最終話 10年後の平和
「それからどうなったと思う?」
あの日からちょうど十年後。
俺はガキども相手に昔話をしていた。
「エーテルさまが大活躍してわるいひと全員たおした!」
「ねねさまが結界で押し潰したんだよきっと!」
ガキどもは五月蠅くしているが、席から勝手に立ったり暴れたりしないし、奇声もあげたりしない。
親御さんが教育を頑張っている、そして教育を頑張る余裕ができたことを誇らしく感じる。
血色の良さも、年齢の割に高い身長も、今の社会が豊かな証明だ。
「あの……」
ガキどもと比べると小柄な子供がおずおずと手をあげる。
着ている服はガキどもと同じ、支給された制服だ。
しかし、つい最近東日本から亡命してきたこの子供は、この土地で生まれ育ったガキどもとは育った環境が違う。
「猿吉さまが、敵対する全ての者を、誅したと聞かされました」
「ちゅーした?」
「おっさん、浮気した!?」
ガキどもが騒ぎだす。
ガキどもの勢いに圧倒されて、子供が今にも泣き出しそうになっている。
「おほんっ」
異能は使わず、あの日の気分を思い出す。
炎の異能を破壊と殺人にしか使っていなかったときに少し近付いた俺の気配は、平和の中で育ってきたガキどもを驚かせる。
子供は、一人だけ机の下に潜り込んでいた。
「素晴らしい! お前ら、小早川さんを見習え! アホが異能をぶっ放したときには、即座に逃げるか隠れるかしないと大怪我するんだぞ!」
「えー! でも今日避難訓練じゃないよー!」
「おーぼーだー!」
「妙な知恵ばかりつけやがって。マジな話だよ。異能ってのは怖いんだぞ」
ねねは産休をとっているので、青い炎の実演をするわけにはいかない。
まあ、俺たちの本来の職場は発電所だから、産休前でも学校へ出張する俺はひとりだけだったろうが。
「……本当に、良い判断で、良い動きだ。学費の免除率を上げるよう話を通しておく」
俺は子供に小声で伝えてから、普通に座り直すよう笑顔で言った。
「じゃあ正解を言うぞー」
俺は、笑い話のような雰囲気を意図して作る。
ガキどもはわくわくして、東日本出身の子供は期待と不安が混じった目で俺を見上げてくる。
「絶界と俺が調子に乗って焼きまくって、呪いを使うための結界も、魔物を抑え込むための結界も、全部壊してしまったんだ」
戦いが終わり、捕虜を全員警察に押しつけた後、俺たちは真っ青になった。
いきなり街の中に魔物が現れ始めたからな。
「だ、か、ら、思い切ったことができた。異能の役割分担だ。エネルギー供給や攻撃を別の異能者が分担したり、ノーコンな攻撃をする奴と攻撃を誘導できる奴を組ませたりな」
実際に役割分担が本格化したのはその数週間後で、それまでは俺とねねが組んで力押しで魔物と敵異能者を蹂躙していた。
織田が、捕虜と知事と話をつけて『異能者をちょっと優遇はするし保護もするが特権は与えない』社会を、青い炎を背景に作り上げるまでの話だ。
奴はマジで偉人だ。
たった十年で、ねねが平和ぼけして産休をとれるくらいにしたんだからな。
「おっさん! それって発電所のこと言ってる?」
「まあ理屈は同じだ。異能の熱を伝える触媒を入れた水に異能の炎をぶっ放したり、異能の熱が発電所の外へ行かないよう壁を建てたりとかの役割分担もしている」
「こーきゅーとり!」
「そりゃそうだが攻撃系の異能者は兵役があるからな。本格的に鍛え始める前によく考えろよ」
「「「「はーい!」」」」
教室中から一斉に返事がくる。
ただひとり、東日本出身の子供だけが、目に不穏な光を浮かべている。
「まあ、そろそろ東日本の異能者組織も消えるから、お前らが兵役につく頃には訓練だけだろうがな」
まだ授業の終了時間ではないのに、校内に臨時ニュースを知らせる音楽が響く。
織田エーテルが、東日本の本拠に精鋭を率いて奇襲攻撃を仕掛けたのだ。
俺は混乱と興奮で支配された教室で、振動したスマホを耳に当てる。
「猿吉大尉。遠隔呪詛の反応が確認されました」
「地下経由は?」
「全て上空経由です」
「了解。迎撃を開始する」
教室を出る俺に気付いた子供に『にやり』と笑い、俺は階段を全力で駆け上がり校舎の屋上へ出る。
空は雲で白く、遠くから近づいて来る呪詛と、呪詛を導く『管』が感じられる。
それも複数だ。
ひとつひとつ打ち落としていては間に合わない。
「そういえば、発電所の外で異能を使うのは数年ぶりか」
毎日使っていれば成長する。相変わらずのノーコンでも、都市ひとつの空を青で埋め尽くす程度は簡単だ。
俺にとってはな。
「っとやりすぎたか」
天を覆っていた分厚い雲が、飛来した呪詛ごと『青い炎』で一瞬にして蒸発する。
残ったのは、どこまでも突き抜けるような真っ青な空。
十年前と変わらないノーコンっぷりに、俺は一人、呆れたように肩をすくめた。
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