第72話 実際に舐められたのは俺たちだ
「おい、本気で言ってるんじゃないだろうな」
ヴィセリオンが不安気に口にした。
「せっかく首謀者は教皇猊下だって証言を得たんだ。俺は正統教会の信者じゃないし絡んでくるというのならば黙らせるだけだろう? 舐められた探索者として個人的に動くだけだよ。あんたは知らなかったと言っておけばいい。対価を取ってギルドが探索者に馬車を貸すのは業務の一環だろう」
「襲撃されたギルドのギルドマスターが知らなかったで済むわけがないだろう」
まあ、確かに。
オルディウス公爵の馬鹿息子がどんなつもりであったにしろ事情聴取の最中にその口から『教皇猊下が首謀者』という言葉を出したのは事実である。正統教会に行って「教皇猊下を出せ」と騒いでも筋は通るだろう。『麻痺』させられて耳だけに神経を集中していた【神官戦士】たちも聞いていたはずだ。馬鹿息子が教皇猊下を売った事実の生き証人だ。
だからといって教会で騒いで俺が相手にされるかは別の話だが。
「じゃあ知った上で協力したことにしておくか?」
「いや、何も知らなかった」
ヴィセリオンは天を仰いだ。
「何て奴を寄越してくれたんだケイトリン。恨むぞ」
俺は聞こえない振りをした。
「そんなわけですまない。お前らが襲われたのは俺のせいだった」
俺は『赤光』の面々に頭を下げた。
「慣れない権威なんか使うもんじゃないな」
「とんでもありません。ギン様のお陰でわたくしは街へ入れました。ご迷惑をおかけしたのはわたくしのほうです」
アヌベティが俺の前に出て深々と頭を下げた。そう言ってもらえると少し気が楽になる。
「アヌベティは何も悪くないよ」
俺はアヌベティの頭に何の気なしにぽんと手を置いた。
ちょうどいい高さになったので反射的に手が動いてしまっただけだ。他意は何もない。
けれども途端に殺気のようなざわりとした空気が酒場を支配した。
発信源はアヌベティ以外の女性陣、ヘレン、フレア、エルミラだった。
カイルは咄嗟に明後日の方向を向いている。俺は地雷を踏んだようだ。
「それで馬車は?」
俺はヴィセリオンに話を振った。
さりげなくアヌベティの頭から手を戻す。
離れる手を追いかけるようにアヌベティが頭を上げた。
「すぐ表に回させる。だがこいつらを治して歩かせればすむのでは?」
「復活早々居直ってまた襲われても面倒だ。教会なら回復はお手の物だろう。できなかったら教会のメンツ丸つぶれだ」
恐らくだが俺以外には、そう簡単に『石化』の『解除』はできないだろう。
初めてルンヘイムの領都騎士団で騎士たちを『石化』した際には俺が個人依頼で『解除』を受ける以前に何人かは騎士団が独自に『石化』を解いていた。
けれどもスニードルやサビエンにかけた『沈黙』は俺が『解除』するまで解けなかった。
ルゴルフの『眠り』もそうだ。『石化』だから解けたというわけではなく俺の魔法練度が上がって効果が強くなったためだろう。
ゴスムは俺の『解除』を拒んで去ったが今では時間経過による自然『解除』はありえないだろうと俺自身は思っていた。あるとしてもその前に人間として寿命が尽きる。エルフならば間に合うかも知れないが、だとしても長い年月が必要だ。
俺がそのように思ったということは多分それが事実だ。『絶対魔法効果』が働いている。
当てが外れたゴスムは苦労しているに違いない。
『沈黙』でまだ良かった。『麻痺』や『睡眠』の場合は食事も水も取れないので時間経過で衰弱が進むし色々と垂れ流しになる。『解除』をされなければ最終的には衰弱死するだろう。
『石化』は時間の経過に強いので長期間の保存が可能だ。衰弱死もしない。割れたり風化で削れたりしなければ何年か何十年か後でも復活できるかも知れない。究極のアンチエイジングだ。本人に自由はないけれども。
したがって、もし正統教会が俺の『石化』をすぐに『解除』できなくても死者は出ない。
教会には、じっくり時間をかけて俺の魔法を『解除』できるか挑戦してもらおう。
俺宛に個人依頼を出してくれれば時価で相談に乗る。俺お得意のマッチポンプだ。
心配なのはどうしてもお仲間を『解除』できなかった正統教会が、俺に頼らず証拠隠蔽を謀ってしまう可能性だ。
その時は当事者たちには諦めてもらう以外仕方がない。勤め先が悪かった。
「ヘレン、悪いが教会まで付き合ってくれるかい? 御者が必要だ」
探索者ギルドとして協力するわけには行かないのだからギルドの人間に御者を頼むわけには行かないだろう。
「置いていくと言ってもついていきますよ。露払いは『骨折り』の前衛である私の役目です」
ヘレンが、ふんすと胸を張った。まるで威嚇する熊のようだ。
「待て。俺たちを置いていくつもりじゃないだろうな。襲われた当事者だぞ」
カイルがすかさず割り込んでくる。
「露払いというなら盾持ちだろう」
エルミラがガツンと左右の盾を打ち合わせた。歪んでいる。教会には盾の弁償も求めよう。
「外ならば遠慮なく攻撃呪文を使えるわね」とフレア。
「回復はお任せください」
アヌベティも乗り気だった。
「いや、そういうわかりやすい殴り込みはしないから。荷物を届けて脅しつけるだけだ」
「『赤光』抜きってのはなしだぜ。実際に舐められたのは俺たちだ」
カイルが吠えた。
「確かに」
そういうことになった。
まあ探索者ギルドの中にいても襲われるくらいだ。別行動よりは目の届く場所にいてもらったほうがいいだろう。




