38 サウス領の東の終わりで
ギザギ十九紀14年12月5日夕刻、ショウたち一行はボダイ町に到着した。彼らが冒険者パーティーを組んで、初の野営を経験してから四日後である。
その間は各村との距離が短く、野宿をする機会はなかった。せっかく新たに買った防寒具は、今しばらく出番がなさそうだった。
二日前に停泊した村には異世界人管理所があり、異世界人管理局専属召喚労働者の第15小隊が駐留していた。誰一人見知った顔はなく、フリーのショウたちが請け負えるような仕事もなく、挨拶をして別れている。
それからさらに二日歩き、ここボダイ町に足を踏みいれたのだった。
ボダイは今までの農村とは違い、広さも人口も桁違いであった。ナンタンまでとはいかないが、サウス領では四番目に大きな町だ。北西は王都へ続き、東はトウタンに伸び、南はショウたちが歩いてきたナンタンへの細道、西へ進めばサウス領主・直轄の都ナンオーへとつながっている。
「ここがサウス領最後の町……」
ショウが立派な石の防壁に囲まれた町を見上げた。5メートルを超える壁が左右に延々と伸びており、要塞を思わせた。
「この町を越えたらイスト公爵領だよ。港町トウタンはイスト領でも東端だから、さらに先」
ルカが説明した。正確には、サウス領とイスト領の間に下級貴族の領土がいくつか挟まれている。
貴族にも派閥があり、大きく5つに分かれていた。四大貴族につくか、フリーでいるかである。領土が大貴族に近ければ近いほど去就ははっきりとしており、ボダイ町を越えても、すぐにイスト領主の勢力圏内というわけではない。が、そこまでショウに説明するのも面倒なので、ルカは単純化していた。
入町の許可を得るため20分ほど大門前で並び、あからさまに怪しむ衛兵に国内通行証と異世界人の証となるステータス・サークル――ショウはカード――を見せた。
「訪町の目的は?」
衛兵の目は疑惑に満ちていた。隠そうとする努力もない。
「旅の途中です。それと、この町にいる知り合いを訪ねてきました」
ショウは卑屈にもならず、怯えもせず、正直に話した。異世界人というので怪しまれるのはもう慣れていた。
「知り合いだと? 名前は?」
「異世界人管理局専属召喚労働者第4小隊のレックス」
「ああ」衛兵の声が露骨に変わった。表情すらも柔らかくなる。
「彼の知り合いなのか」
「後輩です。夏のゴブリン討伐の折にたいへんお世話になりました」
「そうか。彼は勲章を授与されるほどの戦士だからな。わかった、通ってよし」
衛兵が道を開けると、ショウは礼を言って門をくぐる。
「有名人だね、レックスさん」
「デカくてゴツくてイカついからな。目立つんだろ、あのおっさん」
マルが興味なさそうに言う。それに対してショウは「おっさんって年齢じゃないんだけどな」と苦笑した。正確には知らないが、せいぜい20歳半ばであろう。
「ショウも勲章を見せてやればよかったのに。きっと驚いてひれ伏したよ」
シーナが自分の胸元から赤いお守り袋を引き出す。それにショウの銀特等勲章が収められていた。
「こいつがレックスさんと同格に見られると思う? 『どこで盗んだ』って捕まるのがオチよ」
アカリが呆れて首を振る。ショウだけではなく、言い出したシーナでさえ、その光景が容易に想像できた。
長い石壁の門を抜ける。目の前に石とレンガで建てられた街並みが広がる。全体的に背が高いが、敷地面積は狭い縦長の家が多く見られた。正面に道幅の広い大通りがあるが、右に大きくカーブを描き、先が見えない。しかも、通りの入り口にも門があった。その他の道路は幅も狭く、アップ・ダウンありの複雑さで、馬車がすれ違うのすら不可能だろう。
