40 黒い魔女
ギザギ十九紀14年12月7日6時、ボダイ異世界人管理所に集合したショウたちは、二つの状況に困惑した。
一つはルカが来ないことである。同じ宿に宿泊していたマルに確認を取ったが、ルカに声をかけることもなく一人で来たため遅刻の理由はわからなかった。おそらく寝坊であろうとショウたちは重く考えなかったが、仕事を紹介してもらう立場としては申し訳がない。早く来てくれ、と祈るだけである。
もう一つの問題は、その仕事を紹介する側のレックスまでがいないのである。彼だけではなく、異世界人管理局専属召喚労働者・第4小隊の全員が外へ出ていた。
「1時間ほど前に旧市街で爆発事故がありまして、守備隊より援助を求められて出ていきました」
管理所職員エスポワが不安げな顔で説明した。
「大丈夫なんですか?」
ショウのあいまいな質問にエスポワは首を振った。たとえ明確であったとしても、動作は変わらなかったであろう。
「わかりません。詳しい情報は何も入ってこないものですから」
「そうですか。……ゲンは?」
「彼もレックスさんたちといっしょに行きました。人手はいくらあってもいいだろうということで」
「なら、オレたちも行くべきか? こんな状況じゃ仕事どころじゃないし、怪我人がいるならシーナとルカが役に立つし」
「そのルカがこねーじゃん」
マルがショウに指摘する。
「そうだった。まずはルカを連れてくるか。オレ、ちょっと行ってくる」
「わたしも行くよ。なんかあれば連絡係も必要でしょ?」
シーナの申し出に、ショウは「頼む」と応えた。
外へ出ると、通行人の目が東にそそがれているのがわかった。ショウたちも見上げる。細く煙が上がっているのがわかった。かなり離れており、外壁沿いではないかと思われた。
「まだ燃えてるのか」
「火は見えないね。下火にはなってるんじゃないの?」
「それならいいけど」
ショウはいつまでも見ているわけにもいかず、大通りを南に走った。シーナも慌てて追う。
数分後、二人は息を切らせながらも古ぼけた宿についた。ルカの部屋は二階の通り沿いにあり、窓が開いているのが見えた。人影はない。
「開けっ放しで寝てる、ってわけじゃないよな」
この寒さでは自殺行為だ。
二人は不安に追いやられるように階段を駆け上がった。
「ルカ!」ショウは激しくノックする。返事はない。ドアノブを回すと開いた。
ますます不安になりながらショウは部屋に飛び込んだ。
「いない……?」
狭い部屋である。家具はベッドしかない。その上にも下にもいない。荷物は置きっぱなしであった。
「トイレかな?」
シーナのつぶやきに、「それだ」とショウは階段を駆け下りていった。が、そこにも誰もいない。
「おい、うるさいぞ。廊下を走るんじゃない」
宿の主人が騒がしい客を叱りつけた。
「すいません、ルカを見ませんでしたか? オレの連れの異世界人です。銀髪で長身の……!」
「今日は見とらんな。昨夜9時ごろに、黒髪の少年と部屋に上がって以降は会っとらんよ」
老主人はカウンターの鍵を確認したが、返却はされていない。
「食事のあとマルと戻ったのはたしかか。それからどこへ行ったんだ?」
「わかんないよ。寝坊して、慌てて鍵もかけ忘れて出ていったとか? もっかい部屋を見てみようよ」
シーナの意見に従い、二人はまたルカの部屋に戻った。
部屋の鍵はベッドの枕元にあった。が、ない物がある。
「弓が見当たらないな」
「矢筒もないよ?」
「仕事に行くのに持ち歩きはしないよな。アカリみたいに早朝練習とか?」
「ルカってそういうイメージないけど。場所もなさそうだし」
「だよな」ショウは大きく息を吐いた。まるで見当がつかない。仕方なく、管理所に戻ることにする。もしかするとすれ違いになってる可能性もある。
部屋の鍵をかけ、宿の主人に返却してから外へ出た。
通りは人が増え、走りづらい。通行人というよりも、見学人が多い。事故現場には近づこうとせず、煙の上がっている原因について勝手な憶測が飛びかっていた。
ショウとシーナは耳に入ってくる話の断片をかき集めながら、管理所へと走った。
「さすがにツライな、これ……」
ショウは管理所の前で深呼吸を何度もする。息はまだ整わない。
「まったくだよ。こんな全速力、久々……」
シーナは膝に手を当ててゼーゼーいっている。体力がついたとはいえ、短距離走の速度で数分走るのは無理がある。
ヨロヨロと管理所の扉を開ける。出迎えたのはアカリとマルとエスポワだけであった。ルカの姿はない。
