第78話 悪いが馬車の返却を頼む
階段の上からロータリーを見下ろすと俺たちの三台の荷馬車の他に、もう一台豪華な馬車が止まっていた。四頭立ての箱馬車が先頭に止めた馬車の進路を斜めに塞いでいる。
「教会の馬車かな?」
俺はヘレンに問いかけた。
「違うでしょう。教会ならば私たちに早く立ち去れと願っているはずです。あのような場所に止められてしまうと馬車を動かせません。高価そうな馬車なのでおそらく貴族かと」
「貴族の馬車ならばどこかに家紋がありそうなものだが何もないな。オルディウス公爵か?」
貴族に相応しい馬車だったが所有者の家紋はどこにも描かれていなかった。
見栄張りな貴族であれば普通はありえない。
であるならば逆にあえて素性を示さないようにしているに違いない。
もちろん、俺たちの邪魔になるような止め方をしているのも、わざとだろう。
「どうでしょう? ですが」
ヘレンは息を吐いた。
「私たちに用事があるのでしょうね」
騒ぎが収まり【神官戦士】たちも去ったので、野次馬の集団も去り始めた。
階段上から馬車を見下ろしている俺たちの元へ『赤光』メンバーが戻って来た。
「ご苦労さん」と俺。
「おっさん、えぐいよ」と、カイルにまた言われた。笑うしかない。
「お前だってノリノリだっただろう」
カイルはニヤリと口の端を持ち上げてからロータリーに厳しい視線を向けた。
フレア、アヌベティ、エルミラも鋭い目で階段下の豪華な馬車を見下ろしている。
「何よ、あいつ?」
フレアが吐き捨てた。
少なくとも馬車の止め方を見る限り強引な性格が見て取れる相手だ。俺たちが自分たちの馬車を動かすためには接触せざるを得ない止め方だった。それだけで気に入らない。
俺たちは階段を降りた。念のため全員揃って先頭の荷馬車に向かう。
ロータリーには馬車を引く馬の手綱を巻き付けるためのポールが間隔をあけて何本も立っている。もちろん俺たちの馬車の手綱も離れる前にポールに巻いてあった。
俺たちは荷馬車の手綱をほどくべくポールに近づいた。
同じポールに豪華な馬車の手綱も巻かれていた。
豪華な馬車の御者台から御者が降り立って俺たちに近づいて来た。
やはり貴族家に雇われているためなのか身なりがいい。
とはいえ、素性を示すような物は何一つ身に着けていなかった。
四十歳ぐらいのむちりとした筋肉質の男だ。実際の筋肉は衣服に隠れて見えないが盛り上がりでわかる。
御者専業ではなく【戦士】なり【剣士】なり前衛系の職業の持ち主だろう。【騎士】かも知れない。
「あんたは?」
「さるやんごとなきお方が、ぜひ【支援魔法士】のギン殿をお招きしたいと申しております」
御者は俺の質問には答えず自分にとっての必要事項だけを淡々と告げた。
「猿にもやんごとなきお方にも用事はないな。悪いが知らない人の車には乗らないようにと子供の頃から口うるさく言われて育ったんだ。名前を聞くと断りづらくなるだろうから聞かないことにするよ。馬車を退けてくれ」
俺はポールから相手の馬車の手綱を外すと御者の手に押し付けた。
「ギン殿と面識ある者がお迎えに上がっております」
御者が言うと豪華な馬車の扉が内側から外に開いた。
馬車にはゴスムが乗っていた。
「あんたか」
面識ならば確かにあるが好意的な関係では全くない。むしろ敵だろう。
知り合いですね。はい、そうですか、と馬車に乗り込む気にはなれなかった。
俺はもちろんだがヘレンもカイルたちもゴスムの顔は知っている。捕縛時にルンヘイム家で見ているはずだ。
とはいえ、俺の視界の中の『地図』でゴスムの光点は青色だ。敵対の意志はないらしい。
開いた扉の内側に家紋が描かれていた。
ヘレンが俺に囁く。
「あの家紋、王家です」
なるほど。オルディウス公爵より上が出てきた。
王家が首を突っ込んでくる前に終わらせるつもりだったが遅かったらしい。
教皇からの抗議を受けてから動いたのではなく、それより前、王都の門で俺がルンヘイムの所縁であると示した報告が速やかに上がった段階で動いたのだろう。
いずれにしても王家の動きは俺が思っていた以上に早かった。
ゴスムは、俺の『沈黙』『解除』を拒んで去ったことから何らかの『解除』手段のアテがあるのだろうとは思っていたが、そういう繋がりか。
ゴスムが馬車を降りてきた。
ヘレンが、いつでも俺を庇えるようにと前に出た。
「久しぶりだな。声の具合はどうだ?」
ゴスムは、うう、と首を横に振った。
王家の伝手でも『解除』はできなかったようだ。
だとしたら、俺の力は相手に正確に伝わっているだろう。あまり舐めた真似をされると相手が誰であれ探索者という立場上、やり返さないわけにはいかなくなる。俺の力を承知している相手ならば慎重に振舞うだろう。
ゴスムは身振りで俺に馬車に乗るよう促した。
「王様からのご招待だと思っていいか?」
俺はゴスムに確認した。
ゴスムは頷く。会話ができないのは不快だが『解除』はしない。約束は約束だ。
ヘレンが目で、どうするつもりかと問うてきた。
行くのは面倒だが行かないともっと面倒臭くなるだろう。面倒は早く処理するに限る。
「ヘレン、一緒に行ってくれるか?」
「もちろんです」
ヘレンは破顏した。また置いて行かれると思っていたのだろう。
俺はカイルを振り返った。
「悪いが馬車の返却を頼む」
「おっさん、俺たちも」
「二人のほうが身軽だ。ないとは思うが、また誰かに狙われるかも知れないから、お前らも十分注意してくれ」
「わかった」
カイルは神妙に頷いた。
ヘレンが先頭、俺が続いて最後にゴスムが馬車に乗った。
ギ、と馬車が動き出した。




