46 ゲンジツの選択
日比野小吉がルカこと長柄遥の義父への復讐をとめ、自宅へ帰ったのは12月10日へと日付が変わる直前であった。
玄関を開けると両親がそろって待っていた。電車に乗る前と、地元の駅から電話を入れたからだろう。夜更かしをしない両親は、いつもならとっくに寝ている時間だった。明日も平日で早朝から会社へ行くはずの父親まで待っていたのは、それだけ心配をしていたからだ。小吉が高校に上がってからはあまり話もしていないが、親は親である。
驚きながらも「ただいま」と言うと、母親は「おかえり」を返し、父親は黙ってうなずいた。
両親が先に立ってリビングへ入ったので、小吉もついていく。
父親と向かい合って座ると、早速、「この5ヶ月、どこへ行っていた」と問われた。
小吉は迷ったが、嘘はつかないと誓ったので、できるだけ真面目な顔で答えた。
「異世界。マルマって世界の、ギザギって国」
「……は?」
二人の顔は同調したように不審を表していた。ショウがもう一度繰り返すと、また同調したようにため息を吐かれた。
「冗談はやめろ。それとも、そういうルールの盛り場か?」
「違うって。例えるなら、映画の『ロード・オブ・ザ・リング』みたいなとこだよ」
「……」両親は顔を見合わせ、たがいに知らない意思を確認した。
「えーと、そうだ。白雪姫とか、オズの魔法使いとか、そんなカンジでもいい。妖精とかがいる世界」
「小吉!」
父親が机を叩いた。子供の夢物語ならばともかく、高校生からそんなおとぎ話を聴かされて納得などできるものではない。
「怒るのも当然だし、ふざけていると思われても仕方ない。でも、本当なんだよ。信じてほしいけど、無理ならいい」
両親はまた顔を見合わせた。二人の子は昔から頑固なところはあったが、ここまでおとぎ話に食い下がるのは異常であった。
「……まさかと思うが、危険なクスリなどやっていないだろうな」
「やってないよ! 疑うなら明日、病院で検査を受けてもいい」
「では、そうしよう」
父親の即断に小吉はうなずいた。
「それじゃ、今はどこへ行っていた? 友達を助けるために東京へ行くと母さんには言ったらしいが」
「本当に東京へ行ってきた。友達の名前は長柄遥。どうにかお母さんと再会できたから、向こうで別れた」
「お母さん?」
「うん。家庭環境の問題で、ずっと別れたままだったんだ」
「なぜ、おまえがそんなことを?」
「信じてないだろうけど、向こうの世界で彼女とは仲間だったんだ。仲間が困っていたら手を貸してあげるのが当たり前だろ」
「……」
話の後半部分には感心もするが、前半がすべてをぶち壊している。異世界だとか、向こうの世界だとか、不愉快なワードが多い。素直に本当のことを話せば理解するつもりであったが、これでは疑うしかない。
その空気を小吉も感じていた。だから続けた。
「この世界での行方不明者の中には、オレと同じように異世界に行った人もおおぜいいる。向こうから呼ばれて、みんなあっちで暮らしているんだ」
「小吉っ」
父親が我慢できずに立ち上がった。普段、大きな声を出すような父ではなかった。地味な作業でも文句ひとつ零さず黙々とできる人だった。家族を守り、堅実に生きてきた男だった。それだけに、夢物語で煙に巻こうとする息子が許せなかった。
「話せないことがあるのは仕方がない。おまえにもいろいろあるのもわかる。どんなことであれ、真実であるならば理解しようと努めよう。だが、嘘は許せない。おまえの嘘は誰も救わない。きちんと話しなさい」
この親にして、この子である。
小吉は内心で頭を抱える。理解されるとは思わなかったが、これでは本当に嘘をつく以外には納得させられないではないか。
「……明日、もう一度話そう。病院でもなんでも行くから、オレがおかしいわけじゃないと証明されてから改めて話そう」
「わかった。今日はもう遅い。風呂に入って、ゆっくり休みなさい」
父親は興奮を和らげ、椅子に落ち着いた。
「おやすみ」を告げて、小吉はいったん部屋へ戻った。着替えをとって脱衣所に行く途中、両親が頭を抱えている姿を見た。親不孝だな、と自分で思う。それでも小吉は、嘘をついてごまかしたくはなかった。どうすればいいか湯船につかりながら悩むことにした。
何も浮かばなかった。
翌日、小吉が起きるころには父親は出勤していた。平日である以上、小吉も学校があるのだが、とても行く気にはなれない。クラスメイトや先生にどう説明すればいいか。それに5ヶ月が過ぎている。学業の遅れや出席日数を考えれば、留年は確実である。ならば今年度は捨ててしまってもいいのかもしれない。
「もっとも、来年度もここにいるとは思えないけど」
小吉はマルマに帰るつもりでいる。少なくとも一度は戻り、皆に報告すべきだろう。そのうえでよく考えて、日本とマルマのどちらを選ぶかを決める。それとて、アリアドが今の記憶を残してくれたらの話だ。だが、記憶は消すと断言されており、アリアドは躊躇もせずに実行するだろう。本当に日本にいたいのならば、魔女の手が届かないこの機会を活かすしかない。そうとわかってはいても、小吉はマルマに戻りたいと思っていた。