「戻ってないか……。宿にもいなかった。荷物はあるけど、弓矢がなくなってた」
「お疲れ。町の外に狩りにでも行ったとか?」
「さすがにそれはないだろ」
アカリの推測にショウは苦笑した。アカリも思いつきの冗談なので、「そうよね」と笑う。
「ルカもいないし、レックスさんたちもいない。どっちにしろ、探すなり手伝うなりしないとな。事故現場に行ってみようか」
「そうね。もしかしたらルカもヤジウマで現場にいたりしてね。興味があれば飛び出していきそうだし」
「あながち否定できない……」
ショウはまた苦笑を漏らし、仲間を伴って管理所を出ようとした。
「旧市街は危険な人も多いので気を付けてくださいね」
「危険な人?」
エスポワに注意を喚起され、一同は振り返った。
「はい。あの、旧市街とは言っていますが、その、あのあたりは……」
彼女の様子にショウたちはなんとなく察する。ナンタンで言うところの『外区』なのだろう。
「わかりました。ありがとうございます。気を付けて行ってきます」
彼らは外へ出るとエスポワの忠告に従い、いったん装備を取りに戻った。鎧までは身につけなかったが、ショウとシーナは剣と革兜を、アカリは弓を持っていく。マルは「魔法あるしー」と武器の携帯はせずに外で待機していた。マルの宿まで戻るのが面倒だったという側面もある。
現場に近づくにつれ、人が増えていく。ヤジウマもそうだが、怪我人や医療チーム、救助隊に原因を探る守備隊などが入り乱れている。
「レックスさん!」
ガレキの撤去をしている彼を発見し、ショウが声をかけた。
「ショウくん? ここは危険だ。管理所に戻って」
手で押しのけるようなしぐさで、レックスはショウたちに注意する。
「いえ、手伝います。シーナは【治癒】魔法を使えるし、アカリも応急手当ならできます。オレたちだって力仕事くらいはできます」
「……そうか。人手はいくらでも欲しいところだ。シーナくんとアカリさんは医療チームを、ショウくんとマルくんはこっちを頼む」
「はい」
ショウのチームは男女に別れて持ち場についた。別れ際、シーナはかぶっていた兜をマルに投げる。現場作業に必要と考えて持ってきたものだ。災害現場でヘルメットは最低限の用意である。
「これ、爆発なんですか?」
ショウが指定されたガレキを撤去しながらレックスに訊いた。勝手な場所に手を出すと、崩落の恐れがある。
「らしい。住民の話によれば、突然、中から爆発して周辺を吹き飛ばしたそうだ。かなりの怪我人が出ているようだ」
「そうですか……」
「怪我人の話から、この奥に一人いるらしい。その救助のためにこうしてガレキの撤去作業をしているのだが……」
レックスは言葉を切った。ショウは聞かずともわかった。この状態では、おそらく生存は見込めないだろう。
その予測は的中し、8時46分、一人の男性の遺体が発見された。
「これでいったん作業は中止だ。みんなは休憩をしていてくれ。今後の方針を話し合ってくる」
レックスは疲労を隠して指示を出す。努力むなしく、人を救えなかった悔しさがある。だが小隊のリーダーとして、つねに冷静でいなければならなかった。
ショウたちは従い、医療チームのテントで休憩を取った。ショウとマルの他に第4小隊のタカシたち3名と、治療も落ち着いたのでアカリとシーナ、それとゲンシローも合流している。
「朝から大変でしたね」
ショウがタカシたちに話しかけた。黙っていると気が滅入りそうになる。
「まったくだよ。寝てたらいきなり守備隊に叩き起こされて、説明もなく現場だぜ? 見ろよ、靴下なんか左右で違うの履いてるよ」
タカシがブーツを脱いで見せた。
「履く余裕があっただけマシだろ」
ジューザは素足にブーツである。
「結局、原因はなんだったんです?」
「まだ調査中じゃないか? 突然の爆発とか言ってたけど、この世界でそれってあんのかよ?」
タカシが首を傾げた。ショウもその点は同意だ。ガスでも使っていればあるいはと思うが、この世界では信じがたい。
「廃墟同然で不衛生だったんでしょ? ならガスでも溜まっていて、それが引火したとか」
アカリが名推理を披露する。一部に「おー」と拍手が起き、「ヤメロっ」とアカリがツッコむ。
「ま、この世界なら爆発でもっとも想像しやすいのは爆発系魔法だろうな」
ジューザのその推測は支持を得なかった。
「場所を考えるとないだろ」
タカシがジューザに応じた。
