◇女将さん
みーちゃんと遊びに来たのは、昔馴染みのお菓子屋さん。
古めかしい佇まいの店構えは、世紀を跨いだ建物の歴史を感じさせる。
平屋の一軒家で、店舗として使っているのは一部屋分。
年季の入った看板には、『大水駄菓子』の文字が。
店頭には特撮物がモデルの古い筐体ゲームが置いてある。
狭い店内には5円から100円で買える駄菓子がぎっしりと並び。
店の壁際は商品棚になっていて、高い場所にあるガラスケースからはトランプやけん玉の玩具が顔を覗かせる。
開け広げな入口の反対、中央最奥の壁際には、店主の座椅子が置かれている。
お店の全体が見渡せる位置で、僕たちを歓迎してくれたのは。
「女将さん、こんにちわー」
「こんにちわー」
「おうや。良く来たね、ムギ坊、ミウ坊。」
通称、女将さん。
大見酒造の女将さん兼、大水駄菓子の店主さん。
この町で、お世話になっていない子供を見つける方が難しいほどの有名人。
子供には大人気だし、大人からも慕われる。
酒蔵の蔵元である親方の奥さんで、結婚してから50年近く経っている!
2人も4人の子供に恵まれているけれど、その子供たちも子沢山。
お孫さんどころか、もう曾孫さんまで生まれているっていう話。
その経験を頼って、女将さんを頼る新米ママさんも多いんだって。
当然、そのママさんたちも駄菓子屋の昔馴染みが多い。
子供からも大人からも頼られる女将さんは、中学生の僕たちからしたら、人生の大ベテラン…なんだけど。
背中はピーンと伸びているし、歩くのも速い!
しっかりと通る声でハキシャキ話す姿からは、初対面で実年齢を予想するのは難しいかも。
顔の皺も少ないし、歳を感じさせるのは、真っ白なショートヘアぐらい。
「ウチのパン持ってきたよ。
いつもの、甘いのと甘くないのと」
「わざわざ悪いねえ。
ムギ坊がしょっちゅう持って来るからね。
最近じゃ、アンタの所のパン以外はめっきり口に入れなくなっちまったよ」
少し口が悪い様にして話す女将さんだけど、ただの照れ隠し。
ちょっと遠回しだけど、すっごく褒めてくれてるんだ。
この言い回しに慣れっこの僕が翻訳すると。
『いつもありがとう。
家に来る度にお土産を持って来なくてもいいのよ。
美味しいパンだから、他所のパンは食べられなくなっちゃうわね』
こんな感じかな。
多分、当たらずとも遠からず。
的中率90%辺りじゃないかな?
「私も持ってきたよ。
ウチで作ったミネストローネ。
グリーンサラダも作って来たの」
「良いチョイスじゃないか。
ミウ坊の所はスープ作りが取り柄だからね。
サラダは、アンタが作ったのかい?」
「私は野菜を切っただけだよ。
ドレッシングは、お父さんの特製品」
「ミウ坊の手作りなのが肝心さ。
家の旦那が喜んで食べるだろ?
私の分を確保しておかないと、全部食い尽くされるね」
「無くなっちゃったら電話してね。
すぐに作って持って来るから」
「ありがたいけどね。
旦那の尻を蹴飛ばして、取りに行かせるよ」
大体わかると思うけど、会話の殆どが褒め言葉。
スープが絶品だとか、手作りが嬉しいとか。
さっきより、褒め方に熱量を感じるけれど…
まぁ仕方のない事だと思う。
両親が共働きの僕たちは、幼少期から面倒を見てくれた親方夫妻に頭が上がらないほど感謝しているし、本当の家族みたいに思っている。
僕は実家に祖父母が居るけど、みーちゃんは祖父母が遠くに住んでいるから。
その分もあってか、憧れの女性は女将さんだと言って、心底慕っている。
女将さんも、みーちゃんの事を取り分け可愛がっていて。
店内にお客さんが居なくなると、デレデレになって甘やかしだす。
表情筋は動かなくとも、あれ食えこれ飲めって始まるからね。
今は僕たちの他にも子供たちが居るから、毅然としているけど。
「ムギ坊。
にやついてる暇があるなら、荷物を奥に持って行きな。
ミウ坊の分もだよ」
「はいはい、了解です。
みーちゃん、手下げ袋を預かるよ」
「ありがとう、ムっくん。
タンブラーも持ってくれてありがとうね」
「連れの荷物の方が重たいんじゃ、ムギ坊も格好がつかないだろう。
持たせてやるのも、女の気遣いだよ。
ほら、ミウ坊は私の話し相手だ」
「あわ、女将さんにみーちゃん取られちゃった」
「ふん。私に張り合うにゃ百年早いね。
さっさと置いて来な」
「はいはい。
帰りにお茶を持って来るねー」
「わかってるじゃないか。
煎餅も忘れるんじゃないよ」
「ゴメンねムっくん。
お願いね」
女将さんにお尻をはたかれる前に、奥の住居部に移動する。
お茶請けならお店の中に沢山あるけれど。
女将さんは、営業中に店の商品を食べる事を良しとしない。
お金を払う払わないではなくて、子供たちへの教育の視点からの話。
お店の人ならお菓子を食べ放題…なんて、思って欲しく無いんだって。
閉店後なら問題ないんだけど。
むしろ。
女将さん、駄菓子なら何でも食べるから。
お店にある駄菓子はもちろん、置いてない駄菓子も相当な種類を食べた事があるんだって。
ご当地の駄菓子を食べるために、昔はあっちこっちに旅行に行ったって。
お酒巡りの親方と夫婦で出かけたり、一人で出かけて行っちゃったり。
今はお取り寄せができるから、もっと色々な駄菓子が食べられるって喜んでる。
それでも、ちょくちょく旅行に行ってるみたいだけどね。
「サラダは冷蔵庫。
お湯を沸かしてっと。
お茶請けは…海老せんべえがある!
…この匂いは、他の子供たちには毒かな?
…商品にもエビせんあるし、大丈夫か」
小さい頃から何度も来ている、大水駄菓子の居間。
お湯を沸かした回数は、実家より遥かに多いし。
公園で遊んだ時間より、この家で過ごした時間の方が多い。
僕とみーちゃんの寂しさを、楽しい思い出に変えてくれた大水駄菓子。
そんな小さい時の僕たちの面倒をみてくれた、大水夫妻。
親方も女将さんも、優しくて子供好き。
女将さんは、駄菓子屋はただの趣味だって言うけど。
面倒見の良さも、駄菓子への愛もひっくるめて、もう天職だよね。
変わることなく、ずっとお店に居て欲しいと思う。
我儘かもしれないけれど。
きっと、この町のみんながそう思っているから。
これからも元気で居て貰うために…週に1回はみーちゃんを連れて来よう!
気温の落差が激しくて、今日はずっと鼻をかんでいました。
皆さんも体調管理にお気を付けください。
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