第64話 お通り下さい
「通りたい。ルンヘイム家の所縁だ」
俺はアヌベティを促しながら先陣を切って歩くと煌びやかな鎧を着た兵士の一人にメルト・ルンヘイム伯爵から渡された封筒を突き出した。中には俺をルンヘイム家の友人と証する文書が入っている。
そもそも中身を確認するまでもなく封筒にルンヘイム家の家紋が入っていた。王都の貴族担当の門番ならば、俺がルンヘイム家に何らかの所縁がある人間だと家紋を見るだけでわかるだろう。無下にはできない。
もともと俺には権威を利用するつもりなどさらさらなかったから普通に一般の列に並んでいたのに、いきなりルンヘイム家の威光頼りだ。
もしかしたらメルトとアルブレヒトは、こういったトラブルを想定して俺に封筒を持たせたのかも知れない。この後、拗れたらすまん。
追いついて来たヘレンと『赤光』が俺の後ろに立つ。
俺たちの動きを目で追っていたのかアヌベティを排除した正統教会の小僧僧侶が慌てて駆けてきた。
「待て。お前ら、何をするつもりだ」
俺に取り縋ろうとする僧侶の前に貴族対応の門番の兵士たちが立ちはだかり取り押さえた。
いくら相手が正統教会の僧侶とはいえ貴族の家紋入りの封筒を持参した人間に対して激高して危害を加えそうな勢いの人間を接触はさせられないだろう。
正統教会の僧侶は封筒を持つ兵士に向けて叫んだ。
「離さんか。その女はザマー教の僧侶だぞ。王都への入場は認められん輩だ」
「なぜ?」と俺は僧侶に問いかけた。
「ザマー教僧侶が王都へ入っては駄目だと誰が決めたんだ? 国王? それとも正統教会の偉い誰かか? 王都の門の入場管理は王国と教会どちらの仕事だ?」
最後の一言は兵士向けだ。
「王国です」
兵士は即答した。
「俺は俺の大切な友人たちとここへ来た。友人に王都へ入るなと言うならば俺にも入るなということだ。門の管理者がそう判断するならば黙って従うが戻ってから封筒を持たせてくれた友人に王都に入れなかったと報告する必要がある。ザマー教僧侶は王都へ入っては駄目だという決まりがあるのか?」
俺から手紙を渡された兵士は判断に迷ったのか、少々お待ちを、と門の中へ走ろうとした。恐らく兵士たちの詰所があるのだろう。詰所には兵士の上官がいるはずだ。貴族相手の面倒な案件が生じた場合には、すぐ確認を取るのだろう。
俺は去ろうとする兵士の背中に投げつけるように声をかけた。
「俺に封筒を持たせた友人は俺が門で待たされずに済むために持たせると言ったんだ。待たされるようならば帰る。封筒を返してくれ」
兵士は俺に対して振り返ると、にこやかな表情で答えた。
「ザマー教僧侶が王都に入れないという決まりは、そもそもありません。正統教会による便宜的対応の一環です」
兵士は貴族のクレームに対して自分の頭で考えて即時対応ができる人材であるようだ。
貴族であれば俺なんかよりもっと無茶苦茶な要求をする者もいるだろう。如才なく裁けないような人間では貴族相手の門番など務まらない。
じゃあ、なぜアヌベティは弾かれたんだ? と突っ込みたいところだが王国と正統教会の間の大人のつきあいがあるのだろう。お互いに見て見ぬ振りという奴だ。
正統教会が王国兵の役務に人的な協力をする代わりに王国は正統教会による異教徒の排除に目を瞑る。王国は人手不足が緩和され正統教会は信者の減少が緩和されるというウィンウィンな関係だ。
俺も大人の端くれだから、こちらからはこれ以上突っ込まない。これより突っ込むと話が大きくなり過ぎるだろう。組織が出て来ざるを得ない。もちろん向こうから来た場合は仕方ないが。馬鹿じゃなきゃ来ないはずだ。
「何をふざけたことを言っている。正統教会を馬鹿にするつもりか!」
小僧僧侶は自分より年嵩な兵士を怒鳴りつけた。小僧の中では王国の門番より正統教会の僧侶のほうが格上という認識らしい。
「こいつはこう言っているが俺たちは全員通ってもいいのかな?」
俺は兵士に確認した。
「お通り下さい」
兵士は俺に封筒を返してくれた。
「ありがとう。もし揉めて俺の証言が必要になったら探索者ギルドに言ってくれ。【支援魔法士】のギンだ」
行き先を告げなくてもどうせこっそり見張りは付けるつもりだろうとも思ったが、そこまでは口にしない。
兵士は目を見開いた。俺が【支援魔法士】だと知り驚いたのだろう。
けれどもそれ以上は何も言わずに俺と仲間たちを通すよう同僚の兵士たちに合図をした。
貴族以外の入場を拒んでいる兵士たちの隊列が割れて王都へ入る道が開いた。
「行くか」
俺たちは王都の門を潜った。
王都に詳しいヘレンを先頭に俺たちは探索者ギルドを目指した。
後ろのほうで俺に虚仮にされた正統教会の僧侶が兵士たちに何か文句を言っている。
俺は視界の片隅の『地図』で僧侶の光点を探すと見逃さないようにマーキングをした。
もちろん僧侶は赤だった。
『地図』には他に、ギルドへ向かう俺たちの後を追うように付かず離れずついてきている青い光点もある。こちらは門番からの合図で俺たちに付けられた王国の見張りだろう。今のところ悪意はなさそうなのでとりあえず無視だ。そもそも行き先も伝えてある。
俺はギルドへ向かって歩きながらも『地図』の中の僧侶の動きに注目していた。
通常の動きをするならば憤ったとしても自分の持ち場である一般用列の監督に戻るはずだ。
通常ではなく何か特殊な動きをするつもりならば持ち場を離れるに違いない。
僧侶は元居た一般用列の監督場所に戻ったがそのまま門を通り抜けて中へ入った。俺たちを追うわけではなく、どこか別の場所へ向かっている。
俺たちは門から真っすぐ前方に進んだのに対して僧侶は王都の左側へ向かう形だ。
俺は視界の中の『地図』ではなく、実際の僧侶が向かった先へと視線をやった。
距離も離れたし間に多くの建物が存在するため、もちろん僧侶の姿は見えない。
けれども建物の屋根越しの遠方に教会の鐘楼の頭が見えた。正統教会を示す意匠がある。僧侶は教会へ報告に向かったと考えて間違いないだろう。
こちらは穏便に済ませたいと思っているのに向こうは絡み足りないらしい。
さて教会はどう出るか?
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