第二十二話
賑やかな喧騒。
街には青系の装飾が多く存在しており、街の中央にある塔からは水が滝のように放出されていた。
ロブが訪れたのはサファイア領の領都であるサイアだった。
男は喧騒を避けるように、路地を進んでいた。
迷路のように張り巡らされた水路で思うように歩けずに男は苛ついている。
「また、行き止まりかよ…」
今日何度目かの舌打ちをする。
忌々しげに道を横切っている水路を睨むと来た道を戻っていく。
ロブが目指しているのは冒険者ギルドだった。
目的はアリアが採取してきた”当たりの実”を売り払うためだ。
(商人ギルドでもいいが、あそこはがめつい奴らが多い…折角の当たりが安く買い叩かれちゃあ、意味がねぇからな…)
そういう商人もいるにはいるが、ほぼ完璧にロブの言い掛かりである。
“当たりの実”と言っているが、実際のところ、男はこれが何なのか詳しく理解しているわけではなかった。
ただ、昔の酒場で呑んでいるときに高く売れるんだと同じものを見せてくれたやつがいたのを思い出したからだ。
そのことを覚えていたのは、ロブの記憶力が良かったわけではなく、何とかしてそれを奪い取ろうとしていたからこそ記憶に残っていたのだった。
結局、ロブがそれを奪うことは失敗に終わったのだが、今このときに手に入れることが出来たのは、日頃の行いが良いおかげだろうと考えていた。
なので今からいくらになるか、非常に楽しみなのであった。
本音を言えば、値段を釣り上げてバカな貴族にでも売りたいところであったが、冒険者ギルドか商人ギルド以外で取り扱うと罰せられるという話もしていたのだ。
そのため、その選択肢は初めから除外していた。
さて、そんなわけで右往左往していたロブはようやくお目当ての冒険者ギルドに到着した。
一応、お尋ね者であるため、顔を隠すように帽子を深く被り直して気合いを入れる。
若干、気配を消すようにギルド内に入る。
ギルドの中は男女問わず、様々な冒険者たちがクエストボードの前で今日の依頼を物色していた。
ロブはクエストボードには用事がないので買取カウンターの方に向かう。
「こんにちは!どのような要件ですか?」
ロブがカウンターの前に立つと受付の女性がニッコリと笑って声を掛ける。
帽子の位置を気にするようにつばを触れた。
「あぁ…これの買取を頼みてぇんだが」
ロブは勿体ぶるようにリュックを揺らして見せる。
「はい!それでは見せていただいてもいいですか?」
受付の女性は笑顔を崩さないでロブに言った。
ロブはニヤリと笑ってリュックを下ろすと中から”当たりの実”をゆっくりと取り出す。
「こ、ちらは…リリィの実ですよね?」
男は手中にある果実を傷付かないようにそっとカウンターの上に置いた。
その果実を見た受付の女性は困惑して表情を曇らせる。
「あ?そんなわけねぇだろ…ちゃんと見てくれや」
口の端をヒクヒクとさせながらロブはしっかりと鑑定するように要求する。
受付の女性は男の様子に表情を戻すと、失礼しました、と頭を下げた。
そして少々、お待ちください、と奥の部屋に引っ込んでいった。
(マジでリリィの実だったら、赤っ恥だぞ…)
ロブは受付の態度に苛立ちながらも内心では焦っていた。
恥をかくのはもちろん嫌だが、わざわざ数日かけて領都まで来たのに無駄足になるのも許せなかった。
そうして男がこの場に残るか家に帰るかを考えている間に、受付の女性がオドオドとした若い職員を連れて戻ってきた。
「お待たせしました。鑑定ができる職員を連れてきました」
受付の女性が隣の職員を示してそう説明した。
若い職員はロブとは目を合わせようとせずに、頭を深々と下げる。
そして置かれた果実を見ると興味深そうに目を細める。
「そ、それでは鑑定させていただきます」
若い職員は“当たりの実”に手を触れることなく、丁寧な口調でロブに告げる。
その言葉にロブはゴクリと唾を飲み込んだ。
《鑑定》
若い職員が呪文を唱える。
先程までのオドオドとした態度が嘘のように堂々としている。
その職員の目は何かを読んでいるように空中を追っている。
「……で、どうなんだ?」
不安そうにカウンター越しに尋ねるロブ。
その時間はわずかなはずだったが、ロブは長く感じていた。
若い職員は果実から目を離さずに、男の言葉に答えなかった。
「…おい!」
そのことで更に不安が募る。
ロブは我慢が出来ないわけではないが、オドオドとした若い職員がアリアの姿と重なったため、自分の言葉に返事をしないことに腹を立てて、カウンターをドンと強く叩いた。
