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残光のグラン  作者: ぼふもふ
災厄の獣 黒天狐(コクテンコ)
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13/14

おあずけ

***


「んー! すごく美味しかったです!」

 

 ナイフとフォークを使うのも、調味された食事も1ヶ月ぶり。

 筋張った燻製肉との違いにすっかり上機嫌になった俺は、料理を用意してくれた、ホソーイ家の執事、スポーンに拍手を捧げる。


「いえ。とんでもございません。まだまだ旦那さまにはご満足頂けないような腕でございますので」


 響きの良い声で深々と金髪の頭を下げるスポーンは30歳と若く、ホソーイの両親への恩義から今の仕事に就いているらしい。

 彼の身の上に興味はなかったが、俺はその真摯な態度、何よりも料理の腕前に、少しばかりの好感を抱いていた。


「ところで、すみませんね。マルーイさんとは打ち解けられそうになくて。そういうの苦手なんです。むしろ、こうして誰かの家にお邪魔するのも初めてです。マナーとかで失礼なことをやらかしていたらすみません」


「いえ……お嬢さまは気難しいところがありますので、無理もございません。それに、ユルさまは礼儀正しいですし、食事も綺麗にされていますよ」


「そうですかね? なら良かったです」


 腹が満たされた俺は、バタフライテーブルの左甲板に積まれた25枚の1万ゴル硬貨をチラチラと見る。

 テーブルの下の右足は、軽快なリズムを刻んでいた。


「お二方、僕は今から県庁舎に行ってきますね」


 食事や談笑を終えたころには、15時に差し掛かっていた。県令は今日の夕方を目処に戻ると聞いている。

 ふと、管理対本部で俺とマルーイを待つムッケとピッコンの姿を思い浮かべたが……ま、そのあたりも県令に話しておけば大丈夫だろう。

 俺が話すのを忘れなければだけど。


 背嚢(バックパック)を背負い、モンク靴を履き、ホソーイとスポーンの見送りを背中に、豪邸の裏、路地側にある勝手口で隠密を付与、出発。

 テイワズの命令がある。繁華街の手前で隠密を解除。途端に周囲から注目を浴びながら、真冬の夜を迎える準備に忙しない、薄夕暮れの街を歩く。


 背中の傷は完治。服は破れている。背嚢のスペア服に着替えようかとも思ったが……県令に会ったとて、服装に気を遣う必要があるような厚遇を受けるとは思えないので、気にせず県庁舎へ出向くことに。


 県庁舎までは1時間ほどだが、会う時間を決めているわけでもなく、特に急ぐ必要はなかった。

 路端に連なる商店に立ち寄り、背の低い俺では頭に触れもしない幌を無駄に手で払いながら、露骨に嫌そうな顔をする店員へ、細かな商品の説明を求め、ひとしきり聞いたあと、何も買わないで立ち去る。


 ふらふらと辿り着いた何軒かの店で同じような冷やかしを繰り返していたが、怒った店主に追いかけられたことで俺は懲りた。

 

 スポーンに手渡された手書きの地図を頼りに、前照灯を灯した電機車(エレカー)がすれ違う歩道を歩く。

 店への冷やかしは止めたものの、こちらを見てヒソヒソと何やら話している県民や、通り過ぎる電機車に手を振ってみることはやめなかった。

 もちろん、皮肉をたっぷり込めて。

 それに、こっちを見てもらったほうが都合がよい。多くの人を蛍石に映さないといけないのだから。


 約1時間後、俺は県庁舎前広場に着き、正面の建築物を見上げた。

 県庁舎と銘打たれているからには堅苦しい、四角ばった建物だろうと予想していたが、それはとても丸かった。


 電機車が横に何百台も並ぶほどの広さ。四角い基礎に白く丸いテントを被せたような形状。

 国府の中階層で人気があったサーカス団のショーテントに似ている。なんの気まぐれか、上階層で無償巡業をしていた際、兄さんと二人で見に行った記憶がある。


 本当に県庁舎なのかと訝しむが、県庁舎という文字が刻まれた御影石製の案内板を見つけ、見知らぬ土地で迷ったわけではないと知る。

 守衛のいない小さなドアを押し、県庁舎の中へ。

 ドアの向こうは突飛な外観と雰囲気を共有していなかった。商業課や納税課などの様々な課が複数あり、それらが等間隔に間仕切りされた空間。いかにも公的施設だ。

 外観とアンバランスだな。

 それに、利用者の姿がない。

 