小吉は頭を振って考えを捨てた。ベッドから起き、階下へ降りた。
台所に母親がいる。「おはよう」と声をかけ、返事も待たずに洗面所へ。
再び台所へ戻ると、母親から水のペットボトルを差し出された。
「病院で血液検査をしてもらうから、ご飯はなしよ」
「はいはい」
約束だが、気が重い。体はすこぶる調子がよく、問題はなかった。それに両親が気にかけているのは頭の中だ。かといって予約もなしに精密検査など受けられるわけもなく、せいぜい血液検査くらいなものだ。それにしても、当日に答えが得られるものでもないだろう。
果たして小吉の予測はあたり、血液採取や心電図などはとられたが、結果は後日となった。
「次に行くわよ」
母親の言葉に、病院を出て清々した気分が一瞬で曇る。
「次?」
「薬物検査をしてくれる病院があるの」
「マジで?」
「行くわよ」
さっさと歩きだす母親についていく。そのまま電車に乗り都内へと入り、乗り換えて知らない駅名の場所に着く。
母親はスマートフォンのマップを確認しながら進んでいく。小吉はまた血が抜かれるのはイヤだなと思いながらも、文句は言わなかった。
想像よりもこじんまりとした病院に入り、母親が初診受付をする。問診票が渡され、記入すると採尿カップを持たされた。
採尿後は医師との問診があるまで待機となる。検査結果待ちもあるので一時間以上かかると受付で言われ、一時、病院を離れ食事に出た。小吉は朝食を抜いていたので、朝食兼昼食となる。
近所にファミレスがあったのでランチメニューを食べる。こんな味だったな、と、うまくもまずくもないハンバーグ・セットを五分もしないで平らげた。「足りなければ追加して」と母親に勧められ、小径のピザを頼んだ。
「薬物をやってるなんて、お父さんもお母さんも思ってないからね」
「わかってるよ。でも、あんな妄言を聴かされたら疑いたくなるよね」
「妄言なの?」
「違うよ。本当はそう言っちゃったほうがいいんだろうけど」
真面目に答える息子に、母親はため息をついた。
「本当に薬物をやってるなら、おとなしく付いてくるはずがない。だから検査結果なんか聴くまでもない。でも、そしたらあんたの話を信じなきゃいけない」
「信じてほしいとは思ってる。でも、無理なのもわかる。とりあえず、そのうちきのう話した友達がうちに来るから、そのとき話だけでも聴いてほしい」
「……わかった。今度は二人がかりでおとぎ話を聴かされるわけね」
母親はさらに重いため息を吐いた。
気まずい沈黙が流れるなか、小吉のスマートフォンが震えた。彼は慌てて電話を取りだす。知らない番号だった。3コールほど迷って、回線を開いた。
「もしもし……?」
慎重に話す。が、相手はその真逆で声が大きく、明るい。
『あ、ショウ!? よかった、出てくれた』
「ルカ? これ、おまえの番号?」
『お母さんの。わたし、携帯持ってないから』
「ああ」
ルカの境遇を思い出し、トーンが落ちる。
遥はその声で察した。
『気にしなくていいから。それより、これからショウの家に行ってもいいかな?』
「いいけど、外に出てて帰るのは夕方になるぞ」
『何時でもいいよ。ちょっといろいろマズくて協力してほしいの』
「なにがあった?」
小吉の声が鋭くなる。正面の母親も緊張感を帯びた。
『お母さんが』
「おばさんが? どうしたんだ?」
『なかなか魔法とか信じてくれなくて困ってるの』
小吉はガックリした。
「おまえな、もっと大変なことになってるかと身構えちまっただろうがっ」
『あはは、それはごめん。というわけで、お母さんも連れていくからよろしくね』
「わかった。こっちも似たような状況だから好都合だ」
『どこの親もいっしょなんだね。それじゃ、5時くらいにそっちに着くようにするけど、いい?』
「駅まで迎えに行こうか?」
『大丈夫、スマートフォンの地図でわかる。それにそんなに遠くないみたい。今の家からなら、一時間もかからないよ』
遥は笑って答え、電話を切った。『今の家』というのは東京の実家ではなく、家を出た母親が住んでいる場所であろう。その住所を小吉は知らないが、近いというのは嬉しい。
小吉は内容を母親に伝え、了承を得た。彼女のほうも、少女の親の気持ちがよくわかる。
「それじゃ、病院へ戻ろうか」
母親にうながされ、小吉は立ち上がった。
検査結果はすべて陰性だった。予測どおりではあったが、小吉・母は安堵した。一方で、次は『おとぎ話』が待っていると思うと気が重い。しかも息子の友人と二人がかりで攻められるのである。
「あら、でも――」
母親はふと気付いた。友達は同い年くらいの少女と聴いた。それはつまり、ガールフレンドではないだろうか。この瞬間、母親はなぜか晴れやかな顔になった。あの野球バカだった息子が初めて自宅に女の子を呼ぶ。それはそれは楽しみな大事件ではないか!
