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第二十話

 グリモアはアリアの膝の上で姿勢を正して座り直すと、応えるように鳴いた。


 名前を付ける前は確信があったことだとは言え、根拠はなく、半信半疑ではあった。


 しかし、結果としてアリアの考えがグリモアに伝わっているのであれば隠れるように言えば、その通りにしてくれるに違いない。


「グリモア。わ、私を見て」


 アリアはグリモアを顔の前まで持ち上げて、名前を呼ぶ。

 突然、体が浮かび上がったことで尻尾をお腹側に丸めたグリモア。

 しかし、グリーンの目はしっかりとアリアを見つめていた。


「あ、あのね…私はあなたと、一緒にいたい。だ、だから、これから言うことを。ま、守って欲しいの。」


 アリアは吃りながらも必死に言葉を伝えるが、当のグリモアは欠伸をしていた。


「…あれ?…グ、グリモア…?」


 自分の声が聞こえにくかったのかもしれない、と同じ台詞を今度はゆっくりと詰まることなく語りかける。

 全て言い終えてからグリモアの様子を見るが、うまく伝わっているようには見えなかった。


「どうして…?」


 繋がったと感じたのは自分の勘違いだったのかも知れないと、舞い上がっていた自分に恥ずかしさと折角うまくいったと思った打開策に暗雲が立ち込めてしまった思いだった。

 アリアはどうすればいいか分からなくなって、弱々しい声でグリモアの名前を呼んだ。


 グリモアはアリアの声に首を傾げて鳴いた。

 続けて何度か呼んでも同様に返事をしているようだった。

 むしろ耳を立ててしっかりと聞こうとしている。


 もしかしたら、まだ言葉を理解しきっている訳ではないのかもと思い直したアリア。

 思いを伝えるためにも、グリモアと睨めっこしながら試行錯誤を繰り返す。

 こうしてグリモアに言葉を伝え続けて、ようやくルールを決めることが出来たのは夜が明けた頃だった。


―――――――――――――


 アリアは寝転んだまま、倉庫の窓から明るくなった空を眺めていた。

 隣には、小さな温もりがあった。


 グリモアは丸くなって眠っている。

 時折、ぴくりと耳を動かすだけで、静かな寝息を立てていた。


(……ちゃんと、伝わったのかな)


 一晩かけたとは言ってもまだ不安をかき消すことは出来ていない。

 眠っているグリモアを起こすのは可哀想だと思いながらも、アリアはそっと手を伸ばして、その黒い毛並みに触れる。


「……グリモア」


 小さく名前を呼ぶと、黒猫の耳がぴくりと動いた。

 ゆっくりと目を開けて、アリアを見る。

 起こしたことに対して、ごめんね、と小さく謝るアリア。


「グリモア。も、もう一回確認するね?」


 グリモアに断りを入れてから、アリアはルールを最初から一つずつ言葉にして置いていく。

 

「……わ、わたしが、呼んだときだけ、出てくること……」


 グリモアは首を傾げる。

 けれど、アリアの顔をじっと見ていた。


「……そ、それ以外は、大人しくしてて……」


 今度は小さく「みゃ」と鳴く。


「……お、音は、だめ……静かに……」


 そう言うとグリモアは鳴き声を出さずに頭を下げた。

 アリアの目がわずかに見開かれる。


 偶然かもしれないとも思うが、それでも、胸の奥が少しだけ熱くなる。


「……人が来たら、隠れる…こと……」


 ロブの顔が脳裏をよぎる。

 思わず声がかすれた。


「……絶対……見つかっちゃ、だめ……」


 グリモアはその声音に反応するように、体を起こした。

 じっと、アリアを見る。


 そして一つずつ、確かめるように更に言葉を重ねていくアリア。

 途中から集中力が切れてきたのか尻尾をふりふりとし始めるグリモア。


「さ、最後に…よ、夜はずっと一緒だよ」


 その言葉に尻尾をピンと垂直に立てた。

 アリアは側にいるグリモアの様子を見ながら考えていた。

 果たしてこのルールはグリモアにとって良いものなのだろうか、自分と似たような境遇にさせてしまっていないだろうか、と。


「ご、ごめんね…こんなにいっぱいのルール…きっと窮屈だよね…」


 ルールでグリモアの自由を縛り付けている気がして心にチクチクと爪を立てられている気分だった。

 だからこそ、本当の最後に聞かなくてはいけないと思い、でも、と続ける。


「それでも良かったら、わ、わたしと一緒にいてほしいの」


 グリモアの名前を静かに呼びながら、手を差し伸べる。

 アリアは途中から怖くなってグリモアの顔を見ることができずに目を瞑って俯いてしまう。


 宙に浮かんだままの手。

 空白の時間が過ぎていく。


 顔を上げたらグリモアがいなくなっていたらどうしようと、やけに冷たく感じてしまった手に温もりが与えられた。

 その温もりにアリアは恐る恐る、目を開ける。

 手の先を確かめるとグリモアがアリアの手に寄り添っていた。

 まるで「ここにいるよ」と言うように。


 その姿を見て、アリアの肩から少しだけ力が抜けた。

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