第77話 砕いて埋めちゃうなよ
大司教は頬をひくつかせた。
「教皇猊下を悪の親玉呼ばわりするとは!」
「許せない? だが、探索者ギルドで、この【神官戦士】たちはザマー教を邪教呼ばわりしてくれたぜ。言われて嫌ならば人にも言うなよ。なあ?」
俺は大司教の脇に立つオルディウス公爵の馬鹿息子に声をかけた。
馬鹿息子は何と答えればいいのかわからないのか、おどおどとするだけだ。
「大司教様は、あんたが教皇の指示で俺たちを襲ったという話を信じていないようだが、それでいいのか? 教皇からすれば、あんたは口封じ対象の筆頭だぜ。教皇が戻ったらあんたは間違いなく消されるね。もう少し自分を信じてくれるよう大司教様を説得したほうがいいんじゃないか? あんたは誰に指示されて俺たちを襲ったんだっけ?」
「大司教! 本当なのです! 本当に私は教皇猊下から邪教の信徒であるザマー教徒を排除するようにとの指示を受けて出動したのです!」
俺が水を向けた途端、馬鹿息子は声高に大司教に訴えだした。
自分も口封じの対象だと俺に言われて、よほど怖くなったのだろう。
「馬鹿なことを申すでない。お主の勘違いに決まっているだろう。教皇猊下がそのような話をするわけがないではないか!」
「勘違いではありません。確かに猊下が私に申しつけたのです。私に【神官戦士】たちを連れてギルドへ行き、ザマー教僧侶を排除せよ、と」
馬鹿息子は力説だ。
ということは事実なのだろう。少なくとも聞いていてそのように感じられる。
俺たちの周りでは大勢の観光客や信徒たちが、俺たちの騒ぎに注目していた。
馬鹿息子の言葉はすべて聴衆の耳に届いていた。聴衆たちも馬鹿息子が事実を主張していると思って聞いているはずだ。
正統教会の評判はダダ下がりである。
聴衆たちの注目を避けて騒ぎを静めるために速やかに石像をこの場から持ち去ろうとした大司教の機転を馬鹿息子はまったく理解していない。
そもそもの話として、もし教皇が本当にそんな指示をだしたのだとしたら、この教会のナンバーツーかスリーか知らないが大司教だって話を知らないわけがないだろう。知っていて、この場を収めるための方便として教皇猊下の関与を否定しているのだ。
「お主は何を言っておるのだ! えい、この痴れ者を連れていけ」
大司教は、ついに実力行使に踏み切った。石像運搬には関わらずに自分のすぐ近くに最後まで残っていた二人の護衛にそのように命じた。
護衛はすぐに馬鹿息子に左右から取り付くと、自分たちの腕を馬鹿息子の腕に回してがしりと組み、教会に向かって引きずり始めた。馬鹿息子程度の力では暴れても護衛はびくともしない。
馬鹿息子は、「待って。毒が毒が」と叫んでいる。俺にかけられたと思っている『毒』の話をしているのだろう。
心配はいらない。元々『デバフ』だ。
架空の『毒』よりも正統教会から、この後、自分がどのような仕打ちを受けることになるかを心配したほうがいい。
あーあ、馬鹿息子、終わったな。
教皇もどうせならばもう少し使える部下に託せばいいのに、よりによって馬鹿息子に指揮なんかさせなくてもいいだろう。王様に会う都合上、オルディウス公爵を巻き込みたいという腹があったのかも知れないが、ちょっと人選をミスし過ぎだ。
教皇猊下が城から戻ったならば、引き続き、オルディウス公爵と教皇猊下の間で正統教会の評判失墜に対する損害賠償か身代金の協議をすることになるだろう。
とはいえ、俺の目的はこれで果たした。
教皇からの謝罪こそ引き出せなかったが、そこまではもともと期待していない。
教会前で一騒ぎを起こして正統教会と教皇猊下の信用をそれなりに落としてやろうという嫌がらせが主目的だ。
馬鹿息子のお陰で端から聞いていても教皇関与に信憑性のあるやりとりができた。