「そうとなれば買い物して行かなきゃ」
母親の頭の中は、現実逃避をするかのようにお花畑になっていた。
12月10日17時少し前、日比野家のチャイムが鳴った。
小吉・母が慌ただしく玄関へ走る。小吉は二階の自分の部屋にいたので出遅れた。
息子が玄関にたどり着くころには母親のテンションが最大に上がっていた。やってきた『お嬢さん』が想像の上を行く容姿をしていたためだ。それは悪い意味ではなく、良い意味である。小吉すら着飾った遥を一目見て真っ赤になるほどであった。
「ようこそいらっしゃいました。長柄遥さんと、お母さんですね。遠くまで大変でしたでしょう。さ、どうぞ上がってください。たいしたお持て成しもできませんが、どうぞどうぞ」
気持ち悪いほど朗らかで猫被った母の姿に、小吉は恥ずかしくなる。「ちょっと抑えろよ」と服を引くが、今の母は無敵状態であった。小吉の手を切り払い、『お嬢さん』をニコニコと見ている。
「失礼します」と遥が靴を脱いで揃える。それだけで小吉・母は感動すら覚えている。
「まぁ、礼儀ただしいのね。……ほら、小吉、リビングに案内してっ」
首の向きが180度変わると態度まで180度変化する。小吉は「ウザぁ」とこぼしながらも遥を案内した。「こっち」と歩きながらも、小吉の眼は遥から離れなかった。
「なに?」
少年が自分の顔をジッと観ているので、遥としても照れ臭い。
「顔の傷……」
「あ、消しといた。さすがにあれはインパクトありすぎでしょ?」
「便利だな」
小吉の感想はそれだけだった。せっかく気合を入れて服を新調し、母親に習って薄く化粧までしてきたのに、反応が面白くない。
「ホントは肉体変換直前の体が一番疑似体への負担が少ないんだけどね。この世界、ちょっとヤバい」
「どうした?」
小吉は用意されていた席に遥を座らせた。目の前には、小吉・母特製料理が並んでいる。まるでパーティーのようだ。
「マナの消費がハンパじゃないの。体を維持するのでけっこうキツイ。かといって保護魔法をかけてないと倒れちゃいそうだし」
「相性最悪ってことか……。食べれば少しは回復するんだろ?」
「その燃費も悪いの。歩くくらいならいいけど、ちょっと負荷がかかると途端にお腹が減る。だから早めに話をつけて、マルマに戻りたい」
「そっか、わかった」
小吉が納得していると、母親同士がリビングに顔を出した。遥の母は恐縮しっぱなしで何度も頭を下げている。それは後天的なものであった。抑圧された生活により形成された自己防衛の所作である。
母子・二組が席に着くと、小吉・母の主導でなぜか「乾杯」する。「なんの乾杯だ」と息子がツッコむと「そりゃ、バカ息子たちの帰宅祝いに決まってるでしょ」と真顔で答えられ、彼は何も言えなくなった。
「まずは食べて。遥ちゃん、遠慮しないでね」
小吉・母の勧めに、遥は「はいっ」と応えた。小吉は本当に遠慮ないだろうなとこの時点で思い、事実、その勢いは他者を唖然とさせた。
「遥、きのうもそうだけど、そんなに食べて平気なの……?」
遥・母が心配そうに訊ねる。彼女の身を案じているのもあるが、よそ様の家で大食いを披露するのもどうかと顔に書いてある。
遥の箸と表情が勢いを失っていく。
「ルカ、遠慮しなくていいからな」
小吉が助け船を出す。が、その船に横から衝突する者がいる。
「その呼び方はなに? ちゃんと遥さんと呼びなさい」
「といっても、会ったときは男だったからなぁ」
「「は?」」
母親二人が目を丸くして小吉を凝視する。
その反応は小吉の予期するところであり、実は期待もしていた。
「ルカ、今なら食料はいくらでもあるから回復もできるだろ? あっちの世界での姿を見せてやれよ」
「ヤダ」
即答だった。
「おいっ」
「この服で変わったら破けるよ?」
「あ、そうか。……いやいや、身長とかはいいからっ。オレたちが言っていることを証明しなきゃいけないんだって」
「わかった」
遥は箸を起き、目を閉じた。するとモーフィング映像のように体が多少骨ばって肩幅が増え、変わって胸が平たくなり、髪は銀色、顔つきもわずかに変化する。
「やっぱあんまり変わってないじゃないかっ」
小吉は彼女の顔の変化にツッコむ。
見慣れている少年はともかく、母親たちは驚きのあまりに口を開けたまま、箸を落とした。
「これが向こうの世界でのボク。ルカって名乗ってた」
母親に自己紹介して、ニッコリと微笑む。
母親は慄きつつ、彼の体を触った。特殊メイクなどの類ではなく、本当に変化していた。別人が隣に座っているのではないかと疑うほどだ。
「ダメ、限界」
ルカは力を抜き、また遥に戻った。
