第三話 "アンムル"
朽ちた建物。剥き出しの地面。目の前には帽子に手を添える高い身長の人影。
本当に人かどうかも分からない顔の見えない影は、なぜか徐々に近づいてきていた。
……いいや。近づいていたのは自分だった。
足の裏から感じる冷たさが、出ては消えるを繰り返している。
人影が手を伸ばせば届く距離まで近づいた時、急に視界が揺れて前後左右が分からなくなり、気が付けば座り込んでいた。
背中には冷たい壁。地面には冷たい土。頭上には朽ちた屋根が見え、いつの間にか前に立っていた人影が手を差し出している。
背後から差す光を背に、人影はどこか微笑んでいるような気がした。
~~~~
鼻の奥に香る甘い匂い。
背中に感じる、石とは違う柔らかな感触。
瞼を開くと真っ白な天井が目に入った。
右側に視線を移すと、近くには木でできた椅子と机があり、壁には扉が見える。
石でできた壁や天井には罅や穴は一切無く、部屋の床にはゴミ1つ落ちていない。
少年の身体にはふわふわの布がかけられていて、触ってみるととても肌触りが良い。
これがあれば、夜に寒さで震える必要が無いだろう。
「……あれ?」
布に触れていて気が付いたが、手首から金属の感触がしない。
布の中から手を出してみると、手首に付けられていたはずの手錠が無くなっている。
額の痛みが薄れている。何が起きたのかと額へ触れると、手触りのいい布の感触がした。
額の布を引っ張ると、後頭部を前へ引っ張られた感触がした。
引っ張られたへ触れてみると、額と同じ布の手触りがする。
(こうなるまえはたしか……)
足音から逃げようとして、身体の力が抜けて意識を失ったはず。
ならばここに連れてきてくれたのは足音の持ち主?
頭に布を巻いたのも、手錠を外したのも?
一体何のために?
少年には理由が全く思いつかなかった。
自身に手錠をかけた男たちの仲間ではないのだろう。仲間ならば手錠を外す理由はないはず。
関係ない親切な人が助けてくれたのだろうか? でもそんな人は一度も見たことが無い。
少年が寝ころびながら考えていると、扉の奥から軽やかな足音と鼻歌が聞こえてきた。
すぐにベッドの上で瞼を閉じると、数十秒をかけて足音と鼻歌が徐々に大きくなっていく。
「おーっす、起きてるかー?」
金属の擦れる音と共に、親しみのこもった若い男性の声が聞こえてきた。
パタンっ、という音の後、鼻歌が少年へと近づいてくる。
昔に出会った人なのだろうか。過去を思い返してみるが、このような声の持ち主に出会った記憶はない。
それならばなぜこの人が自分を助けてくれたのだろうか。
……分からないから、もしもの時は怪物に襲われた時のような風を出して逃げよう。
前は身体の中にある温かな感触が溢れ出たことで風は吹いていた。
ならば自分で動かせないかと試してみると、意外と簡単に動かすことができた。
「うーん、寝てるか」
風を吹かせられるのかを布の中で試そうとするが、入ってきた人物の声が真上から聞こえてきたので中断する。
これでは試そうにも試すことができない。
ただ寝たふりは完璧のようで、起きていることに気づいている様子はない。
「……あれ? おかしいな……」
少年が安心していると、声の持ち主は何か疑問に思うことがあったみたいだ。
もしかして寝たふりをしているのがバレているのか。
……いいや、そういえば額に付いていた布を引っ張ってたっけ。
過去の失敗を思い出していると、額に丸い何かが触れてきた。
額へ触れてきた物が何なのかは分からない。だが、丸い物なんて銃口くらいしか思いつかない。
このまま撃たれるくらいなら一か八か、風を吹かせれるかを試してみよう。
少年は結論付けると、身体の中に感じる温かな感触を前と同じように身体から溢れ出させる。
すると身体に掛かっていた布の感触が消えて、横から「ぶほっ!?」という声が耳に入った。
すぐに瞼を開いて立ち上がり真横を見ると、布が覆いかぶさっている人物が見えた。
