第75話 煽り屋フレア一行は、いい仕事をしてくれた。
「何かの間違いだな。教皇猊下がそのような指示をされたなどと誰が言ったのだ?」
【神官戦士】の指揮官は御者台に立つ俺の言葉を真っ向から否定した。
「荷台の荷物はあんたらの同僚で間違いないな?」
「ない」
指揮官は一度馬車の荷台に目をやった後、不承不承といった様子で認めた。
「襲撃はオルディウス公爵の息子が扇動していた。仮に教皇が指示を出していなかったとしてもこれだけの数の人間を動かせる誰かが背後にいるはずだ。あんたらだって公爵の息子が何か言ったところで、はいそうですかと従いはしないだろう? 上司に確認を取るんじゃないか?」
指揮官は顔を歪ませた。図星なのだろう。教皇が黒幕かどうかはさておいても正統教会の上層部に俺たちへの襲撃を承知している人間が居なければありえない事件だと察している。でなければ、まとまった数の武装した【神官戦士】が教会を離れていた事実の説明がつかない。
もしかしたらこの男自身が公爵の馬鹿息子に連れられて出発していく【神官戦士】たちを見送っていた可能性もある。何のための出発かは知らなかったかも知れないが今となってあれはこれだったかと理解したことだろう。
正統教会の誤算は言うまでもなく襲撃部隊が俺に返り討ちにあったことだ。失敗の可能性などまるで考えていなかったのだろう。いつものとおり権力者の力づくで押し切れるつもりでいたに違いない。
指揮官である男だけではなく周りにいる他の【神官戦士】たちも現状を理解したようだ。
頭の痛い話だろう。
正統教会の警備に携わる人間としては、この場で騒ぎ出した俺を放置はできないはずだ。教会の醜聞につながる可能性のある話を公の場で大勢の人間に聞かせるべきではない。
とるべき手段はいくつか考えられる。
一つは公衆の面前で教皇を侮辱したと指摘して俺たちに襲い掛かるという手だ。人前だとしても死人に口なしなので物理的に黙らせてしまえば良い。醜聞が広まるよりマシだ。殺すまで行かなくても要するに力づくで排除するという手だ。
二つ目は詳細を確認してから連絡をするなどと問題を先送りにしてひとまずこの場から俺たちを立ち去らせるという手だ。穏便に済ませようとするならばそれだろう。
その上で人目につかないところで俺たちの口を封じようとするか和解金を積むか対応は分かれることになるだろう。力ではなく口先で排除する手だ。
対する俺の対応としては、もし相手が前者を選択した場合は石像が増える結果になるだろう。
後者を選択した場合は御者台の上で俺が張り上げる声が大きくなる。
俺がしている行為は、人目につく場所で騒ぐからこそ意味がある嫌がらせだ。相手の土俵である密室での談合という誘いに乗るつもりはない。
「公爵の息子は俺たちには絶対に手を出すなと言ってなかったか?」
俺は指揮官を牽制した。
「言っていた」
苦々しく指揮官は肯定した。
少なくとも公爵の息子には俺に手を出す危険性が正しく認識されているようだ。
指揮官が硬軟どちらの行動も選択できないでいる内に階段の上から十人程の教会の【回復魔法士】たちがぞろぞろと降りてきた。馬鹿息子からこの場に行くように指示をされたのだろう。前世の医療従事者同様に白い制服を着こんでいた。
馬鹿息子本人はいない。今頃は教皇の説得中か?
