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バ火力なのに逃げたい俺と、離さない狂犬少女の天下取り  作者: 星灯ゆらり


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第1話 バ火力と狂犬

 クマの背中を突き破り、イノシシの牙が突き出した。

 断末魔の悲鳴をあげるクマは全高2メートル。

 牙を突き刺したままクマを振り回しているイノシシの魔物は、軽自動車よりも大きい。


「クソが。魔物かよ」


 突然始まった殺し合いに、俺はショックを受けて数秒呆然としていた。

 クマは吹き飛ばされて急な斜面を転がり落ちていく。

 イノシシは血まみれの牙と血走った目を俺に向けて助走を開始する。


 当たれば死ぬ。

 即死できるなら運が良い。

 最悪の場合は、全身の骨と内臓が壊れた激痛に苦しめられながら、イノシシの魔物に食われる地獄を味わうことになる。


 だから自然に、俺はイノシシに高純度の殺意を向けることができた。


「お前が死ねよ」


 俺の全身から青い炎が噴き出す。

 安全靴や作業着も焼けないが、足元や斜面の土は超高温のバーナーで炙られたかのように黒く焦げて一部は赤く光っている。


 イノシシの魔物も無事ではすまない。

 一瞬で表面の毛が焼け焦げて、目は白く濁ってから炭に変わり、皮膚も肉も骨も焼かれた全身が崩れて残骸となって俺の足元に転がる。


 俺の異能は止まらない。

 魔物すら焼き尽くす炎が山の斜面を広がっていく。

 広がるほどに薄まってはいるが、遠くまで転がり落ちたクマは炭を通り越して灰になっている。


 相変わらず俺の異能は強すぎる。

 魔物退治に使えば素材全滅、喧嘩に使えば殺人事件だ。

 武力が金に繋がらない。


「うん?」


 しかし炎が突然に止まる。

 きらきらと光る、堤防にしか見えない何かが現れて、炎が完全に食い止められる。


 しばらくして炎と堤防が同時に消えると、倒れたままぴくりともしない巫女が見えた。


「行き倒れか。後で埋葬……は面倒だな。焼くか」


「みつけた。おっきな、ほのお。こんなとこで、しねる、かぁっ」


 弱り切っているのに生への執念に満ちた声が響き、俺は見捨てるのを諦めた。



  ☆



「ごちそうさまでした!」


「おう。全部食いやがったなこの野郎」


「んんっ」


 巫女が咳払いをする。

 直前までと比べて別人のように真剣な表情で、それまでも綺麗な姿勢だったが、俺が思わず「ほう」と賞賛の声を出してしまうほど美しい正座をする。


「わたくしは絶界ねねと申します。この御恩、生涯忘れません」


 深く頭を下げてくる。

 顔も髪も服も薄汚れていても、真摯な瞳と見事な所作が汚れることはない。


「俺は猿吉だ。詳しい事情を聞く気はない。……希望するなら病院か警察まで連れて行く。医者に行くなら金はそっちで頼む」


「はい。怪我も病気もありません。警察には、知られない方がいいと思います」


「……そうか。俺は」


 お互いこれ以上の情報を渡さず別れるための手順を相談しようとしたのに、玄関の扉を乱暴に叩く……いや、蹴りつける音が邪魔をする。

 俺の口角が釣り上がる。

 親父たちが遺した家を蹴るってのは、喧嘩を通り越して殺し合いの宣言だよな?