温かな感触をその人物へ吹きかけるように動かすと、下から掬い上げるような風が、布に覆われた人物目掛けて吹き荒れる。
「うぉおお!? ぐぅっ!!」
布に覆われた人物は地面から浮かび上がって後ろに吹き飛び、白い壁へと叩きつけられて苦悶の声を漏らした。
今のうちに逃げ出さなければ。
少年が周囲を見回すと、前には扉があって背後には窓が見える。
扉の傍には銃を持っているだろう人物が布を被って座っており、真正面から行けば撃たれてしまうだろう。
ならば窓から? ……いいや、ここが何階なのかが分からない。もしも高い場所だった場合、地面へ叩きつけられて死んでしまう。
「……て……っ……まっ……! てき……じゃな……! おれ……はて……じゃな……!」
ゴウゴウという重低音が響き、木材の砕ける音が響く中。少年の灰色の髪と、いつの間にか着ていた清潔な白い服の裾が優しく揺れる。
そんな中、重低音の響く場所にある、手の形に膨らんではためいている布の中から、くぐもった声が聞こえてきた。
何を言っているのかは分からないが、敵であることに間違いない。
この人物に余裕ができてしまったら、銃を向けられて撃たれてしまう。
そうはならないように、身体から溢れ出させる温かな感触を増やしていく。
窓が割れ、壁のひび割れる音が聞こえてきたころ。金属の弾ける音が鳴り響き、扉が内側に向けて吹き飛んできた。
扉は周囲に渦巻いていた風に巻き込まれ、壁へと叩きつけられて木の残骸へと変わる。
少年が扉の行方を追っていると、ふと疑問が浮かんできた。
内側から外側へ吹き飛ぶならともかく、外側から内側へと吹き飛んできた。
それはつまり、誰かが吹き飛ばしたのではないか。
嫌な予感を覚えて急いで扉の方へと振り向くと。
「ガっ!?」
床を蹴ったような音が聞こえると同時に、喉へ強い衝撃を感じた。
少年が現状を把握するよりも早く、身体が浮き上がって床へと叩きつけられる。
「ぐぅっ!?」
打ち付けられた背中と肩が激しく痛む中。視界に映ったのは、少年と同程度の身長で、白い服の上に白衣を羽織った長い黒髪の女性だった。
「暴れるな」
「っっ!!?」
女性は少年の胸に膝を乗せて体重をかけながら、面倒くさそうに一言だけ言葉を発する。
少年は女性の細い腕を掴んで首から引き離そうとするが、女性の腕は全く力んでいないのにもかかわらずほとんど動かない。
ならば、と温かな感触を白衣の人物目掛けてぶつけようとすると。
「ァ……っ!」
「暴れるなってば」
風が吹く前に女性の眉が少しだけ動き、首を掴んできている指の力が強くなった。
圧迫感と痛み。
息ができない苦しみ。
余りの辛さに、身体から溢れ出ていた温かな感触が自然に止まり、骨の軋むような痛みと共に視界の端へ黒が滲む。
「あのー、アスク先生? その辺にしてあげてもらえると……」
「こいつが魔法を使おうとするからこうするしかないのさ。
ブレンもミンチにはなりたくないだろ?」
視界の端に青い髪の男性が映りこんだ。
男性は女性──アスクセンセイへと遠慮がちに話しかけている。
魔法ってなんだろう。ほんの少しの疑問が浮かぶ中、視界が徐々にぶれ、意識に靄がかかっていく。
「いやそうなんすけど、顔の色が変わって今にも死にそうなんで、1回離してあげれないっすか?」
「……死ぬのは困るね」
アスクセンセイと呼ばれた女性の全く慌てていなさそうな声の後、指の力が弱まった。
「っはぁ! はぁっ! げほっ!」
視界は滲み、目尻を涙が伝って零れ落ちていく中。必死に冷たい空気を吸い込む。
呼吸をするたびに視界のブレは元に戻っていき、意識の靄が晴れていく。
「一応言っておくけど、魔法を使おうとしたらもう1回同じことをするよ」
少年は滲む視界の中で、幼顔ながらどこか圧の感じる顔つきのアスクセンセイの前で必死に首を縦に振る。
魔法が何なのかは分からない。でも温かな感触をぶつけようとしたら、首を圧迫する力が強くなっていた。
そのため、魔法とは温かな感触をぶつけることだろうと考え、絶対使わないようにしようと心に決める。
