第73話 王都の探索者との素敵な出会いはなくなった
ヴィセリオンが馬車の手配をするべく酒場を出ようとした。
ロビーに通じる扉を開けて身を乗り出したところでヴィセリオンは動きを止めた。
「なんだお前ら?」
ヴィセリオンが戸惑ったようにロビーに向かって声をかけた。
ヴィセリオンの肩越しに覗くと三十人余りの探索者たちが出てくる人間を待ち構えて扉を囲むように半円形に並んでいた。
並んでいる探索者たちの顏に覚えがある。俺が『麻痺』させた探索者たちだ。
どう考えても俺たちに用事があるのだろう。俺の視界の中の地図の光点は赤ではないので『お礼参り』ではなさそうだった。
ヴィセリオンの後に続いて俺たちはロビーに出た。
途端に「さーせんしたー」と野太い声と共に俺たちに向かって探索者たちが一斉に頭を下げた。中には女の声もある。
ヘレンと知り合いのBランク探索者の男が寄って来た。ギルドに着いた際に見た顔だ。
襲撃事件時に酒場では見かけなかった。別の場所にいたが誰かから話を聞いたのだろう。
「すまない。若い奴らの躾けがなっていなかった。勘弁してくれ」
男が恐る恐るといった素振りでヘレンに話しかけた。
「泣かすぞ」とヘレンが半分笑いながらドスの聞いた声で男を唸り飛ばした。半分は本気だ。俺が知っているヘレンとは別の人だった。
「どうされますか?」
一転して声を変えたヘレンが俺に問いかけた。
どうするもこうするも俺自身は王都で仕事をするつもりはあまりないから王都の探索者との間にわだかまりが残ろうとなくなろうと構わない。昇格試験を受けに来ただけだ。
だが『赤光』が拠点を移すのであれば、あまり敵対的に振る舞う行為は良くないだろう。逆恨みを受ける。
俺は居並ぶ探索者たちをねめつけた。
「中に転がっている石を馬車へ積んでくれ。それでチャラだ」
顎で酒場の中を指し示した。
「返事っ!」
すかさずBランク探索者の男が探索者たちを一喝した。
「「「はいっ!」」」
「すぐ動け!」
男の指示で探索者たちが酒場へとなだれ込んでいく。
なだれ込んだ先の酒場で探索者たちは呆然と立ち尽くした。
さっきまでは『麻痺』していただけだった【神官戦士】たちが『石化』させられている姿を目にして戸惑ったようだ。
俺に『石を運べ』と言われただけでは石が何のことかピンときていなかったが実物を見て、もしヴィセリオンが俺に『麻痺』の『解除』を求めなければ今転がっている石の中には自分も含まれていたはずだと気付いたのだ。まあ、俺はそうしただろう。
「こいつは」とヘレンの知り合いが呻き声を上げた。
「どうするつもりだ?」
「教会に届けてやる。親切だろ」
男はドン引きした目で俺を見た。
ヘレンに囁く。
「やばいな、お前さんとこのリーダー」
「だから怒らせないでって言ったでしょ」
「身に染みたわ」
本人に聞こえてるんですが。
探索者たちが恐る恐る人型の石に取り付くと運び始めた。べつに『石化』は伝染するものじゃないんで、そう脅えなくても問題はないはずだ。
【神官戦士】たちは材質が石に変わったため重量も石になっている。単純に三倍近くの重さに変っているだろう。『石化』の仕組みはわからないが人間の体を構成していた分子が別の分子に置き換わったものと思われる。
もともと屈強な探索者たちが【神官戦士】一人に付き四人がかりで運んでいた。石の重さに苦労している。
なぜか俺の脇を通り過ぎる際に探索者たちは、ぺこぺこと頭を下げていく。
「これは一台では無理だな」
運び出しの様子を見て呟いたヴィセリオンが俺たちに問いかけた。
「ヘレン以外に馬車を操れる者は?」
『赤光』全員が手を上げた。探索者にとっての基本技術だ。受けられる依頼の幅が広がる。今後のことを考えるならば俺も身につけるべきだろう。
「台数を増やそう」
「すまんな」
もともと俺とヘレンだけでは不可能な運搬計画だったようである。結局、二頭立ての中型馬車三台での運搬になった。
俺はロビーの椅子に座ると用意された馬車へ重たそうに石を運ぶ探索者たちの動きを黙って見守った。
『赤光』は外で積み込みの陣頭指揮を執っている。荷崩れが恐い。
ヘレンとヴィセリオンは俺と一緒だ。
「あー、すまんが相談が」
ヘレンの知り合いのBランク探索者が、恐る恐るという素振りで俺に近づいて来た。そんなに怖がらないでもらいたい。こちとら非力な【支援魔法士】だ。
男は運搬そのものには手をださず探索者たちを監督していた。
「何だ?」
「実は探索者が一人、石にされたままだ。『解除』してもらえんものかと」
そういえばそんな奴がいた。フィーニッツだ。正統教会に引き渡してしまうのは流石に酷だろう。『解除』の優先度合いが下がるばかりか下手をするとそのまま廃棄されかねない。
だからといって無罪放免とはいかせられない。
「欲張りすぎだ。教会には引き渡さないでおくから、こちらの揉め事の片が付くまでギルマス預かりで納得しろ」
俺は即座に却下した。
男は救いを求めるような視線をヘレンとヴィセリオンに送った。
ヘレンとヴィセリオンは首を振る。
「まあそうだな」
男は諦めた様に息を吐いたが他にも言いたいことがありそうだ。
「まだ何か?」
「あの『巨人』を従わせているリーダーはどんな男かと思ったが本当に【支援魔法士】なんだな。こんなに【支援魔法士】の魔法が効いている様子を初めて見たよ。Bランクの昇格審査を受けに来たって聞いたが?」
「『あの』って、ヘレン何やったんだ?」
俺はヘレンの顔を見たが、にこにこと笑っているだけで答えなかった。
諦めて男に顔を戻す。
「【支援魔法士】への風評被害を無くしたいというのが人生のテーマの一つでね。実績のある【支援魔法士】の存在は他の【支援魔法士】にとって励みになるだろう。あんたらももう少し長い目で【支援魔法士】と付き合ってくれ。成長に時間がかかるんだ」
本当にそうなのかは知らん。『絶対魔法効果』がなくても十分に成長した【支援魔法士】であれば、ある程度使える存在にはなるだろう。探索者職業に貴賤はないはずだ。
「積み込みが終わったわよ。いつでも出発できるわ」
外で作業を見守っていたフレアたちが戻って来た。
ロビーにいる探索者たちが『赤光』メンバーの通行を妨げないよう、あからさまに身を避けている。まるで腫物扱いだ。ヘレンの知り合いから俺たちを怒らせるなと周知徹底されたのだろう。俺たちを、ではなく、俺を、かも知れない。
一つ確実に言えるだろう話はフレア、エルミラ、アヌベティに王都の探索者との素敵な出会いはなくなったということだ。うっかり彼女たちに声をかけて俺とトラブルになる危険を誰が進んで冒すものか。
「てめえら、うちの子たちに何してやがるっ!」って言っちゃったしな。
『俺の女』ではなく『うちの子たち』だ。保護者意識全開である。まるで俺の目が黒いうちは、とか言っちゃう親父みたいだ。
「何?」
俺の憐れんだ視線を受けてフレアが訊ねた。
「いや」と俺は頭を振った。
「よし行こう」