「サウス領の東砦と呼ばれる所以だよ。大通りは『S字』をクロスさせた形で東西南北の門へとつながっているけど、その間にもいくつか門があるんだ。緊急時はそれを封鎖して敵の侵攻を防ぐんだよ。迂回路の横道は複雑な迷路状になっていて進行を鈍らせ、背の高い建物が多いのは上からの攻撃がやりやすいようにだよ」
「ああ、本で読んだことがある」
ショウは日本にいたとき読んだ、ファンタジー解説本・生活編建物項を思い出した。
「けどよ、ナンタンは広々として区画も整理されてたぜ?」
珍しくマルが鋭い指摘をした。新しい町に来て、興奮で脳が活性化しているようだ。
「人が暮らすにはあのほうが便利だからね。それに……」
ルカは口をつぐんだ。あまり面白い話ではないからだ。
「ルカ?」とショウに顔を覗き込まれて、ルカは続けた。
「……ナンタンの偉い人は内区が守れればいいんだよ。せいぜい中区までかな。外区に侵入されても住人が望まずも壁になる。その間に態勢を立て直せばいいんだ」
「なんだよ、それ!」
声を荒げたのマルだった。黒髪少年はそういう理不尽が許せないタイプだった。
ナンタン外区の住民は市民権を持っていない。ショウはそれを思い出し、ため息を吐いた。
「でも、そうはいっても壁はあるじゃない。本当にどうでもいいなら、壁なんていらないでしょ」
「そーだ、そのとーり!」
これもまた珍しく、アカリの意見にマルが激しく賛同する。
ルカは口を開きかけ、いったん閉じた。それから「そうだね。たしかにそうだよ」と何度もうなずいた。
ショウとアカリは、ルカが反論を飲み込んだのがわかっていた。わざわざ空気を悪くする必要を感じなかったのだろうと推測した。そのうえで、ルカが黙った理由を考える。胸の悪くなる想像だが、壁があることで住民は外へ逃げられない。その混乱すらが敵を堰きとめる防壁となるのだ。ショウは気分が落ち込みそうになり、かぶりを振った。
「それより、お腹すいたよー」
シーナが腹を押さえて訴える。このところ、彼女は食事の量が減っていた。しかも皆の荷物を少しずつ預かり、誰よりも多く背負っている。その理由は言わずもがなであろう。
彼女の能天気な欲望にショウは和んだ。
「まずは宿を決めよう。レックスさんにも会いたいけど、今日はパスだな」
この町のどこにいるかもわからない人物を探すよりも、一日の疲労を抜くのを優先する。レックスとの再会を強く望んでいるのは彼だけであり、顔見知りのシーナやアカリにしても最優先事項ではない。数日は留まる予定なので、その合間に会えればよいのだ。
宿場町なので大通りを歩いていれば宿は見つかるとルカに提案され、中央部に向けて歩く。彼は正しく、10分後には宿屋が並ぶ一角に到着した。建物が密集しているため厩も満足にないのか、玄関先に馬や馬車が適当につなげられている。その糞尿などで悪臭も漂っているが誰も気にしていない。これもやはり、お国柄というものだろう。
日も暮れかけている。酒場を兼用している宿では、すでに酔いの回った旅人たちで賑わっていた。
「そこ、なんか綺麗じゃない?」
シーナが指さす先に、他とは違う空気を出す宿があった。窓はすべてガラス張りで、1階は照明で溢れている。壁も看板も華やかだ。
「……どう考えてもオレたちが泊まれる金額じゃないだろ」
「やっぱり?」
ショウの感想にがっくりするシーナ。町に来た時くらいは、いいベッドで眠りたいものだった。
「あのへんが妥当じゃない?」
代わってアカリが別の宿を指す。4階建ての細長い宿だった。木造とレンガの組み合わせで、だいぶ古ぼけている。それでも客はいるらしく、ちらほらと木窓から灯りが漏れていた。
「選り好みできないしな。とりあえず行ってみよう」
ショウは先頭を切って玄関扉を開けた。目の前にすぐカウンターがあり、ドア連動のベルを聞いた主人らしき老年男性が顔を出した。宿と同じ年輪を感じる。
