47 召喚十天騎士
ギザギ十九紀14年12月10日8時、異世界召喚庁長官アリアド・ネア・ドネは憲兵に連行され、王城の一室で国王自らが行う審問会を待つこととなった。
容疑は国家反逆罪だが、物的証拠は揃っておらず、密告と状況証拠しかない状況だった。さらにはアリアドは異世界召喚庁長官という国家の重鎮の一人であり、罪を問うにも国王の判断が必要とされる。憲兵は職務によって彼女を拘束しているが、それ以上は手が出せないのが実情である。
19代目ギザギ国王が行政監理局より突然押し付けられた審問要請に不快感を示したのは、審問を求めた側にも受ける側にも良い心証を持っていないからだ。前者は王に対してさえ一部において強権を発揮できる部署であるからで、後者に至っては『祖父よりもウルサイ小娘』だからだ。つまりは『絶対君主』ではない自分を突きつけられるのが、19代目は気に入らないのである。
「アリアドに国家転覆を計る知略はあるだろう。だが、その意思があるとは思えぬ。下手に明晰ゆえに先を見通す力もあろう。転覆させて後、興す力も徳もあやつにはない。それがわからぬ娘ではない」
国王は御前審問を要請してきた行政監理局・局長にそう言った。アリアドを好いてはいないが、能力は認めざるを得ない。もし無能であれば、それを登用した彼自身も無能と証明するようなものだ。
「ですが、このところの行動には不審な点が多くあります。何もなければそれでよいではありませんか」
行政監理局・局長は床を見つめたまま具申した。こうして許しもなく発言できるのも行政監理局の強みである。先々代の国王が造った制度は、国王による国の私物化を抑制している。公正明大な政治を心掛け、周囲に徹底させるのが行政監理局の役目であった。国家事業の足並みを揃えない者は排除し、その疑いあれば追及する。局長は職務を粛々と遂行するだけである。
「……わかった。14時より審問を執り行う」
ギザギ国王はこれ以上のやり取りに意味を見出せなかった。なんと言おうと行政監理局は退きはしない。国王さえ操れる特権とうぬぼれているのだ。
局長は深く一礼し、謁見の間を下がっていった。
その後姿を、広間の端に並ぶ王城衛士隊の一人が見つめていた。
第一段階は成功と言ったところか。声に出さず、衛士隊・副長シャベリーは内心でほくそ笑んだ。
ギザギ国・王都オースムより南に数十キロ離れた森に二人はいた。意匠を凝らした金属鎧の女性と、タキシード姿の青年だ。
「本当にあれでよかったのかねぇ」
鎧の女性、バルサミコスが背後を振り返った。すでに王都を遠く離れ、サウス領に差し掛かっている。心配するアリアドとテテラの姿など、とっくに見えない距離だ。それでも振り返るのは後ろ髪が引かれるからだ。
つい先ほど、そのテテラからアリアドが憲兵に連行されたと通信が入った。彼女は抵抗もせずについていったそうだ。連絡をしてきたテテラのほうは、さしあたり屋敷での待機を命じられていた。召使いには用がないらしい。
情報どおりだとしてもバルサミコスはやり切れない。
「正しいと思いますよ。わたしたちはともかく、彼女が姿を消しては事はさらに大きくなります」
自他ともに認めるペテン師、フリーマンが応えた。
「でもさ、白を黒に変えるようなロクでもないヤツなんでしょ? そのドクズ・クズダスって」
「カダス・クズダスです。異世界人嫌いで召喚庁など潰れてしまえと公言するような男です」
「なんでそんなヤツが召喚庁の上にいるかなぁ」
バルサミコスは頭を振る。誰にとっても迷惑な話ではないか。
「そういう人間だからこそ、組織を引き締められるのです。飴と鞭は大切です」
「……やけに肩を持つじゃん」
バルサミコスはフリーマンを訝しむ。そもそも、彼自身の『憲兵の犬』疑惑が晴れたわけではない。
「一般論ですよ」フリーマンは微笑を絶やさない。
突如としてアリアド邸に現れたフリーマンは、アリアド・ネア・ドネに情報をもたらした。彼女にかけられている嫌疑と、早朝にも来るであろう憲兵についてだ。その先導をしているのが異世界召喚庁・事務次官のカダス・クズダスであるのも二人に教えている。
アリアド自身も薄々とは勘付いており、その情報に驚きはなかった。ただ、意外と早い動きには舌打ちした。開かれるであろう御前審問で、正当性を訴える準備はまだ整っていない。『緋翼』という世界規模の災厄に対抗する手段も確立していないのだ。これでは陰で動いていたぶん、国王の心証はけしてよいものにはならないだろう。
カダス・クズダスについては、アリアドはよく知らない。事務次官になったおりに挨拶を受けたが、すぐに記憶から消去していた。ちょびヒゲが気に入らなかったくらいの印象しかない。恨まれる筋合いはないが、フリーマンから反・異世界人派と聴いてなんとなくは察した。親が憎けりゃ子も憎い、ならぬ、異世界人が憎けりゃ召喚者も憎いだろうか。迷惑な話である。
バルサミコスは一刻も早く王都を脱出し、残りの十天騎士と合流を果たすべきだと主張した。十天騎士とアリアドが揃えば、地の利と策しだいで正規軍とでも充分に戦える。最悪、山脈を越えて隣国に逃げてしまうという手もある。
「ダメでしょ、それじゃ。何のために何と戦うのか忘れてるわよ。わたしはここに残り身の潔白を主張して、『緋翼』対策を今一度進言する」
アリアドは真顔で友人の案を却下した。
「でもそれじゃ、アリアは根も葉もない言いがかりで死刑になるかもよ? むしろそっちのが確率高いでしょ」
「そのときは国も滅ぶから、死ぬのが先になるか後になるかの差よ。王の愚かさで滅ぶのなら、それが国の寿命ってものよ」
「それに巻き込まれて死ねるかって話よ!」
バルサミコスは怒鳴った。いつもの冗談や軽口を叩く余裕もなかった。自分のためだけではなく、アリアドを含めた知人たちも心配なのだ。
「あなたたちを巻き添えにするつもりはないわ。ダメな世界のダメ人間のために異世界人が死ぬ必要もない。もしものときはレナにすべて任せてあるから大丈夫よ。こんなときに備えて、彼女には異世界人管理局の局長なんて役目を引き受けてもらったのだから」
「なにそれ? わたし知らないよ!?」
「ミコは口が軽いからね。それに魔法はあんまり得意でもないし」
アリアドは笑った。バルサミコスは言い返せない。
ギザギ国最高の魔術師アリアド・ネア・ドネは、笑みを緩め信頼する友を抱きしめた。
「……わたしに何かあっても怒ってはダメよ。自分たちのことだけ考えなさい。それがわたしの望み」
「勝手なこと言うなっ。だいたいわたしに前の世界での居場所なんてもうないわよっ。何年こっちでダラダラやってたと思ってんのっ。むこうに戻ってもニートで引きこもりになる未来しか見えないっ」
バルサミコスは友を抱きしめ返した。
「それも大丈夫。少なくともわたしが召喚した人たちはね。それがわたしのできる恩返しだから」
「……キミはどこまで考えてんの?」
「最初から最後まで。他人の人生をこちらの事情に巻き込んだ責任は果たすわ。それに人生、楽しまないとね。そりゃ、たまにはアクシデントもあるけど、それもまた人生のアクセントでしょ」
アリアドはバルサミコスを解放し、「ね、フリーマン?」ともう一人の異世界人に笑みを向けた。
「仰せのとおりです、我が女王」
フリーマンは大仰に一礼してみせた。
「あなたの楽しみは混乱かしら? 行政監理局の手駒になるタイプではないと思うのだけど」
「手駒ではありませんが、雇われてはいますよ。報酬がなかなかに魅力的なのです。そのぶん、仕事もきちんとさせていただいていますが。バル……ミコさんがここに出入りしているという情報もしっかりと流させていただいております」
「おまえっ」
バルサミコスは剣を抜いてフリーマンに向けた。彼は両手を上げて降参を示したが、表情からは笑みが消えない。
憤るバルサミコスに反して、アリアドは冷静であった。
「それも知られてるわけね。あとは何を言ったの?」
「そうですね、十天騎士を招集しているらしいとか、『緋翼』対策にかこつけて怪しい策略を企てているようだ、などでしょうか」
