三念士と三大士
今から約1ヶ月前、旅の出発日。
国府庁舎の最上階から1つ下の階。国府長テイワズからの指定場所。
外との境界線たる外壁をガラスで埋め尽くした部屋、その中央。
不透明なガラスに囲まれた四角い空間の前で、胡座をかき、イビキをかいて眠る筋骨隆々の男を見た。
輪郭にそって髭が生えた精悍な顔、白髪混じりの黒の短髪、巨躯に似合わぬ小型の双剣を左右の腰に差した、50歳前後の黒衣を纏った男の名は、三大士トゥール。
母親から兄リランの仇として耳にタコができるほどに聞かされた男の名前だが、姿を見たのは初めてだった。
トゥールの強さは初見でわかった。
同じ三念士だが、まともにやり合って、確実に勝てる。なんてとてもじゃないが言えない。
兄さんを殺されたことは、悲しい。
仲良しではなかったが、嫌いでもなかった。一緒に遊んだ思い出も、喧嘩した記憶もある。
だけど、そこそこの強念士だった兄さんなら、トゥールの実力を理解できていたはず。なのに、自分を過信したのか、無謀にも戦いを挑んだ。
ある意味、自業自得だと思う。だから、俺はトゥールを倒したいとは思わない。亡くなった母親は、そうではなかったけれど。
むしろ、考え方によっては、兄さんのせいで苦しい幼少期を過ごすはめになった、とも言える。
「あの、聞こえてますが、ユルさん? どうやっで三念士になったのか……」
「あ、すみません。三念士……そうですね。あまり深くは話せませんが、母親を殺した時からですね」
ヒュッとした顔になる兄妹をよそに、俺は平然と続ける。
「――ま、色々あったんです。色々と。もちろん、国府から罪に問われてないので、今ここにいます。関連して言うと、強念の効果は、基礎になる肉体と精神の強靭さに大きく影響されます。どれだけ鍛えているか、と、気分とかその日の調子の良し悪しによってかなり変わるということですね」
「き、鍛える……そうなんですか。強念を習得することばっが考えてて」
「強念は、あくまで肉体や物質の性質を強化するだけです。基礎は大切です。これからは、しっかり心身を鍛えてくださいね。ちなみに、お二人はどうして強念を?」
「あ……すみません、詳しくは言えねえんですけど……妹を守るために必要というか……必要なんです」
何から? という俺の問いに、ホソーイは困り果てた顔で俯いてしまう。
何か隠していることがあるようだ。言えない、ということは、例の、県の行事に関係しているのかもしれない。
どこまでも怪しい県だ。
ここ、ソロリは。
「無理にとは言いません。さて、僕が伝えられるのは、あと……そうだ、間撃は知ってますか?」
「すみません、答えられなぐて……間撃は、知っでます。だからまずは剛性と靱性を覚えたんです。ユルさんにはまっだく通じなかったけんど……あ、ユルさん。48個ある強念を、教えてもらいたいんですが……」
すっかりホソーイを気に入っていた俺としては、是非とも教えてあげたいところだったが――
「すみません。それはできないんです。僕の行動は、とある方法で監視されていまして……なんて言うか、後から見られるんです。で、他人に強念の種類を教えることは、国府から禁止されているんです。強大な力だから……すみません」
「監視……どうやっで……?」
その問いにも答えることはできないが、俺は無言で蛍石を見つめてみせた。
気づいたかはわからないが、ホソーイはそうですか、と小さくこぼす。
その脇でチッと舌打ちをしたマルーイへ、俺は悪戯っぽく舌を出してやった。
マルーイは顔を真っ赤にして立ち上がろうとしたが、兄に諫められ、中腰のままでそっぽを向いてしまった。
「さて、僕の講義はここまでです。強くなる必要があるなら、まずは筋力の向上、体のしなやかさ。これを鍛えることが近道です。頑張ってください。……それでどうです、25万ゴルの価値はありました?」
はい! と元気よく答え、深く頷いたホソーイに少しの安堵を覚える。
もういちど、豪奢な部屋を見回し、俺はずっと考えていたことを口にした。
「そうですか。なら良かったです。さっそくなんですが、報酬と――実は僕、かなりお腹が空いてまして。その、何か食べさせてくれませんか? あと、できたら……今日はここに泊めてくれませんか? もちろん、家を出る時は隠密を付与して目立たないようにしますので」
「えっ、あ……泊めたっでわからねえようにすれば……も、もちろんです! お客さん用の大きな部屋が幾つかあるんで、どうぞ泊まっていっでください!」
大反対するマルーイを制し、ホソーイが快諾をしてくれた。
やったぞ、これは嬉しい。
豪華な食事、ふわふわのベッド。
25万ゴル。ふわふわのベッド。
今日は、最高の夜になりそうだ。
読んでいただいている皆さん、ありがとうございます。
強念一覧、用語集を公開しました(後者は追って記載します)
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