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第十一話

「え……?」


 一瞬、何が起きているのか分からなかった。

 思考が追いつかないまま、時間だけがやけに遅く流れる。


「ろ、ロイド……?」


 震える声で名前を呼ぶが反応がない。

 代わりに、口元から溢れた血が顎を伝ってロイドの服を赤く染めていく。


「や……やだ……」


 抱きかかえているアリアの手が、全身が震える。

 腕の中の体温が遠く感じた。


「ちが……わたし……」


 何かを言おうとして、言葉が出てこない。

 胸の奥がひどくざわついている。


「ね、ねぇ……ロイド……?」


 必死に小さな体を揺らす。

 だが、その小さな体はぐったりと力なく揺れるだけだった。


「やだ……やだやだやだ……!」


 アリアの視界が歪んでいき、呼吸が浅くなる。

 どうしてこうなったのか。

 何がいけなかったのか。

 アリアには何もわからなかった。


「ナタリア母さん……!」


 助けを求めるように寝室の方へ顔を向ける。

 声は酷くか細く、震えていた。


 その声に応えるように、ギィ、と寝室の扉が開く音がした。


「……アリア、どうしたんだい……」


 顔色の悪いナタリアが、壁に手をつきながら姿を現した。

 アリアの腕の中を見た瞬間、ナタリアの表情が凍りついた。


 状況がわからないまま、ロイドに駆け寄るナタリア。


「ロブ!ロイドが!」


 ナタリアはこの場にいないロブを呼びながらもアリアからロイドを奪う。

 男児の口の中に手を入れて、窒息しないように血液を掻き出すとロイドの体を横向きにして寝かせた。


「ナタリア!どうした!」


 そうしているうちに血相を変えて戻ってきたロブはロイドとナタリアの様子を見ると顔を強張らせる。

 すぐにロイドの側に寄るとナタリアに聞いた。


「一体、何があったんだ…?」


 ナタリアはロイドから目を逸らすことなく首を振って応えて言葉を返した。


「わからないよ……何か胸騒ぎがして目が覚めて…しばらくしたらアリアが呼ぶ声が聞こえてね」


 更なる吐血はない判断して溜まっていた息を深く吐いて椅子に腰掛けるとアリアを見た。

 アリアは生きた心地がせず立ったまま、ただ震えながら成り行きを見ていた。


「おい、ロイドに何しやがった?」


 それを聞いたロブはアリアを睨んで詰め寄った。

 アリアはまだ震えていてロブの声が届いていないようだった。


「聞いてんのか!このガキ!」


 ロブは拳を振り上げるとアリアの頬を殴りつけた。

 その衝撃に吹き飛んで床に転がるアリア。


「ちょっと、ロブ!」


 あまりにもやり過ぎに見えたためナタリアはロブを諌める。

 ロブは彼女の声で鼻息を抑えてもう一度尋ねた。


「アリア、何をしたか言ってみろ」


 痛みで俯いていたがアリアだが、顔を上げろ、と命令されて従う。

 口の端には血が滲んでいた。


「わ、わたし…あの…ただ…」


 言葉が思うように出てこない。

 気持ちは焦るばかりでオロオロとしていると舌打ちをされてしまう。


「もう一発殴られたいのか?」


 アリアは握られた拳を見て、ビクッと肩を強張らせる。

 思わずジンジンと痛む頬を抑える。


「あの…ろ、ロイドが泣いちゃって…」


 つっかえながらも少しずつ言葉を紡いでいく。


「だから…ナタリア母、さんの子守唄を…でも途中で……ロイドが急に…」


「それだけか?」


 ロブから目を逸らさないでコクコクと頷くアリア。

 ロブはしばらく黙った後、口を開いた。


「なら、お前のせいだな」


 その言葉に思わず耳を疑った。

 ロブはアリアを睨みつけたまま淡々と続けた。


「ロイドが血を吐いたときその場にいたのがお前だ。だったらお前のせいに決まってんだろ」


「ちが…わたし、ただ子守唄を…」


 黙れ、と否定することも認めないロブ。


「アリア、お前はもう喋るんじゃねぇ」


「そ、そんな…」


「どうせお前はいつか売り飛ばす予定だったんだ、これまで優しくし過ぎたな」


 売り飛ばす。

 初めて聞く話に言葉をなくす。

 ロブには冷たくされていて苦手だったが、ナタリアやロイドのことは好きだった。

 孤児ではあったが、優しくしてもらえて幸せだと思っていた。

 しかし売り飛ばすという言葉に今までのことが崩れて行くように感じてしまった。


(ナタリア母さん…!嘘だよね?)


