間撃、決着
冷静に考えれば、この少年を連行しても、報酬が増える確証はない。
背中の傷は、治癒力の付与があれば数分で塞がるくらいのものだし、ここで騒ぎを大きくするのは得策じゃないかもしれない。
「あのー、お話を聞いてもらえ」
「さっざと立ち去れ!」
下段なぎ払いから、袈裟斬り。続けて鋭い突き。流れるような連撃で、靱性付与のチャンスがなく、もらえば間撃だ。3連撃を回避し、後ろに跳んで距離を保つ。
「ちょ、ちょっと待ってください。少しお話をさせてください」
言葉を紡ぎながら、靱性、反応、脚力に入れ替える。これも基本の戦術だが、琥珀光で付与がわかるため、強念士相手には、大して効果的ではない。
少年は止まらない。一足で距離を詰め、下ろしていた切っ先を、俺の顎に向けて振り上げる。
剣を拳で叩き落とし、剣で少年の剣を押さえつけ、踏み込んで棍を脇腹に叩き込む。
少年にダメージはない。彼は剣を振り払って数歩退いた。
間違いなく、剛性は付与している。それに、俺の剣撃への警戒心も薄い。剛性と靱性の付与なのか。だとしたら、この鋭い動きは素の力。
息を整えている少年に新たな琥珀光はない。俺が拳で剣を弾いたことから、靱性には気づいているだろうに。
うん。発展途上の強念士、といった感じか。
「マルーイはここから動かさねえ。連れていくのをあぎらめてどっかさ行けよ!」
「……うーん。わかりました、その気ならお相手しますね。けど、死んでも恨まないでくださいよ?」
おそらく、彼の理解はこうだ。防御系2つを付与、長期戦に持ち込み、隙を見て間撃を狙うつもりだろう。
戦術としては理解できる。
でもそれは認識不足だ。妹?もそうだったが、おそらく、格上との戦いに慣れていない。
俺は、ふうと一息つき、剣を鞘に納める。
反応と腕力を交換。
右に体を振って、それをフェイントに左から袈裟斬りを繰り出す少年を皮1枚で避け、前に踏み込む。
驚いて身を反らした少年の背後に回り込み、頸動脈を腕でロック。
少年は逃れようと暴れるが、混乱と合わせ、対応する強念がないのだろう、10秒もたずに体から力が抜けていく。
間撃による、勝利だ。
「……さ、ここまでにしましょう。悪いですが、どう足掻いても僕には勝てませんよ?」
失神寸前の少年を解放、崩れ落ちた彼の背中をさすってやる。あくまで、敵意はないことを示すために。
「げほっ、けぼっ……あ、あんた、付与を……3つ……?」
「まあ、そうですね。気づけるだけ、君は有望な強念士ですよ」
「お、おんなしくらいの歳だどに……なんで、そこまで……」
ほうぼうに跳ねる紺藍色の髪をポリポリと掻き、俺は投げるように言う。
「とりあえず話を聞いてください。僕は依頼されているんです。お兄さんたちは運気を下げたくないんでしょ。暴れてるのは、それと関連してるんじゃないですか? よくわかりませんけど」
行事の件には触れるなと言われたが、依頼の話を伏せろとは言われていないので、伝えても問題ないだろう。
ゴルにならないことでこれ以上面倒な事態は避けたい。
「お姉⋯⋯失礼しました。妹さんやあなたに個人的な恨みはありません。妹さんを管理隊の本部に連れていくだけです。危害は加えない、何日か本部で預かるだけと約束させています。破ったら僕が叩きのめすと、伝えてます。たぶん、行事とか、その準備の邪魔をされたくないんじゃないかと」
報酬にもなりそうにない以上、一刻も早くマルーイを連れてこの場を立ち去りたい。
「妹は美人だべ」
マルーイを慈愛に満ちた瞳で見やる少年が、独りごちる。
俺はこのあとに続く少年の言葉を予想し、どうすれば少年が矛を収めるかについて考えを巡らせる。
「もしも本部で妹が襲われたら、あんだ、どうしてぐれるんだべ! 後で叩きめすったって、あんだが本部にずっといるわけでねーだろ!」
俺はにこやかに取引をもちかけた。
マルーイを見逃して欲しいなら、2つ条件がある。
1つめは、報酬として受け取るはずだった20万ゴルを払うこと。減額のことは忘れた。
もう1つは、ソロリで10ヶ月おきに行われている行事の詳細を教えること。
身なりや、自宅の豪華さからすれば、裕福な家庭だと踏んでいる。
ゴルは問題ないという予想どおり。後者は県法違反となるが、妹を思う少年に迷いは見られず、承諾。
少年は、行事は明後日に催されますが、内容はどうしても教えられないので、そのぶんを上乗せして25万ゴルを支払います、と言う。
そうきたか。
「明後日……ああ、なるほど。だから帰りを急かされたんですねー。ちなみに、2つめを話してしまったことが明るみに出ると、お兄さんはどうなるんでしょうか?」
少年の応えはこうだった。県民以外に話したことが明るみに出た場合、最悪は投獄、よくてもソロリにはいられなくなる。
自分たちには身体的な重度障害をもつ母親がいるから、他の県に受け入れてもらえる保証がないのだと。
「そもそも、他の県まで行くのも難しそうですね?」
息が整った少年が、深く頷く。
俺は森での管理隊員たちとの会話を思い出していた。
この県には宿屋すらない。旅人を拒む体制になっているのも、行事とやらの秘密を守るためかな。
それにしても、簡単に金額を吊り上げる財力があるなら、せめて30万ゴルくらいまでふっかけておけば良かった。
「なるほど。よくわかりました。なら、25万で手を打ちますね」
少年の顔に安堵の色が濃く映る。
管理隊からの依頼を反故にする後ろめたさは多少あったが、向こうも正確な情報を提供できなかったんだし、気にすることはないか、と切り替える。
「あの、それど、もう1つお願いが……強念について詳しいですよね」
「え? まぁ、はい。多分、お兄さんよりは」
「あと5万ゴル追加するんで、基本的な知識を教えていただけねえでしょうか。妹には、もう暴れないように言うがら……妹を守るだめにも、必要なんです。強念、オラたちは独学でやってきてるんで……」
強念のいろはを講義するだけで5万ゴルとは。破格の好条件であり、いくらなんでも貰い過ぎかとも迷ったが、それはほんの一瞬。
俺はすぐに首を縦に振り、口角を猫のように波打たせ、少年に言った。
「うーん、本来なら、国府の試験も受けていない人においそれと教えるものじゃないんですが。うん、しょうがないですね! それ、受けましょう。まあ、とりあえず、周りの目が痛いので、お兄さんの豪華絢爛な家に行きませんか?」
実は、遠目に見える豪邸に興味があった。ちょうどいいので、お邪魔してしまおう。