「相手が喜びそうな、それでいて信じやすい話ばかりね」
「もっとも喜ばれる情報というのがありまして、相手が信じたい話がそれですよ。それを提供する人間は諸手を挙げて歓迎されるのです」
「なるほどね。情報の真偽よりもそっちを重要視しちゃうのか。こりゃ、理論立てても無駄っぽいかな」
アリアドはあごに手を当てて唸った。
「もちろん、正しい情報が一番ですよ? ですが、受け手側の判断などわたしにはどうでもよいことです。それにときとして嘘から出た真もありますしね」
「……あんたが相変わらずいいかげんな人間なのはよくわかった」
バルサミコスは剣をおさめた。
「お誉めいただき光栄です」
「イエイエ、ドーイタシマシテ」
バルサミコスは面倒くさくなって適当に流す。それすらも彼は面白そうであった。
「とりあえず話は終わりね。ミコ、フリーマンを見張る必要はないわ。好きにさせなさい」
「え、マジで?」
「ええ。彼は敵じゃないわ。あちらの情報もきちんとくれたしね。おかげで心構えができたもの。ありがとう、フリーマン」
「お役に立てましたでしょうか?」
フリーマンはまた一礼した。
「わたしはまだ納得できないんだけど……」
バルサミコスの眼は鋭さを失っていない。一方的に情報を提供するのならともかく、敵側にも情報を流しているのだ。その結果がどうなるか、フリーマンにわからないわけがない。
「それでも彼の力は必要になる。ここで仲違いすれば、始める前に終わってしまうわ。うわべだけでもうまくやってちょうだい」
「それを当人たちに言うかね。ま、しょうがないか」
バルサミコスは苦笑しつつ、妥協案を飲んだ。
「それじゃ、今後ミコはフリーマンと行動を共にしてね。残りの八人との集合場所も変更しないと」
「わかった、こっちはこっちで何とかする。待ってるからね」
「大丈夫よ。わたしもまだまだやりたいことが多いからね。特に一つ、絶対に守らないとならない約束があるから。それが片付くまではなかなか死ねないわね」
「いいね、約束。ならわたしとも一つしとこうか」
バルサミコスはアリアドに耳打ちした。アリアドは呆れながらも承諾した。
「わかったわ。それじゃ、おたがいにそれが叶うことを信じてがんばりましょう」
魔術師は微笑みを浮かべた。
それから早朝まで、アリアドは『緋翼』に関する情報や、異世界人を嫌う事務次官の思考から予測される今後の動向などをまとめてバルサミコスに託した。家宅捜索されるのはわかっているので、不利になりそうな書類は灰にしておく。また、異世界人管理局・局長のレナにだけはいち早く、今後起こるであろう憲兵によるアリアドの拘束を伝えておいた。そのうえで他の十天騎士に集合場所の変更連絡を頼んでおく。
12月10日6時、バルサミコスとフリーマンはアリアド邸を出た。
アリアドの世話係であるテテラは、主人とともに屋敷に残っている。彼女の存在はアリアドに不利に働くかもしれなかったが、テテラは姉妹同然に育ったアリアドをおいて一人で逃げるのをよしとしなかった。アリアドは彼女に一度だけバルサミコスと行くように勧めたが、拒否されると二度は言わなかった。ただ優しい微笑を浮かべただけである。
これがおよそ三時間前の話である。
「……カダス・クズダスは異世界召喚庁の事務次官――庁内でも十指に入る幹部です。彼だけならまだしも、召喚庁はけっこう難儀な部署でしてね、異世界人を嫌う人が多いのです」
森の中で一息つく合間に、フリーマンは『敵』について語った。
「だからなんでそれで仕事が成り立つのさ!?」
バルサミコスは納得がいかない。
「仕事は仕事と割り切っているからでしょう。個人の感情など入る余地はありませんよ、君主制の国ではね。嫌だと言えば職を失うだけでは済みません。最悪、一族まとめて極刑もあります」
「あー、そういう……」
「たかが一機関の人事にそこまで大げさなことにはならないでしょうが、ないとも言えないですからね。ですがアリアド様の失脚を機に国王が召喚制度を廃止すれば、彼は労せず異世界人を消去して新しい部署に移れます。そのあたりも計算しているでしょう」
「なるほどねぇ。にしても、事務次官て憲兵とか動かす権限もってんの? 役職からして大したことなさそうだけど」
「少なくとも憲兵を動かすのは無理ですね。管轄は行政監理局にありますから。そこにコネがあると観るのが正解でしょう。実際、わたしもそこから情報を得ているわけですし」
「誰とつながっているかは掴んでないわけ?」
バルサミコスの呆れた声に、フリーマンは苦笑した。
「無理いわないでください。こちらも最近、呼び戻されたのですから。そこまで調べる余裕はありませんよ」
「そこまでやらないから仲間内で疑われるんだよ?」
「手厳しいですね。今回はちょっと真面目にやりますよ。この一戦に友人たちの命もかかっているのですから」
「友達なんているんだ?」
「いますよ。それなりにはね」
フリーマンは珍しく心外そうな顔をした。バルサミコスはそれを見て、彼を信じてもよい気になった。
「目指すところが一緒なら呉越同舟も悪くないか。わたしも久々に本気だしちゃうよー」
彼女はそう言って、十天騎士の集合場所を目指して【瞬間移動】を連発した。
同日・10時。ギザギ国サウス領ナンタン町に存在する異世界人管理局に一報が届く。それは王都からの報せであり、本来、局長に宛てられるべき重要な内容であった。しかし、先方より指名されたのは総務部・部長であり、極秘として個室で通信水晶球を受けた彼は、幾重にも束ねられた衝撃を受けることとなる。
「……ドネ長官が逮捕されたというのですか?」
『逮捕ではない。聴取を受けるだけだ。だが、遅かれ早かれ逮捕となるだろう』
総務部長と話しているのは前任者であった。現在は異世界召喚庁・事務次官に就いているカダス・クズダスだ。
「それをなぜ局長に報せないのですか?」
『局長も異世界人だ。信用できるものか。あのバルサミコスが長官の屋敷に現れたという話も聞く。局長もつながっていないとは言えまい』
事務次官の言葉には多分に偏見がこもってはいるが、否定はできなかった。
『長官に問題ありと判断されれば、局長にも出頭を願うだろう。君には局長の動向を監視していてほしい。どこかへ逃亡するようなことがあってはならん』
「……わかりました」
気は進まないが、反対もできない。総務部長は嘆息をまじえて返答した。
『それと、これはまだ確定ではないが、近日中に異世界人全員を移送することになるやもしれん』
「なぜです?」
『アリアドに召喚された者など信用がおけるわけがないだろう。しかる場所に送られるのは当然ではないか』
「……乱暴な話ですね」
『仕方あるまい、国を守るためだ』
カダスの口調はとても残念がるものではなかった。総務部長は事務次官に怪しさを感じた。カダス・クズダスは異世界人嫌いを公言するような男だった。長官が連行されたのも、彼の謀略なのではないだろうか。そうでないとしても、この機会に異世界人に対して何らかの行動を起こそうとしているのではないだろうか。
『ともかく、今は局長の動きにだけ注視しておいてくれ。夕刻には審問が終わる。その結果で今後が決定されよう。そのとき次の命令を伝える』
「わかりました」
総務部長は一礼し、通信を切った。
個室を出た総務部長の前に、一人の女性が立っていた。総務部広報課のパーザ・ルーチンである。前・総務部長からの通信を現・総務部長につないだのは彼女であった。
不安げな表情をする彼女に、総務部長は重い息を吐いた。
「……あまりいい話ではないね。どうも世の中、平穏を許してはくれないようだ」
総務部長は、異世界人管理局に配属されるまでは王都で総務庁・参事官を10年以上勤めていた。それがカダス・クズダスの栄転によって空きを埋めるために異世界召喚庁へと送られ、さらには島流しのように異世界人管理局へ飛ばされた。これは人柄の良さが起因している。誰も行きたがらない異世界召喚庁への人事を決める際に、『文句を言わない』人材がピックアップされた。異動を伝える側としても、不平や恨みを聴かされるのは気分がよくないからだ。たったそれだけの理由で彼は選ばれたのだった。実際、彼は異動命令を受けたときに嫌な顔をしなかった。
