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第十三話

次から時が動きます。

 放心したように虚空を見ていたアリアは扉が揺れているのに気が付いた。


(誰…?ナタリア母さん…?)


 そしてガチャっと何かが外れた音がした後、扉が軋んで開いた。

 乱暴に扉を開いたのはロブだった。

 アリアは無意識に身構えていた。


「アリア〜?」


 ロブはアリアが見えていないらしく、小さく舌打ちをして倉庫の中をぐるりと見渡した。

 名前を呼ばれたことで反射的に立ち上がったアリアを見つけると普段や昨日のことからはありえないほど優しい表情で話しかけてくる。


「アリア、ちょっと来てくれるか?」


 いつもの姿からはかけ離れた男の表情に、アリアは昨日のことも許してもらえたのかもしれないと思って頷くと素直にロブに近づいていく。

 その素振りを一瞥したロブはアリアに着いてこいと言わんばかりに振り返って倉庫から出て行く。

 倉庫の扉から柔らかい風がアリアを迎えていた。

 アリアは風に髪を揺らされながら離れないように男の背中に続いた。


 倉庫から出ると外は少し暖かくなってきていて、空には青色が拡がっていた。

 アリアはその青にわずかに目を細める。


 そうしている間にも家は近くに建っているためすぐに辿り着いた。

 ロブは家の前で足を止めて扉に手を掛けるとアリアを一度振り返った。

 そして笑顔を浮かべると扉を開いて家の中に入るように手で指示した。


 アリアが中に入ると昨日のままであった。

 昨日使った食器もそのまま洗われていない。

 床にも血の痕が残っている。


「アリア」


 名前を呼ぶ男。

 振り返るとロブが家の扉を締めていた。


「早く片付けるんだぞ」


 言葉と共にロブの顔が一瞬だけ表情が揺らいだが、アリアにはそれが何なのか分からなかった。


「今日から洗濯、掃除、畑の手入れは全部お前の仕事だ」


 問題でもあるか?という風にロブは言い放つ。

 アリアは言葉の意味を理解できても、その理由が理解できなかった。

 しかし自分から口を開いて聞き返すことはしなかった。


「心配すんなよ。死なれちゃ困るからまだ森に入って食料を取って来いとは言わねぇよ」

 

 アリアの様子を慮ることはせず、アリアの心とは明後日の方向に話を進めていくロブ。


「なぁアリア。文句はねぇよな?」


 アリアがすぐに返事をしないことが不満だったのか、大袈裟に腕まで巻かれた包帯をちらつかせながらロブは言う。

 包帯を見て昨日のことが蘇ってアリアの肩がびくりと揺れる。


 アリアは青ざめた顔で頷くしかなかった。

 同意が取れたことで気を良くした男は、あぁそうだ、と更に続ける。


「それとな――俺が良いって言った時以外は喋るんじゃねぇぞ」

 

 こんなこと言うのは俺も心苦しいがよ、と言った後、わざとらしく眉をひそめながら、ロブは続けた。


「またあんなことが起きたら困るだろ?」


 ――ロイドみたいにな。


 その言葉に、アリアの顔から血の気が引く。

 知らない間に口を手で塞いでいた。


「お前も……嫌だろ?誰かが血を吐くのはよ」


 表面上はアリアを心配するように取り繕う男。

 正常に思考する間もなくアリアは何度も頷いてロブの言葉に同意する。


「だから喋るな。それがお前のためでもある」


 顔を青くしたアリアの様子に気をよくした男はアリアの前でしゃがんで視線の高さを合わせて手を両肩に添える。

 心配するように優しく笑う男の瞳の奥の色は伺うことは出来ない。

 アリアの全身が石のように硬くなってしまう。


 少女の肩を撫でながら、いいか?アリア、と諭すように言葉を繋げていく。


「お前の声は――危ないんだ」


(わたしの声は………危ない)


(だから……喋っちゃいけない)


 ロブの言葉がアリアの心に深く、深く穿たれていった。


―――――――――――――


 ロブは言いたいことを言うと家に入って狩猟道具を装備して出てきた。

 すれ違った時に軽く叩かれた肩が嫌に重たかった。


 そのまま立ち尽くしているわけにもいかないことはわかる。

 アリアは靄が掛かったような頭で動き出す。

 家の中に入ると、寝室の扉が少しだけ開いた。


「……アリア?」


 弱々しい声はナタリアだった。


 扉の隙間から顔を覗かせたナタリアと目が合う。

 その瞬間、アリアの体がびくりと強張った。


 何か言わなきゃ、と思った。

 でも、アリアの喉が動くことはなかった。

 ナタリアもまた、何か言おうとして――言葉を飲み込んだ。


 2人の間に少しの沈黙。

 その後、ナタリアは視線を逸らしながら、ぽつりと呟く。


「……ロイドは、まだ寝てるからね」


 それだけだった。

 けれど、その一言で十分だった。


(近づいちゃだめ、なんだ)


 アリアは小さく頷くこともせず、ただ目を伏せた。


―――――――――――――


 お昼を過ぎて何とか掃除を終えるアリア。

 少女には荷が重い量ではあったが、ナタリアが普段からやっていたことを良く見ていたアリアは大きな失敗をすることはなかった。


(ナタリア母さん…)


 しかし何かするたびにナタリアの姿が脳裏をチラついてしまい今の関係性を思うと泣きそうになってしまう。


 その時、寝室からロイドを抱いたナタリアが出てきた。

 アリアは近づくわけにもいかないため、家の外で洗濯に向かうことにした。


「……食べるものは、そこに置いておくからね」


 ナタリアの言葉で玄関の扉に手を掛けていたアリアは振り返る。


 背中を向けたまま台所で料理を始めるナタリア。

 アリアは咄嗟にありがとう、と言いかける。


 だが――口には出すことはなかった。


 代わりに玄関の扉を2回、コンコンと軽く叩く。

 それだけで外に出て行った。

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