「ないな」ジューザもありえないと思いつつ発言したので、首をすくめた。
「そんな上級魔法を使えるヤツがこんなところへ来るわけがない。なんかの闇取引でもしていて、もめたとか証拠隠滅とか、そんなのでもないかぎりはな」
「ないない。このあたりはガキばっかいたところだろ? 大人はあの亡くなった人しかいなかったみたいじゃないか」
「そうなの? 医療テントに来たのって、大人もたくさんいたけど」
シーナが首をかしげた。
「ああ、そりゃアレだ。救護にカコつけて、無料で診療を受けたいヤツらがわざとケガして押しかけてきたんだ。外傷ついでに病気も治してもらおうってハラだな」
「え、そーなの!? わたし、マナを使い切るまでがんばったのに!」
「医療費も安くないからな。さらにいえば、この辺はいわゆるスラムだ。こういうチャンスは逃せないだろうよ」
「そっかぁ……」
シーナは残念だった。小さな女の子が、怪我を治したときに笑顔で「ありがとう」を言ってくれた。その笑顔すらが嘘であったとは思いたくはない。
「みんな、待たせたな」
レックスがテントに入ってきた。
「うちの作業はこれで終了となった。あとは守備隊がやるそうだ。解散して休んでくれ。お疲れ様」
全員で「お疲れ様」を唱和して、立ち上がった。
「ショウくん」
「はい」
個人的に呼ばれ、レックスのもとへと近づいた。
「ショウくんのチームもちょっと来てくれ」
シーナたちは首をかしげながらも、テントを出るレックスを追った。
「なんです?」
「現場から少し離れたところで、病人がいると連絡があった」
「はい」
ショウたちはまた不思議がる。これだけの事故だ。あとになって発症する件もあるだろう。それが何だというのか、レックスは説明もなく黙々と歩いていた。
レックスは100メートルほど離れた別の医療テントの幕を開けた。
「ルカ!?」
ベッドに寝かされていたのは、ルカ本人に間違いがなかった。
「意識がなく、呼吸も荒く、熱も高い。いくつかの魔術的治療を試みたのだが、回復しないらしい」
「どうして……」
「それは本人に聞くしかない。ここに置いておくわけにもいかないのだが、どうしたものかな」
「病院ってあるんですか?」
「あるが、病院でできる治療はすでにやってもらった。あとはより高位の魔術治療しかない」
「どこでなら受けられます?」
「もっとも近いところで西のナンオーだな。ナンタンでも受けられるが、遠すぎる」
「サウス領主のいる町ですね。馬車の手配、頼めますか?」
「いや、待て。おそらく、行っても無駄になる」
「どうしてです?」
ショウはレックスを挑むように見た。
巨漢の戦士は、一回りも小さな少年に困惑の表情を浮かべた。
「……そういう高位治療には大金がかかる。おそらく金貨100枚は下るまい」
「100枚!」
「さらに言えば、異世界人にはそんな治療は受けられないだろう」
「異世界人だから……?」
ショウはその言葉を飲み込むのに数秒を必要とした。
「そんなバカな、異世界人だからダメなんて、そんなの……!」
「それが現実だ。オレたちの世界だって、金がなければ受けられない医療というものがある。誰でも無償で助けられる世界はないんだ」
「でも、それでもお金が集まれば受けられるじゃないですか! 人種差別で受けられないなんておかしいですよ!」
掴みかかってくる少年に、レックスはうなだれる。取り乱す少年に対してかける言葉もない。
「……こいつ、いいヤツなんだ。大食いで、何を考えてるかわかんないとこあるけど、いいヤツだ。オレを探して山の中を駆け回ったり、馬を飛ばして会いにきてくれたり、あのときだって、こいつがいなかったらどうなってたか……!」
ショウはゴブリン掃討作戦を思い出す。ハリー・ガネシムと直接対決となったとき、ルカが割り込み脅迫をしなければ、勝っても負けてもショウに未来はなかった。その一事だけでも、ショウはルカに大きな借りがある。
「……そうだ、あいつを頼ってみよう」
ショウはレックスを解放し、つぶやいた。
「誰?」
シーナが心配そうに問う。
「ハリー・ガネシム。あいつなら、顔が利くだろ?」
「たしかにね。でも、お金は?」
アカリはいい案だと思った。ハリー・ガネシムはサウス領主近衛騎士長を務める父を持つ。信用性も財力も申し分ない。もっとも、その権威が三男坊のハリーにも備わっているかはわからない。
「ハリーに借りる。あいつの従者でも何でもやって、必ず返す」
