第十八話
太陽は完全に沈んでいて辺りはすでに暗闇に呑まれていた。
月の明かりだけを頼りに歩いていた。
幸いにも家の方向は正しかったらしく、木々の隙間から遠くに明かりが見える気がした。
ここに辿り着くまでの道中も、振り切った黒猫のことが心を占めていた。
わずかな時間だったと思う。
でも、きっとあの時間はアリアにとって何か重要な意味を持っていた。
(……もう、いないよね)
胸の中に、空白が出来たような感覚が残っている。
しかし、そう思いながらも、振り返ることはしなかった。
最後の木々を抜けると、家が姿を表した。
木々の隙間から見た明かりは変わることなく世界を照らしている。
雪に浮かぶように存在している見慣れた建物は、どこか遠く感じられた。
家の前まで辿り着くと、扉を開ける前に一度深呼吸をする。
頭の中は黒猫のことでいっぱいだったが、無理に切り離さなければいけない。
遅く帰ったことに対して釈明の機会が与えられるかはわからないが、何かしらの覚悟は必要だと思ったからだ。
ここまで共に旅をした、主にその重さでアリアを苦しめていたリュックが更にズシっと背中で主張した気がした。
掛かった時間は兎も角、結果としてリリィの実は手に入れたのだから、と良い方向に考える。
いつもより重く感じる扉を押し開けると、暖かい空気が流れ出てアリアを迎えた。
存在を隠すように家の中に一歩踏み入れるとスッと影が立ち上がった。
「……遅かったわね」
静かな声が空間に響く。
確認するまでもなく声の主はナタリアだった。
アリアの姿を見ると、ほんの僅かに表情を緩めたように見えた。
「……無事で、よかったわ」
それだけ言うと、彼女はそれ以上は何も言わないで、杖を突きながら寝室に入ってしまった。
アリアは何も返さずに小さく頷くだけだった。
ただ、ナタリアが心配してくれていたのは伝わっていた。
部屋の中に居るのは今はアリアだけになっていた。
ロイドやロブの姿は当然ない。
アリアのことなど気にすることなく、すでに眠っているのだろうか。
とりあえずロブがいないことに安心するアリア。
台所にリュックを背中から降ろすと、手近なカゴにリリィの実を取り出して並べていく。
真っ赤な実は室内においても艶々と光っていた。
アリアの口に入る可能性は限りなくゼロに等しいがナタリアやロイドに食べさせられるのであれば良かったと思った。
果実を並べ終えるとアリアはそのまま家の奥には進まずに踵を返した。
向かう先は、倉庫だった。
倉庫を開けて中に入る。
月明かりが窓から覗いてるのみで他に明かりはなく薄暗い。
アリアは慣れた足取りで、ある区画に進む。
そこには藁が積み重ねられている場所であった。
倉庫にはベッドなどは存在していないため、アリアが何とか考えて作った簡易的な寝床だった。
藁の中心に腰を下ろすと体を投げ出すように倒れ込んだ。
(疲れたな…)
アリアは目を閉じて、考える。
(あの猫…どうしてるかな…)
一度は無理に切り離したものの、やはり気になってしまう。
まだあの場所に居るのだろうか。
それともすでに何処か遠い場所に行ってしまったのだろうか。
自分で選択した結果とはいっても、そう考えると苦しい。
何が正解だったのかわからず、ぐるぐると同じような考えが巡り始める。
(もう眠ってしまおう…)
いっそのこと眠ってしまえば考えなくて済むのだから。
そして明日には忘れてしまおう。
アリアは疲れた体に意識を預けようとした時。
「みゃぁ」
狭い空間に響いたその声に、アリアはびくりと体を揺らして起き上がると倉庫の中を見渡した。
しばらくしても続く声はなく、聞き間違いだと思った。
ここにいるはずがない。
確認はしなかったが、着いてきているわけがない。
そう思って横になろうとしたらまた、みゃぁ、と鳴いた。
ハッとして声の方をゆっくりと、振り返る。
暗い倉庫の隅に、小さな影があった。
その影を見て、思わず息をすることを忘れた。
アリアは動けなかった。
(…う、そ…)
あり得ないと思った。
この場所にいるはずがない。
あんな風に、突き放したのに。
それでも、その影は確かにそこにあった。
窓から覗いている月明かりに照らされて、黒く柔らかい毛並みがわずかに揺れる。
「……みゃ」
黒猫の小さく、確かめるような声。
アリアの胸の奥が、強く揺れた。
(……どうして)
答えは分からない。
アリアの問いかけも、言葉にはならなかった。
黒猫はゆっくりとこちらに歩いてくる。
少しだけ足を庇うように、それでも迷うことなく。
ただ、アリアの方へ。
アリアは動けずに、黒猫の動きを見守るしかなかった。
拒む理由は、少女の中では確かなものだった。
それでも拒まれて尚、近寄ってきた。
黒猫は、そのままアリアの傍まで来ると、そっと体を寄せた。
その温もりが、アリアに伝わる。
それは昼間と同じはずなのに、少しだけ違って感じた。
拒んで、遠ざけたはずの温もり。
アリアの手が、震えながら黒猫に触れる。
今度は、止めなかった。
瞳から落ちた涙が黒猫を濡らすと、黒猫がアリアを見上げて小さく鳴いた。
それだけで、十分だった。
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