第63話 では、わたくしはここで
「その女はザマー教徒だな。通行は認めんぞ」
そう言った僧侶の小僧の言葉を受けて兵士の一人がアヌベティの肩を掴んで止めた。
「お前は駄目だ。他の者は通って良し」
アヌベティが持つメイスはザマー教僧侶の標準装備だ。見る人が見ればわかるらしい。
ザマー教の基本的な教義は、もし罪を犯してしまったら償いましょう、というシンプルなものだ。
罪を償わずに死んだ人間は来世で幸福な生まれ変わりに恵まれない。
虫になるかも知れないし、人間であっても貧しく生まれ落ちて再び罪を犯す境遇に落ちるかも知れない。
だから、なるべく罪は犯さず、もし罪を犯してしまったらすぐに償いましょう。
そうすれば生まれの不幸から罪を犯す人間も減り世界は今より住みやすくなるでしょう。
悪事を働くな、罪を償えというのはどこの宗教でも大体似たような教義だろう。
真っ当に生きていたとしても不可抗力で罪を犯してしまう場合もある。
だから、罪を犯すなではなく、もし罪を犯してしまったら償いましょう、だ。
ザマー教が他の宗教より徹底していたのは悪人のやり逃げを許さず積極的に罪を償わせようとする姿勢だった。やり逃げとは犯した罪に対して罰が軽すぎる状態だ。
例えば何人もの人を殺して財産を奪い酒池肉林の贅沢三昧を送っていた悪党が捕らえられて死刑になったところで、たった一回の磔で償いきれるような罪の量ではない。トータル的には罪を犯した者勝ち、やり逃げだ。
ザマー教僧侶は、そのような悪党をメイスで痛めつけた後、回復魔法で癒し、再びメイスで痛めつけた後、回復魔法で癒しを繰り返して、適正に罪を償わせようとする。
痛みが強ければ強い程、多ければ多い程、悪党の罪は償われ来世の幸せな生まれにつながる。生まれの悪さゆえの悪党の発生を減らして世の中を幸せにしようという考えだ。
同時に悪党への処罰の実施が被害者にとっての救いにもなっていた。
悪党が罪の報いとして痛められている姿を見て被害者はスッとするのだ。
アヌベティが折伏に力を入れ過ぎて、いつも血塗れな姿である理由はそのためだ。探索者活動で退治した盗賊等に適正に罪を償わせている。
とはいえ、ザマー教は罪を償う手段として暴力を奨励しているわけではない。
償う手段は強制労働でもボランティアでも構わないのだが悪党の罪が重ければ重い程、非暴力的な手段では寿命の間に罪を償いきれないため結果的にメイスの出番となっている。
もちろん、悪党がどんな痛みを受けたところで奪った命は戻らないのだから罪を償ったことにはならないという議論は残る。
残るがそれでも悪党のやり逃げは許さないという一貫した信念だ。
少なくとも悪党が罰を受けるのは当然だろう。
そんな信念を持つアヌベティの肩を掴み兵士は小突くように脇へ押しやった。
「どういうことだ?」
俺は兵士の前に出ると兵士に問いかけた。
「彼女の何が問題なんだ?」
「ギン様!」
アヌベティが兵士に食ってかかろうとする俺の前に、さらに入りこんで俺を止めた。
囁くように言う。
「ザマー様の教えは王国の主流である正統教会からは異端視されています。わたくしは街の外のザマー教会に身を寄せますのでわたくしには構わずにお行き下さい」
アヌベティは必死の形相だ。俺や仲間へのとばっちりを恐れているのだろう。
俺はカイルたち『赤光』メンバーに目をやった。
三人とも悔しそうな表情を浮かべて自分の感情を押し殺そうと努力していた。
アヌベティと長く行動を共にしてきたカイルたちには、これまでも似たような仕打ちを受けた経験があるに違いない。内心忸怩たるものがあるのだろうが多数派であり権力者でもある正統教会勢力には逆らえないといったところか。
ヘレンも同様の表情だ。
こちらの世界の常識に疎いのは俺だけらしい。
「ザマー様は禁止宗教?」
俺はアヌベティに問いかけた。
「とんでもありません。ちゃんと王国からも世界的にも信仰を認められています」
「それなのに王都には入れないんだ?」
アヌベティは口を噤んだ。
「何だ貴様らは? 文句でもあるのか?」
正統教会の所属らしい僧侶の小僧が近寄ってきて威圧的に問いかけてきた。
正統教会の教義では罪は本人が悔い改めてひたすら祈る行為により許される。
悔い改める代わりに正統教会が事前に祈祷をした霊験あらたかな免罪符の購入によっても許される。
『死んだらお金は使えないので来世の自分のために使いましょう』がキャッチフレーズだ。
『免罪符を持たずに死んだら生まれ変わり先に恵まれず来世は死ぬまで生き地獄ですよ』
食うや食わずの貧乏人にとっては生きても地獄、死んでも地獄だ。せめて来世は幸せでありたいと考えれば、なけなしの財産を正統教会に貢ぐしかない。
正統教会は免罪符の購入資金がどのような手段で集められたものかは関知しない。
仮に犯罪で得た金銭で支払っても免罪符は手に入る。
ザマー教は悪党に報いを受けさせ正統教会は悪党を金で許す。
したがって正統教会では貧乏人は報われ難い。
そのため近年、貧乏な善人であるほど正統教会を離れてザマー教に改宗していた。
正統教会にとっては収入が激減する悩ましい問題だ。アヌベティに対する嫌がらせはそのためだろう。
「ギン様」
アヌベティが俺の手を強く握って首を横に振った。揉めるな、という意思表示だろう。
アヌベティの意を受け、俺は僧侶ににこやかに応対した。
「いや何でもない。若いのに大変だな。ご苦労様」
僧侶はまるで汚い物を見るような目で俺たちを一瞥すると何も言わずに元いた場所に戻った。
「では、わたくしはここで」
アヌベティが俺たちから離れようとする。
「待った。入口なら他にもあるだろう」
俺は門の中央部分を目で示した。
一般用の兵士よりもやや煌びやかな鎧を着た兵士が十数名、一般人の通行を妨げるように立っている。貴族用の通行場所だ。
「せっかくだから堂々と道の真ん中を歩こうぜ」
俺はアヌベティの背を押すようにして貴族用の入口へ向かった。