アカリたちにいいイメージは湧かない。が、他に選択肢があるとも思えなかった。
「……そうね、まずはルカを助けてから考えましょう。レックスさん、馬車を頼めますか?」
アカリが大男を見上げる。硬質の顔が戸惑いの影を漂わせている。「お願いします」とアカリが頭を下げると、レックスは大きく息を吐いた。ショウの行方不明以来、また彼女のこのような顔を見るとは思いもしなかった。
「……わかった。全員、行くのか?」
レックスがショウたち四人を見回す。ショウとアカリはもちろん、シーナもマルもうなずいた。
「なら、二台頼むとしよう。大きめの寝台付きがいるな。費用はかかるが……」
「かまいません」
「ナンオーまで三日として、御者付き二台、三日間専有だと金貨1枚はいるだろう」
「大丈夫です。すぐに現金で用意してきます。みんなも荷物を持ってここに集合だ」
ショウがシーナたちに指示を出す。
仲間たちは了解し、急いで準備にかかろうと天幕を開いた。
「ここに銀髪の少年はいるかね?」
ボダイ守備隊兵士長コッパーの分厚い壁があった。数人の武装兵を連れている。一様に顔がこわばっていた。
「ルカのことですか?」
正面にいたショウが訊ねた。
「名前は知らんが、彼に用がある」
「ルカは今、病気で寝ています」
「ふむ。だが、それですむ問題ではないのでな、連行させてもらう」
コッパーがショウを押しのける。
納得できないショウは立ちふさがった。
「何がなんだかわかんないけど、ルカは動けないんだ! これからナンオーまで連れて行って治してやらなきゃいけないんだ!」
「ナンオー……? それはできない。彼には事情を聴き、潔白が証明されるまではとどまってもらう」
「潔白?」
「そうだ」コッパーは部下が持っていた黒塗りの弓と鋼鉄の矢をショウに見せた。
「目撃証言がある。爆発事故前、この弓を持った銀髪の少年がこのあたりにいたと。そしてこれは、死んだ男のそばにあった」
「……!」
「異世界人ルカを、殺人の容疑で逮捕する」
事故についての詳細な報告書がレックスに届いたのは、夕方に差し掛かるころであった。本来ならば一異世界人である彼に報告の義務はないのだが、コッパーの善意でそれは送られた。この事件に異世界人がかかわっていると視られるのも、要因の一つであろう。
爆発事故が起きたのは明け方前の4時30分ごろ。旧市街の三階建ての廃屋で、発光と轟音が起き、建物が崩壊した。その余波で周辺の建物にも被害がまわり、計5棟に及ぶ大小の家屋破壊が起きた。
住人は違法滞在者ばかりで子供が多かった。聴取した全員が親を持たず、コミュニティを作って生活していた。
唯一の死者は、中年の男性で身元は不明。体の前面がほぼ炭化しており、中心部の爆発の酷さを物語っていた。
正確な情報とはいえないが、この男は周辺の子供を使って金を稼がせていたとの噂もあり、証明するように崩落した建物からは多くの財布や貴金属が見つかっていた。
「これが本当ならば、クズが一人死んだというだけだな。恨みを買って殺された線が強い」
レックスは居並ぶ異世界人仲間に、吐き捨てるように言った。異世界人管理所の一階待合室は、ルカの無実証明対策本部と化している。
「これにどうしたらルカが関わるってのよ? この町に来たばかりよ?」
アカリが苛立ちをぶつける。
「弓と矢が出たのが問題だな。しかも本人も現場近くで発見されている」
「だからって犯人扱いはないでしょ!? だいたい、どうやって爆発なんて起こすのよ! 爆薬を持ってるわけでもないのに!」
「そうだな。それが唯一の突破口だろう。よしんば殺すとしても、弓を持っていたなら使うはず。証拠だって残すわけがない」
「でしょ?」
アカリはレックスの考えを全面的に支持する。シーナたちも納得だった。
「あれじゃね? 宿で寝てたときに泥棒でも入って弓矢を盗まれたとか。んで慌てて追ったらあの場所で、取り返したあと爆発に巻き込まれた」
マルが鼻をほじりながら適当に言った。彼は端からルカを疑っていない。
全員が「それだぁ!」と黒髪の少年を指さし、マルは驚いて人差し指を鼻の奥に刺してしまった。
「そうだよー。それが一番考えられるって。窓も部屋の鍵も開けっ放しだったし、慌てて追いかけて閉め忘れたんだよ!」
シーナが手を叩いてマルの推理を後押しする。
「まぁ、想像だけでは解放はされんだろうが、話してみるとしよう。捜査の方向性も変わるかもしれない」
レックスは立ち上がった。わずかだが晴れやかな顔をしている。