事実上の降格にも関わらず彼が平然としていたのは、仕事は仕事と割り切っていたからだ。また、中央での権力闘争に嫌気がさしていたのもある。ゆえに彼は今のポジションを割と気に入っていた。能力を活かしつつ、のんびりと平和に仕事ができれば彼は満足だった。その永続のためにも、彼の下にいる多くの異世界人にも満足のいく仕事をしてほしいと思う。その考えは異質であり、そんな彼の思考こそが『島流し』の要因となったのだ。
「部長に何か?」
パーザは血の気が引いた。ようやく現れた理想の上司である。数ヶ月ともたずにいなくなられてはたまったものではない。
「いや、わたしは別に問題ないよ。詳しく言えなくて申し訳ないが、近いうちに大きな動きがあるだろう。そのときは手を貸してほしい」
「……はい」
パーザは無論、そのつもりである。
「そういえば、今日は局長を見ていないが、局長室だろうか?」
「いえ、本日は休暇を取っております」
「休暇?」
「定期健診日とおっしゃっておりました」
「そうか」
総務部長は納得したようにうなずくが、内心では疑いが濃くなる。あまりにもタイミングがよすぎる。これはいよいよ事務次官の言葉を信じるしかないようだ。
「ご連絡が必要でしたら、通信水晶球をお持ちします」
「いや、それには及ばないよ。連絡手段があるとわかれば充分だ。緊急ではないから」
「そうですか」
パーザは彼のしぐさに小さな違和感を覚えた。なんとなく芝居がかっている。だが、彼女はすぐに頭を振った。総務部長まで疑っては、誰も信じられなくなる。
「ともかく、何も起きないうちは何もできない。今はできる仕事をしておこうか」
「はい」
部長がいつもの温かい表情を浮かべたのを、パーザ・ルーチンは嬉しく思った。
十天騎士の集合場所に、彼女は一足早く到着していた。山奥の、雪に覆われた草原だった。【簡易結界】を張って寒さをしのぎ待機している。
当初予定されていたアリアドの私邸から場所の変更は致し方ない。その理由も聴いているので納得できる。だが、なぜこのような場所なのかがわからなかった。それでも彼女はかつての仲間たちに座標の変更を報せ、自身も急行してきていた。
少女の特徴は、薄緑色の長い髪、深青色の瞳、空色のワンピース、そして動かない足の代わりをする車椅子。異世界人管理局・局長であり、アリアドによって召喚された最初の10人の一人『召喚十天騎士』1号素体のレナであった。
その場所には、かつて異世界人の少年の墓標があった。彼が愛用していた剣と盾が突き立てられ、彼を想う数名が悼む心と彼の魂を慰めるために危険を省みずにやってきていた。
しかしその少年は生きていた。レナの仲間によって救われていた。レナはそれを運命とは思わなかった。何かしらの縁であり、必然であったのだろうとさえ感じている。なぜなら、その少年にはもう一人のレナの仲間がそばにいたからだ。その一人、ルカという少年とは直接面識はない。だが、十天騎士の思いがけない一人であるのはたしかであり、そのつながりが今を生んでいるのだと思う。
「ミコが聞けば笑うでしょうね。乙女の発想だと」
自分の想像にレナは笑みをこぼした。もういい年齢になるというのに、思考は体と同じ少女のままである。
と、空から魔力を感じた。懐かしい力だった。
その力の持ち主が彼女の前に立ち、ゆっくりと【簡易結界】に足を踏みいれた。彼女には結界を打ち破らずとも侵入できるだけの魔法技術があった。
「久しぶりだな、レナ」
紫の髪に紫の瞳。美しく力強い表情は、数年前と寸分も変わらなかった。
「お久しぶりです、カインさん。お元気でしたか?」
「体はな。目的もなく海を見て過ごしていたよ」
「ご活躍はときどき聞こえてきましたよ。海岸沿いに小さな家を持っているそうですね」
「ああ。毎日、魚で飽きたよ。たまにくる大海蛇が楽しみになったくらいだ。あいつは蒲焼きが一番だな」
カインが口角を上げて肩をすくめる。レナは驚いた。あのカインが冗談を口にしたのである。
「おいおい、わたしは仙人じゃない。普通に生きてきた人間だぞ。冗談の一つも言うさ」
「そ、そうですよね。でも、わたしたちといっしょの間は、そのような姿を見たことがなかったので……」
「わたしが口を出す前に悪ノリするヤツらが多いからだ。特にバルサミコスとアキラとエクレアの三人だ」
「そうでした。あの三人は、いつもみんなを笑わせてくれました」
レナは懐かしくなり、自然と笑みを浮かべた。
「そのバルサミコスはまだか? 呼び出した本人が遅れるとは」
見ればわかるのだが、カインはレナに確認した。悪ふざけの多い彼女のことである。いきなり地面から生えてきても驚きはしない。
「もうしばらくすれば到着するでしょう。フリーマンも一緒だそうです」
「フリーマンだと? あいつには連絡するなとバルサミコスが言ったんだぞ」
「それが彼には筒抜けだったらしく、昨夜、突然現れたそうです。アリアド様はどうやら彼を認めたようでして、今回の招集にも参加させるそうです」
「アリアドも来るのだろうな? じかに確認したいことがあるのだ」
レナは首を振った。
「いいえ。アリアド様は今朝、憲兵に捕まりました。ここへは来れません」
「なんだと?」
「それゆえ、集合場所も急遽ここに変更となったのです。ここなら王都を離れていますし、すぐには発見されません」
「どういうことか説明してもらおうか?」
そう言ったのはカインではなく、巨漢の男だった。気が付くと、【簡易結界】の前に六人の影が立っていた。バルサミコスとフリーマンを除いた十天騎士が揃っていた。
「ロック……」
レナはつい身構えた。少女の怪我は直接彼から受けたものではないが、原因を作った人間である。考え方も行動も相反する相手であった。
「その前に、寒いから中に入れてもらえないかな」
大弓を背負った女性が腕を擦りながらレナに苦笑してみせた。冬だというのになぜか薄着である。
「だからこっちは寒いっていっただろ? 火山帯に住んでるからってわかんだろ、それくらい」
長剣を背負った男が呆れた。周囲でもため息がこぼれている。
「うっさいな。アキラのくせにエラソーに言うなっ」
「意味わかんねーよっ。エクレアはホントにバカだなーって言うぞっ」
睨み合う二人に、周囲はまた嘆息した。
レナは一旦【簡易結界】を解き、再度、発動させた。全員が全員、カインのようにはいかない。十天騎士たちはそれなりに魔術を扱えるが、アリアドに匹敵するほど魔術に精通しているのは1号のみで、次点に5号と6号がいる。バルサミコスはどちらかといえば近接戦闘を好み剣技に特化しており、魔術師としては最下位の4号、九位の2号よりマシ程度の八番手だった。
「みなさん、お久しぶりです。お元気そうでなりよりです」
レナが一同に切り出した。この中で唯一事情を知る立場なので、バルサミコスが来るまではまとめ役になるほかなかった。
返答は様々で、ニコやかに再会を喜ぶ者もいれば、シラケたように無関心な者もいる。軽い挨拶や近況を訊ねる者もいたが、全体としてはぎこちない。特にロックは鼻を鳴らしてレナから顔を背けている。
その様子に、アキラが突っかかった。
「おい、ロック。まずはレナに謝ったらどうだ? いいかげん、一言くらいあってもいいだろ?」
「あ?」巨漢の男は優男を睨みつけた。
「なんでオレが? ケガは自分の弱さのせいだろが。普通の人間相手にやられるほうがマヌケなんだよ」
「おまえ!」
アキラがロックの襟を掴もうと手を伸ばす。が、その上腕をカインが先に捕らえた。
「やめろ。言うだけ無駄だ」
「だけどよ!」
「ハッ、さすがはカイン様だ。相変わらずヘドが出る凛々しさだなっ」
ロックの嘲りを、紫の戦士は笑みで受けた。
「おまえも変わらず卑屈で安心したぞ。おまえが死んでも誰も悲しまん」
「テメェ!」
今度はロックがカインに剛腕を振りかざす。しかしこれも意外な演出に阻まれた。
彼らの足元から黒い煙が立ち上り、レナが慌てて【簡易結界】を解除する。