「……これは、なんなの?」
小吉の母親は、息子と女の子を交互に見た。
「魔法。オレはできないけど、彼女は使えるんだ。シンデレラに出てくる魔法使いといっしょだよ」
「冗談でしょ? 手品じゃないの?」
母親の声は震えていた。
「疑うのはわかるよ。でも仕掛けはない。能力なんだ」
小吉はスマートフォンを取り、用意しておいた動画を見せた。きのう、遥が起こした事件の映像だ。談合坂サービスエリアで空を飛んでいる。また、遥の自宅前で彼女が怒りに爆発する直前までの映像も動画サイトで見つけてある。
「ルカのお母さんは現場にいたから知ってますよね? 周囲の停電と、あの人を押さえつけていた力。どちらも彼女がやったんです」
母親たちの目が遥にそそがれる。彼女はうなずいた。
「わたしはマルマという世界で魔法を覚えたの。信じてほしい。わたしたちは嘘をついてない。二人に嘘なんてつかない」
遥は、その気になれば彼女たちを洗脳して都合のいい記憶を植え付けることもできた。だが、そのやり方は間違いだと彼女は知っている。真実だからこそ、誠実に伝えるしかないのだ。それでも理解が得られないのなら、あきらめるしかない。
長い沈黙が流れた。二人の親は、到底、呑み込めずにいる。しかし、理屈ではなく、感情の上では認めていた。嘘ではないのだろうと。こんな嘘をつくような子供ではないと知っているから。
グゥ~……
「あ……」遥のお腹が鳴いた。
誰からともなく噴出した。
「遥ちゃん、遠慮しないで食べて食べて」
「本当にすみません、こんな娘ですみません」
「底なしかよ」
「やれって言ったのショウだからねっ」
遥は恨めしそうに小吉を睨み、真っ赤な顔で箸を動かす。
「……小吉、鵜呑みにはできないけど、そういう世界があるのは信じてあげるわ。でも、どうやってそんなところへ行ったの?」
母の質問を受け、小吉は召喚された日について話した。野球をやめて、むなしくなって、親友がうらやましくて、自分が情けなくて、どうすればいいか考えていたら、アリアドという魔女に召喚された。そこまで話すと、遥が続けた。
「わたしは違う理由」
ショウはハッとして遥を見た。とめようとして、彼女はかぶりを振った。
「ショウはぜんぶ知ってるんだね」
「……アリアドに聴いた」
「そう。でもこれはちゃんと話しておくことだから。もうわたしにとっては過去だから。大丈夫」
遥は引け目のない笑みを浮かべた。
「お母さんもごめんなさい。他人に話すことではないけど、彼と彼の家族には知ってもらったほうがいい。わたしはあの世界で、彼と出会って救われたんだって。感謝しているから、嘘も秘密も持ちたくないの」
遥は体に薄皮を被せたような嘘の魔法を解除した。彼女の頬には醜い刃物傷が浮かび、露出している手足にもヤケドや傷が現れた。
「これが本当のわたしです。半年ほど前まで、わたしは義父に虐待を受けていました。わたしは限界でした。だから助けを求めたんです。その声を聴いてくれたのが、異世界の魔女のアリアドです。わたしは彼女に導かれてマルマという世界に行きました。弱くて臆病な女である自分が嫌で、男になって。そこでショウ……小吉くんに会って、いっぱい冒険をしました」
「遥……!」
母親が涙をこぼした。自分という盾を失った後の娘の境遇を考えなかったわけではない。しかし、彼女もまた限界だった。逃げたのは仕方がなかった。ただ、逃げた場所を間違えたのだ。彼女は遠くの町へ単身で逃げるのではなく、娘を連れてか、警察に駆け込むべきだったのだ。それができないほど追い詰められていたという側面もあるが、選択ミスの代償は大きかった。彼女の知らないところで、一生消えない傷が娘の顔に刻まれていた。
「わたしは魔女に頼んで、遥としての記憶を消してもらっていました。でも、同じ境遇の子供を見て記憶が戻ったんです。そしてわたしは思い出しました。むこうの世界で強くなろうとした目的を。わたしは、義父を殺せる力が欲しかったんです」
「遥!?」
驚く母親に、遥はやはり笑みで応えた。それは殺意の否定である。
「こっちの世界に戻って、一度は本当に殺してやろうと思いました。それがさっきの動画です。続きはないですが、あと少しで本当に殺すところでした。でも、それを彼が止めてくれたんです」
遥が小吉に向けて両手を差し出した。小吉もそれに倣うと、彼女は手を取った。
「ありがとう、止めてくれて。あいつを殴ってくれて。それがわたしの望んだ最高の復讐。わたしを想ってくれる人が、わたしの敵を退治してくれる。自分でするよりもよっぽど嬉しかった。世界に味方がいる。それはね、すごく幸せなことなんだよ」
