第69話 閉店処理を頼む
「もしくは正統教会が騒ぎを起こしたがった? 教会の誰か偉い人間がザマー教排除のため王国なり公爵を巻き込もうと謀ったとか?」
俺はヴィセリオンが表情を変化させないか顔色を窺った。
案の定、ヴィセリオンは顔をしかめた。何か思い当たる節があったのか? ヴィセリオンも俺がヴィセリオンの表情の変化に気がついた事実に気づいたはずだ。
「さあねぇ」
けれども、ヴィセリオンは俺が気づいた事実に気づかない振りをして飄々と答えた。
正統教会と探索者ギルドは協力関係という立場だ。ここで深くは触れられたくはないのだろう。『麻痺』しているとはいえ探索者の耳も【神官戦士】の耳もある。
「難しい政治の話はわからん」
「おいおい。ギルドマスターたる者、政治こそメインのお仕事だろう?」
もっとも気づかない振りこそが政治的なテクニックなのだろうが。
「その前にこちらを何とかしよう。目立ち過ぎだ」
ヴィセリオンは露骨に話題を変えて酒場の入口に顎をしゃくった。
探索から戻ってきた他の探索者やギルド職員が酒場に入ろうと入口から中の様子を覗き込んでは人が倒れて麻痺している惨状に目を見開いていた。
入口にはヘレンが立ちはだかって酒場に誰も入らないようにしてくれている。どういう説明をしているのだろう?
「ヘレン、悪いが今日はギルマスの貸し切りだと説明してやってくれ。正統教会による探索者ギルド襲撃事件に対処するための重要な会議だ」
「わかりました」
返事をしたヘレンは改めて外の探索者たちに向き直った。ギルマス案件だと説明してもらえば、後の苦情はヴィセリオンに行くだろう。問題は自分の足元だ。
俺は足元を見下ろした。【神官戦士】たちが倒れている。
酒場の中には、ざっくり見積もって二十数人の教会関係者と三十数人の探索者と数人のギルド職員が『麻痺』していた。俺の足元に倒れているのは、その内、十数人程の教会関係者だ。その他は立ったまま痺れている。
ヴィセリオンがなぜか神妙な顔で俺に訊いた。
「ここぞという時にはやる男だと手紙にもあったが何だって支援魔法がこんなに効くんだ? 魔法抵抗が働いてないぞ」
「知らないのか? 酔っ払いには支援魔法がかかりやすんだよ。教会の人間はお堅いから、きっと匂いだけで酔ったんだろう」
実際にテーブルがひっくり返されて床には酒が零れていたため室内は酒の匂いが酷い。
ヴィセリオンはジトっとした目で俺を見た。
男にそんな目で見られたところで嬉しくも何ともない。
『赤光』メンバーは苦笑いだ。どうせ、いかにも俺が言いそうなセリフだとでも思ったのだろう。俺の個人的公式見解としては真実なんだが。方便とも言う。
「初耳だな」とヴィセリオン。
「じゃあ覚えてくれ。【支援魔法士】に対する風評被害には日々頭を抱えてるんだ」
ヴィセリオンは一瞬俺と睨み合ったが俺から納得ができるような答えは得られないと諦めたようだ。隠し事はお互い様である。
ヴィセリオンは、ぼそりと言った。
「巻き込まれた職員と探索者の『麻痺』を『解除』してくれ」
「俺の友人が殴られていたのを笑ってた奴らも? 普通に嫌なんだが」
俺は聞えよがしに言った。『麻痺』しているだけなので聞こえているだろう。探索者は舐められたら終わりだ。ギルドマスターの言葉には無条件で何でも従う男だと『麻痺』している奴らに思われても困る。やると言ったらやる、やらないと言ったらやらない男だと思わせておかないと。
「ギン様」
俺はアヌベティに袖を掴まれた。
目をやるとアヌベティは首を振っていた。
「いけません」
確かに少しばかり大人気がなかったかも知れない。逆恨みされてもつまらない。俺ならまだしも、うちの子たちへの八つ当たりは避けたい。
俺は酒場中に響き渡るように声を張りあげた。
「【支援魔法士】のギンだ。ルンヘイムからBランクの昇格審査を受けに来たところ、なぜか正統教会に絡まれてこの事態だ。巻き込んでしまった人たちは申し訳ない。これから探索者とギルド職員には『解除』をかける。俺の魔法を強く『受け入れる』と意識してくれ。俺に対して悪意があるようだと体が俺の魔法を拒絶してかからないから俺への悪意ではなく悪いのは正統教会だという思いを心に持ってくれ」
正統教会に絡まれたのはザマー教徒のアヌベティではなく、あくまで俺のほうだと主張しておく。これで文句は正統教会か俺のところへ向かうだろう。俺に対する悪意があると云々は、もちろん方便だ。
同時に俺は酒場内を見渡した。教会関係者の位置と探索者、ギルド職員の位置を把握し『解除』すべき人間を判断した。
「『解除』」
べつに無詠唱で問題ないのだが、あえてわかりやすいように言葉に載せた。
停まっていた時間が流れ出したかのように痺れて動けなくなっていた人間が動き出した。
じろりと睨んでやる。
幸い、俺に食って掛かってくるような人間はいなかった。
本来、ほとんど誰に対しても魔法をかけられないはずの【支援魔法士】が衆目環視の中、個々の魔法抵抗を無視して何十人もの人間を一斉に『麻痺』にした上『解除』もかけた。
まともな探索者ならば俺が自分たちの常識の外にいるヤバイ【支援魔法士】だと身に染みただろう。【支援魔法士】でCランクであるだけでも本来は常識の埒外だ。
酒場の中には、まだ倒れていたり動けないでいる【神官戦士】たちの姿もある。
下手に俺に噛みついて再び同じ目にあわされる愚は避けたのだろう。
治った探索者たちは一様に青い顔だ。俺に対して自分の魔法抵抗が効力を発揮しなかった事実に気付いたに違いない。俺にその気があれば無抵抗で命を刈り取られていた。
ヴィセリオンの「悪いが酒場は終了だ。出て行ってくれ」の声で動き出した探索者たちは酒場を出て行った。
酒場を担当するギルド職員たちが戸惑った顔でお互いに顔を見合わせていた。
「閉店処理を頼む」
ヴィセリオンがギルド職員に話しかけてギルド職員も動き出した。