「県令とお約束の方ですね?」


 栗色の髪を腰まで伸ばした黒いタイトスカートの若い女性が歩み寄り、県令室までご案内しますと言う。


「あ、はい。そうです。ユル=ダガーと言います。県令は、もう帰ってきてるんですね」


 不必要に腰をくねらせながら歩く女性の後ろ姿を何となく目で追いながら、俺は周囲を確認。

 足元の石畳、課名を表す金属製のプレート、県民へのお知らせの紙が張り出された鉄製の間仕切り。

 その前に1つずつ置かれている、どう見ても座り心地の悪そうな鉄製ベンチ。漂う、無機質な香り。


「今日は午後3時までが受付時間ですので、もう県民の方々はおりません。夕方から夜に背の低い少年が来た場合は、県令室にご案内しなさいと言われておりましたので」


 胸の谷間を開放し、強調させたブラウスを纏う女性が前屈みになり、笑顔を見せる。女性の視線が俺の胸元、蛍石(フルオライト)に向いていると気づいていたが、俺は無視。

 胸の谷間は絶対に見ない。よくわからないけど、女性は意図的にやっていそうな気がするから。


「……背が小さいは余計ですね」


「あらごめんなさい。小さいのもカワイイですよ? フフフ」


 県令室は県庁舎の最奥に位置していた。 他の課と同様に何の装飾も施されていない鉄の間仕切りに、県民へ向けたお知らせの紙。

 ドア越しの女性の紹介のあと、俺はドアを連続で9回ノックした。


「おお、お待ちしてました。どうぞ、お入りくだされ」


 不死鳥を象ったガラス製のシャンデリアから落ちる、暖色の光。ホソーイの家と同じ、黒曜石のバタフライテーブルと真綿のような座り心地のクッションが乗せられた椅子のセット。


