第67話 うちの子たちに何してやがるっ!
護衛依頼の達成報告を無事に終えたカイルはカウンターからギルドの酒場へ足を向けようとした。酒場ではフレアたちが依頼達成の打ち上げを先に始めているはずだ。
その時、ギルドの表玄関の扉が外から内側へと大きく開け放たれた。
正統教会の意匠をつけた鎧に身を固めた【神官戦士】たちが滑り込むように続々とギルド内に入ってきた。二十人余りはいるだろう。片手に盾、片手にメイスを持っている。
「動くな。正統教会による改めだ。邪教の信徒を追放しに来たものである。動くな」
動揺した探索者とギルド職員たちに対して王都の門前でアヌベティの入場を邪魔した僧侶が大声を張り上げた。目的はアヌベティの身柄に違いなかった。
ロビーから通じている酒場の入口付近に立っていた【回復魔法士】らしき探索者の男が「こちらです。ザマー教徒はこちらにいますっ!」と僧侶に向かって叫びをあげた。
「邪教徒は酒場だっ!」
僧侶は【神官戦士】たちに酒場への突入を指示した。
僧侶にアヌベティの所在を伝えた男が自ら先立って酒場の中に駆けて行く。
【神官戦士】たちが男の後に続いた。
一足遅れてカイルは彼らの後を追った。
※※※※※
フレア、アヌベティ、エルミラの三人は探索者ギルド内の酒場にいた。
ルンヘイムでもそうであったように部屋の角にあるテーブルだ。近くの壁にはエルミラの二つの巨大な盾が立てかけられていた。
テーブル上に所狭しと料理の皿を並べて、ごきごきゅと酒を呑む。三人共ギンに言われていたお淑やかな様子は微塵もなかった。素だ。
しばらく呑んでいると突然酒場の入口から武装した一団が酒場に駆けこんできた。正統教会の意匠がある鎧を身につけた【神官戦士】たちだ。
何事か、と身構えた三人の近くで【神官戦士】に先立って酒場に駆けこんできた【回復魔法士】らしき探索者の男がアヌベティを指でさし示しながら声を上げた。
「こちらです。こちらです」
【神官戦士】たちは男の誘導に従い瞬く間にフレアたちがいるテーブルの前に立ちはだかった。フレアたちは逃げ道を無くすように角に追い詰められた。
周辺の席にいた探索者たちが自分の酒と料理の皿を抱えて慌てて逃げていく。
フレアが食事していたテーブルをひっくり返して【神官戦士】たちに対する咄嗟の防壁を構築した。
料理の皿とエールのジョッキが床に飛び散った。中にはカイルのために注文したまま誰も口をつけていないジョッキもあった。
エルミラが盾に飛びつき倒したテーブルの内側に籠る形で左右の手に盾を構えた。背後にフレアとアヌベティを庇った。
「何よ、あんたたちっ!」
フレアが声を荒げた。
返事は戻らない。【神官戦士】たちは無言のまま立ちはだかる壁と化している。言うまでもなく王都門前でのトラブルの続きであるのは明らかだ。
アヌベティは無言でメイスを握りしめた。原因は自分の存在だと認識していた。
【神官戦士】たちの壁が割れて僧侶が前に出てきた。王都の門前でアヌベティの入場を拒絶した男だった。
【回復魔法士】の男が僧侶に素早く近寄ってエルミラの背後に庇われているアヌベティを指さした。
「ザマー教徒はあちらに」
僧侶は鷹揚に頷いた。
「よろしくお取り計らい願います」
【回復魔法士】の男は僧侶に縋りつかんばかりの勢いで懇願した。
「審査担当に言っておくよ」
男は嬉しそうな表情で僧侶に深く頭を下げた。
邪魔にならないように壁際に退く。
僧侶がエルミラに庇われているアヌベティを睨みつけた。
アヌベティはエルミラの陰を出た。
「ベティ」とフレアが止めようとする。
アヌベティは「大丈夫」と短く答えた。
アヌベティはエルミラの前に出て僧侶に対峙した。
「騒ぎをおやめください。それほどわたくしが目障りというならばわたくしは街を出ます」
その時、「通して。通して。知り合いだ」と【神官戦士】たちを掻き分けながらカイルが出てきた。アヌベティを庇って僧侶の前に立つ。
「あんたは門で会った男だな。俺たちが何をしたっ!」
アヌベティを庇おうとするカイルの体が僧侶に触れた。
僧侶は、にやりと悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「先に手を出したな」と僧侶。「会話の道は絶たれた。やれ」
僧侶の近くにいた【神官戦士】の腕が閃きカイルの足をメイスで払った。
カイルは床に倒れた。
倒れたカイルに対して周囲にいた【神官戦士】たちがメイスを乱打した。
カイルは頭を抱え込むようにして身を守った。
「カイルっ!」
フレアが悲痛な声を上げた。
エルミラが盾を振りかざしてドンと前に出た。
カイルを取り囲んでいた【神官戦士】を吹き飛ばしてカイルを足の下に庇った。
フレアとアヌベティがカイルの手足を引っ掴む。
「「せーのっ!」」っとカイルをテーブルの陰に引き摺り込んだ。
引き摺られるカイルの動きに合わせてエルミラも下がり三人を守るように盾を構えた。
すかさずアヌベティがカイルに回復呪文をかけた。
【神官戦士】たちの打撃はカイルを痛めつけようとするためのものであって殺す気はない。
カイルは頭を守ったが守らなくても頭を打ってはいなかった。
けれども囲まれてメイスでタコ殴りにされたのだから全身打撲だらけだ。骨も何本かは折れている。【神官戦士】たちに殺す気はなくても打ち所が悪ければ死ぬ可能性はある。
カイルは、ううう、と呻きを上げた。
【神官戦士】たちは標的をエルミラに変えエルミラが掲げる盾を執拗に打擲した。がつんがつんとメイスが盾を叩く音が酒場に鳴り響く。
エルミラは歯を食いしばって打撃に耐えた。
二十人余りに執拗にメイスで打たれてエルミラの掲げた盾は下がって行った。
背後にカイルたちを守りながら盾ごと押しつぶされるように萎んでいく。
僧侶がきんきんとヒステリックな声を上げた。
「ザマー教では受けた痛みこそが贖罪になるのでしょう。贖罪なさいっ!」
殺す気ではなく、やはり痛めつけるだけのつもりではあるようだ。
フレアは「カイル、カイル」とカイルの顔に自分の顔を近づけ呻くカイルを励ましている。【攻撃魔法士】であるフレアには今はそれしかできることはない。屋内で魔法を使っては被害が大きくなりすぎる。
けれどもいつしか口から出るフレアの言葉がカイルの名前ではなく呪文の詠唱になっていた。火炎系の攻撃呪文だ。
どれだけ周りを巻き込んだところで、このまま殺されるわけにはいかないだろう。
呻きをあげているカイルの手が動いてフレアの手を掴んだ。
「姉さん駄目だ」
フレアはハッとしたように詠唱を取りやめた。
「すぐおっさんとヘレンが来るはずだ」
「うん」とフレアは涙を零した。
次の瞬間、酒場にギンの声が轟いた。
「てめえら、うちの子たちに何してやがるっ!」
ガンガンと盾を打つ音が、ぴたりと止んだ。