「あたしも行くわ」
「わたしも!」
アカリとシーナも席を立った。
レックスは迷ったが、止めなかった。三人が管理所を出ていく。
「これで容疑が晴れるとしても、病気のほうは心配だよな」
タカシがマルに話しかけた。
「心配してもしょーがねーよ。全力で治すだけだ」
マルは痛む鼻を押さえながら答えた。
「あっさりしてんな」
「生死にヤキモキすんのは一度で充分だぜ。一度でも多すぎらぁ」
マルは血がついた人差し指を見つめて、不愉快な顔をした。
ルカが収監されているのは、管理所に隣接するボダイ庁舎の地下である。この建物の一階は守備隊の本部を兼ねており、地下は仮牢となっている。容疑者を収容する施設だ。
レックスたちはコッパーに面会を求め、さきの推測を伝えた。コッパーはいい顔をしない。所詮は憶測であり、越権行為でもある。二人の間に友誼はあるが、公務は別である。
「……だが、聴くべき点はある。男の検死報告もそろそろ届くはずだ。それ次第だな」
コッパーはため息を吐いた。
「ここだけの話、犯人が欲しいわけでもないのだ。死んだ男の評判がよくないのもあるが、旧市街の事件などどうでもよいと上から言われているからな。だからといって、手を抜いていては何のための守備隊かわからん」
「それはそうです。正義がなされないなら守備隊など必要ないでしょう。コッパーさんはそれを理解しています。だからこそ、自分はあなたを信頼するのです」
レックスはコッパーの眼を見て言った。
「こそばゆいことを言うな。その間違いを正したのはおまえだろうが」
レックスとコッパーはたがいに笑みを浮かべた。年齢差はあるが、公務を離れれば対等な関係である。
「……だが、正義というのも限界はある。特に人員と予算がな。小悪党までは裁ききれんという実情は隠せない。今回の被災者にスリや泥棒で手配されていた子供が幾人もいたが、いつまでも拘束できん。刑務所も手間を増やすなと文句をいうだけだ。困ったものだ」
「また農園送りですか?」
「そうだな。うちの田舎は万年人手不足だからな。凍えながら冬野菜でも作ってもらうさ」
レックスの柔らかい表情から、アカリとシーナは察する。その『農園』とやらは、それほど極悪の環境ではないのだろうと。更生施設のようなものかもしれない。
「そうだ、その子供の中に一人、やけに脅えているのがいたな」
コッパーは思い出して、あごに手を当てた。
「脅えていた?」
「証言も怪しいのだが、虚言と決めつけるのも難しいところだ」
「なんと言ったのですか? 話して都合が悪ければ聞きませんが」
「これもここだけの話だぞ? その女児は『黒い魔女を見た』と言ったのだ」
「黒い魔女……?」
「その魔女が建物を吹き飛ばし、男を焼き殺したそうだ」
「そんな証言があって、なんでルカが疑われるのよ!」
アカリが突っかかった。
「その証言をしたのが彼女だけだからだ。他の誰も見ていない。とっさの嘘か、夢でも見たのか、はっきりしないからだ。その点でルカは大勢に目撃され、凶器らしき物も残している。当然だろう」
「……っ」
アカリは反論がでなかった。
「その子に会えませんか? 話を聞きたいのですが」
「それはできない。君にその権利はない」
レックスの頼みをコッパーは強い口調で拒絶した。レックスも彼の立場を考え、それ以上の我を通せなかった。
シーナがそのやり取りを聞きながら、少し考える。
「……その子って、まだここにいるんですか?」
「地下の仮牢にいる。まだ取り調べは終わってないからな」
「ところで、ルカに面会ってできます? ショウも戻ってこないし、いっしょだと思うんですけど」
シーナの話は跳びすぎて戸惑ったが、コッパーは生真面目に答えた。
「ああ、ショウくんはルカについたままだよ。病状に変化はないようだ。……そうだな、少しの時間なら面会を許そう」
「ありがとうございますっ」
シーナは満面の笑みで兵士長にお礼を言った。コッパー直筆の許可証を受け取ると「じゃ、行こうか」とアカリとレックスをうながして執務室を出る。
「ちょっとシーナ、もう少し粘ってからでもいいじゃないっ。このままじゃ――」
「だから話を聞きに行こうよ。その子もルカも地下にいるんでしょ?」
「あ……」アカリとレックスはそれに気づいた。
「たまたまルカの近くにその子がいて、なんとなく雑談したって大丈夫でしょ? 面会許可はとってるし」
「あんた、だんだんショウ並みに小ズルくなってきたわね……」
