第79話 せっかくだからいただこうぜ
馬車が向かった先は、案の定、王城だった。
王都の中心にある堀に囲まれた城だ。
馬車が堀にかかる橋を渡る際に「あ」とヘレンが声を上げた。
「結界です」
堀だけではなく、城は結界にも囲まれているらしい。その効果は、
「魔法が使えなくなる?」
俺は対面に座るゴスムに声をかけた。
俺とヘレンが隣同士で馬車の進行方向に顔を向けて座っている。
何も言わないままムスッとした顔でゴスムが頷いた。
王城内で魔法を使い放題では問題だろう。危機管理として武器を取り上げるだけでは意味がない。魔法対策もとっていて当然だ。
「それと『デバフ』です」
ヘレンが自分の両掌を見ながら開いたり閉じたりしている。
「体感五十パーセントダウンかと」
威力が強い。王城に勤める人間に対しては何か効力を除外する仕組みがあるのだろう。誰でも一律ダウンさせるだけでは優劣が変わらない。王城の人間に対しては現状を維持する仕組みがなければ逆転優位をとれなかった。
俺は自分自身に対して『バフ』をかけ直した。
こちらの世界に転移して以来、常時自分への各種『バフ』の重ねがけを欠かしていない。自分が本当は非力な存在であるという現実を忘れたことはない。
もちろん、俺の『絶対魔法効果』の力は健在だ。問題なく、いつも自分で既定としている強さまで肉体的な俺の力は復活した。
ヘレンが『デバフ』の結界に驚いていたので俺は訊ねた。
「ヘレンもお城は初めて? 王都ギルドで名うての探索者だったのに」
「王国からの依頼はいつもギルドで受けていましたから。パーティーリーダーにはお城に行く機会もありましたが私は特に。現場専門でしたので」
「なるほど。窓口に座っていた時よりルンヘイムを出てからのほうが生き生きとしているわけだ。ケイトリンもよくヘレンを窓口に座らせたよ。ヘレンもよく耐えた」
「ケイトリンはそれぐらい私を心配してくれていたのだと思います。自分も目と耳を失って探索者を引退したからって。私はギルド職員としては少しもケイトリンの役には立てませんでした」
俺の余計な一言でヘレンの力だけではなく精神力まで削られてしまった。
俺はヘレンに『バフ』をかけた。少なくとも体感五割減となった力は元に戻してやる。
ヘレンは真ん丸く目を見開いた。ぎゅっと両手で強く拳を握ってからパーにした。
意味深な目で隣から俺を見下ろす。俺に何かしたかと問うているのだろう。
俺は頷いた。
「一人じゃ俺も不安だからな。『骨折り』の前衛として頼りにしている」
ヘレンは、さらに大きく目を見開いた。
にこにこと顔を綻ばせると「はい」と笑った。失った精神力も戻ったらしい。
『デバフ』を『バフ』で打ち消した事実はゴスムに気取られてはいないだろう。
ゴスムは何も言わず憮然と座っているだけだ。
正確には、言わずではなく、言えずだが。
馬車は王城の、やはり階段を前にしたロータリーで停車した。
王城に入るためには階段を上る必要がある。
どうして権力者は他人よりも高い場所に上りたがるのだろう。多分、何とかと煙だ。
停車した馬車を、その場で待ち受けていた十数名の衛兵たちが取り囲んだ。
外から衛兵が扉を開きゴスムが降りた。
俺とヘレンも降りたところで衛兵から「武器をお預かりします」と声がかかった。
「そういうのは特に持ってないな」
「私もです」
俺は【支援魔法士】だしヘレンは【馬鹿力士】だ。どちらも刃物には縁がない。
荷物の中にはナイフぐらいあったが、そもそも荷物はギルドに置いたままだ。ヴィセリオンが預かってくれている。
衛兵たちに、ぺたぺたと身体検査をされた後、ゴスムの後に続いて衛兵に囲まれながら階段を上り王城に入った。