この人に逆らったらダメだ。
少年が頷くと、アスクセンセイは首から手を離して立ち上がった。
片手を白衣のポケットに突っ込んで、ダルそうに立っている。
少年が自身の喉に手を当てながら、アスクセンセイの一挙手一投足に注意して見ていると。
「あー、大丈夫か?」
心配そうな男性の声が聞こえてきた。
声のした方向を見てみると、髪も目も服も青い青年が左腕を力なく垂らしたまま、しゃがんでこちらを見ている。
この人は誰だろう、と思ったが、最初に聞こえた声に似ている。
つまりこの人が銃を突き付けてきたのだろう。
……でも、どこにも銃は見当たらない。
「ブレン、こっちに来い」
「え? あ、うっす」
ブレンという人物が持っているはずの銃を探していると、呼ばれたブレンはアスクセンセイの元へと向かっていった。
2人が並ぶと身長差のせいで凸凹としているが、大きいブレンの方が畏まっているように見える。
「しゃがめ」
「うす」
アスクセンセイは人差し指で下を指さし、ブレンはその通りにしゃがみ込む。
そして、アスクセンセイはブレンの肩に手を添えると、
「いっでぇええええ!?」
手を動かしていないのにもかかわらず、肩からゴキッ、という硬い音が聞こえ、ブレンは涙目になりながら肩を抑えてその場で蹲った。
どう見てもアスクセンセイは手を一切動かしていなかったのに、ブレンは肩を抑えながら「ぐぉぉぉぉぉ」と痛そうに呻いている。
首を掴まれている時にあれをされていたら。
思わず嫌な想像をしてしまい、頬を汗が伝っていく。
「うるさい」
「いでェっ!?」
ブレンを冷たい目で見下ろしていたアスクセンセイは、呆れたように言葉を吐きながらブレンの頭を拳で殴りつけた。
軽く振り下ろしたようにしか見えないのに、ブレンの頭からはとても痛そうな音が鳴る。
「な、殴るのはだめっす……」
「加減はした」
「魔法使いの加減は加減じゃないっすよ……」
ブレンは頭を片手で抑えて蹲り、涙目になりながらアスクセンセイを見上げる。
木の棒で石を殴った時のような音がしたのに、あれで加減をしているだなんて。
やはりアスクセンセイは怖い人なんだ。
少年がますます逆らわないようにしようと心に決めていると、ブレンの言葉が耳に入っていないのか、アスクセンセイが何事も無かったかのように少年の方へと近づいてきた。
自分も殴られるのではないか。
でも、逆らってしまえばまた首を絞められるし、最悪は加減無しの拳で殴られてしまう。
少年はアスクセンセイの足元を視界に収め、身体を震わせながらゆっくりと後ずさりしていく。
「……少年が何もしなければ、私は何もしないのだが」
少年が後ずさりをしていると、アスクセンセイは少し目尻を下げながら呟いた。
先ほどよりは優しく聞こえるが、さっきまで殺されかけていたのだから油断はできない。
「首を絞められたんだからこうなるのも必然っすよ」
ブレンが殴られた部分に手を置きながら立ち上がり、少し呆れを含ませた言葉を言いながら近づいてきた。
アスクセンセイはブレンをジト目で睨みつけるが、
「……まあ、そうか」
ブレンの言葉に一理あると思ったのかため息を零すと、少年から離れていった。
脅威が離れていったことで、目の前にいるのは全体的に青いブレンのみ。
ブレンは少年へゆっくり近づくと、腰をかがめながら手を差し出した。
この手は何だろう。
「ほら、立てるか?」
ブレンが白い歯を見せて明るく笑っている。
少年は立てばいいのか、と理解して自力で立ち上がる。
立ち上がる時に少しふらついたが、特に問題なく立ち上がることができた。
だが、目の前に差し出されている手が何なのかが分からない。
少年が立ち上がると、ブレンは差し出していた手を引っ込めたので、あの手がなんだったのかがますますわからない。
一体何だったんだろうと思っていると、ブレンがしゃがんで目線を合わせてきた。
……もしかして、このブレンという人物は敵ではないのではないだろうか。
