第80話 両者の言い分を聞いてみないことにはな
俺は茶菓子に手を伸ばした。
『鑑定』によりお茶にも菓子にも毒は含まれていないことは分かっている。
同時に俺は、俺とヘレンに対して『バフ』をかけた。俺たちの力が元に戻った。
俺はクッキーを一つ摘まんで丸のまま口に入れた。じゅわっと唾液が染み込んだところを咀嚼する。
「いただきます」とヘレンも摘まんだ。
俺は視界の中の『地図』で周辺の状況を確認している。
俺が入って来た側の小部屋は無人になり、その先の廊下では俺たちを連れてきた衛兵たちが歩哨のように扉を守っていた。
一方、ゴスムがいる側の扉の裏は小部屋ではなく大部屋だ。
三十人ほどの兵士が一人の人間を囲むようにして立っている。
三十人は護衛で一人は国王だろう。本日のお招きのホストだ。
光点の色は全員青、少なくとも俺に悪意は抱いていないらしい。今のところだが。
コンコンとゴスムの脇にある扉が外の大部屋側からノックされた。
ゴスムがノブを握って扉を開けた。
男が一人だけ入って来た。
おそらく四十代。
金属製の鎧を身に着け腰に剣を佩いていた。衛兵とは明らかに違う煌びやかで派手な鎧だ。
国王本人というわけではない。
近衛兵とかそういった国王直近の立場にある兵だろう。その隊長の風格だ。
近衛隊長らしき男は背筋を伸ばして立つと俺とヘレンに一方的に言葉を告げた。
「国王陛下のおなりである」
俺は口の中に入ったままの菓子を、お茶で流し込んだ。
俺とヘレンはソファから立ちあがって相手を待つ。それくらいの常識は持ち合わせている。
隊長が脇に避けヴァルハライト王国の国王陛下が入って来た。
やはり四十代だろう。
王侯貴族のイメージにある、ぶよっとした体躯ではなく思っていたよりも引き締まった肉体をしていた。少なくとも鈍らない程度には鍛えている。
残りの三十人程は隣室だ。何かあったら隊長とゴスムが庇う隙に王は逃げ出し、代わりに兵士たちが部屋になだれ込んでくる算段に違いない。
俺たちのほうは逃げ出そうにも背後の扉にノブはない。袋のネズミというわけだ。
俺は立ったまま、その場で国王陛下と無言で見つめ合った。
国王はきょとんとした顔で俺を見ている。
なぜ、自分に頭を下げないのかと不思議な顔をされても困る。生まれながらに相手は自分に頭を下げるものだと思っている人間はすぐこれだ。
あいにく国王を前にした際の作法など俺は知らん。
ラノベで、それっぽい怪しげな振る舞いを読んだ覚えは何度もあったが作法など国や時代によっても変わるだろう。
それ以前の話として俺はヴァルハライト王国民ではなく異世界民だ。この国の王に世話になった覚えはないので無条件で頭を下げろと言われたところで従うつもりはない。
どうせ一度死んで、この場にいる身だ。
前世では穏便に生きたが特に報われるような何かはなかった。
だからといって悪い人生だったとも思ってはいないが同じ穏便な人生をもう一度繰り返したってつまらないだろう。
何より死んだ後でまで誰かに意味もなく頭など下げたくはない。
「おい!」
隊長が怒気を込めて剣の柄に手をかけた。
「国王陛下の御前であるぞ」
「悪いが国王を前にした際の作法など知らん。呼んだのはそちらだろう。俺がギンだ」
俺は国王に対して名乗りを上げた。
「貴様!」
「よさんか。頭を垂れさせるために招いたわけではない。客人に謝れ」
国王が隊長を制止した。
隊長が剣の柄から手を離した。体の力を抜く。
「失礼いたしました」と隊長は俺たちに頭を下げた。
一連のやりとりの間、隊長を示す光点は『地図』の中で青のままだ。
ということは俺に対して悪意を抱いたり攻撃をしようとは実際には思っていなかった。
要するにあれだ。
凄む下っ端を親分が制して度量を示すといった茶番劇、飴と鞭の役割分担だった。
機会があったらそのように振舞おうという相談が国王と隊長の間でできていたのだろう。
国王と俺たちの腹の探り合いは既に始まっているようだ。
じゃあもう少し国王に度量があるところを見せてもらおうか。
「座ってくれ」と国王が俺たちに促した。
国王と俺たちはソファに座った。
隊長とゴスムは王の後ろに立っている。
俺は菓子に手を伸ばした。
「悪いが食べながらでいいか? 王都へ着くなり急に忙しくなって飯も食えてない。治安が悪すぎだろ。王家か正統教会か知らんが真の施政者は何をやってるんだ?」
返事は聞かずにバリボリと菓子を齧る。
実際にはルンヘイムでも俺とヘレンは襲われている。ゴスムの部下によってだが。
「頭が痛いな」と国王。
「ヘレンもいただけ。食える時に食っとかないとまた何かに巻き込まれた時、動けないぞ」
「はい」とヘレンも菓子を口に運んだ。
「それで、ここに招かれた理由は?」
「ルンヘイム所縁のギンという【支援魔法士】が王都に入ったという報告を受けてな、何しに来たのか事情を聞こうと手の者をギルドに向かわせたのだが正統教会の動きが早かった。お陰で、お前はザマー教の肩を持つのかと叔父上と教皇から散々責められたよ」
「じゃあ、もう俺の目的も事件も顛末も全部知っているな。今さら何で招く必要がある?」
「どちらか一方の言い分しか聞かないのでは正確な判断はできんだろう。そう思って招かせてもらった。叔父上と教皇はギルドでの騒ぎが教会に飛び火していると伝えたら慌てて引き上げていったわ。まさか送り込んだ【神官戦士】たちが返り討ちにされるなど想像もしなかったのだろう。儂はゴスムから、ルンヘイムの【支援魔法士】とは絶対に敵対するなと強く言われていたからな。もっともゴスムは話せないので実際は筆談だったが」
「そうか」
俺は目だけを上げて立っているゴスムの顔を見上げた。変わらぬ仏頂面だ。
「俺たちを王都に入れてくれた兵士が俺のせいで職を失うような目にあっては気の毒だ。もしそうなっているようならば撤回してくれ」
王は何も言わずに微笑んだ。
どういう笑いだ?
「だから両者の言い分を聞いてみないことにはな」
そういうことか。
本来ならば国王は自動的に教皇とオルディウス公爵の味方であるだろう。一介の【支援魔法士】の言葉など聞く耳は持たない。
国王は俺に、教会と天秤にかけられるだけの何かを示して見せろと言っているのだ。その結果次第だと。
面白い。
つい、俺の口の端にも笑いが浮いた。
さて、どうしてくれようか?




