なにか
フェイは闇に馴染む森を懐中電灯とゲイテンを頼りに走った。
自分たちが来た方向が分からなくなるような景色が続く。
だが二人が足を止めることはない。
”何かが起きている”
あまりにも凄惨な死を前に、フェイの心は危険信号を灯し恐怖が全身を震えさせていたが、体は前方にいるはずの人々の元へ動き続ける。
伝えなければ、逃げなければ。
今すぐに、この森から。
そう思いながらも、フェイの喉が痙攣する。
走った所為か、頬には水滴が滴った。
二人の両脇は地面に倒れこみ身動き一つない人間の体をいくつも通過する。
しかし少し前を走るゲイテンが振り返ることはなく、黙々と全力で走り続けていた。
じわじわとゲイテンが先に進んでしまい離されそうになるその時、前方に明かりを発見した。
腰の高さはある。
「......ゲイト!」
「ああ......!」
近づくにつれハッキリと人の後ろ姿が暗闇に浮かび上がる。
フェイは普段通りに歩く参加者たちの姿を見て安堵した。
「死人が出た!中止だ中止...!!」
肺の空気が素早く循環する中、全力で残りの空気を絞り出し叫んだ。
前方の集団がフェイの声に気が付き振り返る。
その中にはスティーブと、先頭を歩くセドリックの姿があった。
最前には数えられる程度の人数しか残っていない。
しかも半分はスティーブのチームメイトの取り巻きだ。
しかしフェイにそんなことを気にする余裕はなかった。
「...さっき...血が......死んでて...!」
フェイは息を切らしながらも道中に見たものを説明しようと必死に繋がらない言葉を吐く。
そんなフェイの背中を摩りながら、少しだけ息を切らしたゲイテンが代わりに説明した。
次々に倒れ込んだ参加者達、謎の大量出血、指先の”灰”、ここにたどり着くまでに見た全てを。
ゲイテンは参加者達を一瞥し結論付ける。
「だからもう引き――」
「――いや無理だろ」
しかし、ゲイテンの提案を遮るように、スティーブが割り込んだ。
その時、フェイは兄の胸ぐらを引き寄せ、拳を強く握りしめた。
「てめぇは何で分から――」
瞬間、腹部に衝撃が走る。
「フェイ!!」
「っせーな、嘘こいてんじゃねぇぞバカ共が」
息が、呼吸ができない
気持ち悪い
痛てぇ
フェイは膝をつき地面に額をこすり付けながら、衝撃が過ぎ去るのを待った。
口は閉じることなく、よだれが滴るのを感じる。
ゲイテンもしゃがみ込み、フェイの様子を確認するとすぐに立ち上がった。
そして、怒りのままにスティーブに拳を叩きつける。
その刹那、一発の銃声が夜の森に響き渡った。
「......っ!」
スティーブの右手には硝煙を漂わせた拳銃が握り締められていた。
拳銃の矛先はゲイテンのつま先だった。
そして一瞬何が起きたか分からなかったゲイテンは、じわじわと押し寄せる痛みに顔を強張らせ歯を食いしばりながら、つま先を抑えた。
「下らねぇことしやがって、車は俺がいただくっつってんだろ」
「......ゲイト!!」
まだ十分に機能しない肺を無理やり動かすかのようにフェイは声を絞り出した。
「...フェイ、つるむ相手は考えろっていつも言ってるよな」
周りの参加者はその光景に息を飲む。
「それによ、そんな嘘ついても意味ねーぞ」
スティーブは振り返った。
そこには、暗闇に溶け込みながらもさらに黒い、ドームの闇が目の前の進路を塞いでいた。
フェイがドームに気が付くと同時にチームメイト達は、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらパンツや尻に手を入れる。
そしてスティーブと同じように拳銃を参加者達に突き付けた。
『俺らは正式にハンスさんの傘下に入ったんだよ』
『ばーか!!俺らの勝ちぃ!』
『最初から度胸試しの結果は決まってるってことだ』
ハンスの一味、ここレイブンヒル含む周辺地域ではかなり有名なギャングだ。
銃口を突きつけられた参加者達は一斉に手を空へ上げる。
八百長、スティーブ達は端からブライアン家の車を誰にも渡す気はなかったのだ。
下品に笑うチームメイトの一人がフェイに銃口を向けた。
上手くことが運ばれたのがよっぽど嬉しいのか、それとも目障りで裏切者のゲイテンとフェイを痛めつけられることへの背徳感に酔っているのか、地べたにつくばるフェイに向けられた銃口の引き金が今にも引かれそうになる。
フェイの目から再び涙が零れた。
数秒後に訪れるであろう耐え難い痛みに備え、顔面に力を込める。
『お゛ッ...!!』
しかし予想していた痛みは訪れず、代わりに来たのはチームメイトの苦鳴だった。
「何やってんだ、殺すぞ」
恐る恐る顔を上げると、兄がチームメイトの腹に拳をめり込ませていた。
それまで生き生きとしていたチームメイト達の顔は急激に強張った。
「てことで、俺が一番ってことでいいな!ブライアン」
「......」
スティーブは振り返りながら、ドームを前に皆に背を向けるセドリックに話しかけた。
「異論あるやつはいるかぁー?」
「......」
「じゃ終いだな、おい戻るぞお」
参加者達に拒否権はなかった、いつもは陽気なあの子も、高級車の一攫千金を目指したあの子も、銃口を前に異を唱える者などいなかった。
だがフェイは内心胸をなでおろしていた。
流れはどうであれ、これで今夜の度胸試しは終わる
この得体の知れない森から出られる、これ以上スティーブ達にゲイトとセドが傷つけられずに済む
全員がドームに背を向け帰路に着く中、足の甲を撃ち抜かれ、唇を噛み両手で傷口を抑えるゲイテンにフェイは駆け寄った。
「ゲイト!!大丈夫か!!」
「い...たい、けど大丈夫!」
「...大丈夫なわけねーだろ...バカだな」
今度はフェイがゲイテンに肩を貸し帰路に着こうとしたその時、正面から甲高い機械のような鋭く小さな音が聞こえたような気がした。
周囲の参加者達が黙々と帰り、チームメイト達が騒がしく二人の横を通り抜ける中、フェイはその音の方へ顔を向ける。
そこには、ただ笑顔のまま人差し指をこちらに向けるセドリックが目に入ると同時に、ちょうど二人の横を通過した参加者の――足が弾け飛んだ