アスクセンセイに首を絞められていた時、目の前のブレンが進言してくれたおかげで力が緩んでくれた。
最初に敵だと思った原因である銃も、ブレンは持っていないように見える。
吹き飛ばした時に落としたのかと思って周囲を見てみるも、床に見えるのは木の残骸だけだ。
「首、大丈夫か?」
ブレンは少年の首へと手を伸ばしながら、心配そうな声で語り掛けてきた。
絞められていた時はとても苦しかったが、今は全く苦しくない。
少年が小さく頷くと、ブレンは手を額へと移動させる。
思わず身体に力が入るが、額に丸い指が触れた後、後頭部を前に引っ張られた。
どうやら頭に巻かれている布を引っ張られたみたいだ。
ブレンは引っ張った布を少しだけ上にずらして手を離し、
「アスク先生、怖いよなぁ。俺も何度殴られたか……」
しみじみと語り始めた。
少年は思わず首を縦に振る。
どれだけ抵抗しても抜け出せず、目の前が暗闇に染まっていくのはとても怖かった。
あの人は怪物と同じくらい怖い。
「聞こえてるぞ、ブレン」
ブレンと恐怖を共感していると、恐怖の象徴が平坦な声で囁くように呟いてきた。
声のした方向へ振り向くと、アスクセンセイがこちらをジト目で見つめてる。
「ゲッ。
じょ、冗談っすよ先生。
先生は可愛くて優しいっす!」
「それはそれでムカつくからあとで病院まで来い」
アスクセンセイの方へと振り返って調子の良い事を言うブレンだが、アスクセンセイのお気には召さなかったようだ。
先ほどまでは明るい笑顔を浮かべていたブレンは、まるで今から死ぬような顔をしている。
病院とはそこまで怖いのか。少年が戦々恐々としていると、小さく「うっす」と返事をしたブレンが少年の方へ視線を戻してきた。
「……俺の無事を祈っていてくれ」
ブレンは少ししょんぼりとしながら小声で呟いてきた。
病院ってのはそんなに危ない所なんだ。
そんな所に強制的に連れていかれるなんて。
少年は小さく頷き、ブレンのために祈ることを決めた。
これ以上殴られませんように、と。
「ああ、そうだ。ブレン」
「なんでしょうかアスク先生!」
ブレンは勢いよく振り返り、背筋を伸ばしながら直立不動の態勢になった。
手は太ももの横へと付けられ、顎は引かれている。
アスクセンセイはそんなブレンの行動に一切反応せず、
「私がソヴァクを呼んでくるまでにこの部屋をある程度片付けておけ」
反論は一切受け付けないと言わんばかりの、平坦な声で命令を下した。
そんなアスクセンセイの命令を受けたブレンは、
「え?」
呆けた声を出してから、部屋の中を見回し始めた。
少年も一緒に部屋を見回してみると、床には木の残骸が散乱しており、壁には罅が入っている。
「マジっすか?」
ブレンは頬に汗を伝わせながら、恐る恐るといった様子でアスクセンセイへ問いかける。
「お前が連れてきた少年が壊したんだ。だったら連れてきたお前が責任を取って片付けておけ」
アスクセンセイは圧のある目つきでブレンを見ながら言い終えると、出入口へと歩いて部屋から出ていった。
ブレンは呆然とアスクセンセイの後ろ姿を見ていたが、姿が見えなくなったころに肩を落とし、壁側に溜まっている木の残骸へ近づいていく。
「そういえば、俺はブレンって言うんだけど、お前の名前はなんて言うんだ?」
ブレンは残骸の傍でしゃがむと、残骸へと手を伸ばしながら名前を聞いてきた。
ただ、名前と言うのはなんだろうか。もしかして夢の景色のようなモノなのだろうか。
少年が首を傾げて考えていると、返事が無いことに疑問を抱いたのか「あれ?」と呟きながらブレンが振り向いてきた。
首を傾げる少年を視界に収めたブレンは、
「あー、もしかして名前が無いのか?」
遠慮がちに名前が無いのかを問いかけてきた。
少年には名前とやらが何なのかが分からず、名前が無いとはどういう意味なのかが分からず沈黙を保つ。
「……もしかして、名前が何なのか分からない?」
ブレンは恐る恐るといった様子で、優しく声をかけた。
