強念の講義
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少年の名は、ホソーイだった。
彼らの豪邸の豪奢なリビングに入る際に告げられたその名前を耳にし、俺はこらえきれず、フ、フフフと自分でも不気味な笑いを漏らしていた。
背中に負った傷を治すため、治癒力を付与、俺はお姫さま抱っこをしていたマルーイを床に下ろす。
生家だったバラック小屋なら丸ごと入る広さの居間を眺めて思う。まさに、こういうのを絢爛豪華と言うんだろうな。
等級の高い獣たちを象る装飾を施された家具と調度品の数々。
長毛種の猫の毛に近しい感触を覚える柔らかな絨毯。ゆらめく火が燃ゆる黒曜石の暖炉。
極めつけは居間の中央に設置された、獅子の形をした噴水。
靴を脱いで家に入る時点で既に自分が育ってきた世界との違いを感じていた俺だが、この噴水の無駄っぷりには憤慨に近い感情さえ覚える。
さぞやゴルが余っているんだろうな。
「ど、どうかしだべか?」
噴水を険しい顔で凝視する俺に不安を感じたのか、ホソーイが怯えた声を出す。
「あ、いえ。気にしないでください。あまりの貧富の差に、めまいがしてきただけです――ああ、そんなことはいいので、さっさと依頼をこなしちゃいますか」
俺は黒曜石で造られたバタフライテーブルの脇、真綿のような手ざわりのクッションを乗せた椅子に腰を下ろした。
「ヴー!」
痛みにも慣れたか、手負いの獣のように犬歯を剥き出しで威嚇するマルーイの姿を前に、俺は気まずいな、と頭を掻きながらホソーイに目をやる。
長い髪を振り乱し、唸り荒れる眉目秀麗な妹をなだめ、ホソーイは言い聞かせるように言った。
「マルーイ。もう大丈夫だ。ユルさんは敵じゃねえべ」
「そ、そうですよ、マルーイさん。あ! ところで治癒力は付与できますか? ああ、それは大丈夫なんですね、では早く付与してください。もう戦うつもりはないですし」
ホソーイに腕をぽん、と叩かれたマルーイは、なんとも悔しげな顔で俯き、琥珀色の閃光を疾らせた。
講義開始にあたり、俺はおほん、と咳払いをしてみせる。そのあと、わざとらしいなと恥ずかしくなったが。
「ではでは、強念の講義をします。メモとかしなくて大丈夫ですか? ……まず、再度の確認ですが、お兄さんたちは強念士としての訓練を受けていないと言っていましたよね?」
ホソーイは首を振って肯定し、バタフライテーブルの脇の椅子に腰を下ろした。
俺が勝手に拝借し、卓上を勢いよく滑らせた紙とペンを受け取り、深々と頭を下げる。
「わかりました。では、省略せずにいきます。そもそもですが、強念が何なのかとか、そのあたりは知ってますか?」
困惑したような表情になり、ホソーイは首を横に振った。その反応を見た俺は満足げに頷き、少し芝居がかった口調で続ける。
「それが正解です。俺も含めて、たぶん誰も知りません。使える、そうでないの基準も然り。普通の人との違いで判明しているのは……僕ら強念士は死の直後に少しだけ体が軽くなる、ということくらいです」
「か、体が軽ぐなるんですか」
「はい。強念が消滅したことで軽くなる、なんて学説がありますが、確たることは何も」
ホソーイは早速メモを取り始める。
その間、俺はマルーイの眼光鋭い視線への無視を決め込んでいた。
「なので、今から話す内容も正しくない可能性はあります。その前提で聞いてくださいね」
講義はまず、強念の習得。
習得法はシンプル。強く、強く念じ続けること。腕力を上げたい、この剣の切れ味を鋭くしたい、とか。
「それは知っでいます。街の蔵書館にあっだ本を見て、2人とも、今使える強念の習得までは2年かがったから……」
「2年なら早いほうかもしれませんね。ここからが重要なので、よく聞いておいてくださいね」
残念ながら、念じ続けた全てが強念になるわけではない。現在、習得可能な強念は、48を数える。
300年前、世界を牛耳っていたヴィンセン帝国に反旗を翻した人物、シド。48の強念を駆使したと言われる彼が、世界初の強念士。
仲間を集め、10年の闘争で帝国を打ち倒した彼の死から長い時間が経ったが、この数が増えたことはない。
習得の証はわかりやすい。琥珀色の閃光と、付与対象の変化。
数ヶ月やそこらで身につくものではなく、数年、人によっては習得に数十年を要することもある。
「ちなみに、一般的に習得可能な強念の数が48と言いましたが、僕はそのうち45個を使えます。まぁ、だいたい6年くらいかかりましたかね。で、残りの3つは上手くいきませんね。相性が悪いんでしょう。それと……」
文字どおり目を丸くし、興奮気味に何度も頷きながらメモをとるホソーイの姿勢に、俺は気分がよくなっていた。教えがいあるというか。
少し迷ったが、隠密についても教えておこうかな。
「僕は、48に含まれない強念を1つ使えます。固有強念と呼ばれるものです。すべての強念士を知っているわけじゃないので、確たることは言えませんが……国府の研究によれば、48以外の強念は、その人固有のものになるようです」
ホソーイは、固有強念。固有強念……と何度か呟いてから、おずおずと口を開いた。
「あの、よがったら……ユルさんの固有強念がどんなものか……」
「隠密です。簡単に言えば、人から見つかりにくくなります。戦闘にも使えますよ。足も速くなりますし」
「そ、それはどうやって習得ばしだんですか?」
「……そうですねー、たぶんですけど、僕は小さいころ、毎日、常軌を逸した訓練を課してくる母親から逃げ出したかったんです。肉体鍛錬をさせられながら、何年も何年もそう願ってきたから……ですかね」
苦々しい顔になった俺に気づき、細身のホソーイがさらに体を縮こませてしまった。俺は、気にしないでください。と言い、講義を続ける。
「ふつうの強念士の同時付与は、2つまでです。さっきも話しましたが、僕は3つ。国府で聞いた話では、3つ付与できる強念士を、三念士と呼んでいるみたいですね。三念士と確認されているのは、あの有名な三大士の3人と、僕だけのようです」
「三大士っで……国府にいるっていう、とんでもねぇ強念士たち……?」
「ですです。1人いるだけで国同士の争いの結果が変わる、とか言われています。ちなみに、僕が知っているのは1人だけです。トゥールという、オジサンで、僕の兄を殺した男です。……あ、気にしないでくださいね、言いたくないことなら、自分から言わないので」