「そりゃカノジョだもん、似てくるよ。でもね、あのコッパーって人、わかってて許してくれたんだよ。そういう顔だったからね」
シーナの言葉に、レックスはありうるなと彼に心の中で感謝した。
地下牢を見張る兵士に許可証を渡し、扉の鍵を開けてもらう。
廊下に沿って牢が並んでいた。鉄格子の奥に、軽犯罪者もしくはその容疑者が捕らわれている。冷たい石壁・石床に薄っぺらい麻の布団、隅にトイレ桶がある。仮牢といえど、牢に違いはない。
ルカは二つ目の牢にいた。さすがに病人とあって石床に直接寝かされてはいなかった。木箱を並べただけのベッドに、運ばれた時の担架のまま横にされ、薄汚れた毛布を掛けている。荒い息遣いが鉄格子越しにも聞こえた。ショウはそんなルカの手を握り、ずっと見つめている。
「ショウ」
シーナが呼びかけると、彼は顔を上げた。
「シーナ。アカリにレックスさんも……」
ショウは立ち上がりかけたが、ルカの手を離さず、また膝をついた。足が痛いと、このときはじめて気づいた。ルカが運ばれてからずっと同じ体勢でいたのが原因だ。
「どうなの?」
「ずっとこのまま。苦しそうなんだけど、何もしてやれない……」
ショウは床に置いた洗面器にタオルをつけて絞り、汗を拭い、額に置く。
「水もそろそろもらわないとな」
水差しを確認してショウはつぶやいた。
「わたしが魔法で出すよ」
シーナが申し出るが、ショウは首を振った。
「ここのエリアは魔法が封じられてるらしい。脱走防止だと思う。悪いけど、衛兵に言ってもらってきてくれないかな」
「うん、わかった」
シーナはショウから水差しを受け取り、外への扉を叩いて事情を説明した。
「ショウ、ごめん。のんびりできないから、ちょっと話してくる」
アカリはショウにあやまって、廊下の奥を見た。
「話?」
「説明もあとで。レックスさんもいっしょに」
アカリに従って、レックスも廊下の奥へと進んだ。
ルカの牢から三つ目。子供が数人固まっている。小さい子は幼児ほどで、大きくても小学生高学年くらいだろうか。その中に、一人だけ蒼白な顔でうずくまっている女の子がいた。シーナの財布を盗んだ子だった。
アカリは「黒い魔女」と一言ささやいた。それに過敏な反応を示したのは、その女の子だけだった。
「ねぇ、黒い魔女のことを聴かせて」
少女は頭を抱え、耳どころか体ごとふさぎこんだ。
「お願い、聴かせて。そうしないと、あたしの友達が逮捕されて無実の罪で捕まっちゃうの」
少女は動かなかった。
周囲の子供たちは少女と赤毛の女を見比べ、仲間を守る選択をした。二人の間に壁となって立ちふさがる。
「ロニは何も見てないよっ。何もしてないよっ。帰れっ」
もっとも年上らしい少年がアカリを睨んだ。
アカリはどうしたものか困り果てた。襟首つかんで吐かせるわけにもいかないし、子供の扱いも苦手だった。
「いやー、嫌われまくってますなー」
ショウに水差しを渡しながら、シーナが笑っている。
「じゃ、あんたが何とかしてよ」
近づいてくるシーナにアカリは口を尖らせた。
「子供の心をつかむのは、いつだってこれっ」
シーナはお金を入れているウエストポーチから、財布以外の包みを出した。それを少年に差し出す。
少年は怪しみながらもひったくり、包みを開く。飴玉やクッキーなどのお菓子だった。子供たちは我さきに奪い合う。
「……あんたさ、一人でこっそりあんなの食べてんの? そりゃ太るわ」
「食べてないよっ。ショウとルカへの差し入れだったんだよっ」
「ふ~ん……」
アカリの目は冷ややかだった。
シーナはアカリの視線から逃げるように少年に話しかけた。
「少年、実はもう一包みある。絶対にロニちゃんは傷つけないから、話だけさせてほしいの。キミが仲間を守りたいように、わたしにも守りたい人がいる。わかってくれないかな」
「でも……」
飴を噛み砕きながら、少年は守るべき少女を見た。
「ロニちゃん、お願い。助けて」
シーナはまっすぐロニに訴える。彼女はお菓子にもつられず、頭を抱えたままだった。聞こえているのかもわからない。
しばらく経っても少女は動かなかった。
シーナたちはあきらめた。無理強いはできない。買収も失敗では、手も足もでない。
シーナはお菓子入りの袋を少年に渡して、立ち去ろうとした。
「待て」
少年は袋を開け、飴を一つ取った。「ロニ」と呼びかけ、彼女が少年を見た瞬間、口に飴を押し込んだ。