その言葉に少年が小さく頷くと、ブレンは顔を掌で覆って「まじかー」と天を仰いだ。
「えーっと、名前ってのは人を呼ぶときに使う言葉で、俺の場合はブレンってのが名前だ。
さっきの小さい人も、俺の事をブレンって呼んでたろ?」
確かにアスクセンセイはブレンと呼んでいたし、ブレンもアスクセンセイと呼んでいた。
「あの人の場合はアスクって名前なんだけど、医者っていう凄い人でもあるから、本名はアスクだけど先生を付けて呼んでるんだ」
あの怖い人はアスクセンセイではなくてアスクだったのか。
そして名前とは、自分が何と呼ばれていたかということだろうか。
自分が何と呼ばれていたのか。
「がきってよばれてた」
「……ん?」
思い出した中で一番呼ばれた名前を口にしてみる。だがブレンは聞こえなかったのか、眉を下げて首を傾げた。
「なまえ。みんながきってよんでた」
もう一度自分の名前を答えると、ブレンは苦虫を嚙み潰したような表情をして、小さく「まじかよ」と呟いた。
ブレンは口を開いては閉じるを繰り返し、
「……あー、それは名前じゃないな」
とても言いづらそうに言葉を発した。
だが、思い返す限りで一番言われたのはガキだ。
他には売れるとか目玉だろうか。
ただ先ほどの話からすると、一番呼ばれたのはガキなので、自身の名前はこれなのだろう。
「よばれてたのがなまえ?」
「……さすがにガキって名前はあり得ないっていうか。もしそんな名前を付けた親がいるならぶん殴りたいっていうか」
眉を顰めて俯きながら腕を組んだブレンは、「どうしよ」だなんて呟きながら「うーん」と悩み始める。
しばらく悩んでいたブレンは何かを決心したのか、顰めていた眉を緩めた。
「……さすがにガキって呼びたくねェからさ、俺が名前をつけていいか?」
特に否定する理由はないので、素直に首を縦に振る。
ブレンは口を開きかけたが寸でで止め、腕を組んで俯きながら「むらん」「かしゅ」と意味不明な言葉を呟き始めた。
ブレンの呟き声だけが響く静寂の中。何度かこちらを見てくるブレンと目が合いながらも、大人しく座って待っていると。
「……決めたっ!」
「っ!?」
小さな声で呟いていたブレンが、急に大きな声を出しながら立ち上がった。
少年は全く警戒していなかったせいで、身体をビクッと跳ねさせる。
心臓の鼓動が早くなっている。
一体どうしたのだろうかとブレンを見ると、キラキラとした目と視線が合った。
そして、部屋の外から漏れてくる光を背にしながら、
「お前の名前はアンムルだ!」
意気揚々と口にした。
ブレン自身も気に入ってるのか、何度もつぶやいて噛み締めている。
それが自分の名前か。
「よしっ、改めて自己紹介しようぜ! 俺の名前はブレンだ!」
ブレンはどこか楽しそうに、高らかに名前を宣言する。
そして、
「お前の名前はなんて言うんだ?」
ブレンは少年を見下ろして、ニヤリと笑みを浮かべながら楽しそうに問いかけた。
少年はブレンを見上げ、背後から差し込んでくる光に目を細めながら、
「あんむる」
今貰った自身の名前を口にした。
なんだかとても懐かしい響きのような。まるで最初からこの名前だったかのように安心する。
少年が名前を口にすると、ブレンは嬉しそうに笑いながら膝を折り、手を差し出してきた。
この手は何だろう。
差し出された手を見つめて、どうすればいいのか悩んでいると、不意に自身の手首を握られた感触がした。
すぐに視線を移すと、ブレンの空いていた手が手首を握ってきている。
思わず振り解こうとする。だが目の前で明るく笑うこの人ならば大丈夫だろうと考え直し、されるがままに受け入れる。
少年が手を引くことをやめると、差し出された手のひらへと誘導されていき、包み込むように握られた。
大きく、ごつごつとしていて、とても温かい。
「よろしくな、アンムル」
弾んだ声。
眩しい笑顔。
親しみを感じる青い瞳。
人肌の温もり。
アンムルとなった少年は、初めて貰った無償の親愛に、薄く笑みを溢したのだった。




