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第二十七話

「……大丈夫か?」


 茶髪の男が振り返って2人に問う。

 すぐには答えが返らないのを見て、男は近づいて手を差し伸べる。

 

「あぁ…助かったぜ…ありがとうよ」


 ロブが息を整えながら答えるとその手を掴んで立ち上がった。

 だがその直後、肩の傷に顔を歪めた。

 危機が過ぎ去って、痛みを思い出したのだ。


「その傷…あまり動かない方がいいな」


 男はちょっと待って、と何処からともなく紙を取り出すとロブに差し出した。


 一体何処からと思ったがすぐに思い当たる。

 それは魔法だった。


 使えるものは少なくないが、ある程度の才能と修練が必要なスキルで、辺境と言っていいここは魔法とは縁遠い場所だったから忘れていた。


「これ、使ってくれ」


 ロブは魔法によって取り出されたそれを、受け取らずに凝視している。


「…何だ?これは」


 このタイミングで渡されたものだ。

 悪意のあるものではないのだろう。

 しかし、見慣れない紙になんだかよく分からない文字が書かれていて、手を出すことが躊躇われてしまった。

 しばらく観察したあと尋ねた。


「…あぁ、そうか。知らないよな……これは命巡符って言って…簡単に言えば傷を癒してくれる呪符だよ」

 

 茶髪の男が言うには、生命力を向上して再生を促すもので知り合いに分けてもらったものらしい。

 その説明はロブにはいまいち理解できなかったが傷が治るなら良いかと受け取った。


 怪我したところに呪符を貼るように良いと言われた通りにするロブ。

 茶髪の男はその行動を確認すると、視線をアリアに移す。


 まだ放心して、へたり込んだままでいるアリア。

 男はゆっくりと少女の傍に歩み寄った。


 痩せた体と擦り切れた服。

 更に男からすれば、まだ雪の残る森に入るにはあまりにも心許ない格好だと思った。


 アリアの前まで来ると、目線を合わせるように静かにしゃがみ込む。


「あー……怪我はないか?」


 茶髪の男は少女を見る。

 適当に揃えられたと思わしき、汚れが目立つ漆黒の髪だが、前髪だけは何かを拒絶するように整えられて目を隠している。

 そのため少女の顔は見通すことができない。


 少女を驚かすべきではないと思い、どうしたものかと考えていると、少女の瞼が動いた気配がした。


「…怪我はなさそうかな?」


 男がもう一度、優しく声を掛けると少女はコクコクと首を縦に振る。

 立てるか?と男が手を差し伸べると少女は小さく頷いて手を握る。


 少女の細い手を引くように立ち上がらせる。

 その軽すぎる感触に、男はわずかに眉を寄せたが、すぐにその表情を消した。


「……無理はしないようにな。ちょっと離れる」


 そう言って、さりげなく魔獣の亡骸から距離を取るように位置を変える。

 まだ漂う血の匂いと、倒れたまま動かない異形。

 それらが少女の視界に入らないようにするためだった。

 ひと呼吸置いてから、男は口を開く。


「俺は──カイルだ。君たちは?」


 カイルと名乗った男はアリアに尋ねる。

 少女はその質問に答えられず、困ったように俯いてしまう。


「……俺はロブだ、んでそいつはアリアってんだ」


 カイルがアリアにもう一度尋ねようとしたとき、それを遮るように背後から声が掛けられる。


 振り返ると渡した呪符を肩に貼り付けたロブが近寄ってきていた。

 ロブの表情に痛みを耐えている様子はない。

 どうやら呪符の効果で肩の痛みもしっかりと引いているみたいだった。


「カイルさん…あんた、冒険者か…?どうしてこんな辺鄙な場所にいるんだ…?」


 矢継ぎ早に尋ねるそれは、何処か訝しむ声色だった。

 ロブもしても助けてもらった手前、変に疑いたくはないが、自分が一応お尋ね者であるため、カイルに探りを入れたのだ。


 改めてカイルを観察するロブ。

 茶色の髪と黒く優しい瞳を持つ、整った顔立ちの男。

 身長はロブよりも高く、ガタイも良かった。

 紺色の外套の下には魔獣を切り伏せた剣がチラッと見える。


「あぁ、オシウスの街で冒険者をやっている。この地域には、”ある魔獣”の討伐依頼で来ていたんだ…発見はしたんだが、倒す前に逃げられてしまってな…」


 自分を観察している男に対して、嫌な顔をせずに答えるカイル。


 どうやら、魔獣を探して数日ほど探索している最中だったらしい。

 ロブはカイルが何かを隠している様子はないと感じ取った。


「そうか……ところで、その”ある魔獣”ってのは……そこの、アイツなのか?」

 

 自分を捕まえにきたわけではないと判断したロブは、”ある魔獣”について聞くことにした。

 顎だけでもう動かない魔獣を示す。

 カイルも目線を一瞬だけそちらに向ける。


「…いや、違う。俺が追っていたのは白い魔獣だ…」


 カイルは首を振って否定する。

 そして小さい溜め息と共に討伐対象について話し始めた。


 それは一年前くらいから、この地方で目撃され始めたという、図鑑にも載っていない魔獣であった。

 もちろん名前なども決まっていないため、便宜上、白い魔獣と呼んでいるらしい。


「すぐに逃げ出していったが、腐っても魔獣だ。見掛けても近づかない方がいい……まぁ、もうこの辺にはいない気がするけどな…」


 カイルはそう言うと額に手を当てて俯いて、再び溜め息を吐いた。

 白い魔獣を取り逃したことが、やはりショックだった様だ。


「……それは、残念だったな」


 獲物を逃すのは思いの外、辛いことだと知っているロブもカイルに慰めの言葉を放つ。


「…そう言うわけで、白い魔獣の討伐は一旦諦めて、出直すことにするよ」


 カイルはロブからアリアに視線を移す。

 離れた場所で立ったまま、一言も発していない少女。

 そして、森に似つかわしくない格好と拒絶を感じさせる容姿。


 ロブにしても、アリアの名前を教えてくれたが、少女の心配をしている様子はなかった。

 暴走した魔獣の危機が去った今も含めて。


 カイルの脳裏に嫌な予感が過ぎる。

 今の時点で素直に帰るという選択肢はなくなっていた。


「…あー…それより、さっきの魔獣についてなんだが、あれは過剰強化で暴走している様に見えた。もしかして、この辺りの果実は…」


 カイルは話を引き延ばす言葉を紡ぎながら、それっぽく周辺にある果実を見渡していた。


 魔獣の暴走は恐らく適正強化の果実の過剰摂取によるものだろう。

 原因と思わしき果実は見当たらないが、木々の下で喰い潰されたそれらがそうなのだろうと目星をつけていた。


 視線をロブに戻すと悔しそうな顔で眉間に皺を寄せていた。

 カイルの言葉に思うところがあったようだ。


「……なぁ、ロブさん」


 カイルの呼び掛けに、先程とは打って変わって、ゆっくりとした動作でカイルを見る。


「さっきの暴走した魔獣…まだ他にいるかもしれない」


 静かな声だったが、それは有無を言わせない声色だった。

 カイルの視線が、わずかにアリアに落ちる。


「……2人だけで、この森を戻るのは危ない」


 一拍。

 お節介だとは思いながらもカイルは言葉を続ける。


「家まで送るよ。場所、案内してくれ」

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