第76話 部下を口封じのために悪の親玉が消してしまう
「「「教皇、教皇、教皇」」」という野次馬たちからのシュプレヒコールの盛り上がりに【回復魔法士】たちも【神官戦士】たちも青ざめた。
正統教会の信者が教皇に対してそのような不遜な真似をするとは思えないので無関係な観光目的の人間たちが声を上げているのだろう。
無関係ということは無責任ということでもある。面白半分に騒ぐだけ騒ぐ存在だ。
【神官戦士】の指揮官が年嵩【回復魔法士】に早く『解除』しろと詰め寄るが何ともならない。何回かけても『解除』は不発だ。
「確かにそろそろ教皇の出番じゃないか。俺も待ちくたびれた。誰か何をもたもたしているのか様子を見て来てくれないか?」
俺は歓声を上げる野次馬たちを見ながら軽く言った。そもそも『石化』したのは俺だ。
言っては見たものの実際のところ、この場に教皇が現れるとは思っていない。
組織の長がクレーマーの前に出て来るなどあり得ない。追い詰められて変な約束でもさせられたら組織として詰みになる。
年嵩の【回復魔法士】が手近な石像に手を添え悲痛な表情と口調で部下に告げた。
「全員で一人ずつ集中して『解除』をかけていく。まずはこの男からだ」
年嵩の周囲に【回復魔法士】たちが集まり指定された石像に一斉に『解除』をかけた。
もちろん不発だ。
「なぜだ? この『石化』は本当に貴様がかけたのか? 明らかにCランクの効き目じゃないぞ。強すぎる」
【神官戦士】たちがCランク【支援魔法士】にすぎない俺に『石化』させられたという情報は公爵の馬鹿息子から【回復魔法士】たちに正しく届いていたようだ。
年嵩が俺に詰め寄ろうとするが俺を庇う様にヘレンが前に立ちはだかった。
年嵩は俺への詰め寄りを諦めた。
その時、階段の上から誰かの声が降りて来た。
「あなたたちはそんな治療に相応しくない場所で何をやっているのです。患者を早く治療院へ運びなさい」
見上げると大勢の【神官戦士】たちに囲まれた派手な法衣の男が階段の上にいた。
降りては来ない。教会の高位の人間なのだろう。隣に公爵の馬鹿息子の姿もあった。
「早く。あなたたちも手伝いなさい」
自分と一緒に来た護衛にも声をかける。
護衛は階段を駆け降りて来ると元々いた警備の【神官戦士】と【回復魔法士】たちと手分けをして荷台の石像に取り付いた。治療院とやらに連れて行くつもりなのだろう。
ここで失敗して目立つよりも、場所のせいにして自然に移動するのは悪くない手だ。
「あんたが教皇か?」
俺は階段をゆっくりと上がると法衣の人物と同じ高さに立ってから問いかけた。ヘレンも脇にいる。『赤光』も、騒ぎを避けて階段の脇のほうを上り下りする人混みに紛れて、こっそりと上がっていた。
階段の上は広場になっていて広場の先に教会の建物が建っている。
「あいにく本日、教皇は不在です。わたくしは大司教の役目を仰せつかっている者です」
大司教の脇には公爵の馬鹿息子と護衛が二人残っていた。
「詳しい話はそこの男から聞いただろう。教皇の指示で俺の仲間たちが【神官戦士】たちに襲われたんで教皇に謝ってもらいにきた」
大司教は困ったような顔をした。
「教皇の指示というお話には俄かに同意できかねるところですが繰り返しになりますが教皇は不在です。帰りも日を跨ぐかも知れず何日かかかるかも知れずいつ戻られるかは私にもわかりかねます」
教皇が本当に不在か居留守かはわからないが要するに会わせるつもりはないという話だ。
「教皇ともあろう人の予定がそんな不確かじゃあ困るんじゃないか?」
「急に国王陛下への謁見が決まりまして」
俺がルンヘイムの名で圧力をかけた結果、王国兵がザマー教僧侶を王都へ入れた件の抗議をしに行ったのだろう。
王国兵は、ザマー教僧侶が王都に入れないという決まりはありません、と断言していた。
もし王国と教会の間に密約のような何かがあるのならば教会は黙って見過ごすわけには行くまい。国王陛下に直接苦情を訴えるとなれば、それは教皇の出番だろう。
教皇自身が動いているとなると公爵の馬鹿息子が口にした、襲撃は教皇の指示説の信憑性が俄然高まる。大司教が疑義を口にしたところで誰も本気には受け取らないだろう。
「もしかしてオルディウス公爵もご一緒か?」
「そのようにうかがっております」
どちらからどちらに声をかけて連れ立って王様に会いにいくことになったかは知らないが探索者ギルドに圧力をかけるつもりで打った手が返り討ちに遭い、今まさに自分の本丸が炎上寸前とは教皇も知るまい。戻ってきてから後悔してくれ。
きっと今頃は、探索者ギルドへの対処は自分たちで済ませたからと、王様には王国の兵隊に対する再教育とルンヘイム家をどうにかしろとでも迫っているのだろう。
お生憎様。
話をしている俺たちの脇を、一体に付き数人がかりで持ち上げられた石像が階段を上り、治療院とやらに運ばれていくために通りがかる。
権威付けとして高い場所に建てられた教会は治療に便利な施設ではなさそうだ。
前世だったら車椅子の人用のスロープが間違いなくあるところだがそのような気の利いた設備はなかった。階段を人力で持ち上げて運ぶしかない。
もしかしたら治療院という施設の存在そのものが、この場から石像を運び出すための大司教のフェイクかも知れない。
「待て」
俺は石像を運んでいる人たちをその場に引き止めてから大司教に問いかけた。
「ずっと見ていたが正統教会の【回復魔法士】にはCランク【支援魔法士】の俺の『石化』を『解除』する力はない様だ。この場であと何度『解除』をかけたところで無理だっただろう。あんたの言葉では、どこか治療に適した場所に移動させるような言い草だが、実際は正統教会の能力不足を隠すために石像を人目のつかないところに運んで裏で処分してしまうつもりなんじゃないか? 身内だし誰にも気づかれないだろう」
俺は周辺の観光客たちの耳にも入るように声を張り上げながら大司教に問いかけた。
正統教会の悪事の可能性を知った聴衆が息を呑んだ。
事実であるか否かに関わらず、少なくともこの場で話を聞いた聴衆たちの中で正統教会のイメージダウンは避けられないだろう。
大司教は慌てた様子で早口で弁明した。
「滅相もない話です。場所を移すのは単純にこの場は治療に相応しくないためで他意はありませんよ。たまたま今はうまくいっていなかった様ですが治療に適した場所で落ち着いて『解除』を行えば問題ありません。治療院には彼らよりランクの高い【回復魔法士】もおります。そのような誹謗中傷を言われる謂れはありませんな」
「こちらには言う謂れがあるぜ。その正統教会の【神官戦士】たちに教皇の指示で襲われたんだ。襲撃計画に失敗した部下を口封じのために悪の親玉が消してしまう話なんていくらでもあるだろう?」