遥の手は上気した顔と同様に熱く、力がこもっていた。
「おまえだって巨大イノシシから助けてくれただろ。おあいこだ」
「だね」
二人の仲睦まじい姿に、母親二人は涙を浮かべて感動していた。
「……鼻水たれてるよ、母さん」
「ウルサイっ。歳をとると涙もろいのよっ」
小吉の母はティッシュを箱ごとテーブルに置き、遥・母とともに鼻をかんだ。
二人の興奮がさめるまで子供たちは食事を再開した。といっても、もうほとんど残っていない。
「まだ足りないわね。ピザでも頼むわ」
小吉・母のフットワークは軽かった。遥たちは断るが、「いいからいいから」とご機嫌である。
「ホント、ごめんね」
「いや、いいけど、マジで燃費悪いな。なるべく早く向こうに戻るべきだな」
二人の会話が耳につき、遥の母親が視線を向けた。
「戻る……? どういうこと?」
「……ごめんなさい。ちゃんと話すね」
遥は自分の体が本物ではないことを伝えた。異世界での体で、だからこそ魔法も使えるのだと。そのうえで、この体の欠点を教えた。
「戻らないとダメなの?」
「うん。こればかりはわたしにもどうしようもないから」
「そのあとは? またすぐ帰ってくるのよね? 元の体になって」
「……」
遥は答えられなかった。彼女自身はこの世界に未練がない。母親は心配であるが、あの義父から解放されれば、それ以上の問題はなかった。それに今さらこの世界で何をしろというのか。中学卒業後、高校にも通っていなかった。順当に進学していれば、彼女は高校一年生であった。今さら高校へ行きたいとも思わないし、学力もついていかない。それに、元の体にも戻りたくはない。吹っ切れたとはいえ、体の傷を見るたびに嫌な記憶を思い出すであろう。
「遥っ」
強く訴える母親に娘は目をそらす。
「あんたはどうするの?」
ピザの注文を終えて戻ってきた小吉の母親が息子に訊ねた。
小吉は即答しようとして、口をつぐむ。一つ呼吸をおいて、親を見た。
「……最初は、むこうで目的を遂げたら帰ってくるつもりだった。帰れるかどうかもわかんなかったんだけど、とにかく帰るつもりでいた。でも、今はわからない」
「しっかりしたように思えても、子供は子供ね。いい? このままその異世界とやらに行ったら、高校は中退よ? 将来もロクなものにならない。ただでさえ優秀でもない凡人以下で、さらに学歴もないんじゃ、仕事だって怪しいわよ?」
「ヒデェ……」
小吉は精神的ダメージを受けまくった。事実であるだけ、よけいに刺さる。
「大人として言ってるの。子供なら冒険もいいでしょうよ。でも、そのさきは? たった数年でもむこうで遊んでいたら、こっちに戻ってもすでに遅いのよ? それから高校卒業する? 大学に行く? そこまで面倒みないからね」
「……」
突きつけられる現実は、かくも痛い。
母親は沈みゆく息子に鼻息を荒くした。彼の両頬を手で挟み込み、顔をあげさせる。
「だから、年度末までに決めなさい」
「……え?」
「どうせ今年度は絶望的だし、休学願いは出してあるから。復学する気があるなら二月末までに戻ってきなさい。戻ってこなければ、向こうで精一杯、生きてるものだと思うことにするわ。自分で決めるの。あんたのことなんだから」
「母さん……」
「あんたはこの件でいろんな人に迷惑をかけて、親不孝をしたわ。でも、たった一つ正しいことをした。友達を放っておかず、助けた。それだけは褒めてあげる。それがずっと貫けるなら、好きにしなさい」
母親の姿がアカリと被る。あいつに惹かれたのは、こういう部分もあったのかもしれない、そう思った。口うるさい母親そっくりだ、などと当人が聴いたら本気で怒るだろう。その想像に、小吉は噴いた。
「なに笑ってんの?」
「いや、もう一人の友達にそっくりだなって。そうやって、みんなを励ますやつがいるんだ」
「それはいいわ。その人によく叱られるといい」
母親は大きくうなずく。
「いつも叱られてるよ」と応え、自然と笑みがこぼれた。
「ありがと。むこうでちゃんと考える。ルカ、いっしょに帰ろう」
「……うんっ」
遥も笑顔で返事をした。
「遥……」
「お母さん、ごめん。わたし、戻る。彼といっしょにちゃんと考えてくる」
抱きついてくる娘を母は迎え入れた。認めないわけにはいかなかった。
「ただいま」
玄関から男の声がした。日比野家の主人である。
「さて、お父さんを説得しないとね」
母はそう言うが、小吉は心配していなかった。味方が増えたのだ。高い壁だってすぐに越えられる。
四方からの攻撃を受け、父の防壁は呆気なく崩壊した。
小吉と遥は少年の部屋にいた。
