建て替え心霊物件
かつてこの東屋に、無名の小説家が居た。
彼には密かに想いを交わしあった恋人が居たが
突然、恋人に降って湧いた富豪との縁談に全てを奪われ
この東屋にて首を吊り、薨った。
以後、廃屋となった東屋によなよな現れるという、かの小説家の亡霊の噂は、好事家達の間で密かに流布し、訪れるものも度々あった。しかし時が経つにつれ、かの小説家の悲劇は忘れられていく。世の無常。そして時は更に過ぎ去り、小説家の、四畳半ばかりの廃屋は、無骨な重機に潰され、跡形もなく均された。そして。
「スットライクー!」
「すげーじゃん、ハイタッチハイタッチ!」
「ウェーイ」
「エーイ」
私の背後で今日も『カコーン』とご機嫌な音が鳴り響き、数多のピンが倒れる。
「ん?ん?いま誰かレーンのど真ん中に立ってなかった?」
「あはははいねぇよバーカ!!」
何故に、何故に。
何故私は、ラウンドワンのボーリングレーンのど真ん中に。
私がかつて居を構えていた廃屋は均され、近所一帯は大企業に買い上げられ、跡地にラウンドワンが建設された。
地縛霊となって留まっていた私はそのまま動けず、ボーリングレーンのピンそばに拘束されている。
一軒家やオフィスビルならば浮かぶ瀬もあろうにラウンドワン。よりによって何でそんなゴキゲンな商業施設が。
―――カコーン。
「うぉ、またストライクじゃん!!」
ぐ⋯と歯噛みする。実は上手い奴が一番腹立つ。上手い奴の球は正確に我が股間をくぐり抜けていくのだ。謎に屈辱的である。逆にガーターの奴はかすりもしないしションボリ顔を特等席で拝めるので大好物である。
百歩譲って娯楽施設なのはもう仕方がない。この私が娯楽とは程遠い悲劇のうちに落命していることを考えると業腹ではあるが⋯例えば、閉店後の薄暗いレーンの中央に佇み、我が無念を職員に知らしめ、商業施設の怪異として伝承される可能性はある⋯などと甘い事を考えていた私は余りに愚かであった。
ラウンドワンは、不夜城なのである。
24時間、眠らない娯楽施設なのだ。朝から晩まで無駄に生命力漲る若造どもが永遠にウェイウェイしているのである。こんな事を言うと身も蓋もないが、死者の無念よりも若造の生命力の方が圧倒的に強い。奴柄の生命力に四六時中気圧され、私の恨み節など既に息をしていない。正直、この場に地縛されているのがもう辛い。
最近、左右には動けないが上下には動けることに気がついた。私はゆっくりと高度を上げ、不愉快極まるレーンを離れ、天井を通り抜け⋯やがて止まった。止まらざるをえなかった。上昇出来る限界の高度があるようだ。
そして私は、自分の頭部がUFOキャッチャーの景品に埋もれていることに気がついた。
限界まで首を伸ばして周囲を見回すと、私は自分が『ちいかわ』のUFOキャッチャーに丁度埋もれる場所に地縛されている事を知った。⋯なるほど、ここに留まると私は、若造どもが『ちいかわ』を掴まんと金を払って操作するアームにガチガチと何度も挟まれるわけである。まぁ、地位が低くて代わりが利く小説家、という意味では私も『ちいかわ』であると云えよう。だが、かのアームも『ちいかわ』たる私を素通りし、小さくて可愛い何某かを掴んで垂直に動き⋯ブルン!と痙攣して景品をほぼ元の位置にふるい落とすのだ。そしてアームは水平に動き、景品を落とす穴の上で恭しく指を開く。
銀貨を入れて、ちいかわを掴んでふるい落とす。
⋯実に、実にモヤモヤする金の使い道であるが、馬鹿の懐がどれだけ痛もうが、私には関係がない。ただ、その馬鹿が操るアームに何度も挟まれるのだけは閉口だ。馬鹿は飽きるということを知らない。
「⋯なんか、今一瞬かわいくないものを挟んだような⋯?」
「ハチワレ普通にかわいくね?」
「いや違くて」
―――馬鹿の癖に無駄な勘を働かせるな!!