「お、来た来た」
俺とヘレンは馬車を降りた。
俺は【回復魔法士】たちに向かって言った。
「『石化』を『解除』してこいつらをさっさと荷台から降ろしてくれ。教会の【回復魔法士】ならば簡単だろう」
【回復魔法士】たちが馬鹿息子からどのように話を聞いたのかはわからないが【神官戦士】たちがなぜ『石化』しているのかといった余計な疑問は挟まずに三台の馬車に別れると、ひーふーみーとそれぞれ石像の数を数えだした。
一番年嵩と見える【回復魔法士】が俺に対して「支払いはあなたが?」と問いかけてきた。『石化』の『解除』が何人だからいくらいくらなどと具体的な数字を言っている。
「正統教会では身内の治療でも金をとるのか?」と俺。
「神の前では誰であれ平等です」
「なるほど」
使い勝手がいい言葉だった。
とはいえ前世の医療関係者だって自分の勤めている病院で治療を受ければ支払いをするだろう。ある意味、当たり前だ。
俺は【神官戦士】の指揮官を目で示して顎をクイッとした。
年嵩【回復魔法士】は指揮官に向き直った。
「警備部への請求でよろしいか?」
「よろしく頼む」
正統教会には警備部という部署があるらしい。指揮官と石になった【神官戦士】が同じ部署かどうかは知らない。少なくとも顔見知りを見捨てることはできなかったようだ。当番的な何かが違っていたら立場が逆になっていた可能性だってあるのだろう。
「承知した。君たち、ちゃちゃっと『解除』したまえ」
返事をして年嵩【回復魔法士】はその他の【回復魔法士】たちに指示を出した。
三台の馬車に別れた【回復魔法士】たちが荷台に積まれている【神官戦士】たちに『解除』の魔法をかけた。
何も起きない。石像は石像のままだった。
慌てて再び魔法をかけたがやはり変化はない。
俺とヘレンは少し離れて様子を見ていた。
【回復魔法士】たちは自分たちの『解除』がなぜ効かないのかと慌てていた。
答えは俺が俺の『石化』が効くことを望んでいるため。『絶対魔法効果』が働いていた。
「焦らずゆっくりでいい。どうせ教皇はすぐには来られないのだろう。何度でも失敗する時間はある」
俺は【回復魔法士】たちに声をかけた。嫌味だ。
ロータリーを半ば占領するように止めている三台の馬車の周囲には、さらに野次馬が集まっている。単純に教会への出入りに邪魔になる場所なのだから当然だ。嫌でも行動は人目に付いた。
人目に晒されながら正統教会の【回復魔法士】たちが繰り返しかけている『解除』が悉く失敗していく。
前世だったらスマホで動画を取られて瞬く間に拡散されるだろう格好のネタだ。
この世界だって人の噂に戸は立てられない。この場で見た物、聞いた内容を野次馬たちは絶対に誰かに広めるはずだ。
『赤光』メンバーたちは俺が演説で皆の注目を集めている隙に自分たちの馬車を離れてこっそりと野次馬の中に紛れ込んでいた。
俺の演説後に野次馬に加わって来た人間たちにこの場で何の騒ぎが起きているのか第三者を装って説明と煽りを行っている。
曰く、
「教皇の命令で【神官戦士】がザマー教徒の探索者を王都から追い出そうとしたらしいぜ」
「たった一人のCランク【支援魔法士】に【神官戦士】の集団が返り討ちにあって『石化』されたんだって」
「【支援魔法士】が教皇に謝罪を求めているそうよ。教皇を待つ間に恩情で教会側に身内の『石化』『解除』をさせてあげてるみたい」
「でも、失敗ばかりね。全然復活しないんですけど」
「おいおいCランク【支援魔法士】の『石化』も『解除』できないなんて正統教会の【回復魔法士】たち大丈夫かよ。実質Dランク以下ってことなんじゃね?」
「【支援魔法士】ってあれでしょ。ハズレ職。じゃあ正統教会の【回復魔法士】ってもっとハズレってこと? きっと大ハズレ職ね。大ハズレ教会?」
「正統教会は回復魔法の権威として探索者ギルドの昇格審査にも協力している。ランクが低い【回復魔法士】なんかいるはずないぞ」
「お手盛りで自分たちの【回復魔法士】のランクだけ上げてるんじゃないの?」
「いつも高いお布施を要求するくせして正統教会なんて本当は大したことないのね」
「ぷくくくく」
「もっとランクの高い人間を連れてこないと無理なんじゃないの。教皇とか」
「教皇を出せ」
そんなところだ。
「「「教皇、教皇、教皇」」」と、野次馬たちからシュプレヒコールがあがりだした。
煽り屋フレア一行は、いい仕事をしてくれた。




