第74話 注目ぅ!
正統教会の建物にあと一ブロックの場所まで近づいたところでヘレンが馬車を止めた。
俺とヘレン、カイルとフレア、エルミラとアヌベティで組になってそれぞれ馬車に乗っている。荷台には横倒しにされた【神官戦士】たちが載せられていた。平積みできるほどの広さはないので三段積みだ。崩れ落ちないようにロープで荷台に括り付けてある。
俺が座っている席の背後に荷台に括り付けられたオルディウス公爵の馬鹿息子の頭があった。もちろん体勢は寝たままだ。
俺は御者席から荷台に振り返ると馬鹿息子のみ『石化』を『解除』した。
「起きろ」
自分がロープで縛られていることに気付くと馬鹿息子は逃げ出そうともがきだした。
『麻痺』ならばともかく『石化』であったので聞き耳は立てられていなかっただろう。状況を分かってはいないはずだ。
「暴れるな。お前を『石』に戻して別の誰かを起こしてもいいんだぞ」
俺がやると言ったら脅しではなく実際にやる人間だと身に染みてわかっていたのだろう。ドスを利かせた俺の言葉に馬鹿息子は静かになった。
馬鹿息子の『石化』を『解除』した理由は一応襲撃を指揮していた人間だからだ。襲撃が失敗した顛末について教会で説明責任を果たすべきだろう。あまりにこいつが使えないようなら代わりに【神官戦士】の隊長格を起こそうと考えている。
俺たちの後方に停車した馬車からカイルとフレア、エルミラとアヌベティがやってきた。
この世界でも罪に問われるのかは知らないが飲酒運転にならないよう『赤光』メンバーに対しては『解毒』をかけて酒を抜いていた。訪問先に失礼にならないよう俺とヘレンも含めてさらに『清浄』をかけている。物理的な失礼を行うか否かは相手次第だ。
俺は荷台の石像を固定しているロープを解いた。
体の自由を取り戻した馬鹿息子が荷台の石像の上に身を起こす。逃げようとしても『赤光』が囲んでいるので不可能だ。
「余計な口は開くな。わかってるな?」
俺は馬鹿息子に短く告げた。
馬鹿息子は何度も頷いた。さすがにルールは覚えているらしい。騒いだら『沈黙』だ。
「お仲間は全員『石』に変えた。お前の『石化』は解除したが代わりに『毒』にした。体調はどうだ?」
まあ、『毒』は嘘だ。実際は『デバフ』をかけてやった。
とはいえ、そんなことを言われれば身体能力の衰えを感じてその気になるだろう。
馬鹿息子は顏を青くした。完全に血の気が引いている。
「教皇に謝罪を要求する。お前は一足先に行って状況を説明して教皇を呼んでくれ。それから【回復魔法士】の手配だ。正統教会にはBランク以上の【回復魔法士】が大勢いるんだろ。自分たちで『解除』して荷物を降ろしてくれ」
「待て。教皇猊下が今おられるかはわからない。いてもすぐ会えるとは……」
馬鹿息子が何か言いかけたが、俺は遮った。
「教会だって俺たちの都合なんか聞かなかっただろう。『毒』が回り切る前にさっさと行け。できそうならば教会で『解毒』してもらえ。教皇の謝罪がない限り俺はしないからな」
俺は、話は終わりだとばかりに手を一振りした。
馬鹿息子は青い顔のまま教会に向けて駆けだした。
俺たちはその場で見守る。
全速力で走っている様子なのに明らかに馬鹿息子が走る速度は遅かった。『デバフ』が効いている。本人は『毒』のせいだと思っているだろう。
「おっさん、えぐいな。本当に『毒』にしたのか?」
カイルが訊ねた。
「いや、『デバフ』だ。いくら教会で『解毒』をかけたところで『デバフ』は解けない。体調は戻らんだろう」
カイルが呆れた顔で俺を見た。
くつくつと悪い顔をしながらみんなで笑い合った。
今後の対応を軽く打ち合わせる。
教会前まで辿り着いた馬鹿息子が警備のために立っている【神官戦士】たちに身振り手振りで何か言っていた。こちらを指で示したりもしている。そろそろ動いてもいいだろう。
