第71話 向こうの出方次第
「教皇猊下だ」
オルディウス公爵の馬鹿息子は渋々といった様子で口を開いた。
「そういうはったりはいらないから」
俺は無造作に馬鹿息子の発言を切って捨てた。
公爵の息子であるだけではなく俺は正統教会の教皇猊下とも昵懇の仲なんだぞ、という若者の熱い主張だろう。
馬鹿息子内の力関係の天秤ではオルディウス公爵よりも正統教会の教皇猊下のほうが序列は上になるらしい。猊下の名を出せば大物過ぎて今度こそ俺が退くとでも思ったか?
実際は馬鹿息子から門での事件を報告された教会の誰かが『教会の権威に傷がつく』などと考えて抗議の圧力団として【神官戦士】たちを派遣したのだろう。
いや、だとしても襲撃まではしないはずだ。
仮に何の権力もない馬鹿息子が襲撃命令を【神官戦士】たちに出しても、さすがに本人たちが拒むに違いない。躊躇せず殴りかかったという事実から【神官戦士】たちは実際に派遣を許可した誰かによって暴力を許すと言い含められていたものと考えられる。
そんな指示を誰が出せる? 全面的に探索者ギルドと関係が決裂する可能性があるため正統教会でもそれなりに責任がとれる立場の人間だろう。
え? 本当に猊下案件?
「ありえるのか?」
俺はヴィセリオンに話を振った。
「ないとは言えないな」
ヴィセリオンはあっさりと肯定した。
「露骨な金儲けに走りすぎた正統教会は信者離れが激しい。金で解決するのではなく悪人に実際に罪を償わせる姿勢を貫く新進気鋭のザマー教が目障りなのは間違いないだろう。猊下自ら圧力をかけろと言いだしても不思議ではない」
こちらの世界の教皇猊下は俺が想像する元いた世界の同じような立場の人間程には雲の上にはいないようだった。もっと下世話だ。宗教の数だけ教皇猊下的な存在はいるのだろうし栄枯盛衰もあるだろう。何たら神聖国とでもいった名前の政治と宗教が一体化した国があったら聖職者の権力も大きいのかも知れないがヴァルハライト王国は国全体が単一宗教でまとまっているわけではない。商売だとしたら当然、宗教間の競争があるわけだ。
「ザマー教を排除したいにしても王国が禁止しているわけでもないのにギルド内でいきなり殴りかかるのはやり過ぎだろう。大義名分がない」
「いや」
カイルが申し訳なさそうに口を挟んだ。
「こっちから手を出したことになっている。俺が先に触れた。正統教会側の正当防衛だ」
あちらからいちゃもんをつけてきたくせして、アヌベティを庇って立つ際にカイルの体が馬鹿息子に触れたからと【神官戦士】たちが殴りかかった。俺が知る限り、そういうのは正当防衛とは言わない。ヤクザの手口だ。
「正統教会は探索者ギルドへの警告のつもりなのだろう。探索者にはザマー教信者もいるし他の宗教の信者もいるが大規模な活動時に必要となる大量の【回復魔法士】の動員は正統教会に依存している。一部の探索者の利益か探索者全体の利益か現実を見誤るなというメッセージだ」
ヴィセリオンは困ったような表情を浮かべている。
正統教会がここまで露骨な実力行使に出るとは思っていなかったのだろう。まずは暴力ではなく要求とか抗議とか口頭若しくは文書を介した儀式的なやりとりになると思っていたはずだ。
仮に正統教会がアヌベティを王都から追い出すように求めてきても『拒否する』とヴィセリオンが頼もしく請け負ってくれたのは実際に正統教会が物理的な手段に出る前である。
探索者ギルドのギルドマスターとしては探索者全体の安全を考えると正統教会と決裂するわけには行かず難しい立場であるに違いない。
俺はヴィセリオンに確認した。
「アヌベティ一人くらい王都に入ったところで実際は大した問題じゃないだろう。教会が実力行使にまで出なければならない理由は何だ?」
俺の問いにヴィセリオンは何かを答えようとして口を濁した。
視線が床に転がる【神官戦士】たちの上を這った。