「いらっしゃい、泊まりかい?」
「はい、五人なんですけど」
答えるショウの顔を、主人はじっと見ている。
「……あんたら、異世界人か?」
主人の表情は曇っていた。
「え、はい」
「いや、客なら異世界人だろうとかまわんのだがな、金はあるのかい?」
「宿代を払えるくらいには……」
「そうじゃない。硬貨を持ってるのかってことだ。この町じゃほとんどの店で、あんたらの精算球とやらは使えないよ」
「そうなんですか!?」
ショウたちは素直に驚いた。ボダイはサウス領の、しかも大きめの町ではないか。村によっては使えないところもあったが、まさかこれだけの町で使用できないとは思いもしなかった。
「ここまで来る異世界人はあまりおらんからな。無駄な物を置いとく余裕はないんだよ」
「そっか。オレたちみたいに旅をする人なんてそうそういないよなぁ」
ショウの感慨など宿の経営者にはどうでもよい。
「で、金はあるのかい? 一人1泊5銀貨、前払いだよ。トイレは共用、食事もつかない」
「ちょっと待って。……みんな、硬貨持ってる?」
ショウは慌ててメンバーに確認をとる。ノサウス村を出る前にコーヘイから忠告を受けていたので、異世界人管理所で邪魔にならない程度の換金をしていた。実際、精算水晶球が使えない場所もあったので助かっていた。その残金があるはずだった。
意外と用心深かったのか、慣れない硬貨精算に余裕が欲しかったのか、全員が5銀貨以上所持していた。
「なんとか足りました」
安堵して、ショウが集めた25銀貨をカウンターに置く。
「そいつはよかった。全員、シングルでいいかい? 四人部屋を五人で使うなら、料金は四人分でもよいが」
主人の申し出に、またもショウは一同を見渡す。
「たまには一人でのんびりしてぇ」とマルが言い出し、アカリも「そうねぇ」と同意した。仲間といっても、常に一緒では気を張ってしまう。それはショウにもわかった。
「シングルでお願いします」
「わかった。2階の1から5号室だ。カギは持ち出さないこと。外出時はかならずカウンターに返却する。それじゃ、サインを」
台帳を出され、ショウが名前を書こうとした。
「ああ、そうだ。ワシは日本語の文字は読めない。マルマの文字は書けるかい?」
「あ、はい」
ショウはうなずき、カタカナで書いた『シ』を横線二本で消して、東方語で書き直した。語学勉強のたまものである。
次にシーナにペンを渡そうとすると、彼女はショウに手を合わせた。
「ごめん、書いてっ」
「あ、オレもっ」
マルも便乗する。ショウは仕方なく、シーナとマルの名前を記した。
「面倒だから、二人のもな」
ショウはアカリとルカの分も書き加え、台帳を主人に返した。
「異世界人管理所って、どこにあるかわかりますか?」
カギを受け取りつつ、ショウは主人に訊ねた。レックスに会うのもそうだが、精算球が使えないのならば換金が必要だった。
「町の中央だよ。行政庁舎と兵舎の間にある。出て左、通り沿いに行くといい」
「ありがとうございます。助かりました」
一同はカウンター脇を抜け、階段へと向かう。
「トイレは1階の突き当りだよ。夜10時から朝5時まではカウンターに誰もいなくなる。遅くなると部屋には戻れないからな。それと、盗難については保証しないよっ」
背中ごしに主人の注意が聞こえてきた。ショウたちは「はい」と答え、階段を上がっていった。
2階には部屋が7つあった。大通り側に4部屋、階段のある裏通り側に3部屋だ。裏通り面の左端が201号室で、時計回りに番号が増えていく。
「オレは裏側でいいや」
ショウが1番の部屋をとった。「じゃ、わたし隣~」とシーナが2番のカギを抜く。