小吉の父親の説得も完了し、あとはアリアドに呼びかけてマルマ世界に帰るだけである。
その短い合間に小吉は溜まり溜まったメールや留守電の確認をして、感動に涙していた。これだけ多くの言葉を投げかけられたことはない。誰かに大切に思われていたのだと感じたことはない。うがった見方をすれば、心から心配してのメッセージはほんの一握りだろう。例えばあまり話したことのないクラスメイトからの短文など、周囲に流されての義理みたいなものである。だとしても、その労力を割いてくれたのは素直に嬉しかった。
涙を浮かべ、鼻をすする小吉の横顔を遥は見ていた。素直にうらやましく思った。自分には誰もいないのだ。いたとしても、携帯電話などの受信方法がない彼女には確かめようもなかった。
その視線に気づいて小吉は目元をぬぐった。
「あ、ごめん。つい浸っちゃった」
「ううん、それが普通だと思う。……返事、送らないの?」
先ほどから小吉は読むばかりで、ただの一言も送り返してはいなかった。
「すぐにまたマルマに帰るからな。またいなくなるのに返信しても、相手を驚かせるだけだよ」
「そうだね。知らないままのほうがいいのかも」
遥の賛成に、小吉は少し寂しげだった。自分で言ったとはいえ、抵抗がないわけではない。
振り切るように小吉はスマートフォンを机に置いた。
「さて、そろそろ呼び掛けてみようか。だいたい12時間くらいずれてるみたいだから、今、むこうは朝9時過ぎだろう」
「うん。呼びかけがうまくいったら、親に挨拶して帰ろ」
小吉はうなずいて、目を閉じた。遥も倣い、心で異世界の魔女アリアドに呼び掛けた。
しかし、返事はなかった。何度か繰り返すが、やはりアリアドとつながらない。
「まだ時間が早いのかな。ちょっと時間をおいてやってみようか」
遥の提案を小吉も賛同する。階下で子供たちの動向を心配している親たちへ知らせに行く。
やきもきしていた小吉と遥の母親は、半分、ほっとしていた。
「それって今日中には異世界とやらには行けないってこと? それならそれで、遥さんのお母さんも今夜はこちらに泊まっていただかないと」
小吉・母の言葉に、遥の母親は遠慮を申し出る。が、押しの強い日比野家の女傑には抗いようもなく、なし崩しに客間での一泊が決まっていた。
「そうとなれば二人の着替えが必要ね。お父さん、車出して」
「何時だと思ってるんだ? 店なんて閉まってるだろ」
「24時間営業のディスカウントならやってるわ。品ぞろえは期待できないけど、このままってわけにもいかないでしょ」
小吉・母はそう言って父親を引っ張りだした。ついていこうとした遥や彼女の母には「いいからいいから」とリビングでくつろぐように告げて行ってしまう。
ポカーンとする長柄親子は、苦笑う小吉の勧めに従ってリビングに落ち着いた。
「帰ってくるまで暇だろうから、映画でも観るか? ビデオ、結構あるんだ」
「観たい! ジェイソンとかブルースが出るやつ観てみたい」
「13日の金曜日VSブルース・リー?」
「なにそれ、そんなのあるの?」
「いや、ないけど。え、違くて?」
「ショウが言ったんだよ? カッコイイ男の話で」
「ああ、ジェイソン・ステイサムとブルース・ウィリスか。となると、『トランスポーター』か『ダイ・ハード』だな。ブルース・ウィリスなら『16ブロック』とか『シックス・センス』もおススメだよ。二人を同時に観るなら『エクスペンダブルズ』もあるけど、ウィリスはちょい役だからなぁ」
いきなり饒舌になる小吉に、今度は遥が苦笑する。
「どれでもいいよ。でも、できればあんまり暴力的なものじゃないのがいい」
遥の視線がかすかに動く。母親が後ろにいるのを感じてである。
小吉はその意味を汲みとり、少し考える。
「じゃ、『キッド』にしよう」
彼はテレビの下に並ぶ父親の映画コレクションを漁り、そのパッケージを取った。彼の趣味は多分に父親の影響である。
小吉の両親を乗せた車が街道を駅に向かって走っていく。しばし無言の中にいた二人だが、父親のため息によって沈黙が途切れた。
母親はその理由を知っている。彼女も同じ気持ちを抱いているからだ。息子の意思を尊重してマルマ世界に行くのを許しはしたが、事はそれほど単純ではない。息子が選んだ居場所は、海外ならまだしも異世界である。連絡手段すらない場所だった。そこで何が起きているのか知るすべはなく、何か起きても駆けつけることができない。そんな場所に誰が喜んで自分の子供を送り出せるだろうか。
しかし、息子は自分の意志で征くことを選んだ。それを無視できないのも親というものである。
「……帰ってくると思うか?」
