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第十二話

 アリアが倉庫で声を殺して泣いている頃。

 ロブとナタリアはロイドの様子を見ながら言葉を交わしていた。


「良かったのかい…?」


 ナタリアの対処が良かったのか、ロイドの呼吸はしっかりとしていてスヤスヤと眠りについていた。

 無事で良かったと心の底から思いながらも先程のことを考えてしまうナタリア。

 ロイドの頭を撫でながら、ナタリアは伺うようにロブに見た。


「…何がだ?」


「アリアだよ…アリアのせいだとしたらもう一緒にはいられないよ。だから家に居させない方がいいんじゃないかい…?」


 ロイドを危険には晒せないため、とりあえず家から追い出すことには賛成したナタリア。

 しかしこれまで育ててきたことからナタリアはアリアを売り飛ばすことはもう考えられなかった。

 お金持ちに買われて、裕福に、幸福に暮らせるなんて夢物語だと。

 現実は買われた先で悪趣味な遊びに使われて何かの拍子で殺されてしまうのがオチだと、わかっていたからだ。


「せめて何処かの孤児院にでも…」


 このままただ追い出しただけでは街に着く前に死んでしまう確率の方が高い。

 だからこそ街まで連れて行って孤児院にでも預けた方が良いと考えた。

 少しでもアリアの幸せを思うなら。

 それにアリアの絶望に染まった表情を見たら尚更だった。


「いや…こっちは怪我まで負わされてんだ…あのガキに思い知らせてやらねぇと気が済まねぇ…」

 

 それに――、とロブは血の滲む手を見ながら、口の端を歪めた。


「あんな妙な力、使い方次第じゃ金になるかもしれねぇだろ」


 アリアの力をロイドとロブが体験してしまった。

 またいつ同じことが起きるかもわからない。

 今度はロイドが死んでしまうかもしれないと考えるだけで鳩尾が苦しくなって吐きそうになるナタリア。

 彼女の顔色が悪くなっていることに気が付かないままロブは続ける。


「声を出さなきゃいいんだ。なら二度と喋れねぇように躾けりゃいいだけだ」


 ロイドのことを大事なのはロブも同じであった。

 だが、家族が生きるにはお金が必要なことも確かだった。


 ロブは今までお金のために苦しんで、またナタリアも苦しめさせていた。

 お金があればナタリアだって脚を悪くせずにすんだという負い目もあるのだろう。

 だからこそ、ナタリアやロイドには苦労をさせないようにお金を欲していた。

 

 ナタリアもロブの苦労は痛いほどわかっていたため説得できるほどの言葉が出てこなかった。

 ナタリアは唇を噛んだ。


「……でも……あの子は――」


 言いかけて、言葉が止まる。

 アリアの顔が浮かぶ。

 泣いて家を出て行った姿が、頭から離れない。


「……あの子は……」


 それでも、続きが出てこなかった。

 ロイドの寝顔を見た瞬間、胸が締め付けられる。


 もしまた同じことが起きたら――

 やっぱりそう考えた途端、言葉は喉の奥で潰れて消えていった。


―――――――――――――


 気が付いたら明るかった。

 倉庫の窓から見える空が薄らと白んでいた。

 

 アリアは体を預けていた木箱から離れる。

 どうやら昨日は泣き疲れて眠ってしまったようだった。

 冷たい体を無視して倉庫から外に出ようと扉を押した。

 しかし扉は外から鍵が掛けられてしまったらしくガシャガシャと音を立てるばかりで開くことはなかった。


(あまりうるさくすると殴られるかもしれない…)


 扉からそっと手を離して木箱の陰に戻った。

 そして昨日のことは夢じゃなかったと思い知らされる。


 ロイドの異変にロブの怪我。

 その原因となったのはアリア自身の声。

 自分では実感がないが、ナタリアやロブがそうだと言ったからきっとそうなんだろう。

 

 自分のせいで2人を傷つけてしまったことがアリアの心に重くのしかかる。


(全部、私が悪い…んだよね…)


 ぽつりと、そう思った。

 その時、何かを確かめるように、アリアはゆっくりと口を開いた。


「あ……」


 何を喋ろうと思ったかは定かではないが、ただ漠然と声を出そうとした。

 けれど、音になってはくれなかった。

 息だけがかすかに漏れて、喉の奥で引っかかる。


「……っ」


 もう一度。

 今度は、ほんの少しだけ力を込める。


「あ……あ……」


 掠れた空気が震えただけだった。

 それでも何度か試した。

 そしてようやく声が出そうになった瞬間。


 脳裏に、昨日の光景が蘇る。

 赤く染まったロイドの口元。

 苦しそうに動かなくなった小さな体。


「……っ!」


 恐怖で体が強張る。

 喉が締め付けられて呼吸が乱れる。

 アリアの胸が締め付けられるように痛む。


 出そうとした声が、怖い。

 そう考えてしまった。


(……だめだ)


 ぎゅっと口を閉ざす。

 それ以上、開こうとしなかった。


 声を出してはいけない。

 きっと誰かが傷付くに違いない。

 そう感じたアリア。


 ロブに怒られるより、殴られるより誰かを傷付けることが何より怖かった。

 誰かを傷付けると思うだけで、体が震えた。


 だから、アリアは口を閉ざした。

 それが、正しいのだと信じて。

 

(これ以上…嫌われたくない…)


 ナタリアの顔を思い浮かべると目を瞑ることにした。


 その日からアリアは自分から声を出そうとしなくなった。

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