「オレは賑やかなほうがいいな」
マルが5番を引き、「ボクも」とルカが204号室を選択。残った3番をアカリが取る。
部屋の造りはどこも同じで、木製ベッドと、通路と共用の狭いスペースがあるだけだ。窓は木枠で、カーテンではなく蓋をして明かりを遮るタイプだった。
試しにベッドに倒れてみたが、埃はたたず、寝心地も悪くない。寝るだけなら充分であった。
ショウはこのままひと眠りしてしまおうかと思ったが、その前にやることがある。
身一つで部屋を出て、各部屋をノックして回る。全員が階段前に集まったところで切り出した。
「これからちょっと管理所へ行って換金してもらってくる。初めての町で防犯も信用できないから、二人くらいは荷物番を任せたいんだけど」
「ならオレ残る。疲れたから町の見学は明日でいいや」
「お腹すきすぎて動きたくない……」
「あたしも休んでるわ。ついでに食事できるところを探してきて。お風呂屋も」
マル、シーナ、アカリの三人が待機を希望した。
ショウはルカと管理所へ向かった。
外へ出ると、日は完全に落ちており星空が広がっていた。月は細く、明かりとしては心もとなかったが、町の照明がそれ以上の輝きをもたらしている。
大通りとはいえ、道は曲線で伸び、先の見通しは悪い。さらには夕食どきで人の流れも多く、不慣れな二人は頼りない足取りで町の中心部へと歩いていた。
「そういや二人だけで街を歩くって、おまえが召喚された日以来だよな」
ショウはふと過去を思い出し、口にした。ルカは予想以上に驚いた顔をしている。
「……そういえば、そうだね。懐かしいな」
「懐かしいって、まだ半年も経ってないだろ」
「そうだけど、でも、懐かしいよ」
ルカは笑みを浮かべた。
「あの日はさんざんたかられたな」
「しょうがないじゃないか。無一文だったんだから」
今度は二人で笑った。
そんな二人に、屋台からの香りが届く。肉の串焼きのようだ。あのときも同じような物を食べた。
「今日はボクがおごるよ」
「夕食前だぞ?」
「あれくらいでお腹が満たせるの?」
「無理」
ショウが断言するとルカは屋台に近寄り、串焼きを二つ注文した。現金払いのみだったので、ルカは腰のポーチから硬貨を出して支払った。
「どうしたの?」
串を一本さしだしながらルカは訊いた。ショウの視線はルカのポーチにあった。
「いや、まだそれを使ってたんだなって」
「そうそう壊れるものじゃないからね」
「そうだな……」
ショウは串を受け取り、「ありがとう」と告げる。
「これ、以前はアイリって人が使ってたんだよね?」
「なんでそれを?」
ショウはルカを凝視する。そのウエスト・ポーチは、アイリという少女が三日間だけ所有していた。彼女は日本でやり直す意志を固め、マルマを離れて帰っていった。ルカがマルマ世界に来る前の話である。
「アカリから聞いたよ。彼女もときどきこれを懐かしそうに見るんだよね。今のショウみたいに」
「そっか。アカリにとっても大事な妹分だったからな」
「マルもシーナも知ってて、ボクだけ知らないんだよね」
ルカが不満げな表情を浮かべる。仲間はずれにされている気分だった。
ショウはルカがそんな顔をするとは思いもしなかった。可笑しくなって笑みをこぼす。
「マルは直に会ってるけど、シーナは会ったことないよ。……いや、見かけたことはあるって言ってたか。そんなに大した話じゃないけど、聞いておく?」
「うん。ショウはともかく、アカリとマルが気にかける人ってのは珍しいからね」
「たしかにそうだな。アカリなんて、彼女がいなくなって泣いたくらいだからな――て、これナイショだからなっ」
ショウは慌ててルカに口止めを頼む。話したことがアカリに知れたら、どれほど怒られるかわかったものではない。