 否定してほしいと心の中で願うアリア。


「ナタリアもそれでかまわないな?」


 ロイドを守るためだ、と続ける。

 ロブは優しい声色だが、確固たる意思を込めてナタリアに言う。


「……そうだね…」


「ナタリア…母さん…?」


 ナタリアの言葉が理解出来なかった。

 アリアが何か失敗してしまった時もロブから怒られないように守ってくれた。

 そしてしょうがないという顔をして頭を撫でてくれたナタリアが今、はっきりとロブの言葉を肯定した。


「ロイドのためだよ…すまないね、アリア」


 申し訳なさそうに告げる。


「そうと決まれば今日からお前は倉庫で寝るんだ!」


 ナタリアの気持ちが変わる前にロブは動き出す。

 アリアの腕を引っ張って立たせると引き摺るようにして外に連れ出そうとする。

 

「アリア、こっちにこい!」


 掴まれた腕を剥がそうとするがロブの手が外れる気配はなかった。

 アリアはナタリアに手を伸ばして助けを求める。


『いや!やめて!助けて!ナタリア母さん!』


 ――キィィン

 

 空気が裂けたような音がした。

 アリアを引き摺っていたロブが声をあげる。


「痛ぇ!」


 その声と共にアリアの腕が解放された。

 突然の自由に尻餅をついたアリアはロブが手を抑えているのを見た。

 指の隙間からは血液がすり抜けて床を赤く染めていく。

 まるで内側から裂けたかのような、不自然な傷だった。


「大丈夫かい!?」


 ナタリアが駆け寄って声を掛けるが返事をしないロブは出血した手を抑えたままアリアを睨んでいる。


「やっぱり、こいつのせいだったってわけだ…」


 目は逸らさず、呟くように言う。


「どういうことだい…?」


「こいつが叫んだ後に不自然に手が切れたんだ…だったらそういうことだろ」


(わたしの…せい?)


 ロブの目は完全に敵を見るような目であった。

 そう言われて、ナタリアも顔を強張らせてアリアを見た。


(そんな目で見ないで…ナタリア母さん…)


 ナタリアに完全に嫌われてしまったと感じたアリアの目から涙が静かに溢れ出した。


「おい、声を出したら…わかってんだろうな…?」


 ロブはドスを効かせた声でアリアを脅す。

 アリアは思わず手で口を塞いで声が漏れるのを防ぐ。


「おい、お前は今日から倉庫だ…いいよな?」


 有無を言わさない男の声にアリアは頷くしかなかった。

 ナタリアをちらっと見ても、先程までとは違ってアリアに対して情がなくなったように見えた。


 ロブが扉を開けて外を無言で指差す。

 痛いくらい静かな空気が漂っていた。

 深い絶望感に苛まれたアリアはゆっくりと歩き出した。


 体が鉛のように重かった。

 呼吸が上手くできているかもわからない。

 でも声を出したら殴られるかもしれない、これ以上嫌われてしまうかもしれないという恐怖から口を塞ぐ手を離すことは出来なかった。


「ああ、そうだ…逃げてもいいこの場所は街からかなり遠いからな」


 逃げても野垂れ死ぬだけだ、とロブはアリアに冷たく告げる。

 そう言われても逃げる気力もなければ、逃げたとして何をどうすれば良いかもわからないアリアには誰からも愛されていないにしてもこの場所にいるしかなかった。


 重い体を引き摺りながら、家の側に立っている倉庫に辿り着いた。

 アリアは倉庫の扉を掴む。

 扉はギギギ、と音を立てながら開いていく。


 まだ少し肌寒い季節の変わり目。

 扉を閉めても倉庫の隙間風で体は冷えていく。

 アリアは出来るだけ風の当たらない場所に座り込むと変えられない現実を思って、声をあげようとして止まった。

 もし、また誰かを傷つけてしまったら。

 その考えが、喉を締めつけた。


 アリアは両手で口を押さえたまま、音を殺すように、ひっそりと涙だけを溢した。

可哀想になってきました…

孤児院ルートがやっぱり良かったですかね…

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