やられた分と同じかそれ以上のダメージを教会に与えたはずである。
探索者は舐められたら終わりだ。
もともと絡んできたのは正統教会の側である。人に手を出しておきながら自分たちは反撃を受けない特権階級だと思っているのだとしたら大間違いだ。
「早く治療院へ」
大司教は石像を持ったまま止まっていた者たちへも指示を出した。
大司教には、もはやなりふりを構っている余裕はなさそうだった。
少しでも早くこの場を切り上げたいのだろう。
時間をかければかけるだけボロが出る恐れがある。
騒ぎの目撃者が増えるほど正統教会の評判は落ちるだろう。
事実、事情を知らない今来たばかりの観光客たちに対しても、この場の騒ぎがどういったものであるかを『赤光』が尾ひれをつけて吹き込んでいた。
「大司教がこの場で『石化』を『解除』すればいいんじゃねえの!」
聴衆の中からヤジが飛んだ。カイルの声だ。ナイスヤジである。
「お、名案だな。【神官戦士】たちに俺の仲間が襲われたのは確かだがそちらも痛めつけるだけで殺す気まではなさそうだったから『石化』にとどめて自分たちで治させるために運んできたんだ。このまま教会には実は『解除』能力がなかったという証拠を消されて、あとで俺が寝覚めの悪い思いをするのはまっぴらだから、あんたがここで『解除』してやってくれよ。なんたって大司教だ。今まで頑張ってくれていた【回復魔法士】たちよりも、もちろん俺よりも高ランクなんだろう? 少しくらい場所が治療に適していなくても、あんたならば問題ないよな。正統教会の回復能力の高さを存分に見せつけてくれ」
「大司教、頑張れぇ」
黄色い声で追撃の声援が飛ぶ。三人娘の誰かだろう。
「大司教ぅぅ」と『赤光』以外の人間からも大司教への声援が飛んでいた。
「「「大司教、大司教、大司教」」」
ついさっき、教皇が名前を連呼されていたのと同じ流れだ。場を離れずに、ずっと騒ぎを見続けている野次馬も多くいるのだろう。面白ければ何でもいい人間たちだ。
大司教は俺が教皇を悪の親玉呼ばわりした時以上に頬をひくつかせた。
青ざめた顔で額にぷつぷつと汗が浮いている。
消え入るような小さな声で何かを言った。
「え?」と大きな声で俺。
「わたくしは回復魔法はそれほど得意では」
「ああ」と、さも何かがわかった様に俺は声を上げた。
「大司教は実務よりも教会内政治が専門の方でしたか。でも、大丈夫ですよ。俺だってハズレ職の【支援魔法士】で魔法をかけるのは全般的に苦手ですが、いざ、やってみれば何とかなるもんです。どうです? これだけの声が大司教に声援を送ってくれていますし、ここは思い切ってやってみたら良いではないですか」
「いや。やはりわたくしなどより治療院の高ランク【回復魔法士】に任せるべきでしょう。もちろん、わたくしも責任を持って立ち会う所存です。ほら、お前たちは立ち止まってないで患者を治療院へお運びしないか」
大司教に『解除』をさせろ、などという流れになって、どうしたものかと動こうにも動けなくなっていた運搬隊が、よろよろと動き出す。
「それでは一刻も早く患者の治療を行いたいので、これにて失礼」
大司教は踵を返すと足早に教会に向かって歩き出した。
はるか向こうには護衛に引き摺られた馬鹿息子の姿がある。
俺は去っていく大司教の背中に向かって声をかけた。
「教皇が戻ったら俺たちが謝罪を待っていると伝えてくれ。もしどうしても正統教会では能力的に『石化』を『解除』できなくても癇癪起こして砕いて埋めちゃうなよ。教皇が真摯に反省して謝ってさえくれたら、俺だって『解除』への協力もやぶさかではないからさ」
大司教は俺の言葉に一切振り返りはしなかった。




