第68話 貴族の御落胤だぞ
突然、探索者ギルドの一階で騒ぎが生じた。
まさか探索者ギルド内で正統教会がいきなり暴力を振るうとは思っていなかった。
せいぜいが数と権力を頼みに押しかけて探索者ギルドに圧力をかけてくる程度だと思っていた。
ギルドマスターのヴィセリオンにしても俺と同じ考えだろう。それだけ正統教会には余裕がないのか逆に自分たちが何をしても特権的に許されると思い込んでいるに違いない。
俺はギルドの階段を駆け下りるとロビーも駆け抜け騒ぎが起きている酒場に駆け込んだ。
ヘレンとヴィセリオンも後に続いた。
エルミラが盾を掲げて背後にカイル、フレア、アヌベティを庇っていた。
二十人余りの正統教会の【神官戦士】が入れ替わり立ち代わりメイスでエルミラの盾をタコ殴りにしている。
倒れているカイルに対してアヌベティが回復を施しフレアが盛んに励ましの声をかけていた。
「てめえら、うちの子たちに何してやがるっ!」
俺は【神官戦士】たちを怒鳴りつけた。
同時に酒場の中に対して『麻痺』をかけた。
意識的に対象外にしたのは『赤光』とヘレン、ヴィセリオンだけなので、その他の酒場にいた人間が全員『麻痺』になった。探索者もギルド職員も一緒くただ。
「王都の探索者は身内がやられているのに笑っているだけなのかっ!」
怒りのあまり俺は叫んだ。『麻痺』なので俺の言葉は聞こえているはずだ。
探索者たちは暴力に巻き込まれない様、離れた場所から遠巻きにしながら騒ぎを見物していた。酒とつまみを手にした探索者たちの誰一人として新参者の探索者パーティーを助けようとしていた形跡はない。
正統教会とのトラブルを避けたのは仕方ないにしても酒の余興であるかのような見物行為は許し難かった。ルンヘイムに比べて都会であるが故の人情の希薄さか。カイルたちが新参者であるにしても同じ探索者仲間だという意識が足りない。
酒場で働いているギルド職員たちは酒場内での暴力行為を見つけたら制止するべきだろう。探索者間の暴力は日常茶飯事かも知れないが組織的な暴力までは見逃すべきではない。
【神官戦士】も探索者もギルド職員も、その時行っていた何らかの行為をしようとした姿勢のまま全身が『麻痺』して小刻みに震えながら動けなくなった。
【神官戦士】たちはメイスを振り上げたり振り下ろしたりする途中で止まっていたし探索者は酒を呑んだりつまみを口にしたりして笑っていた。もっともその笑みも今は引き攣っていたが。給仕や片づけをしていたギルド職員もその状態で停止だ。
「エルミラっ!」
俺はエルミラに近づくために『麻痺』して動けなくなっている邪魔な【神官戦士】たちを蹴散らして床に転がした。
盾の隙間からエルミラが顔を出し、呼びかけたのが俺だと気が付くと構えを解いた。
「オレは大丈夫。カイルが」とエルミラは背後に目をやった。
床に倒れているカイルに対してフレアが励ましアヌベティが回復呪文をかけていた。
俺はアヌベティに魔法の威力アップのバフをかけた。カイルの治りが若干早くなったと思いたい。
ふう、と、少ししてアヌベティが息を吐いた。
「もう大丈夫です」
カイルが身を起こし、フレアがカイルに抱き着いた。
カイルがお約束の様に「痛い」と叫び出さなかったので骨折も治ったのだろう。
「わたくしのせいでお騒がせをしてしまい申し訳ありません」
アヌベティが俺たちに謝った。
「ベティじゃない。そいつのせいだ」
カイルが床に倒れている男たちの一人を指し示した。
俺が蹴散らした【神官戦士】に混ざって王都の門前で見た覚えがある僧侶の小僧がいた。
俺は僧侶の体を掴んでグイと持ち上げると近くのテーブルの天板の上に転がした。
周辺の席にいた者たちは皿と飲み物を持って避難してしまっていたからテーブルは選び放題で空いている。
「こいつもよ」
フレアが【回復魔法士】らしき倒れている探索者の男を爪先で小突いていた。