感覚で生きている輩が多いためか、稀に私の気配を察する者に出くわす。彼らは当然、違和感を周りに伝える。が、しょせんパリピはパリピだ。しみったれた心霊話は当然のようにスルーされるのである。しかもスルーされた当人も『まいっか!』と、いとも簡単に違和感をキャンセルする。いやもう少し頑張れ。自分の勘を信じろ。私はここだ。
さて、上下に動けることは分かったが、上に動いた結果、更に屈辱的な結末が待ち構えていたわけだ。
永遠に球が股間を通過するか、馬鹿が操作するアームに永遠に挟まれるかの二択。何処ぞの宗教では自殺した者は神の御元に辿り着けないという。これは所謂、何かの罰なのだろうか。
嘗て私を降って富豪へ嫁いだ恋人の事を、たまに思い出す。⋯未練がどう、というのではなく、単純に私の死因といえる存在だったから。慎ましやかな女の、突然の掌返しは今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。⋯いや、恨みなどとうに消え失せている。ただ、それしか思い出す事もない。それだけだ。もう二度と会うこともない⋯生きているとしたら、もう80は過ぎているだろう。そんな老婆がラウンドワンに現れる事などあるまい。我々は永遠に袂を分かった。
「ひいばあば、こっち取れそうだよー」
ひ孫と思しき少年に手を引かれて、一人の老婆が現れた。⋯なるほど、老婆がラウンドワンを訪れる可能性というのは、無いわけでもないのだな。レアケース、というやつではあるのだろうが。
「ふふ⋯せっかちねぇ。あの人にそっくり」
慎ましやかで柔らかい口調⋯私のなけなしの記憶が疼く、この声色⋯私は思わず、声の方に首を巡らせてしまった。
「この辺は、随分変わってしまったわね⋯」
「ひいばあば、この辺に住んでたの?」
少年が首を傾げて老婆を見上げる。金持ってそうな⋯いや、裕福そうな和装の老婦人は、優しい顔で少年に微笑みかけた。目の縁のほくろが、笑い皺の縁に消えた。
「貴方のひいおじい様が、この辺に住んでらしたのよ?」
―――ちょっと待て、お前。
この老婦人の⋯いや、この女のほくろに見覚えがある。
「だからね、私にはお墓参りみたいなものなの」
「お墓参り?」
「お母さん!!」
60代になるかならないかくらいの夫人が、この女に駆け寄った。そして少年の手に銀貨を数枚、握らせた。
「⋯ゆうちゃーん、ばぁばがお小遣いあげるから、なんでも好きなのとっておいでー」
「やったー」
少年が走り去るのを見届けて、夫人がこの女を鋭く睨んだ。
「ゆうちゃんに余計なこと吹き込まないで!」
「ふふ⋯怒った顔があの人にそっくりねぇ」
―――思い出したぞ、お前は!!
「あなたも手ぐらい合わせておきなさい?本当のお父様の、終の住処よ」
「よく言うわ、母さんが死なせたようなもんなのに」
私を捨てた元恋人が、子供とひ孫連れてラウンドワンに来やがった!⋯どのツラ下げて現れた!?
⋯⋯ん!?本当のお父様!?
「だってあの人、お金ないんだもの。子供が出来ても育てられなかったわよ」
―――私の子だと!?