「お待たせいたしました! フリーマン、ただいま参上です!」
晴れた煙の中に、一礼するタキシードの男が立っていた。そのわきに呆れ果てたバルサミコスがいる。
「いや、参上ってか惨状っぽいよ……」
煙を吸い込んでしまったロックたちがむせていた。
「おや、これは失敬。なにせ久々の勢揃いですからね。トリはやはり派手にいくべきかと」
「そんなのいるか、このペテン師ヤロウ!」
ロックが咳をしながら文句をつける。
「まぁまぁ、たまにはいいではないですか。では、わたしの出番はこれで終わりです。あとはお任せしますよ、ミコさん」
「はいはい、任されましたよーっと」
バルサミコスは疲れたように進み出た。
煙が完全に晴れたのを確認すると、彼女は【簡易結界】を張り直した。寒さと防音、それに対捜索魔法遮断のためだ。
「おまえ、そんな魔法使えたっけ?」
訊ねてくる男に、バルサミコスはさらに不機嫌な顔になった。
「アキラ……」
「言いたいことはあるだろうが、それは個人的なことだ。今はほじくり返すのはやめとこうぜ」
「……わかった。もうどうでもいいしね」
バルサミコスは元カレシの意見を認めたものの、割り切った顔はしていなかった。
「未練タラタラっぽいんだけどー?」
8号が空気も読まずにつつく。バルサミコスは「ぐっ」と唸った。
「おまえたちもいい加減にしろ。今回わたしたちが集まったのは和気あいあいと同窓会をするためじゃない。各自の問題もあるだろうが、まずは目的を達成することだ。生き残った者が、後に好きなだけ主張すればいい」
カインが場を締めると、残り九人の顔つきも変わった。誰もが無意識に彼女をリーダーと認めている。言動すべてが他者を圧倒するのである。
「ではバルサミコス、詳細を頼む。何やら国を滅ぼすほどの敵がいるそうだな?」
カインは結界の床に自前のマントを敷いて座った。その他も各々、リラックスできる場所を見つけて落ち着く。
「その前に一つ。アリアからの訂正と謝罪があるよ。連絡するなかで少しは伝わってると思うけど、わたしらの体が10年で崩壊するって話、あれは本当」
場がいきなりザワついた。
「待って待って。ここからが訂正。崩壊するのはこの十天騎士という疑似体だけで、その前に普通の疑似体に交換できるんだって。だから、10年で死ぬっていう情報は間違い。アリアの言葉が足りなくてみんな思い違いしてただけ。余命はぜんぜんあるから」
「それは本当にアリアドが言ったのか?」
ロックの眼はまだ疑いに満ちていた。
「わたしがちゃんと聴いた。そのうえで言葉が足りなくてごめんなさいと謝ってた」
「けど、普通のって言ったな? この超人疑似体じゃなくて」
アキラがすかさず訊いた。
「もうこのタイプは作ってないからね。廃棄予定だった11番目も使われてるし」
「11番? そんなのがいたのか?」
「それはまたあとで話す。とにかく、わたしらはおそらく、この戦いの後は一般的な疑似体に移ることになる。それをまず知っておいて」
「納得できっかよ! 今さらクソ弱ェー体になれってのか!?」
ロックの憤りはバルサミコスにも理解できた。当然、数名からも不平が漏れる。ノリアキとエクレア、興奮はしていないがツルギも不満げな顔だ。カインは不満というより、残念な表情を浮かべていた。
「嫌なら死になよ。自分で選択すればいい」
「おまえっ」
「わたしは別に体なんてどっちでもいい。わたしが変わるわけじゃないしね。わたしは楽しく冒険できればそれでいいよ」
バルサミコスは強い自分が好きだった。それこそ超人であるのが誇りであった。が、つい最近になって思うのだ。力は必要だし、あって困るものではない。ないと困ることも多いだろう。けれど、それ以上に欲しいものがあった。なんの変哲もないただの少年を見ていて、それに気づいた。ずっと欲しかったのはそれだった。かつてはあって、今はないもの。
「そこに気心の知れた仲間がいれば充分だよ」
バルサミコスが白い歯を見せて笑う。
「バル……」
カインは笑顔にあてられ目を見張った。カインから観たバルサミコスは、ただのお調子者で、能力を活かさず、その場のノリだけで動くような人間だった。他人をそれなりには思いやるし、好戦的でもない。人畜無害であったため、彼女を深く気にかけてはこなかった。しかし、それもすべて過去のようだ。いや、もとからそうであったのを、カイン自身が気付かなかっただけかもしれない。
カインは自分が恥ずかしくなった。話を聞いた瞬間、力のない体になった自分を想像して愕然とした。力があるから自信を持てるのだ。それは真実であり、虚偽や誇張ではない。ロックの怒りは当然であり、この件に関しては彼と同意見であった。10年限定の命であると思ったからこそ、正義を貫いてこれたのだ。それが根底から覆された。だが、弱体化して生き永らえるのは果たして喜ぶべきことであろうか。否、今さら弱い自分に戻れるものではない。耐えられるものではない。しかし、その生き方を是とする者がいる。仲間といられればそれでいいと言い切る者がいる。甘い理想だとしても、自分には言えない言葉だった。
「では、そのときが来たらわたしもごいっしょさせてください」
そう言ったのはレナだった。
カインはまたも驚いた。ロックたちも「え?」と声を上げている。
「お、行っちゃう? 今度は大陸横断しようかと思ってんだけど」
「いいですね。新しい体なら脚も治るでしょうし、いっしょに歩けますよ」
「あ、そうだね。それはいいっ」
盛り上がるバルサミコスとレナに、ロックの肩が震える。
「フザケ――!」
「悪くないな。最近は魔法で楽をしすぎた気がする。歩くのもいいだろう」
「カインっ!? おまえまで!」
睨みつけてくるロックに、カインは首をかしげた。
「なんだ? おかしなことを言ったか? どうにもならんことに嘆いても仕方あるまい。新しい人生と思ってやり直すのもいいだろう。わたしはバルサミコスに賛同する。それが我慢ならんというなら、その体のまま死ぬがいい。だれも止めんよ。……いや、おまえにも止めてくれる者が一人でもいてくれるといいな」
いっそ冷徹な物言いは、さすがのロックも反論できなかった。
鎮まる場に、カインはまた口を開いた。
「……わたしは、仲間というものを求めたことがない。日本にいたときからずっとだ。器用すぎたのだろうな。天才では決してないが、卒なくなんでもできてしまった。だが、バルの言葉を聴いてわたしは思ったのだ。仲間というものは、存外、いいものであったのではないかと。おまえたちといた短い時間を、わたしは今も思い出せる。それがおそらくわたしにとっての宝なのだろう。それが仲間というものだろう。ならば、気の知れた仲間と冒険するだけでも、わたしは生きる意味があるのではないかと思うのだ」
一同は反応に困った。いきなり語られても応えようがない。この空気の読めなさ具合はカインだなと、全員が思った。
「ン、ン~……。まぁ、そう思うのはいいんじゃない?」
バルサミコスがノリで言った。
「そ、そうだよねっ。体が変わってもわたしらの今までが消えるわけじゃないんだからっ」
エクレアがさっきまでの憤慨を忘れたように諸手をあげて追従した。エクレアはその場の雰囲気で感情を上下させるタイプで、どこまで本気かわかりにくいが基本は楽観的である。
「そうそう。そんじゃカインもいっしょに行こうかっ」
「無論、そのつもりだ」
カインが真顔でうなずくと、バルサミコスは誘っておいて顔を背け「無論なんだ……」とこぼした。カインを嫌いではないが、ノリや気心の部分では不安しかない。
「じゃー、女性チームってことで、7号もいっしょする?」
エクレアがポニーテールの女性に声をかけた。軽装の部分鎧をつけ、両腰に一本ずつの短剣を差している。体つきからして俊敏そうで、彼女の戦闘スタイルをうかがわせる。
「旦那と子供がいる。用件がすめば村へ帰るよ」
感情が抜け落ちたような返答だった。しかし、その言葉は他者の感情を激しく揺さぶった。
「え、旦那? 子供ぉ!?」