父の問いに、助手席の母は間髪いれずに「こないわね」と答えた。
「そのつもりなら適当な嘘をついたはず。馬鹿正直にわけのわからない世界の話をしたのは、わたしたちに理解してほしいから。そのうえで、自分の行動を認めて欲しかったのよ」
「君は変わらないな。理詰めで考えるクセは若いころのままだ」
父は伴侶の明敏さについ笑ってしまう。大学で出会ったときを思い出した。
「あの子はたしかにわたしたちの子だわ。変に理屈っぽいところと生真面目なところが。だからもう、あきらめた」
「そうだな。だがまぁ、一人で行かせるわけじゃない。あんなにかわいい女の子もいっしょなら、異世界とやらも満更じゃないだろ」
「そうね」亭主の冗談に彼女は笑う。
「……でも、もう少しくらいは親をやらせて欲しかったわ。長すぎればウンザリだけど、ちょっと早いわよ……」
母親の感慨に、父も同意してうなずいた。
日比野夫妻が自宅に戻るころには、ブルース・ウィリス劇場・第一弾『キッド』の上映会は終わっていた。内容はよかったのだが、小吉が言うほどブルース・ウィリスが格好いい男であったかは多少の疑問が残った。
小吉・母が、二人の客用に買ってきた服を広げる。当然ながら女性物なので小吉は席をはずして自室に戻った。この機会に再度、アリアドに交信を試みるつもりであった。
しかし、今回も手ごたえはなかった。さすがに小吉もいぶかしむ。アリアド側にこちらを拒む理由はないはずだった。小吉一人であれば可能性もあるが、遥の力はアリアドが望むものである。無視することはありえない。
「となると、業務時間外なのか、それともアプローチの仕方が違う?」
考えても、彼は心で念じる以外の方法を知らない。アリアドも呼び掛ければよいと言っていた。ならばやはりタイミングが悪いのだろうか。
「ちょくちょくやってみるしかないか。まさかこのまま音信不通とかないよなぁ……」
小吉にとってはそれが一番辛い。意気揚々と帰る宣言までしているのに、いつまでも家にいては立つ瀬がない。それに、遥の母親も長くここに留まるわけにもいかないだろう。
「ショウ?」
遥が彼の部屋の扉をノックした。小吉が「開いてるよ」と応えると、彼女が遠慮がちに入ってきた。
「趣味の悪い服を押し付けられなかったか?」
小吉が笑って訊ねると、遥は真面目な顔で否定した。
「そんなことないよ。普通にスエットと、パジャマまでもらっちゃった。ご飯もおいしかったし、感謝の言葉もないくらい」
「ならよかった。あとは風呂でも入ってゆっくり休めよ。あんまり無理できないだろ?」
「この世界にいるかぎり何をしてても消耗するだけだよ。アリアドは捕まった?」
遥は小吉のベッドに腰かけた。他に落ち着く場所もなかった。
「いや。時間が悪いのかも。今夜は徹夜で交信を試すよ」
「ならわたしも」と言おうとして、遥は無理だろうと思った。
その表情の変化に小吉は察した。「任せろ」と笑みを交えて少女に伝えると、遥の顔もほころんだ。
「うん、任せる。……本当なら自力で帰るつもりだったんだけどね」
「ああ、それ。オレが来なかったら、一人で帰れたのか?」
「わたしがここへ来た方法は、ショウが話してくれた遺跡を通って――」
「うん、知ってる。アリアドに頼む前に、ミコさんとブルーさんに会ってるから。あの遺跡に日本へつながる門が本当にあったんだな」
「……うん」
遥が身構えたのは、ジョンに対する仕打ちを思い出したからだ。ショウの命の恩人の一人を、遥は危うく手にかけるところであった。ジョンがショウを脅かす発言をしたためではあるが、今となっては後ろめたさしかない。
それに関して、ショウは正確な内容を知らない。ジョンもブルーも、ルカの進行を妨げようとして争ったと語っていた。それ以上の説明が必要とは思わなかった。ジョンは自分の発言を軽率であったと後悔しており、ブルーもピィもことさら波風を立てるつもりがなかった。
「そのゲートって、こっちからは繋げられないのか?」
小吉がジョンの件に触れなかったので、遥は戸惑い、返事が遅れた。
「え? えと、ううん。やろうと思えばできる……のかなぁ」
「歯切れ悪いな。どっちなんだ? それができるなら、おまえはアリアドとの接触はいらないだろ?」
小吉は再度の肉体変換を受けねばならないので、アリアドによる召喚が必要だった。遥はすでに疑似体なのでマルマに戻れるなら方法は問わないはずだった。
「そうなんだけど、わたしにも予想外だったの。この世界での魔力消費のハンパなさが。これじゃ召喚門を開くなんて大魔法はとてもじゃないけどできない。だから術式はわかるんだけど、燃料が足りなくて使えないの」
