第二十九話
柵の中に足を踏み入れるカイル。
敷地内の畑や井戸、倉庫は随分と草臥れて見える。
「ナタリア、帰ったぞ」
ロブはそう言いながらドアを開けて中に入る。
カイルもその後に続いて、最後にアリアがドアがパタンと閉めた。
「おかえり、ロブ。どうだったん…」
家に入った途端、シチューが煮込まれる匂いが漂う。
キッチンでナタリアが鍋を混ぜている姿が見える。
開いたドアの音とロブの声に手を止めると振り返った。
そしてロブに声を掛ける途中、その後ろに立っている見慣れない人物を捉えて言葉を止めた。
「こちらは、どなただい?」
ナタリアが視線を外さないままロブに尋ねる。
その顔は突然の見知らぬ存在の登場に緊張しているようだった。
「あぁ、この人はカイルさんって言ってな」
そう切り出したロブは森で起こったことを簡単にナタリアを話した。
「そんで、まだ危険があるから送るってな」
ロブの説明ではいまいちピンと来ていなかったナタリアであったが、助けてもらったということは理解できたのか緊張を解いたようだった。
「それじゃあ、お礼をしないといけないね。カイルさん…私はナタリアって言うんだ。大したものは出せないけどご馳走させておくれよ」
ナタリアは先程まで混ぜていた鍋をチラッと見ながらカイルに告げる。
「いや…2人を無事に送れたから…どうしようか…」
「まぁ、助けてもらったんだ。一食くらい付き合ってくれよ」
カイルが彼女の申し出を一考していたとき、ロブが遮るように軽く言った。
「ロブさん……わかった、お言葉に甘えるよ。ありがとう」
2人の誘いをこのまま跳ね除けるのは簡単だったが、カイルが感じていた違和感が未だ拭い切れていないこともあったため、誘いに乗る。
「よし、決まりだね。アリア、案内しておくれ」
そしてナタリアは手を叩いて、動き出すように促した。
ロブはリュックを置いてくるからと2人から離れる。
残されたカイルは、同じく残されたアリアを見ると、少女もカイルを見上げる。
アリアが静かに頷くと踵を返した。
カイルも追いかけるように少女の後に続いた。
―――――――――――――
井戸に辿り着くとアリアは桶を手にして井戸の中に落とす。
「あ、俺がやるよ」
アリアが反応せずにいるとカイルは半ば奪い取るように桶に取り付けられた縄を握る。
大した抵抗もなく縄はカイルの手に渡った。
縄を握り直して、井戸から桶を引き上げていく。
程なくして地上に姿を表した桶には目的通り水が満たされている。
「先に使ってくれ」
カイルは桶を掴むと地面に置くと、一歩後ろに下がる。
アリアは少し動きを止めて、無言でカイルに頭を下げる。
そして桶の前にしゃがみ込んで、水を掬う。
汚れを洗い流すように何度か手を擦ったあと、立ち上がって再びカイルに頭を下げると後ろに下がった。
カイルも会釈を返すと水に手を伸ばして、汚れを流す。
綺麗になった最後に水を口に含むと、冷たい水が喉を過ぎていった。
「ふぅ…待たせたな」
手を洗うのを待ってくれていた少女に声を掛ける。
少女は家を指差して歩き出すとカイルも足を動かす。
会話はなく、最低限の意思疎通だけであった。
「アリア…君は…」
――本当に話せないのか?
違和感の一つである疑問を咄嗟に飲み込んだカイル。
気になってしまったことを放っておけない性格なのは自覚しているが、少女にこれを聞くことは無神経に過ぎると思ったのだ。
幸いなことに少女の耳にはカイルの言葉は届いていなかったのか、反応することはなかった。
カイルはホッとしながらも自分の軽率さを恥じる。
少なくとも今日は余計なことを口走らないようにと心に刻み込む。
―――――――――――――
「カイルさん、こっち座っておくれ」
ロブの家に入るなり、ナタリアが声を掛ける。
カイルが着席したとき、奥のドアが開いて中からロブが出てきた。
腕の中にはグズグズと機嫌が悪そうにしている幼児が収まっている。
カイルは隣にいるアリアがビクッと肩を跳ね上げて硬直する気配を感じた。
「アリアはちょっと疲れてるみたいだし、部屋で休んでおいで」
ナタリアは目を細めてロブを見ながら、アリアに言う。
アリアも俯いてはいるが、ナタリアを上目遣いで見ているようだった。
「疲れてるだろう?」
ナタリアは優しく言う。
だが、有無を言わせない響きも混ざっていた。
アリアは困ったように視線を落とす。
「ほら、ロイドも今日は機嫌が悪いみたいだしね。あとで食事を運んであげるからさ」
そう言ってナタリアは、アリアを食卓から遠ざけるように、先ほどロブが出てきたのとは違う部屋を視線で促した。
アリアはナタリアと部屋に視線を往復させると頭を下げて部屋に入って行った。
その仕草には感謝より謝罪の割合が多いように見えた。
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「ロイドは早く座りなよ」
ナタリアがそう言うと素直に従って、ニコニコと嬉しそうに食事を待っている。
ロブもまたカイルの正面の席に座る。
「ロブさん…アリアは良いのか?」
カイルの目にはロイドが不機嫌なようには見えなかったし、アリアが消えた部屋にロブは目も向けていなかった。
だからこそ思わず聞いてしまった。
「んん…?あぁ…良いんだよ。アリアは昔から身体が強くなくてよぉ。それなのに無理すぎて倒れたりするもんだから、俺たちが多少強く言う必要があってよ」
そして、もうベッドに倒れ込んでるはずだ、と笑った。
「それなら…」
「ほらほら、ロブ。話すのは料理を運んでからにしておくれ」
何故、アリアを森に連れて行ったのかを尋ねたかったカイルだが、ナタリアの声で会話が途切れる。
「おぉ、すまねぇな、ナタリア」
ロブはすぐに立ち上がると料理が入ったお皿を運んでいく。
ナタリアは杖を片手にロイドの隣の席まで来ると頭を撫でて座る。
撫でられたロイドはくすぐったそうに笑う。
「じゃあ、いただくとしようかね」
テーブルには野菜のシチューや茹で芋のサラダ、手羽先やパンなどの料理と共にエールの入ったジョッキも置かれて賑やかな雰囲気になっていた。
ロイドも食べたそうに椅子を揺らしている。
ナタリアの掛け声にロイドは自分の食器に分けられた料理を食べ始める。
「カイルさん、たくさん食べておくれよ」
料理を溢しているロイドのお世話をしながら、カイルに言う。
カイルは礼を返すとスプーン手を伸ばす。
「その前によぉ」
ロブがジョッキを片手に持っている。
そしてカイルにも持つように言うと半ば無理やりに乾杯をさせたのだった。