「子供は旦那の連れ子だがな。小さな村で畑を耕してのんびりやってる」
「……マジで?」
バルサミコスのつぶやきに、セリはうなずいた。
とたんに、賑やかチームのバルサミコス、エクレア、アキラがセリに寄って祝福する。レナは小さく拍手して、カインは満足そうにうなずいた。ツルギとノリアキは反応に困り、ロックは呆然としている。
「それはおめでとうございます!」
フリーマンがどこからともなく出したクラッカーを鳴らした。
「ああ、どうも。……そんな驚くようなことか?」
セリは訝しむ。このメンバーに祝福されるとは思いもしなかった。ただの仕事仲間であり、最後はケンカ別れをしているのである。
「驚くだろ! あの『氷の女豹』が結婚だぞ!? それも子供つき!? 畑なんておまえに一番遠い仕事だろ!」
アキラはツッコミどころをすべてあげた。かつての彼女からは考えられない。
「そうか。それでは意外ついでに、先に済ませておこう」
セリは立ち上がり、レナの前に膝をついた。
「すまなかった。おまえの怪我はわたしたちの暴走のせいだ」
「セリさん……」
レナは彼女の低くなっていく頭を見て、涙が浮かんだ。
「子を持った今ならわかる。命一つ一つがいかに大切であるか。わたしが奪った命にも、大切な人がいたのだろうな」
「そうですね。わたしたちは異世界人です。それも強い力を持った。だからこそ使い方を誤ってはならないとわたしは思っています。綺麗ごとだとしても、わたしたちは自己を律し、多くに役立てる方法を模索しなければならないのです。この国だけではなく、この世界のために」
「大きなことはわからない。だが、わたしにも守りたいものができた。そのためになら喜んで手を貸そう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
レナが差し出した手を、セリは握り返した。
「やば、なんかいい話になってる……」
バルサミコスは鼻をすすり、エクレアも涙ぐんでうなずいている。
一方で、ロックはシラけたように二人を見ていた。敵のど真ん中を走り抜けていたあの戦闘狂が、こうも丸くなっているのが信じられなかった。むしろ軽蔑に値する。手のひらを返すにもほどがあるだろう。
もう一人の強硬派であったノリアキは冷静にそれを見ていた。彼は常に効率を重視する。あの戦いも、急襲して殲滅するのがもっとも勝率が高く、被害が抑えられたと今も信じている。それに仲間が連動しなかっただけである。地の利を活かし、10人が一斉にかかれば楽勝だったのだ。
「……オレは謝罪しない。あれが当時の最善策であったと確信している」
そう口にできるのも、ノリアキの自信ゆえである。
「わたしの怪我についてなら謝罪は必要ありません。それこそわたしの油断のせいなのですから。わたしが許せないのは、結論も出ないうちに3名で行ってしまったことです。それがわたしには残念でなりません」
「それには同意しよう。オレの計画は全員参加が前提だった。そこに慢心やエゴがあり、先走ったのは認める」
「わかっていただけて助かります。今回は必ず10人の意志を統一させましょう。それだけの強敵です」
レナはロックを見た。彼は面倒くさそうに「仕事はこなす」とだけ答えた。
「では、ミコ、本題に入りましょう」
「それは場所を移ってからね。いつまでもこんな寒いとこにいたくないでしょ? 近くにいい隠れ場所があるから、そっちに行くよ」
「あ? だったらなんで初めからそこに集合をかけねぇ?」
ロックが当然の文句をつける。
「尾行対策だよ。万が一にもそーゆーのがいると困るからね。……レナからもう聞いてるかもしれないけど、アリアが憲兵に捕まった。わたしら10人も目がつけられてる。だからまずここに呼んで、大丈夫なのを確認したかったんだよ。さすがにこの10人にまったく気付かれない追跡者がいるとは思えないしね」
「そういう理由か。オレたちも見くびられたもんだな」
ロックはさらに不機嫌になった。
「しかたないじゃん。これから国の存亡をかけて戦うんだから。用心はしときたい」
「まぁ、いいだろ。移るならとっとと行こうぜ。話が進まねぇ」
アキラの口調は不平とも仲裁ともとれた。
「そんじゃ近くの遺跡に行くよ。わたしが今、ねぐらにしてるとこなんだけどね。ただ、事情を知らない仲間が何人かいるんだ。いじめないでやってね」
「仲間? さっき言ってた11番目のことか?」
「彼女もそうだけど、その彼女の仲間ってのが正しいかな。わたしにはコボルドのジョンがいるくらい。さらに最近いついた弟子が二人」
「コボルド? なんかいろいろ複雑そうだな。そいつらはおまえの正体を知ってんのか? オレたちが行くことも?」
「ジョンと弟子二人はわたしを知ってるけど、11番の仲間は知らないね。それに遺跡に全員つれていくのも話してない」
「おい、信用できるんだろうな!?」
アキラの心配は、他のメンバーも同様である。
「できるよ。彼らがいなかったら、わたしはたぶん、ずっと間違えたままだった。彼らがもし裏切るようなら、こんな世界、わたしが滅ぼす。もう信じられるものなんて何もないからね」
「……」
アキラは唾を飲みこんだ。バルサミコスの表情は、数年前に別れを告げたときと同じものだった。何も信じられないと嘆きに満ちた目をしていた、あのときの顔だった。
「それほど言う相手ならばこちらから会いたくなるな。ともかく移動はすべきだ。案内を頼む」
カインのうながしに、バルサミコスは「了解!」と快諾した。
一方の召喚十天騎士を迎える側は、それを予測もしていない。バルサミコスがジョンにすら連絡をしていないからだ。
彼らは普通に朝起きて、食事をして、鍛錬をしていた。
「きのうの狩りが響いてるわね……」
アカリは普段使わない筋肉の痛みに、弓を絞るたびに違和感を覚える。豪雪に包まれた森林での狩りは想像以上に困難であった。まずまともに移動ができない。膝上まである雪に足をとられ、一歩進むだけで大仕事だった。その場でかんじきやスキーを作ったが、急ごしらえの装備に慣れるわけもなく、かすかに軽減した程度の効果しかなかった。
一人、ピィだけが飛行系魔法で飛び回り、結局は彼女が仕留めた大鹿だけが収穫となった。
「【治癒】しとくよ。痛みで射撃に変なクセがつくと大変だし」
そう申し出るシーナはすでに自分で処置済みだった。
「オレも頼まぁ」
マルがロボットのように近づいた。彼は狩りもそうだが、久々にブルーと手合わせできた喜びに、かなり無茶な特訓をしていた。
「ゲンちゃんはいいの?」
マルを手当てしながらシーナが訊いた。
「オレはいい。雪中行動は慣れてる。故郷もずいぶんと雪が降るからな」
ゲンシローはいつもの素振りを繰り返していた。たしかに普段どおりのブレのない動きだった。
「その割に、狩りでは役に立たなかったね」
「ム。……さすがに雪のなかを自在に走れるわけもない。『まな』を飛ばすにしても、野生の動物は人間相手のようにはいかん」
「実戦にはまだまだ使えないねぇ」
シーナがニヤニヤすると、ゲンシローは「フン」と鼻を鳴らして素振りに戻った。
「ジョン、ミコからの連絡はないのか?」
ブルーが汗を拭いながらコボルドに訊いた。練習で5本連続負けた息抜きだ。
「ありません。まだ二人は戻っていないのでしょう」
「そうか」
ブルーは東京へ行ったショウとルカを思う。ルカの過去については真実を知らないが、早まらなければいいと願っていた。本当に復讐であるなら、成功すれば彼女は二度とショウたちのもとへは戻らないだろう。ショウが山で行方不明になったとき、すべてをなげうって捜索に来たルカがその大切な仲間から自ら離れてしまうのは忍びない。
「弟子一号ならやれる」
背後でピィがボソッと言った。
驚いてブルーは振り返り、いつもの無表情の少女を見る。そしてなぜか悔しくなって「心配なんぞしてねぇ!」と言い返した。
「うぷぷ」
ピィはぶかぶかの長袖で口もとを覆う。能面ゆえに、笑っているようにも見えるのがムカツク。
そんな賑やかさのなかで、突然、遺跡入り口に人の気配がした。それも一人や二人ではない。