 ゆうに10人は腰をかけられそうな、光沢のある茶渋色の皮製ソファーの右脇には、白樺の本棚が4つ。

 ソファーの正面に置かれた大理石の執務机の向こう、大きな窓との間にある、古びたリクライニングチェアに白髪の男性が座っていた。

 その右隣には、茶渋のスーツを纏い、禿げ上がった額に金縁眼鏡をかけた彫りの深い顔の中年男性。180センチはありそうだ。みんな背が高くていいな。羨ましい。

 左隣では、同じく金縁眼鏡をかけたケロコンが無表情で中空を見ている。


 まだ促されてもいなかったが、俺はソファーに体を投げ出すように腰を下ろし、決して長くはない足を投げ出すように組み、室内の3人を悠々と見回してみせる。

 あの茶渋スーツの男が管理隊の隊長だろうか。たぶん、強念士だな。


 さて、この白髪の県令はどんな人物だろうか。意図的にそう整えているのだろうが、上に向かって緩やかに先細りしていく不思議な髪の形。

 髪の毛はそれぞれ焼きごてを当てられたように曲がっていて、顎から伸びる白い髭も同様。 だが、顔を含めたその他のパーツはごく普通の健康的な老人といった感じだ。


「どうじゃ、イカス髪型じゃろう」


「え? そ、そうですね。刺激的な髪ですね。そんなことより、僕がここに来た理由は2つです。まず1つめですが、県を運営するにあたり、困っていることはありますか?」


 本当は微塵ほどの興味もないけど、出発直前に追加された、県令もしくは近い立場の人物に、県の運営の課題を聞きとるように、というテイワズの命令がある。

 忌々しいが、聞かなければ。


「いや、特にないのう」

「あ、そうですか」


 県令の答えは想定どおりだった。今から言う言葉に対する反応も同じだろう。

 俺は薄い笑みを保ち、続ける。


「では次です。ケロコンさんには明日の朝に県を出ると言いましたが、明日の夜まで滞在を延ばしたいのですが。あ、夜はそこら辺で邪魔にならないように寝転がってますので」


 茶渋スーツに金縁眼鏡の男性は仏頂面を保っているが、ケロコンが目をわずかに左右へ動かしたのを俺は見逃さなかった。


「ケロコンさんには、明日の朝には出立できますね、と先に言われたので、何も考えずに同意してしまいましたけど、何ていうか……とっても居心地のよい県で驚きました。もう少し色々と見て回りたいなと思っています」


「ユルどの、儂の両脇にいる兄弟は説明下手での。すまんのう。実は、旅人の滞在は疫病など安全上の理由から訪問日を含めて2日までと県法で定めておるんじゃ。今夜はどこかに泊まってもらって構わないが、明日の朝早くには出てほしいのじゃ。そうでないと示しがつかぬ。これまでもずっとそうしてきたからの――とはいえ、滞在延長が国府令だと言うなら、何かしらの検討が必要になるがの」


 県令は刺激的な外見とそぐわぬ好々爺だった。 顔じゅうの皺を総動員、不自然なまでに柔らかい笑み。

 机に両肘を立てて両手を組み、その上に顎を乗せ、緑がかった瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめている。


「はいそうですか。わかりました」


 だが、あっさりと引き下がったことに違和感を覚えたのか、県令の満面の笑みに少し陰が差す。

 もしかして、予定どおりを出てもらうためにゴルでも用意しようと考えていたかな、と多少気になったが、今はそんなことよりも、と俺は静かに立ち上がった。


「それでは、今日は適当な路地にでも泊まらせて頂いて、明日の朝早くに北側から県を出ます。ケロコンさん、お預けしてある武器はちゃんと返してくださいね。あれはとんでもなく高価な借り物ですので。ダマスカス鋼とミスリルですよ?」


 ケロコンは少しずり落ちた金縁眼鏡を直してから、首を縦に振った。 次に俺はスーツの男にも目を配ったが、男は終始一貫して感情を見せていない。 この佇まい、意外にやっかいな相手かもしれないな。