少女は吐き出してもよかった。だが、その甘露は抗いがたかった。こんな甘くておいしいものがあるのを少女は知らなかった。涙さえ出てきた。
「……おいしい」
「まだあるぞ。おまえが話せば、このねーちゃんはきっとまた持ってきてくれる。なっ?」
「もちろんだよ。一人に一袋持ってくるよ」
シーナの言葉に周囲の子供たちのほうが盛り上がる。「ロニ、話しちゃえよー」という無責任な声さえ起きる。子供って恐ろしいとアカリは思った。
ロニはあきらめたのか、飴玉に負けたのか、口を開いた。
「……わたし見たの。黒い髪の女の人が叫んで、お父さんに火の玉をぶつけたの」
「お父さん!?」
その単語にシーナたちは驚く。この子たちに身内はいないのではなかったか。
「本物じゃないよ。あの男がそう呼ばせていただけだよ」
少年が補足する。その口調は吐き捨てるようであり、好意的ではなかった。
「そこに銀髪のお兄ちゃんはいた?」
「うん、いた。わたしがお父さんに怒られていると、お兄ちゃんが弓を持って入ってきて、お父さんとわたしを引き離したの。それで奥へ行けと言われたから、わたしは部屋を出た」
「ルカがこの子を助けたってこと?」
アカリはシーナとレックスを見たが、二人にもわかるわけがなかった。
「でもわたし、そっと中を見てたの。お兄ちゃんとお父さんは怒鳴りあって、わたしは怖くなって目をつぶって耳をふさいじゃった。少ししてお父さんの悲鳴が聞こえて、また中を見た。そしたら、黒い髪の女の人がいたの」
「……?」
シーナたちは顔を見合わせる。話が飛んでいるようだ。
「えーと、お兄ちゃんは部屋を出ていったの?」
「知らない。わたしが覗いていた扉からは出ていっていないけど、お兄ちゃんが入ってきた窓は開いてたから、そこから出たのかも」
「出ていくのは見てないわけね?」
アカリはつい詰問調で少女に訊いていた。ロニが怯える。少年がまた立ちふさがった。
「アカリ、後ろにいて。アカリの目、ただでさえキツイんだから」
「……」
アカリは言い返したいが、この場は我慢しておとなしく下がった。
「ごめんねー。あのお姉ちゃん、目つきは悪いけど、優しい人だから大丈夫だよ。異名は怖いけどねー」
「くっ……」『赤い殺人女王蜂』と呼ばれる赤毛の少女は、こぶしを震わせつつも耐えた。
「それで、やっぱり出ていくところは見てない?」
「うん。見たときにはもういなかった」
「弓と矢は? 部屋に残ってた?」
ロニは天井を見て考え込んだ。
「……あ、あった。うん、あった。床に落ちてたっ」
「どういうことよ? 帰ったにしても、弓を置いていくわけないわよね?」
アカリがつぶやく。シーナも全面的に賛同するが、少女が嘘をついているようには思えない。
「それで、どうなったの?」
「話したとおりだよ。黒い女の人が、魔法を使ってお父さんを襲った」
「そのとき建物が壊れたの?」
「そう。わたしが怖くて叫ぶと、その女の人がこっちにきて、それで……!」
「どうしたの?」
「わかんない。起きたらベッドで寝かされてた」
「その女が助けたのかしらね」
「たぶん……」
アカリもシーナも憶測で語るだけだ。
「……その女の人の容姿は覚えているかい?」
今まで黙って話を聞いていたレックスが質問した。話のつじつまはともかく、その魔女を探せば答えが見つかるはずだ。
レックスの巨体に脅える少女。少年だけではなく、アカリもシーナもロニの盾になるように視線を遮る。レックスは「すまん」と少女の死角になるよう、隣の牢のほうへ移動した。
「お姉ちゃんくらいの年で、肩までのまっすぐな黒い髪をしてて、背はお姉ちゃんくらい」
初めの『お姉ちゃん』はシーナ、次の『お姉ちゃん』はアカリを指さす。年齢的にはシーナとアカリは一つしか違わないが、より若く見えるのはシーナのほうだった。童顔ということだろうか。背はアカリのほうが低い。
「それと、左のほっぺたに傷があったよ」
自分の頬を指でなぞる。かなりの長さがあった。
「想像する魔女と違う。もっと年がいってるかと思ってた」
「おとぎ話の老婆みたいな?」
シーナの感想にアカリが応える。「うん」とシーナはうなずいた。
「ともかく、顔に傷があるとわかっただけ収穫だね。魔法でも治せなかった傷ってことでしょ? これは有力情報だよ」
「そうね。結局、ルカがどうなったのかわからないけど、少なくともその男に手は出さなかったんだからよしとしましょう」
「だね。……お話ありがとう。明日また、お菓子持ってくるね」