「ジョン!」
勘付いたブルーが剣の師に判断を仰ぐ。
「……いえ、この気配と匂いはミコ様のものです。直接、帰ってきたようですが……」
ジョンは困惑したままだった。彼が知っている匂いの一つは、間違いなくバルサミコスのものだった。だが、その他大勢の匂いの中に、ショウやルカのものはなかった。
「おーい、ジョン、帰ったよー!」
呼びかける声が近づいてくる。どうであれ、ジョンたちは出迎えに向かった。
「おい、なんかすごそうなのがいっぱいいんぞ?」
マルの感想はあながち的外れではなかった。
「ミコさんは笑ってるから、お客さんじゃないの?」
シーナは警戒を解いた。総勢10名の来訪者は、誰を見ても自分たちより強そうな雰囲気があった。とくに紫髪の女戦士と、レックス以上の巨漢はかなりのものだろうと素人でもわかるほどだ。
「一人だけ場違いというか、車椅子……?」
アカリは薄緑髪の少女を凝視していた。それに気づいたのか、少女はニッコリと微笑んだ。アカリは慌て、とっさにお辞儀をしていた。
「え? お? フリーマン!?」
ブルーは10名の中に顔見知りを見つけて驚いた。その他の何名かも、どこかで見た気がしている。
「フーリン」
ピィも意外な再会に、目を見開いている。
「おや、ブルーさんにピィさん。お久しぶりですね。何ヶ月ぶりでしょうか」
フリーマンが軽快に歩み出る。毎度の芝居がかった動作だった。
「もう一年以上前だよ。どういうつながりだ、これ?」
「ブルちゃん、フリーマン知ってんの?」
バルサミコスも彼らに近づいて、不思議そうに見比べていた。
「ピィとナンオーで依頼をこなしていたときに知り合った」
「正確には助けてもらった」
ピィが補足する。
「へぇ。意外なつながりだね」
「こっちのが驚いてんだよ。なんであんたとフリーマンがいっしょなんだ?」
「それについては面倒だからまとめて話すよ。んじゃ、全員集合。とりあえず顔合わせするから」
バルサミコスに手招きされ、十天騎士チームとミコ・チームが焚火を囲んだ。それからバルサミコスは全員の名前をあげて紹介していき、最後に自分たち10名の素性を明かした。
「召喚十天騎士……?」アカリは胡散臭そうな顔をした。
「そんなゲームなかったっけ」シーナはどうでもいいことを思い出した。
「すっげぇ! オレもいれてくれよ!」マルは少年心をくすぐられていた。
「ふむ」ゲンシローはあごに手を当てて値踏みをする。
「そうか、ホクタンの英雄画で見たんだ」ブルーは既視感の理由がわかった。
「……」ピィは何も言わなかったが、ハテナ・マークが7つほど頭の上に浮かんでいる。
「全員がそろうとは何事ですか?」ジョンは明敏に察した。
バルサミコスは一番弟子に真面目な顔を向けた。
「アリアドが捕まった」
「「ええ!?」」
アカリたちの当然の反応に、彼女はいちいち干渉しなかった。
「だからショウとルカについては何もわからない」
「ちょっと、それって――!」
「アカリちゃん、ちょっと待ってね。一つひとつ答えてらんないから、質問は全部の説明を聞いてからにして。十天騎士にも詳しくはまだ話してないの」
「……わかりました」
アカリが口をつぐんだので、他の仲間たちも沈黙した。
「それじゃ、アリアが捕まった経緯から」
バルサミコスがその場に座ったので、一同も腰を下ろした。アカリだけは話を聞きながら、竈にかけたポットに茶葉を放り込み、全員のお茶の準備をしていた。それに気付き、シーナも慌てて手伝う。
バルサミコスの話は、アリアドが深夜の異世界召喚庁に侵入し、機材の私的利用をしていたことからはじまる。なぜそのようなことをしていたか。その理由を聞きブルーたちはどよめき、シーナはそそいでいたお茶を盆にこぼした。
「大陸を滅ぼすドラゴン!?」
「名前は『緋翼』。それがこの国にも来るの。だいたい二週間ほどで。それをアリアは国王に進言したんだけど無視された。だから一人で対策を練っていたの。けど、それを知った反・異世界人派のカダス・クズダスという男が『アリアドは国家反逆を企んでいる』と行政監理局に流し、憲兵に逮捕させた」
「絵にかいたような冤罪だな」
アキラはかえって可笑しくなった。
「笑いごとではないぞ。冤罪であっても実刑判決が出れば、我々、異世界人すべてに影響する」
カインに睨まれてアキラは首をすぼめた。
「そうです。わたしたちのような力がある者ならまだしも、一般の異世界人たちには抗いようもないでしょう。その後どうなるか、想像もつきません」
レナは誰よりも心苦しく感じていた。あのカダス・クズダス――元・異世界人管理局・総務部部長が、そこまでするとは思いもしなかった。彼が異世界人に好意的ではないのは知っていた。けれどそれも個人の感情であるゆえに、仕方のないことだと納得せざるを得なかった。もう少し用心をしておくべきであった。
「そのへんの対策はレナに頼んであるってアリアは言ってたけど?」
バルサミコスが車椅子の少女に訊ねた。
「はい。本当に打つ手がなくなったときの非常手段ですが。それまでは、どうにか皆で他の策を考えたいと思います」
「その最後の策ってのはオレたちにも話せないのか?」
アキラの質問にレナは首を振った。「本当に最終手段なので」と訴える彼女に、彼は唸るだけにとどめた。他のメンバーも詮索をしない。最もアリアドに信頼されていたのが彼女であるのを、十天騎士のメンバーは知っていたからだ。
「そんじゃアリアドの救出はどうすんの?」
エクレアが問題を投げた。お茶を配っていたアカリに「あんがとね」とニコやかに礼を言う。アカリは「いえ」と応えながら、彼女の立派の弓をチラリと見た。
「本人は無視してくれって。そっちでやれることをやって、ダメだったらレナの最後の策を実行しろってさ」
「そういうわけにもいかんだろ」
カインが渋い顔をしたのはバルサミコスの答えのせいではなく、お茶の苦みのせいだった。彼女は生粋の甘党である。
「ですが手が出せないのも事実ですよ。アリアド様が捕らわれているのは王城ですからね。おそらく今日中に国王自ら審問するでしょう。それに割って入るわけにもいきません」
フリーマンが現状を鑑みて意見を述べた。
全員が彼の言を認めた。いくらギザギ国最強の戦士たちでも無理がある。いや、アリアド奪回くらいならできるだろう。だが、そのあとは多くの異世界人に地獄を見せることとなる。それが予測できる以上、手が出せなかった。
「できるのは情報を集めるくらいだな。適任はフリーマンだが……」
ノリアキの眼が、笑みを絶やさないタキシードの男を射貫いた。
「謹んでお受けいたしましょう」
大仰に一礼するフリーマンに全員が顔をしかめた。こういうところが信用ならないのである。
「ツルギさんにもお任せしてよろしいでしょうか?」
レナが静かに茶を飲む長髪の青年にお願いすると、彼は一言「承知」とだけ応えた。名前からわかるとおり、彼は『侍』やら『武士道』が大好きであった。個性も作っているわけだが、長くこなしていたためにほとんど定着してしまっていた。傍から観ていたシーナは「ゲンちゃんと被ってない?」とアカリに耳打ちし、苦笑を誘っていた。
「まぁ、ツルギならフリーマンに怪しい動きがあれば叩き斬ってくれんだろ」
ロックも納得の人事だった。
「では本題の『緋翼』ですが――」
「待て」
レナが次の議題に移ろうとするのを、ゲンシローが止めた。全員の眼が彼に集中する。
「なんでしょう?」
「話を聞けば国の大事というのはわかる。だが、こちらにも大事な用件がある。ショウの件はどうなるのだ?」
よくぞ言った、とシーナたちはゲンシローを褒めたかった。彼女たちはあまりにも次元の違う十天騎士と議題に口が出せなかったのだ。ゲンシローは対人経験の乏しさから周囲の空気を読むことに長けておらず、自分の要求を告げるのに躊躇がなかった。
「あ、いや、その件はあとでわたしが――」
バルサミコスが彼をなだめようとするが、少年剣士は退かない。
「あとだと? こちらにとっては今、もっとも大切なことだ。仲間の安否を後回しにされて黙ってられるか」