もちろん、ヘレンへの身体検査は女性兵士が行っている。そうでなかったらその瞬間に踵を返していたところだ。兵士の腕もへし折っただろう。
迷路のような王城内の廊下を、あっちに行きこっちに行きして、俺にはすっかり道がわからなくなってしばらくしてから、一つの扉に辿り着いた。
衛兵の一人が鍵穴に鍵を差し込んでロックを外した。
衛兵は扉を手前に開けると自分は中に入らず扉を抑えたまま扉の脇に立った。
別の衛兵が一人、中に入る。
ゴスムが続いた。
「お入りください」と扉を抑えたままの衛兵が俺とヘレンに声をかけた。
ヘレン、俺の順で中に入った。
俺の背後で扉が閉じられた。
扉を抑えていた衛兵が閉じたのだ。
振り返って見ると閉じられた扉のこちら側にはノブがなかった。外からでしか開かない仕組みのようだ。しかも閉じると自動的にロックがかかる。
扉を抑えていた衛兵も他の衛兵も廊下に留まったままだった。
進んだのは四人だけだ。
部屋に入った目の前すぐの場所に別の扉がある。
部屋というより扉で前後を区切られた廊下的な空間だ。内部には何もない。前世で、時々、入口と出口が反対側になるエレベーターがあったが、そのような感じだ。
先頭の衛兵が鍵を取り出し前方の扉の鍵穴に差し込んでロックを外した。
扉を引いて開けて脇に立つ。
確認すると次の扉も外側からしか開かないようにノブがなかった。
扉の先は今度こそ部屋であるようだ。ちらりとテーブルやソファが見える。
ゴスム、ヘレン、俺の順に部屋に入った。
予想どおり俺の背後で扉が閉められた。衛兵はついてこない。
最初に開閉された扉がカチャリと開いて再び閉じる音が聞こえた。
両扉の部屋に残った衛兵が反対側の扉を開けてもらい廊下に出たのだろう。その結果、両扉の部屋は無人になったはずだ。
通されたのは概ね十メートル四方くらいの大きさの、いたって殺風景な部屋だった。
部屋の中央に高さの低いテーブルがあり、一人掛けのソファがテーブルを挟んで向き合うように奥に一つ、手前側に二つ置かれている。手前が俺たちの席だろう。
部屋にある調度品の類はそれだけだ。
俺たちが入って来た扉とは別の扉が対面側の壁にある。
そちらの扉にはノブがあった。俺たちは逃げづらいが相手は逃げやすい構造だ。
テーブル上には俺たちが部屋に入る直前に置かれたのだろう湯気を上げるティーカップが奥に一つ、手前に二つ並んでいた。手でつまめるクッキーのような菓子の皿もある。
ゴスムが俺とヘレンを誘導してカップが二つある側の席に座らせた。
ゴスム自身は応接セットを通り過ぎて俺たちが入って来たのとは別の扉の脇に立った。
ゴスムがコンコンと扉をノックした。
何らかの違和感。
「結界が張られました」
ヘレンが囁くように俺に言った。
馬車が王城へ続く橋の上を通った時のような『魔法禁止』と『デバフ』の結界があらためて張られたようだ。そういう仕掛けがある部屋なのだろう。
「体感さらに五十パーセントダウン」
実際はヘレンに対する『デバフ』は俺の『バフ』で打消し済みだがゴスムに聞かれても問題ないように、あえてそのような言い方をヘレンはした。
五十パーセントの五十パーセントダウン。
王国側の予定どおりであれば、俺とヘレンはもともとの四分の一の実力に弱体化したはずだ。自分たちだけ武器も魔法も使い放題とくれば俺たちは無力だと判断するだろう。
「念入りだな?」
俺は扉の脇に立つゴスムに話しかけた。
ゴスムは何も言わない。まあ、言えないんだが。
俺はヘレンに笑いかけた。
「せっかくだからいただこうぜ。腹が減っていては力も出ない」




