第70話 私の一存ではない!
探索者ギルド内で正統教会の【神官戦士】が集団で探索者を撲殺したとなったら大問題だ。もちろん襲撃だけでも大問題なのだが。
ギルド職員が酒場の入口を閉鎖する担当を変わってくれたらしくヘレンも俺たちの所にやってきた。
俺はテーブル上の何とか公爵の馬鹿息子を見下ろした。
全身『麻痺』しているとはいえ目は動かせるらしく、しきりに瞬きをして俺を脅えた様な目で見つめていた。
隣で寝ているフィーニッツも同様だ。
ある意味フィーニッツも正統教会の被害者だが、それはそれだ。
Bランク資格審査の合格を餌にされたか逆に不合格にすると脅されて協力を無理強いされたか? どちらにしても正統教会による探索者ギルド襲撃に協力した事実は覆らない。
筋を通すなら、正統教会がそんなこと言っているという話を探索者ギルドにするべきだろう。
審査への手心を望む気持ちは俺自身もケイトリンの紹介状を持って審査員である王都のギルドマスターを訪ねてきたのだから個人的に理解できる。
審査なんてそりゃあ誰だって楽なほうがいい。
とはいえ、充分な実力があるから儀式に過ぎなくなる審査は簡単にすませてくれという話と実力が足りない分は言うことを聞くから合格にしてくれという話ではまるで違う。
自分が合格するために見知らぬ誰かを不幸にする交換条件に乗るようでは論外だ。
「『解除』」
俺はテーブル上の公爵の馬鹿息子を見下ろすと俺がしていると相手にわかるよう口に出して『麻痺』を『解除』した。その上で問いかけた。
「どういうつもりだ? 『ザマー教僧侶が王都に入れないという決まりはない』と門番も言っていただろう」
馬鹿息子はテーブル上に身を起こすや捲し立てた。
「あの男は今頃免職されているはずだ。お前らも私にこんな真似をしてただで済むと思うなよ」
「『黙れ』」
俺は馬鹿息子を『沈黙』させた。
捲し立てていた口からは息しか漏れず声が出なくなった。
「聞かれたことにだけ答えろ。わかったら頷け」
馬鹿息子は何度も頷いた。
「『解除』」
俺は馬鹿息子の『沈黙』を解除した。
「この襲撃の首謀者は誰だ?」
「その男が言っていただろう。私はオルディウス公爵の息子だぞ」
馬鹿息子はヴィセリオンの言葉を引き合いに出した。虎の威を借りまくりだ。
体が動かなくなっていた間、俺たちの会話に意識を集中していたのだろう。今、『麻痺』をしている人間たちも俺たちの会話に聞き耳を立てているに違いない。
それはさておき、
「『黙れ』お前が誰の息子かなんて質問はしていない」
俺は馬鹿息子を『沈黙』させた。睨んでやる。
馬鹿息子の口からは再び息しか出なくなった。
流石に失敗に気付いたようだ。
俺は噛んで含めるように馬鹿息子に伝えた。
「俺にはあんたの父親に何か恩恵を受けた覚えも果たすべき義理も面識もない。ある意味であんたの親の顔を見てみたいとは思っているところだが無駄口を叩くなら次はないぞ」
馬鹿息子は何度も頷いた。今度こそルールを守るという主張だろう。
「『解除』」
俺は馬鹿息子の『沈黙』を『解除』した。
もちろん違うとはわかっているがあえて問いかける。
「そこまで父親の名を主張するということは襲撃の首謀者はオルディウス公爵という理解でいいな?」
馬鹿息子は唖然としたような顔で俺の顔を見た。
誤解にもほどがあると思ったのか、まったく父親の威光が通じぬ人間と初めて出会って驚いたのだろう。両方かも知れない。貴族であっても普通は公爵の名前を出されれば少しは怯むか気を使うはずだ。一般人が公爵と面識がないなど当然である。
馬鹿息子も俺たちがルンヘイム家の伝手で貴族用の入口を通過した事実を目撃している。
その上でルンヘイム家の友人の友人を襲撃したのだからオルディウス公爵家の威光にはルンヘイム家も従うはずという判断も働いていたはずである。
ルンヘイム家のメルトやアルブレヒト本人ならばどういう対応を取るか俺にはわからないが少なくとも俺個人としてはオルディウス家の威光など関係ない。もっと言えばルンヘイム家の存続にも興味も関係もない。まあ潰す気もないが。
「であれば、これから文句を言いに行くが公爵は在宅か?」
あえて聞いたが公爵と一緒に住んでいるわけではないだろう馬鹿息子が当主の在不在を知るはずもないだろう。
「いや、父上は関係ない」
馬鹿息子は慌てた様子で声高に叫んだ。
父親の威光が通じぬ相手に対しては父親の名前を出せば出すほど自分にとってマイナスに働くとようやく気付いたのだろう。
俺が忖度して退けば良しだったが退かぬとなると直接父親に迷惑が飛んでいく。公爵家内での立場が強いとは思えない馬鹿息子は父親の顔に泥を塗る行為は避けたいに違いない。
「じゃあ誰が俺たちを襲わせた?」
「私の一存だ」
馬鹿息子は胸を張って主張した。それだけ公爵への飛び火を避けたいのだろう。
けれども一介の僧侶に【神官戦士】たちが部隊で従うとは思えない。
「一存で何かできるほど、あんた偉くないだろう? ということは、やはり間接的にオルディウス公爵の責任になるな。公爵ならば馬鹿息子が教会で我儘を通せるようにと多大な寄進をしているはずだ。息子がしでかした不始末の責任は親にあると思わないか?」
成人した息子の後始末まで親がする必要はないと思う。
けれども親が育て方を間違ったがゆえの息子の不始末だとしたら、どうだろう?
親に一言、物申してやっても罰は当たるまい。相手はモンスターペアレンツかも知れないが。
いずれにしても、いまだに親の名で悪さをしているところが馬鹿息子の馬鹿息子たる由縁だ。そろそろ親離れするべきだろう。
「どう考えても公爵にはガツンと言ってやる必要がありそうだ」
「いや違う!」
さらに慌てた様子で馬鹿息子は否定した。
「私の一存ではない!」
舌の根の乾かぬ内とは、こういう時に使うべき言葉だろう。
俺は呆れて問い返した。
「じゃあ誰だ?」
馬鹿息子は歯を食いしばった。
言うべきか悩んだ様子を見せたが結局は口を開く。
「教皇猊下だ」