どうやら教会の人間の耳には入れたくない話らしい。
「『石化』」
俺はヴィセリオンを安心させた。床に転がる【神官戦士】のみならずテーブルの上の公爵の馬鹿息子とフィーニッツも併せて『石化』させた。全員、石だ。
「『麻痺』もそうだが君は本当にあっさりと魔法をかけてしまうのだな」
「【支援魔法士】だからな。で?」と俺。ヴィセリオンに本題を促す。
ヴィセリオンは神妙に言葉を口にした。
「考えられる原因があるとするならばルンヘイム家だろう。近年、勢いに陰りを見せる正統教会は巻き返し策として王国に自分たちを国教化するよう働きかけを強めている。探索者ギルドにも正統教会信者である探索者には治療費を優遇するのでギルドからも王国に働きかけるよう依頼してきた。一方、国内有数の貴族でもあるルンヘイム家は正統教会とは距離を置いている。国教化となれば黙ってはいないはずだ。君があからさまにルンヘイム家の名前でザマー教徒を王都に入れたのでルンヘイム家がザマー教の後ろ盾についたと警戒したのだろう」
まさかの俺のせいだった。
ヴィセリオンはさらに声を潜めた。
「実は王家も迷宮という独自財源を持つルンヘイム家が力をつけすぎることを警戒している。王都の探索者たちがルンヘイム領にあまり移らないよう働きかけを頼まれている。ルンヘイム家側から正統教会に手を出した事実があれば王家は教会に味方するだろう。教会の真の狙いはそれだ。ルンヘイム家を排除できれば国教化に反対する者はいなくなる」
迷宮にしか目を向けていないメルトと父親に、アルブレヒトが対外的な領地の拡大を考えるべきだと危機感を抱いていたのはそのためか。
現在、ルンヘイム家は大々的に探索者に対して私兵の募集をかけている。
対魔物対策としてだが騎士団の戦力強化もしている。
それらの情報が耳に入れば、王家はさらにルンヘイム家への警戒を強めるだろう。
「正統教会は王家とルンヘイム家を争わせたいのか。王家もそのつもりか?」
「警戒を強めはするだろうが少なくとも現在の国王はそこまで積極的ではないな。一方、正統教会は尻を叩きたがっている。教会でこのつまらない男の面倒を見ているのは公爵を通して国王への働きかけができるようにするためだろう。恐らく今頃は自分の息子が王都の門で兵から非礼を受けたとでも国王に抗議しているのではなかろうか」
確かに、あの時、門で俺たちの対応をした兵士は既に罷免されているはずだと馬鹿息子は言っていた。だとしたら、ザマー教僧侶の王都立ち入り規則の有無なんか確認してしまい悪いことをした。機会をつくって撤回させなければならないだろう。
「面倒くせぇな」
つい、俺の口から言葉が漏れた。大分、怒りが入っていた。
まだ王都に着いたところなのに、いつの間にか政治闘争に巻き込まれている。
俺はケイトリンに言われてBランク探索者になりにきただけなのだ。
それとて積極的ではない。もうやめて帰ってもいいだろうか?
薬草採取と『清浄』の日々に戻りたい。
「どうせ探索者ギルドは動けないんだろ?」
俺は色々と諦めてヴィセリオンに問いかけた。
「あー、うー、すまん」
ヴィセリオンは頭を下げた。
いいさ。組織に所属する人間の辛さは分かっている。
俺も長く社会人を営んできたので組織の長であるヴィセリオンの立場はわかる。
だったら俺は探索者としてシンプルにいく。
政治は置いておく。
探索者ギルドは関係ない。
仲間がやられたから、やった奴をやり返すだけだ。教皇猊下って奴が犯人か。
「魔物運搬用の馬車を貸してくれないか。教会に荷物を届けに行きたい」
俺は目の前にいくつも転がっている人型の石を見回した。
「どうするつもりだ?」
「向こうの出方次第。反省して謝るならば許してやるし。まだ絡む気があるようならばできなくする。王家が首を突っ込んでくる前に終わらせる」