受付の女性は突然の暴力的な行動に嫌そうな顔になる。
「す、すまねぇな…」
周囲の冒険者も何事かと買取カウンターの方を注目したため、騒ぎになるとマズイと思い直して、慌てて苛立ちを抑えると形ばかりの謝罪をした。
ロブの声で、若い職員は目線を上げてロブを視界に入れた。
「お、お待たせしまいた…」
若い職員の雰囲気は、またオドオドとしたものとなった。
ロブは内心を隠して、言葉を待った。
「こ、これは…”適性強化の果実”…です」
吃りながらも興奮した様子の若い職員。
受付の女性は声を上げるがすぐに口を抑えて平静を装う。
しかしその表情は珍しいものを見たという顔だった。
ロブは持ってきたものが、ただのリリィの実でないことに安堵しながらも、その聞き慣れない単語に顔を顰める。
「あ?なんだそりゃあ」
ロブのさっさと説明しろと言わんばかりの態度で若い職員に詰める。
男の様子に若い職員は青ざめて怯えると慌てて補足の説明を始める。
「”適性強化の果実”と…言うのは、ですね…」
若い職員が言うには、あまり見かけない果実であり、各々が持っているスキルの適性を少しだけ底上げするもので、底上げするスキルは選べるわけではなく果実によって決まっており、その効果についても人それぞれ差異があるというものだった。
ギャンブル性は高いが欲している人間は多い。
「こ、この果実に刻まれている効果は”体力の強化”で、です!」
余裕が戻ってきたのか、勢いを増す若い職員。
それとは裏腹にロブには正直、職員の説明も凄いものなのかもよくわかっていなかった。
というよりも自分から聞いておいて、すでにその効果の話からは興味は離れていて、いくらになるのかだけが気になっていた。
「…で、いくらになるんだ?」
御託は良いから早くしろ、とロブは若い職員をせっつくと、受付の女性が何かの紙の束を捲りながら、代わりに質問に答えた。
「体力強化の果実なら、70万レテ程になります」
告げられた金額に、ロブは一瞬、耳を疑った。
それは普段手にする額とは桁が違った。
数日分の稼ぎなどではなく、約数ヶ月分の金額だったのだ。
「……は?」
ようやく金額の理解が追いついた男は肺の空気を吐き出すように一言、音を放った。
そして次に考えたのは金額に対する喜びや使い道ではなかった。
(…たった一個で、これか?)
ロブの目には果実が映っていた。
アリアが偶然、手に入れてきたあの果実。
もしも、あの森にもっとあれば。
もしも、それを大量に手に入れて、育てて、増やすことができれば。
そうすれば、一生遊んで暮らせる。
ロブは頭の中はたくさんの”もしも”で埋め尽くされていた。
受付の女性が男に何か言っていた。
「―しますか?こちらは買取でもよろしいでしょうか?」
同じように響いた声にロブはハッとして意識を戻すと、受付の女性が男の顔を伺っていた。
不審に思われないように、そうしてくれ、と返事をする。
「かしこまりました」
受付の女性はニッコリと笑顔を浮かべて頭を下げた。
頭を上げると失礼します、と言いながら、カウンターに置かれた果実を受付の奥へと運んでいった。
買取カウンターに1人残されたロブ。
すでに鑑定をした若い職員の姿はなくなっていることに気が付いた。
それよりも、やけに周囲の目が気になってしまう。
落ち着かない気持ちでしばらく待っていると、女性が積み上げられた硬貨と革袋をトレイに載せて戻ってきた。
ロブの前まで来るとトレイをカウンターに置く。
ドシっとした音と金属が擦れ合う音が響く。
「70万レテですので、白金貨7枚となっております。お確かめください」
ロブは普段見ることがない大金に目が眩む思いだった。
わずかに震える手で白金貨を手に取ると、何度も白金貨の枚数を確かめてから革袋にしまう。
革袋の紐をキツく締めると盗まれたりしないようにサッと懐に仕舞い込む。
そうしてロブは何も言わずに買取カウンターから離れた。
背後から受付の女性に何か声を掛けられたが聞こえていなかった。
冒険者ギルドから出るとそのまま急ぎ足で帰路に着く。
本当は酒場で一杯引っ掛けて、美味しいものでも食べてから帰るつもりであった。
しかし、予想以上の稼ぎで周囲が全て盗人に見えたことと新たな目的が生まれたため、のんびりとする気にはならなかった。
ロブは張り巡らされた水路を進んで街の外を目指した。
自宅に戻って、アリアが適性強化の果実を手に入れた場所に案内させることを考えながら。
(俺なら、どれが当たりか見分けられる…)
ロブは大金持ちになった自分を想像して笑顔を溢した。