「ゲンちゃん、いつからそんなに仲間意識が強くなったの?」
シーナが思わずツッコむ。
「あいつには恩義がある。このさきも面白いものを見せてくれると約束したのだ。果たしてもらわねばならんっ」
ゲンシローの憤慨にシーナたちは嬉しくなった。
十天騎士の一部にも彼を好ましく思う者がいた。
「『緋翼』については長くなるだろうし、そっちの問題を片付けてやろうぜ。それに、11号の話にもつながるんだろ?」
アキラがバルサミコスに訊く。
「うん、まぁ。んじゃ、ショウとルカの話ね。……ショウってのは普通の召喚労働者ね。その子は今、11番のルカを追って東京へ行ってんの」
「「東京!?」」
発言者以外の十天騎士たちが腰を浮かせるほど驚いた。レナですら初耳である。
「あれ、レナにも言ってないっけ?」
「聞いてません!」
「あー、そうかも。ごめんごめん。管理局・局長にも言わなかったのはダメだよねぇ」
「「局長!?」」
今度はアカリたちが驚く番だった。
「おい、バルサミコス! おまえ、どんだけ情報隠してんだよ!」
ロックが立ち上がって彼女に詰め寄った。
「バルサミコス……?」
アカリが眉根を寄せてつぶやく。その名前を彼女たちは知らない。「バルサミコ酢って名前なの?」という疑問がまず浮かび、いぶかしみつつもなぜか可笑しい。ブルーなどはあからさまに噴出している。
「あー、それ言うなぁ! ずっとナイショだったのにィ!」
「知るか! だいたいおまえだけ世間で『放浪の魔剣士』だとか『勇者』だとか呼ばれやがってどうなってんだ! 最弱のクセによ!」
「だからやめてぇ!」
バルサミコスは頭を振って嫌がる。
「放浪の魔剣士……? え、バル? バルサ……ミコス? バルで、ミコ?」
「「ええっ!!」」アカリとシーナ、マルが驚きすぎて後ずさった。
「ほら見ろ、あの反応っ。オレたち『十天騎士』の名前より驚いてんじゃねーか!」
「そんなのわたしのせいじゃないでしょーが!」
納得のいかないロックと嘆くバルサミコス。つまらない言い争いがしばらく続いた。
「どうでもよい! 話を進めんか!」
ゲンシローがしびれを切らし怒鳴った。声量と怒気に圧倒され、一同は呆気にとられた。
「おまえたちの名前など知ったことではない! さっさと話を戻せ!」
「はい……」
ロックはバルサミコスを解放し、彼女は居住まいを正した。
「まずは説明からだね。十天騎士・第11号のルカは個人的事情で東京へ行ったんだ。方法についてはまたあとで。その彼女を連れ戻すために、ショウという彼女の仲間がアリアの力を借りて日本へ戻った。それがきのう9日の早朝。で、こっちに戻るにはアリアの召喚が必要なんだけど、言ったとおり、彼女は連行された。だから帰ってこれないんだよ」
「……連絡方法は?」
アカリがバルサミコスの眼を見て訊いた。答えはわかっているが、訊かずにはいられない。
「こちらからは無理。ショウかルカがアリアに呼びかけるしかないの」
「そんな……!」
シーナは愕然とした。アカリが彼女に手を添える。彼女自身、戸惑いの表情は隠せなかった。
「可能性があるとすれば、ルカが自力でこちらに戻ってくること。彼女は戻ってくると言ってたんでしょ?」
バルサミコスの視線がブルーに移る。確認のため以上に、シーナやアカリを見ていられなかったからだ。
「あいつが自分で言ってたからな。アリアドに頼まれた未曽有の危機を救うために戻ってくるってな。それがさっき聞いた『緋翼』ってヤツなんだな」
「そうだよ。わたしたち10人……いえ、彼女を入れて11人でも勝てるかどうか怪しいけどね」
バルサミコスは肩をすくめた。ロックたち武闘派は「余裕だろうが」と鼻を鳴らしているが、それはまだ敵を知らないからだ。
「でもそれならアリアドに頼らなくても、ルカといっしょにショウも帰ってくるよね?」
シーナの問いは願望だった。
「そうね。それはあり得るかも」
バルサミコスは気休めを言った。ルカには自力で帰る手段があるだろう。だが、ショウは違う。彼は疑似体ではなく、生身の体となっている。それがルカの造る召喚門をすんなりと通れるか、誰もわからない。
「……」
アカリは無言だった。皆がそう言って、数ヶ月も帰ってこなかった実績がショウにはある。それでも帰ってくればいいだろう。けれどショウはいずれは日本に帰ると公言していた。もし、久しぶりの帰郷に里心がついて日本に残るようなことになれば、二度と会うことはない。
「いちおう話がついたとみて質問するが、オレたちも日本に帰ることができるのか?」
アキラがバルサミコスの肩を掴み、真正面から見た。周囲の十天騎士たちも答えを待っている。
「できるよ。方法は二つ。今回はその両方が使われた」
「一つがアリアドによる送還だな」
カインの言葉にバルサミコスがうなずく。
「召喚から三日以内なら帰れるというルールは、おそらく異世界人をマルマ世界に定着させて、働かせるためだろうね。せっかく呼んだのに、いつでも帰れるとなれば適当に遊んで飽きたら帰ればいいと考えるヤカラがいるからだと思う」
「そうだな。それは考えられる」
同意したのはブルーだった。まさに自分がそうだろうと自覚があるからだ。一方、十天騎士たちは召喚時点でギザギ国のために尽くすという契約がなされている。三日ルール自体がなかった。
「もう一つは、この遺跡の地下にある『召喚門』を使うこと。ルカはそれで東京へ行ったんだよ」
「ン? それじゃどうやって東京からこっちに戻るんだ?」
「術式さえ理解してれば門は作れるよ。11号素体は特別優秀な疑似体だってアリアは言ってたから、それくらいは覚えていったと思う」
「そうですね。ルカさんがアリアド様にかけた【強制誓約】は見事でした。わたしだけではとても解除できなかったでしょう」
レナが感心する。バルサミコスの手助けがあったので解除できたが、一人では成功したか自信がない。
「アリアドに魔法をかけた? 恐ろしいな」
ノリアキも魔法には自信があるが、アリアド以上とまではうぬぼれていない。
「ええ。『緋翼』攻略には彼女の参加が不可欠です。どうにか自力で戻って来てほしいものです」
レナも同意し、祈るように手を組んで目をつむった。
「戦力が増えるのなら助かる。しかし、そのショウってやつもなかなかスゲェんだろうな。アリアドが認めるほどの力があるから東京に送ったんだろ?」
アキラが期待の眼をバルサミコスに向ける。が、当然のように彼女は目をそらした。アキラがいぶかしんでショウの仲間を見回すが、一様に首が横を向いている。
「なんだ? おい、なんだよ?」
「……期待してるところ、ごめん。ショウはツッコミ能力以外はフツーなんだよ……」
「ハァ? だって、アリアドがわざわざ行かせたんだろ? ただの異世界人にそこまでしねーだろ?」
「いンや、あいつ、凡人だぜ? せいぜいゴブリンを斃せる程度のな」
マルが鼻をほじりながら答えた。十天騎士に衝撃が走る。
「マジかよ……。レナ、おまえ局長なんだからなんか知ってんだろ? 実は隠しステータスとかスキルがあるとか……」
「残念ですが……」
レナもうつむくしかなかった。少年の行方不明時の資料を読むかぎり、特筆事項はない。
「おいおいっ。そんじゃどうしたら普通の異世界人がアリアドの協力を得られたんだよ!」
「そりゃ、わたしの知り合いだったからじゃん? それと、ルカ絡みだったから」
バルサミコスはそうとしか答えられない。
「なんだよ、それ。戦力外かよ。そんじゃあれか? ルカってカノジョを追っかけるためにおまえやアリアドに泣きついたわけか? それはそれでスゲェけどよ、その執念はストーカーじゃね?」
アキラが呆れて文句を並べると、「カノジョじゃないよ!」と一部から猛反発が起きた。
「ルカはもともと男だったんだから! カノジョはわたしだから!」
鼻息荒くシーナが訴える。
「あ、あー……。そりゃ、悪かった。て、元は男?」
「まれにいるだろう。こっちの世界に来て性別を変える者が」
カインの冷静な解説に、アキラは「それかぁ」と納得した。