「開けろ!」


「どけっ。しょせん下民の小屋だ」


 滅多に見かけることのない重機のような音と力で、玄関の扉が吹き飛び二階への階段にめり込んだ。

 覚悟を決めた表情で立ち上がろうとした絶界に、俺はそのままいるように仕草で伝える。

 そして、異能の制御を少しばかり緩めて、殺意が顔に出ないよう注意して玄関へ向かった。


 そこにいたのは小綺麗な格好の少年あるいは青年たちだ。

 土足で俺の家に入り込み、ただの障害物を見る目を俺に向けてくる。


「銃だと?」


 傲慢な表情のガキが構えた銃から発砲音が響く。


 その直後に、青い光が玄関と廊下を照らした。

 攻撃されたときのみ全力で殴り返すよう念を込めていた炎が、銃弾を焼き溶かすだけでなく吹き飛ばし、煮立つ鉄の雫として銃を持つガキの頭に叩き込む。


「参ったな。魔物相手の自動防御が発動しやがった」


 目を向いて痙攣するガキがひとり、中ではなく刀を抜いたいかれ異能者がふたり。

 そんな馬鹿どもに、俺は精一杯優しく微笑みかける。


「やっちまったな、お互いによ」


 今さら許しを乞うても許されるわけがない。

 こんな態度で、親父たちが遺した家をぶち壊された以上、俺も許すつもりはない。


「せいぜい派手にやろうじゃないか。実は対人戦は初めてなんだ。手加減は期待しないでくれよ」


「クソっ。異能を使え! 出し惜しみするな!」


 気絶したガキは放置され、刀を持った異能者が俺から離れる。

 俺は追えない。

 俺の異能は体を強化しないし、遠くまで届くよう使えば確実に家を巻き込む。

 いや、ガキ相手に自動で反撃した分の異能も、玄関とその周辺をかなり派手に焼いてしまっている。


「攻撃して来ない?」


「異能の使いすぎのクールタイムだ! 今のうちに殺せ!」


 刀が振り下ろされ、そのたびに無色で無音の斬撃が俺の家を切断する。

 俺は、炎で家を焼くのが嫌で反撃できない。


「猿吉さま。あの、それほどの異能の力をお持ちなのに何故攻撃されないのですか? 猿吉さまの異能の出力なら、陰陽寮の追っ手といえど鎧袖一触ですよね?」


 つい先程俺の飯を奪った奴が小声で話しかけてくる。

 俺はぎょっとして「奥に隠れろ」と言おうとして、しかし斬撃がきらきら光る半透明の板に防がれるのを見て言葉が止まった。


「俺の異能は大雑把にしか狙えない……すまん見栄を張った。非常に雑にしか狙えない。あいつらに届く攻撃をしたら家ごと消し炭だ」


「なんて極端な。ええっと、でしたら」


 絶界が集中する。

 本人ではなく俺からきらきら光るものが伸びて、俺と襲撃者ふたりを結ぶ、大きな管を作る。


「どうぞ!」


 俺の異能の威力を直接見て知っているはずなのに、襲撃者とはいえ人間相手に使うのにためらいがない。

 それどころか、派手な蹂躙を見たいという、無邪気で残酷な喜びすらあった。


「異能者ってのは物騒な業界だな。今日から俺もその一人か……」


 管の半ばで青い炎が爆発する。

 俺に向かって来た炎は、自動反撃で押し返される。

 そして、二重になった炎が、絶望の表情の襲撃者ふたりをこんがりと焼く。


「ちっ。まだ死んでないの」


 先程までの品の良さはどこにいったんだという顔で吐き捨てる絶界に気付く。

 こいつ、中身はヤバイ奴だ。

 そう思って身構えた直後、絶界の表情がパッと明るく輝いた。


「でもすっごい力です猿吉さま! この力があれば全国制覇も夢じゃない! あいつらに目に物見せることも……。ねえ猿吉さま? ご相談があるのですが」


 逃げだそうとした俺のベルトを絶界が掴み、血走った目と、完全な猫を被った上目遣いで俺を見上げていた。



  ☆



 非常に情熱的な、ただし色恋や性欲要素は完全にゼロの口説きをされた俺は、とても大きなため息を吐いた。


「一度揉め事を起こしたら一生狙われるって、どんな反社会勢力だよ」


「異能者は徒党を組み、他者を獲物にし、敵対者には容赦しません」


 巫女、いや、絶界は真顔だ。

 これが演技なら本職の役者としてやっていけると思う。


「先ほど猿吉さまが焼いた者たちですが……」


「病院に押し入って焼くのはなしだ。村の人間も世話になってる病院だしな」


「ですが」


「だから、あいつらが所属している徒党に『玄関の修理代』を請求しに行く。二度と来ないように念書も書かせる。俺は家を壊されて頭にきてるんだ。案内できるか?」


「はいっ! 根絶やしですね猿吉さま!」


「……話し合いだぞ?」


 絶界の顔には最高に凶悪で、好戦的な笑みが浮かんでいる。

 こいつ、絶対話し合いで済ませる気ねえな。


 このとき既に、日本争奪戦に関わってしまっていることに、俺はもちろん絶界も気付いていなかった。

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