改めてまじまじと、怒っている夫人の顔を観察する。険のある目元は私に似ているような⋯。
「いいじゃない。パパにだって連れ子がいたし」
「そういうのは、ゆうちゃんにはまだ早いから!他の従兄弟と自分は違うんだって思っちゃったら可哀想!」
「はーいはい」
―――なんということだ。私はちいかわに埋もれて天を仰いだ。もはや怒りでも憎しみでも喜びでもないこの感情を、どう名付ければいいのだろう。つまり今、私が埋もれているちいかわの向かいのUFOキャッチャーで薄気味悪い機関車の玩具をアームで掴んだり落としたりしている少年は、私のひ孫⋯なのである。そう、名付けるならば。
なにそれ?である。
正直な話、あの女の言う通りだ。子供が出来たと告白を受けたら、私は堕胎を命じたかもしれぬ。拒まれれば、離別を言い渡したのは私だったかもしれぬ。
ああそうだ。今、私は理解した。女の裏切りは自死へのトリガーでしかなかった。
当時の私は、小説家として一向に芽が出ない限界物書きだった。子供新聞や少年向けの冒険活劇小説など、知能指数を30落とさないと書けない文章で糊口を凌ぎ、唯一の大人向け連載は濡れ場を求められ、拒否した結果連載を打ち切られ、もう死にてぇなと思っていたのだ。そこにきて女の裏切り。
彼女が裏切らなかった未来を夢想しようと思ったことすらなかったが、夢想した結果がこの体たらく。いずれにせよ私と彼女に未来はなかった。
そんな男の遺伝子を、彼女は健気にも繋いだのではないか。
些か托卵の匂いがするのは引っ掛かるが。
私をこの地に繋いでいた、何かの力がもろもろと砕けていくのを感じた。ちいかわの山から目元が、口元が、首元が抜けていく。私は上昇しているのだ。恐らく私は成仏
「ほほほほほ!掴める、掴めるわ!!」
―――何だ貴様この忙しい時に!!
私が成仏しようという荘厳な瞬間にバカ笑いする不届き者は何処のどいつだと顔を上げると、あの女がちいかわキャッチャーのアームを操作しながら明らかに私の方を見て笑っている。⋯私が見えるのか?いやいやいや、見えたとして、この女は一体、何を見て笑っているというのだ?
「やだー!取れた、取れたじゃない!!」
私の昇天とあの女が操作するアームが丁度リンクして私がアームで釣れたみたいになっているではないか!!そりゃ笑うわ。いやいやいや、笑うか普通!?半世紀前に悲劇的な死を遂げた嘗ての恋人がちいかわに埋もれてアームで釣れてんだぞ!?
―――まぁ、笑うか。
いや違う、おかしいだろう!?死者の姿を認めた時点で怯えるなり畏れるなり、そういう正常なリアクションがあってしかるべきじゃないのか。何故、あの元彼アームで掴めるんじゃないかなー、と思った!?そもそもこの女に、私に対する申し訳なさはないのか!?
「お母さんどうしたの!?何も取れてないわよ!?」
「あら、落ちた」
「落ちたって⋯」
冗談ではない。私は一旦昇天を諦め1階のレーンに降りた。幸い、今の時間はレーンが空いている。ピン側の定位置でため息をついていると、一人の老婆が大はしゃぎで走ってくるではないか。
「ここよ、ここのレーンで遊ぶのよ!!」
―――このババア!!!
ババアは舌を巻くほどボーリングが上手く、大はしゃぎしながら何度も私の股間に球を通過させた。⋯健気にも、などと愚かしくも誤解しかけたが違う。あの女は元からどっかおかしかったのだ。
「ストライクよー!!」
何度目かの屈辱を受けながらひ孫とハイタッチを交わすババアを睨みつける。⋯若き日の私よ、なぜこんな天然サディストを慎ましいなどと勘違いして引っかかったのだ。こいつと世帯を構えて長生きしなかったのは幸いだったとすら思える。⋯こいつと結婚してしまった富豪の男は、存命なのだろうか。想像を絶する苦労をしたことだろう。
「―――母さん。今日は父さんの三回忌でしょう。もう時間だからでるわよ」
三回忌!?こいつそんな日に亡霊おちょくって何やってんの!?
「えー?⋯なんか面倒になっちゃった。来週にしない?」
お前呪われろ!!
「ダメに決まってんでしょうが!親戚もお坊さんも呼んでるし精進落としのお店も予約してるんだから!!」
私にそっくりなブチ切れ方をして、ババアは我が娘に引きずられて私の視界から消えていった。⋯私の軽率さが、なんという十字架を背負わせてしまったのだ、我が子よ。去り際に『来週も来るわねぇー』と不吉な事を叫んでいたが、冗談ではない。来週までには必ず成仏してやる。⋯そう決意してちいかわからの脱却を試みているが、あの成仏チャンス以来、ちいかわから頭一つ抜きん出る事が出来ずにいる、私である。