「でも今は女だぜ? しかも邪魔のいねぇ日本に二人だ。あいつのことだからヤッちまってるかもな。手だけは早ェーし」
マルが楽しそうに鼻クソを飛ばす。
「「!!!」」
シーナとアカリが殺気を放った。マルはビビり、自分で驚くほど後方へ跳んでいた。
「冗談だよ、冗談! いくらなんでも男だと思ってたヤツだぞ!? あるかよ、あったら逆に怖ェーよ!」
「……いや、ショウはそうでもルカはわからないね。わたし、迂闊なこと言ってるし……」
シーナが奥歯を噛みしめる。
「なきにしもあらずね」
アカリも不機嫌に同意した。
「なんでアカリンも怒ってんの? 魔の三角形?」
バルサミコスの素朴な疑問にアカリはうろたえた。
「いや、こいつのほうが先にショウとヤッてるし」
「マル!」
「「マジか!」」
真っ赤になるアカリに、総ツッコミが起きた。
「……オレよぉ、『緋翼』よりも先に狩りてェやつができちまったぜ……」
ロックが血管を浮きだたせ歯ぎしりする。それにノリアキが「オレもだ」と同調した。その横でツルギも小さくうなずいていた。
「あのヤロウ、生きてたのを喜んで損したぜ……!」
ブルーの拳は強く握られ、震えていた。
「えっち……」
ピィは頬を赤らめている。
「二人も囲ってまだ足りんのか。ケダモノだな」
「それだけ魅力的ってことじゃないのー?」
「男の甲斐性だろ」
カインの意見にエクレアとセリが異を唱える。カインは「そ、そうなのか!?」と動揺した。
「独り身が長いと、いろいろとこじらせるな」
アキラは『ショウ撲滅会議』には加わらずに笑っていた。
「そうだねー。あんたは違うもんねー」
バルサミコスが横目で見る。
それに対して反論しようとしたアキラよりも早く、レナが号令を出した。
「みなさん、無駄なおしゃべりはここまでにしましょう。わたしたちには時間がありません。ショウさんとルカさんの帰還については、現状どうしようもありません。ルカさんの力を信じ、待つことにします。アリアド様についても、様子をうかがう他ないでしょう。この件はフリーマンさんとツルギさんにお任せいたします」
レナの青い瞳に見つめられ、二人はそれぞれの形で了解した。他の者も気を引き締め、会議に臨む。
「では、本題に入ります。ミコ、頼みます」
「あいよ」バルサミコスはカバンに入れていたアリアドの資料を取り出した。
「現在、『緋翼』と呼ばれるドラゴンがギザギ国に向けて接近中。その撃退がわたしたちのミッションだよ」
そう言って、資料から一枚の絵を出して床に置いた。『緋翼』の姿絵である。大陸中央のとある国経由で手に入れたものだった。緋色の首長トカゲに六枚の翼がついている。
「まんま『ドラゴン』ってカンジだな」
アキラの感想に数名がうなずいた。
「大きさが可愛くないけどね。推定で1500メートルらしいよ」
「1500!?」
「しかも移動するたびに大きくなってるから、今はさらに成長してるかもね」
「ちょっと待てっ。そんなマク〇ス級戦艦を生身で斃せっていうのか?」
豪胆なロックですら慄いている。
「あれより300デカくね?」
ツッコむアキラを全員が睨みつけた。手を下したのはセリで、「黙れ」と彼の頭を平手ではたいた。
「斃すしかないんだよ。なんとしてもね」
バルサミコスの顔は笑っていなかった。
「……アリアドは策を出したのか?」
策謀に関してはメンバー随一のノリアキでさえ、とっさに何も浮かばなかった。超巨大生物というだけで思考がとまってしまう。それこそ超巨大戦艦であるなら、内部からの破壊工作を推奨するところだった。
「お手上げだったよ。あとは異世界人の知識に任せるってブン投げられた」
「と言うことは、魔法でどうにかできる相手ではないのでしょうね」
フリーマンが推測した。魔法が効果的であるなら、ギザギ国最高の魔術師が他人に救いを求めるはずがない。
「だろうな。一つ浮かんだ後味悪い策もおそらくダメか……」
カインが目を閉じて深く息を吐いた。
「参考に聴かせてもらえませんか?」
レナのうながしに、カインは顔を曇らせた。
「……本当に後味が悪いぞ? それだけデカイのなら、体内に毒となりそうなモノ……例えば毒虫や、内臓を食い破る獣などを転移魔法で送り込むのだ。時間はかかるが、効果は絶大だと思うのだが」
その案を聴き、フリーマンは苦笑を漏らした。7月のサイセイ防衛線で戦友のランボ・マクレーに語った単眼巨人攻略法を思い出したからだ。「嫌な死に方なので誰もやらない」とマクレーに話している。
「転移系魔法を使った内部破壊か。たしかに後味は悪いが、このさいは確実に斃すのを優先すべきだろ。いっそオレたちが入り込んで暴れるか?」
ロックは手段よりも結果を重視する。それも一方的になぶれる策なら大歓迎である。
「無理でしょうね」レナが首を振った。
「アリアド様もそれくらいの策は考えたはずです。それに、何千年と『緋翼』の脅威にさらされてきた大陸中の全種族が、その安易で確実そうな策を試さないわけがありません。それでも『緋翼』は生きている。それが答えです」
「何千年だと? そんな昔からいるヤツなのか?」
「この世界の人間の歴史より古いらしいよ。エルフとかドワーフしかいない時代から存在が確認されているんだって」
バルサミコスの補足に一同は唸った。
「そんな生きる伝説相手にどうやって勝てってんだよ!」
「そもそも、同じ個体なんだろうか? 世代交代してるだけでは? ざっと資料を読んだが、その時代ごとに大きさが違うようだが」
ノリアキの分析にバルサミコスは肩をすくめる。「そこに書いてある以上の情報はわたしにもないよ」と答えるしかない。
「だが、どの時代でも発見時が最小で、消える直前がもっとも大きくなるようだ。とすると、休眠期に栄養を消化して体が縮むとも考えられる」
カインの意見に、ノリアキも「一理ある」と首肯した。
「同一個体かどうかはともかく、こんだけのドラゴンとなれば魔法耐性もすごいんじゃないか? 当然、人間が使う程度の魔法なんて受け付けないとか」
「防御力も相当だよね? わたしの弓なんてきっと刺さりもしないよ」
アキラの感想を受けて、エクレアが自慢の大弓を引いた。魔法と組み合わせることで大型弩弓なみの威力を誇るが、それでも『緋翼』相手には爪楊枝にもならないだろう。
「敵の詳細なデータがほしいな。本当に魔法が効かないのか、鱗はどれほどの強度を誇るのか、正確なデータが。それがなければどうにもならん」
唸るカインに全員が同意する。
静まり返るギザギ最強の異世界人たち。
「……では、データを取りに行きましょう」
レナの一言に場がざわついた。
「本気か?」
つばを飲み込みながらアキラが問う。
「虎穴に入らずんば、ですよ。一目見るだけでもいいでしょう」
「そうだな。よし、行こう」
カインが決断した。他の十天騎士たちも戦慄を覚えながらも同意した。
「だが、どうやって行く? 『緋翼』はまだずっと西のほうだろう?」
「それなら大丈夫。ここには次元さえも超える門があるからね。となりの部屋にはわたしの作った【簡易転送魔術陣】があるから、帰りは転送石を使えばいい」
バルサミコスが腰のポーチから水晶のように透き通る石を一つつまんで見せた。
「なるほど。次元を超えるのではなく、座標だけを移動するわけだな。それなら行ったことのない場所でも瞬時に移動できる」
ノリアキが面白そうにうなずいた。日本にいたころは機械工学を専攻していたので、『装置』の類は大好物だった。
「では、準備をはじめてください」
レナの再度の号令に、一同は「オー!」と応えた。
十天騎士が『緋翼』と対面したころ、王都オースムでは異世界召喚庁長官アリアド・ネア・ドネの審問が開始された。
評決が出るまでは長くなく、第19代ギザギ国王は声高く宣告し、閉会した。
「異世界召喚庁長官アリアド・ネア・ドネは国家反逆の疑ありとし、その任を解き、最前線での永久兵役に処す。アリアドによって召喚された異世界人も同疑ありとみなし、即刻、最前線での兵役を課す。異世界召喚庁の存続可否については、後日、通達する。以上、解散!」
アリアドはその判決を、涼しい顔で受けとめた。