シーナは手を振って子供たちの牢から離れた。「絶対だぞ!」と口々に言われ、「絶対ぜったい」と応える。
「ショウ、聞こえた?」
ルカの牢の前で足をとめ、アカリが声をかけた。
「うん。ルカがどうしてそこへ行ったのか、いつ帰ったのかはわかんなかったけど、人殺しじゃなくてよかった。問題は、それを信じてもらえるかだけどな」
「そうよね」
その点では、心配事は一つも解決していない。その魔女が実在するとして、どうやって捕まえればいいのかもわからない。
外へつながる扉が開いた。長居をしすぎて、兵士が連れ出しに来たのだろうかと皆が思った。
しかしそれ以上の結果が待っていた。扉の向こうにいたのは兵士長のコッパーだった。
「レックス、ルカの容疑が晴れた。男の遺体に矢の痕跡はなく、矢のほうも血痕などは残っていなかった。なぜ現場近くにいたのかという疑問は残るが、釈放だ」
「よっしッ!」
ショウは思わずガッツポーズをとる。アカリもシーナも、レックスもそれぞれに歓喜した。
「それじゃ、ルカを早くナンオーへ連れて行かなきゃ。レックスさん、馬車の準備を頼んでいいですか?」
「それには及ばない」レックスが応える前にコッパーが遮った。
「今回はあらぬ疑いをかけ、迷惑をかけた。その詫びとして、友人の司祭に治療をしてもらえるよう話を通した」
「本当ですか!? それじゃ気が変わる前にお願いしよう! それで、いくらかかりますか?」
ショウは顔を輝かせて飛びついた。
「金はいらん。受け取るつもりはないと言ってくれた。持つべきものは友だな」
「それはすごく助かるけど、でも……」
さすがのショウもそこまで図々しくはなれない。
「厚意は素直に受けなさい。あとで何か言われたら、そのとき考えればいいの。今はルカが優先よ。このチャンスを逃すわけにはいかないでしょ」
「……そうだな。お願いします。ルカを助けてください」
コッパーは後ろに控えさせていた兵士たちにルカの搬送を命令した。
ついていこうとするショウたちを、コッパーが止める。治療は庁舎の上階で行うので、異世界人の入室は不可だという。
ショウは食い下がるが許しはおりず、一階のエントランス・ホールで待つしかなかった。
「なんだか騒がしいヤツらだったな」
奥の牢屋にいる少年が最後のクッキーを味わう。
「あ、そういえば」
「なんだ、ロニ」
「一つ言い忘れちゃった。あの魔女の服装、お兄ちゃんと同じだったって」
「いんじゃね、別に。解決したみたいだし。明日、菓子を持ってきてくれたら教えてやれば」
「そうだね。それでいっか」
ロニは口の中の飴玉を転がして微笑んだ。そして子供の記憶などお菓子の前には大した力は持たず、その事実が伝わることはなかった。
「まったく、冷汗が出たぞ。オレにこういう芝居は無理だとわかっているだろうに」
コッパーは彼女の案内をしながら汗を拭った。彼女の訪問も突然なら、うまく芝居をしろと言われたのも唐突だった。どうやら無事にこなせて安堵していた。
「まぁまぁ。あなただから彼らも信用したのよ? 他の人ではできなかったわ」
女性は意地悪く笑う。しかし、長く続かない。
「……それに、これは彼らのためだけじゃないわ。どうしても必要なのよ。本当は好きに生きててほしかったんだけど、そうも言ってられなくなってね。彼女の力がいるの」
「それは……?」
「ごめんなさい、今はまだ言えないわ。お父さんの親友だったあなたにもね」
「国政に関することなら仕方ないな」
コッパーは肩をすくめた。彼は一市民であり、この町の守備隊を仕切る程度の力しかなかった。彼女の権力と重責とは比ぶべくもない。
「国政ってわけでもないんだけどね。個人的にやるしかないのよ。これでおそらく、わたしは解任されるでしょうね。極刑もあるかな」
楽しそうに笑う彼女に対して、彼は顔を青くした。
「おい、何をする気だ!? オレはあいつの墓に誓ったんだぞ、おまえを守るってな」
コッパーは振り返った。白い衣装の女性は、長い金髪のなかで微笑んでいた。
「ありがとうございます。やっぱり故郷はいいわ、みんな優しくて。涙が出そう」
「答えになっていないぞ! 場合によってはこの先は進ませんっ」
「これは歴史の転換期。いつかは起きる終焉なの。それだけ」
「おまえ……」
コッパーは抜きかけた剣を収めた。
「だいじょーぶっ。『みんなで幸せになろうよ』がわたしのモットーなんだから」
そう言って、アリアド・ネア・ドネはウィンクをした。