「行くか」
俺たちは馬車を出発させた。三台の馬車を連ねて教会に近づく。
正統教会の建物の前には馬車が転回できるようなロータリーがある。
ロータリーで馬車を降りると階段があり教会の建物そのものは階段の上に建てられていた。わざわざ高い場所を造成して教会を建てたのは権威付けの意味もあるのだろう。尖塔が見上げるほどに高い。
正統教会の建物は信仰上必要な建物であると同時に王都の観光名所の一つでもある。前には沢山の警備の【神官戦士】たちが立っている。
ロータリーにも階段の途中にも上にも多数の人がいた。教会関係者も信者もいるが多くはただの観光客だ。
「止まれ」と俺たちはロータリーで待ち受けていた【神官戦士】たちの集団に制止させられた。馬鹿息子からの話を受けて慌てて増員されたようだ。階段から降りて来る途中の者もいる。
ヘレンが馬車を止め続く二台の馬車も止まった。
先頭の馬車の御者席に座る俺とヘレンは【神官戦士】たちに取り囲まれた。後列の馬車も同じだ。
「公爵の息子に話は聞いただろう。教皇に用事がある」
声をかけてきた指揮官らしき【神官戦士】に向かって俺は言った。
『猊下』とは付けなかった。会社に押しかけたクレーマーが「社長様を出せ」とは言わないだろう。
先触れに走らせた公爵の馬鹿息子はこの場にはいなかった。恐らく建物の中だろう。
この場の人間に詳細がどこまで伝わったかは怪しいが少なくとも同胞を俺に『石』にされたとは聞かされたのだろう。荷台に証拠もある。
【神官戦士】たちは握ったメイスをあからさまにチラつかせて圧力をかけて来た。視線が俺たちと荷台の石像の間を行き来している。当然、見知った顏の石像もあるはずだ。
「教皇猊下はお忙しい。ふらりとやってきてすぐに会えるようなお方ではない」
指揮官が返事をした。
まあ当然だ。
「待つさ。あいにく俺も忙しいんだ。襲われて返り討ちにした相手をそういつも届けに来られるほど暇じゃない。次は砕いて道路の穴埋め材にしちまうからそのつもりでいてくれ」
【神官戦士】たちの殺気が膨れ上がった。
指揮官が今にも暴発しそうな【神官戦士】たちの動きを手で制した。
信者や観光客が見ている前で教会の【神官戦士】が暴行を働いては問題だろう。少なくとも正当な理由がいる。
荷台に石像を積んで教会前のロータリーに乗り付けた俺たちと警備の【神官戦士】たちが揉める様子は周囲の人間たちから注目されていた。
「すまないが先ほど来た者の説明は一方的で詳細が分からなかった。事情を聞かせてもらえないか?」
指揮官が如何にも我慢していますという、つらそうな表情で俺に下手から問いかけてきた。
「いいだろう」
俺は御者台の上に、ひょいと立ち上がると周囲を見回し、周辺の人間にも良く届くように声を張り上げた。
「注目ぅ!」
俺が不審な動きを見せたことで二台目、三台目の馬車を囲んでいた【神官戦士】たちも俺がいる馬車の周りに移動した。もちろん野次馬も集まって来た。
「ぜひ皆さんにも聞いてもらいたい。俺は今日王都に来たばかりの探索者だ。探索者職業は【支援魔法士】。仲間にはザマー教の僧侶がいる。先刻俺たちは王都の入口で正統教会の人間からザマー教僧侶の王都への入場禁止を告げられた。途方に暮れて王国の門番に確認したところそのような規則はないと言われて無事に門を通過できた。探索者ギルドに入ったところ正統教会の【神官戦士】たちがやってきて殴りかかられた。俺は必死に返り討ちにして見てのとおり『石化』させた。荷台に寝ている連中が証拠だ。聞けば襲撃は正統教会の教皇による指示だそうだ。なぜこのような仕打ちを受けなければならなかったのか俺には分からない。ついては教皇からの説明と謝罪を要求する」




