生きては帰れない
フェイはゲイテンに背負われながら、ふと昔の事を考えていた。
その頃はまだ幼く、おぼろげな記憶だが兄、父、自分の三人でよく山に入っては虫取り一つで一日中遊んだ日の思い出。
兄はいつから暴力を振るうようになったのだろう。
父は、いつから家に帰らなくなったのだろう。
——そうだ。
父が“これ”に関わり始めてからだ。
フェイは通過する木々を見上げ、葉っぱの隙間から見えるドームを恨めしそうに睨んだ。
「なぁゲイト、何で参加したんだ?」
フェイは不意にゲイテンに訪ねた。
深い意味はない、ただ思いつくと同時に口が動いただけだ。
「......フェイと同じだ」
「......そうか、そうだよな...」
ゲイテン・ブラウンはブレない。
ただ友のために、一筋の光を頼りに暗闇を突き進むだけだった。
20分程だろうか、しばらく歩くと先に進んでいた参加者がちらほらと立ち止まっていた。
よく見ると地面に座り込む者や、木に寄り掛かり俯くものなど、20分程度歩いた疲労には見えなかった。
すると、急にフェイの乗り物が激しく揺れる。
「大丈夫ですか!」
ゲイテンが参加者に気づき声を懸けに走ったからだ。
運命を共にしたフェイはゲイテンの本能に刻まれた行動を思い出し、面倒くさそうに一息吐いた。
フェイは愛想を整え懐中電灯を正面に向ける。
そこには他の参加者よりも重症そうな、落ち葉に身を寝かせ苦しそうに唸る女とそれを介抱する男が照らされた。
女の顔は男の背中で見えなかったが、男は目に涙を浮かべていた。
「......助けてくれ」
よく見ると女の方は大量の鼻血を出しており、周囲には赤く染まったティッシュが転がっていた。
その男女の様子からただ事ではないと感じたフェイはゲイテンの背中から飛び降り男に事情を聞こうと駆け寄る。
ゲイテンもポケットからハンカチを取り出し女の止血をしようと近づいた瞬間、激しく体を逸らし、後ろに手をついて倒れた。
手が地面につくと、べちゃっと嫌な感触が伝わる。
恐る恐る、その手の感触を確かめるゲイテンは言葉を失った。
ゲイテンの手のひらは泥と落ち葉に紛れて、赤く染まっていたのだ。
「ッ......!!」
鼻血の出血量ではない。
隣にいたフェイも動揺しているゲイテンに気が付き女に光を照らした。
そこには閉じた目、鼻、口、耳、下半身や毛穴に至るまで全ての穴から血が漏れ出した女が横たわっていたのだ。
「うっ...!!」
喉の奥がひくつき、胃がせり上がる。
フェイは腹の底からこみ上げる物を無理やり抑え込むように唾を飲み込んだ。
「......何が、あったんですか?」
先に落ち着きを取り戻したのはゲイテンだった。
そのままゲイテンは、介抱していた男に訪ねた。
「......ほんとうだったんだ...」
フェイとゲイテンの視線が男に集まる。
「......あの噂」
男はどこか空虚な表情をしながら、視線を下に落とす。
それに引き寄せられるように、二人も視線を追った。
その視線の先には、男の両手にしっかりと握られた女の右手があった。
「......」
男はそれ以上言葉を発さない。
フェイとゲイテンは無意識の内に、その男の両手に隠された右手を確認しようと手が伸びていた。
そして二人は、男の両手をそっと開いた瞬間、一瞬だけ森のざわめきが止んだ。
”指先から崩れ落ちる女の右手”があった。
その崩れた指はまるで”灰”の様だ。しかしその断面から溢れる血は、たった今体外に出てきたことを証明するかのように鮮やかだった。
「......な...んだ、これ...」
「......」
フェイとゲイテンはしばらくの間微動だに出来ないでいると。
一滴の赤が、フェイの手の甲に零れた。
「っ!!おい!大丈夫ですか!!」
フェイがその雫の温もりに気が付き慌てて男を揺さぶる。
しかし男の反応はなく、フェイの揺さぶりに身を委ね振り子の様に大きく揺れた、やがて腕に掛かる重圧に耐えきれず手を離すと、目の前の女の腹に顔を埋め動かなくなった。
何だこれ、病気?、毒?何が起きたんだ。
見たこともない聞いたこともない人間の状態を目の当たりにし、フェイは足に力が入らなくなっていた。
一方ゲイテンは何かに気が付き、フェイの落とした懐中電灯を拾い上げ周囲の森を照らす。
疎らにいた休憩していた参加者も全て、目の前の男女と同じ状態だったのだ。
”ドームに関わり、生還したものはいない”
以前どこかで聞いた言葉が二人の脳裏を過った。
「......生きて帰れない...」
人が死ぬ瞬間を見たのは初めてだ。
目の前で横たわる男の最後に垂れた血の温もりがまだ感じられる様だ。
フェイが恐怖に侵食される。
それはじわじわと、心臓から根を生やすように全身に広がった。
息が震え、腕が震え、心が震えた。
その時、両頬に稲妻の様な衝撃が走った。
恐怖で震える思考を無理やり止めるように、ゲイテンの両手がフェイの顔を押しつぶしていた。
「行くぞ、フェイ」
ゲイテン・ブラウンはブレない。
今はその一途な信念が救いだ。