「あ、ところで、まだ県令さんのお名前を聞いてませんでした」


「おお、これは大変失礼した。儂の名は、ケインじゃ」


「そうですか。ケインさんですね。俺はユル=ダガーです」


 ふと違和感に気づき、俺はドアの前で深いため息。ぼそりと独りごちた。


「――ここにきて、まともな名前なんですか」


 何だかどっと疲れを感じ、背をすぼめて県令室を出た俺へ、先ほどの女性が出口までご案内しますと声をかける。

 女性がブラウスの前立てボタンをさり気なく1つ外したことに気づき、一瞥してしまったが、女性に冷えた断りを入れ、早足で歩き出す。


 聴力を付与して県令室に会話があれば盗み聞きしようか、とも考えたが、俺は自分に言い聞かせる。

 たとえ何を話していようが、この県が何を隠していようとも、自分には関係のない話だ、と。


 帰路、行きとは違う、県の外れにある古びた商店街を時おり冷やかしながらフラフラと通り抜け、その先、大人の男女が集うネオン街は目を伏せて通り過ぎる。

 喧嘩中の酔っ払いを四人、吐息でひっくり返し、何に使うかわからない大荷物を背負い、動けなくなっている少女の荷物を、近くを歩いていた大人数人に無理やり持たせたり。


 ソロリの街は、昼間よりもかなりザワザワとした雰囲気だ。あっちこっちでトラブルが起きていた。

 これが日常ではないとしたら……閉鎖的な県に、俺という異分子が入ったからか。それとも、明日、行事とやらがあるからか――たぶん、後者だ。

 モヤモヤが消えなかった。俺には無関係なのに、どうしても明日のことが気になる。


 屋敷の近くで隠密を付与、勝手口の手前で解除。いつからそうしていたのか、屋敷のドア前に立ち、突然現れた俺に驚くスポーンの姿があった。

 本当にこの人は仕事熱心だな。お礼を言い、スポーンに続いて家に入る。

 居間には兄妹。もう大丈夫かなとマルーイに声をかけた俺だったが、微塵ほどの反応もない。

 完全無視。そうですよね。


 ホソーイがマルーイに態度を軟化するように諭すが、妹は兄の言葉を聞き入れる様子を見せない。

 不得手極まりない人間関係の改善を諦め、俺はバスルームを借りることにした。


 ラバトリーに用意されたタオルやバスマットの上質さもさることながら、埃ひとつ落ちていないように見える清潔さ、ゆうに全身を浮かべられる広さの大理石製バスタブ。

 むしろ俺の背丈では、気を抜けば沈んでしまいそうだ。 リッチな人間の暮らしを垣間見た俺は、自分の育った環境との差に複雑な気持ちを抱かずにはいられない。


 40分後、長湯で体が火照った俺を爽快感が包む。 微風が吹いてくる方向には据え置き型のファンが置かれている。稼働に電気を必要とする電機に必要不可欠な発電器は、内蔵型なのか、外部には見あたらない。


 入るときには置かれていなかったから、スポーンが用意してくれたんだろう、と俺は感心。だが、問題発生。置かれていた紐だらけのバスローブを着る方法がわからない。


「うわ、なにこれ。どの紐と、この紐がどうなってるの」


 戸惑う声に気づいて駆けつけたスポーンは、俺の体を見て言葉を失う。


「気にしないでください。おおかた、鎧みたいだと思ったでしょうが、この体と傷は、とっても刺激的な家庭環境の産物です。で、その環境はもうありません。あ、それより、このバスローブを上手く着れなくて……」


 スポーンの手助けでバスローブを纏う。生まれて初めてと言える柔らかな肌ざわり。鼻歌混じりの俺が歯の掃除を終えて戻った居間には、真新しい黒い上衣が用意されていた。

 

 測ったようにフィットするサイズで、肌に触れる質感は絹のごとき。俺は有能極まりない執事に深々と頭を下げ、お礼を言う。

 ホソーイ、スポーンと国府との違いについて雑談をしたあと、ようやく柔らかなベッドで眠れる、と浮き足立ちながら来客用の寝室へ。


 ふかふかベッドはどこにあるかな、と部屋を見渡した俺がすぐに見つけたのは、二対のポールから伸びたハンモックだった。


「ユルさん、素晴らしいでしょう。リュクスから取り寄せたものです。ソロリではハンモックはとても珍しいですから、お客様はお喜びになります。ただ、バランス調節用に重さを調節した柔らかめの金属板を敷いています。翌朝には背中がほんの少し痛くなってしまうのが難点ですが」


 体を硬直させて振り返ると、スポーンの、今まででいちばんの満面の笑み。

 俺は5秒ほどの間を置き、声を振り絞った。


「……そうですねー……」


 ふわふわベッドには、当分出会えなそうだ。あ、ムッケとピッコンのことを伝えるのも忘れたし。

 それはどうでもいいけども。



――翌朝、俺はまだ暗い早朝に目を覚ました。寝る前の剛性付与で背中は痛くなかったが、なぜだろうか、心のどこかが痛い。


 この県が抱えている秘密に関わるべきか、就寝前はまだ迷いがあった。県がひた隠しにする、行事。旅人を排除する姿勢、胡散臭い管理隊と県令。

 それに、心優しいホソーイが妹を守るために力を持たなければならない理由。


 だけど、ウダウダ考えるのはもうやめだ。気になるものは、どうしたって気になるんだから。

 ソロリが何をやっているのか、絶対に見届けてやろう。邪魔するなら、管理隊を全員のしてでも。

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