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第十四話

 あの日からアリアの生活は変わってしまった。


 朝起きてからは掃除に洗濯、そして畑仕事。

 まだ幼いアリアには重労働で、洗濯物はうまく絞ることが出来ずに水を滴らせたまま干してしまう。

 畑の土も均等に耕すことが出来ずにでこぼこにしてしまった。

 最低限用意されていた食事も満足に摂ることができないで倉庫で倒れるように眠る日々だった。


 それでも、休むことは許されなかった。


 失敗すれば、睨まれる。

 手を止めれば、舌打ちされる。


 謝ることは許されなかった。

 声を出せば、何が起きるかわからないからだ。


 だからアリアは、ただ黙って働いた。


 季節が一つ巡る頃には少しずつ体は慣れて要領も覚えていく。無駄な動きや失敗も減っていった。

 言われたことは、言われる前にやる。

 ロブを不快にしないように音を立てないで歩いて、機嫌を損なわないように振る舞う。


 それでも何か気に入らないところを見つけては怒鳴られるたびにアリアは自分を責める。

 怒鳴ったあと、ロブは無価値なアリアに価値を与えるためだと新しい仕事を増やしていった。


 アリアも、それが正しいのだと思うようになっていた。

 自分は、そうしていなければいけないのだと。

 そうしていれば、誰も傷つかないのだと。


 行く先も持っていないアリアには疑う理由は、もうどこにもなかった。


 そして一年が過ぎた時にはアリアは声を出そうとすら思わなくなっていた。

 声を出すことを忘れたように。

 何かを伝える時は、頷くか首を振るだけ。


 アリアの意思はそれだけで足りてしまった。

 それ以上は必要なかった。


 今は伸びた前髪をそのままにして目を隠している。

 以前、目つきが気に入らないと言われたからだ。


 だから目が見えないように髪で隠すことにした。

 幸か不幸か、そうすることでロブの視線からも隠れることが出来た。

 ナタリアやロイドに見られていても気が付かないでいられる。

 

 いつしかアリアは笑う理由も泣く意味も忘れてしまった。


―――――――――――――


 更に3年が経過して10歳となったアリア。


 この頃になるとロブから与えられた仕事も問題なくこなすことができるようになっていて、ロブからも必要最低限の言葉しか投げかけられないようになっていた。


 ナタリアとの関係性もそれほど変わることはない。

 変わったことと言えば、大きくなったロイドが興味本位でアリアに近づこうとすることだった。

 その度にナタリアがロイドを止め、アリアは別の仕事を行ってロイドとは関わらないようにしていた。


 そうして今日もロイドから逃げるように洗濯のために外に出た。

 季節は真冬になっていて、仕事に慣れたアリアでも冷たい水で手の感覚がなくなってしまう。

 たまに息で手を温めては進めていたところに背後から声が掛かった。


「アリア、森に行ってこい」


 振り向いたら皮のリュックを手に持ったロブ。


 今まで様々なことは言われたが森に行け、と言われたことがなかったため、アリアは意味を計りかねていた。

 こんなことさせたくはねぇんだけどなぁ、と悲しそうな顔を作る。


「ここから森の中をまっすぐ行ったところにリリィの実が成ってるから取ってきてくれるよな?」


 ロブが森の奥を指差す。


 冬のこの時期に育つリリィの実はとても水々しくて甘い果実で冬場の保存食としても優秀な果実であった。

 そのため毎年、ロブが森から手に入れていた。

 アリアはあの日以降、味わうことはなかったが、ナタリアやロイドもこの実を好んでいた。


 だが、この家がある地方はこの時期になると雪が良く降った。

 積雪が30センチを超える場所もあるほどだった。

 そして確認するまでもなく今年も例外ではないようだった。


「本当は俺が行きてぇんだが、背中が痛くてよ」


 そう言いながら、わざとらしく背中を摩る。


「安心しろよ。この時期は魔獣も冬眠していねぇ。危険はねぇよ」


 アリアは了解したと無言で頷いた。

 ロブは怖がる素振りもないアリアにつまらなそうに小さく舌打ちすると皮のリュックをアリアの前に放った。


「そのリュック。満タンにしてこいよ」


 それだけ言うと興味を失くしたように家の中に戻っていった。

 アリアは屈んで地面に落ちたリュックを拾うと背負う。

 リュックは大きく、リリィの実がかなりの量が入るため、全て詰めてしまえばアリアが運べる量ではないだろう。

 しかし、それを指摘することはなかった。

 疑問に思うこともない。


 一度倉庫に戻って木筒に井戸水をいれてリュックに引っ掛ける。

 アリアは準備ができたと雪の少ない道を選びながら家の敷地から出て森に向かう。

 今は雪が止んでいるため視界も悪くない。

 転ばないように10分ほどかけて森へと辿り着いた。


 森の奥を見通そうと前髪越しに目を凝らすと木々の緑と雪が続いている。

 ここからでは当然、リリィの実は見つけることが出来なかった。


 ここで時間を無駄にするわけにもいかないため、小さく頷いたあと森に入っていく。


 アリアの足跡だけが後ろに残っていく。

 雪が踏まれるたびにサクサクと音を立てた。


 一定のテンポを保ちながら、何を考えるわけでもやく、黙々と歩き続けるアリア。

 時折、雪の重さで枝が折れる音に驚かされる。


 森の中であるため太陽を見ることは出来ないが、おそらく2時間近く歩いたであろう。

 深い雪のせいで思いの外、進むことは出来ていないと思っていたアリアであったが、目前に赤い果実が成っている木を発見した。


(………みつけた)


 アリアは木に近づいて、手が届く位置にある赤い果実を引っ張って手に取った。

 手の中の果実から甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 この匂いは間違いなくリリィの実だった。


 アリアはリリィの実を見つけられたことに安堵する。

 戻る時間を考えても、そろそろ見つけていなければ帰る頃には辺りは暗くなることがわかっていたからだ。


 アリアはリュックを背負い直して前に持ってくると手にしたリリィの実をしまった。

 そして目についた果実を掴んでは次々、リュックに入れていく。


「シャァァアア――」


 リュックが満杯に近づいた頃に何かの声が聞こえた。

 アリアは果実に手を伸ばしたまま、周囲を見渡すが何の姿もなかった。


「―っ!」


 突然、果実を掴んでいた手に痛みが走る。

 アリアは思わず手を引っ込めて手を見た。

 

 しばらくしてその手に血が滲んでいく。

 何事かと果実の辺りを見ると枝の上に怪我をした黒い仔猫が怯えたようにアリアを必死に威嚇していた。


 小さな体で震えながら体を大きく見せている。

 黒猫は逃げない。

 アリアもその場に立ったまま離れることはない。


 なぜか視線が外せなかった。

 

 1人と1匹の視線が交差する。

 黒猫の瞳の奥で何かがかすかに揺らいだ気がした。


 それが何だったのか、アリアにはわからなかった。

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