「ベティの居場所を大声で知らせていたわ」
俺はその男も掴み上げると僧侶と同じ天板の上に転がした。
二人とも真名板の上の鯉である。さてどうしてくれようか。
ヴィセリオンが「フィーニッツ」と真名板の上の探索者に残念そうに声をかけた。
男の名前だろう。男は少なくともギルドマスターに名前を知られている程度の探索者ではあったのだ。
「どういう人間だ?」
「Cランクの【回復魔法士】だ。昇格審査として正統教会の治療所を手伝っていた」
なるほど。
「審査を他組織にお任せする弊害だな。合格をチラつかせて協力を求められでもしたか」
ヴィセリオンは顔を歪めた。
「正統教会には探索者ではない専属の【回復魔法士】が多数いる。質の低い探索者を安易にBランク【回復魔法士】に昇格させられては困るので一定の水準を保つためにも審査に協力したいというのが、もともとの正統教会の言い分だった」
「僧侶のほうは? 門番にザマー教徒の通行は認めんと指図をして俺たちを締め出そうとした男だ」
ヴィセリオンは僧侶の顔を覗き込むように見て、ああ、と合点がいったような顔をした。
「名前は忘れた。第何子かは知らんが前の王の弟のオルディウス公爵が大勢いる側室に産ませた子の一人で末っ子だ。もちろん継承権はない。公爵は何十人かいる自分の子供たちそれぞれに何らかの仕事を斡旋しておりこの男も王国の軍務に就けたが務まらず逃げ出したらしい。探索者にしたいとの仰せがあったので登録をしパーティーを組めそうな探索者の紹介もしたが物にはならず顔も見せなくなった。最終的に一般僧侶と同じ扱いで良いならばという条件で正統教会が引き受けたという話だ。君たちも災難だったな」
恐らく僧侶は王国兵の一般の門番に対しては教会の権威を振りかざし、貴族担当の門番に対しては公爵の息子という立場で圧をかけていたのだろう。余計な面倒を避けたい王国兵としては付き合える範囲内で、はいはいと言いなりになっていたのだろう。
僧侶にとって予定外だったのはルンヘイム家の友人として通行を求めた俺を貴族担当の門番としては、ないがしろにできなかった点だろう。もし俺が一般市民のザマー教徒であれば公式に禁止されているわけではないにもかかわらず門前払いされていたに違いない。
さすがにオルディウス公爵本人とルンヘイム伯爵本人同士の比較であれば公爵を優先するのだろうが公爵様の何十人目かの馬鹿息子とルンヘイム伯爵の大切な友人の比較では天秤はルンヘイム家側に傾くらしい。
当然、危機管理の一環として貴族担当窓口で起きた出来事は逐一、上司に報告が上げられているはずだ。然るべきさらに上位の人間にも伝わっているだろう。
けれども現実を理解できなかった馬鹿息子は教会に駆け込み、仲間を連れて、さらなる暴挙に出た。
生来の資質か甘やかされて育った結果かは知らんが公爵の他の子種たちはまともに働いているのだとすれば本人の資質の問題だろう。それでも何とか職を世話しようとする父親の気持ちは分からんでもないが周りの迷惑だ。責任もって最後まで家で面倒を見てもらいたい。社会に出すな。
俺はお揃いの正統教会の意匠をつけた鎧に身を固めた【神官戦士】たちが倒れている床を見渡した。
「一般僧侶に【神官戦士】を動員できるとは思えないが?」
【神官戦士】たちを倒したのは俺だが連れてきたのは公爵の馬鹿息子だ。本人の評判と実際の動員力に乖離がある。
ヴィセリオンは声を潜めた。
「貴族の御落胤だぞ。人の弱みに付け込んだり脅したりは得意なのさ。忖度して従ってしまう人間だっているだろう」
俺はカマをかけた。
「もしくは正統教会が騒ぎを起こしたがった? 教会の誰か偉い人間がザマー教排除のため王国なり公爵を巻き込もうと謀ったとか?」
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