「そういうことか。それじゃいっしょにアリアド待ちだな」
「うん。悪いけど、ごいっしょさせて」
小吉はごく自然に了承した。
「ところで一つ気になってんだけどさ」
「なに?」
「マルマに戻るとしたら、おまえはルカなのか? 遥なのか?」
「あー……」
質問を受けた側は即答ができなかった。天井を見上げるほど視線が逃げていく。
「今のおまえとルカって、完全に別人格だろ? 共通点は大食いってところくらいでさ」
小吉は遥と話していて、ルカの面影をまったく感じない。笑顔や小さなしぐさはたしかに被ることもあるが、普段は別の人間を相手にしているようだった。性別すら異なるので、余計に違和感を覚える。
「わたしもそれは感じているの。もちろん今の『遥』が元なんだから、これが自分だって思う。それにこの姿の時は『ルカ』であったことすら忘れてる。『彼』がどんな思考で、どんな行動をするのか、考えないとわからない」
遥は体格を抑えて銀髪の少年になった。
「この姿になるとボクは『ルカ』だってわかる。でも、自分の中に『遥』も感じるんだ。7:3でルカと遥がいる感じかな」
ルカはまた遥に戻った。
「結局、『ルカ』という存在は創られたもの。容姿や性別、性格までが違う『ルカ』という別人なの。それもたった5ヶ月程度しか生きていないね。だから記憶が戻った今、『遥』でいないと自分がわからなくなっちゃう」
「そうか……」
小吉は残念に思った。彼が付き合ってきた仲間は『ルカ』である。大食いで、言いたいことを言って、好き勝手に動いて、頭がよくて、頼りになる仲間だった。
その小吉の表情に遥は暗い気持ちになる。ショウにとって必要なのはルカなのだ。彼が助けたいと思い、東京まで追いかけてきたのはルカだからだ。こんな弱い女の子など、彼の旅には必要ないのだ。
「……もし、どうしてもルカがいいなら、わたし、ルカでいるよ?」
「え?」
「そのほうがいいんでしょ? ルカのほうが力も強いし、頭もよさそうだし、頼りになりそうだし」
「力は男の姿のがあるだろうけど、頭の良しあしは変わんないだろ? それとも違うのか?」
「ううん、違わない。マルマの知識はわたしも持ってるし、基本的な思考は同じ。ただ何か判断するときは、性格が加わるから結論が分かれるかもしれないけど」
「ルカはおまえにとって理想だった?」
「うん、そうだね。抑圧されていた自分を解放したいという願望から生まれたものだから」
遥は無意識に左頬に触れた。今は見えない傷がそこにあった。あのときの痛みは一生忘れないだろう。
「なら、どっちもいっしょじゃないか。遥でもルカでもいいよ。今度は遥で理想に近づけばいいんじゃないか?」
「ショウ……」瞬間的に胸が熱くなった。彼はいつも、自分が欲しい答えをくれる。
「でもそれでいいの? ショウだって本当はルカのほうがいいでしょ?」
遥の問いに対してショウが困惑したのは、別次元の問題からだった。
「あ、いや、どっちでもいいんだけど、一つだけ問題が……」
「なに?」
「……マルにまたなんか言われる」
遥は噴出した。
「たしかに言われそう。変態ランドじゃなくてハーレム・ランドとか」
「ヤメテくれ。マジでやめてくれ」
小吉は頭を抱えた。
「そうはいっても、わたしが遥のまま戻ればその誤解は解けないんじゃないかな。マルだけじゃなくてシーナも絡んできそう」
「うわぁ……」
容易に想像がつく光景だった。
遥は頭を抱えるショウが可笑しくて笑った。
「大丈夫、わたしはショウに迫ったりしないから」
「え?」
「ショウはわたしをルカとして見ているのを知ってるから。姿は変わったけど、ルカとして扱ってくれればいいよ。もちろん、ショウのほうから迫ってくるなら歓迎するよ?」
「はは……」
乾いた笑みしかこぼれない。
「今はまだ冒険仲間でいようよ。長い冒険の果てに何かが変わるとして、そのときの問題でいいと思う。わたしもやっぱり、理想になりたいから」
「うん。改めてよろしくだ」
ショウから差し出された手を遥は握り返した。
「よろしく。まずは早くマルマに帰ろうね」
「みんなが待ってるしな」
だが、二人がマルマに戻るまでには思った以上の時間が必要とされた。ショウが再びマルマの地を踏んだのは、『緋翼』の脅威がギザギ国を包んだ後である。
彼が戻れなかった原因は、召喚術者アリアド・ネア・ドネにあった。
ギザギ十九紀14年12月10日8時、王都オースムの自宅で朝食後のお茶を飲んでいたアリアドは、憲兵隊に取り囲まれた。
「異世界召喚庁長官アリアド・ネア・ドネ殿、貴殿には国家反逆の嫌疑がかけられています。ご同行願いましょう」




