まった深夜。
カイルは家の外で水を飲んでいた。
周辺は月の明かりに照らされて、そこまで暗いという印象はなかった。
木々が風で揺れて葉が音を立てる。
軽い酔いを押しのけるようにもう一度水を掬って顔を洗う。
深呼吸をして澄んだ空気を取り込んでいると、家の扉がそっと開いた。
カイルは少しだけ息を殺すと、家から出てきた存在に意識を向けた。
それはアリアだった。
少女はカイルに気付くことなく何処かに歩いて行く。
(どうしたんだ…?こんな時間に…)
カイルは声を掛けるか迷ったが、バレないようにアリアの後を追いかけることにした。
自分が感じていた違和感について少女が向かう先に何かヒントがあるような気がしたのだ。
少女が向かった先は敷地内にある倉庫だった。
先ほどは見えなかったが、手にはパンが握られている。
音を立てないように倉庫の扉を開けて中に消える少女。
カイルはそっと近づいて、扉の隙間から中の様子を伺った。
(…猫か)
月明かりに浮かぶシルエットは一匹の小さな黒猫だった。
少女の足元に纏わりついて甘えるように小さく鳴いている。
少女は黒猫に視線を合わせるように座ると頭を撫でた。
その顔は、出会ってから表情が乏しかった少女とは似つかないほど優しい笑顔を浮かべていた。
「グリモア…遅くなって、ごめんね」
少し掠れた声がカイルに届いて、耳を疑った。
食事の際にロブたちが言っていた言葉。
(酷い目にあって、まともに話せないと…)
心の何処かでそれが本当ではないと思っていたカイルにショックはない。
しかし、何故そんな嘘を吐いたのかが気になった。
(これ以上、ロブさんたちに探りをいれても無駄だろうしな…)
ナタリアは兎も角、ロブに尋ねても答えは変わらないだろう。
意を決してカイルは扉を静かに叩いて、自身の存在をアリアに知らせる。
ビクッと肩を跳ね上げさせた少女は震えながら黒猫を隠すように振り返った。
「驚かせてすまない…あー、俺1人なんだが、中に入ってもいいか…?」
これ以上、少女を驚かさないように声を掛けて存在を明かす。
返事がないためそっと扉を開けると黒猫はおらず少女だけだった。
扉を開けるために一瞬だけ目を離した隙に見えない場所に隠れたようだった。
気配を探るにもうまく探ることが出来なかったので、両手を挙げて倉庫に入って、目の前の少女に更に声を掛ける。
「アリア、驚かせてすまない。重ねて謝罪するよ」
騒ぎ立てる様子のないカイルに少しだけ安心したのか小さく頷いたアリア。
少女は黒猫にしたように声を出したりはしなかった。