「わかった、絶対に言わないよ」
ルカは串焼きをかじりながらうなずく。ナンタンでは味わえなかった香辛料が振りかけられていた。ピリッとした辛みと歯ごたえが若者には美味であった。
ショウはアイリについて思いついたまま話した。言葉にすれば短く、深い物語もない。けれど、ショウの脳裏に彼女の姿ははっきりと浮かんでいた。
「その手紙って、今も持ってるの?」
ルカがアイリの残していったそれについて訊ねた。
「いや、アイリが作ってくれた服といっしょにアキトシに預けてある。持ち歩いて何かあるとイヤだし」
「そう。……ショウは、彼女に会いたい?」
「会えるならね。……あ、でも、オレ会ってるな。山で死にかけたとき、日本でアイリに会ってるんだ」
「えっ?」
「東京のイベントでコスプレしててさ、楽しそうだったよ。もちろん、夢だけどな」
ショウは補足を忘れなかった。真実を告げてもルカは信じないだろうし、余計な混乱も避けたかった。
「ショウもそういう妄想するんだね」
「妄想ってなんだよ!?」
ショウがツッコむとルカは笑った。
と、人混みが多く、ショウは誰かと衝突した。小さな人影が走り抜けていく。
「すみません」とショウはその背中にあやまるが、相手はそのまま行ってしまった。
「ふざけて歩いてると危ないな」
「まったくだね」
ルカは自分の右手にある物をショウに差し出した。彼が硬貨入れに使っている布袋だった。
「え? なんで?」
「今、スられたんだよ。熟練の技だったよ」
「それを持ってるおまえはなんなんだよ」
「もちろん、取り返したんだよ。ショウもうかつに腰に下げておくものじゃないよ」
「う……、わかった。ありがとう……」
ショウは反省した。財布は重くかさばるのでポケットに入れておくこともできず、ベルトに縛り付けておいたのだが、まったく気づかずに盗られていた。
「ボクのようにポーチでも買ったほうがいいかもね」
「そうする。みんなにも忠告しないと。早速いい教訓になったよ」
ショウは生真面目に答え、硬貨入れを無理やりコートの内ポケットに収めた。
町の中心部には大きな噴水があった。ひときわ高い建物が並び、形も芸術性を感じさせるものが多い。もっとも大きな館にはギザギ国紋章とサウス家紋章の旗がなびいている。あれが行政庁舎であろう。となれば、その隣にある建物が目指す異世界人管理所である。
「ちっさ!」
庁舎の右隣、さらに右のボダイ守備隊兵舎に挟まれた建物は、ショウたちが泊まる宿よりも低く狭い建物だった。目印となる異世界召喚庁の旗が立っているので間違いはない。
「ともかく行こうよ」
ルカにうながされ、ショウは扉をノックして入った。重い木の扉が軋みながら開いた。
「すいませーん」
中は待合所のようで長椅子が並んでおり、奥にカウンターがある。無人だったが、壁の照明石は光を放っていた。
カウンターに近づき、呼び鈴を見つけて一度鳴らす。奥から「はーい」という女性の声がした。
「お待たせいたしました。異世界人管理所ボダイ支部へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」
オレンジがかった金髪の若い女性が、ハキハキとした口調で二人を迎えた。どことなくナンタン町の管理局員ツァーレ・モッラを思い出させた。
そんな想像に、ショウは一瞬遅れて彼女に応えた。顔が赤くなっている。
「えと、ナンタンから来ました召喚労働者のショウですっ。こっちがルカ。あの、換金っ、お願いできますかっ?」
「なんでそんなに動揺してるの?」ルカが不思議そうに訊くと、ショウは「べ、別にっ」と答えになっていない回答をした。
「それは遠いところをようこそ。はじめまして、二等事務官エスポワと申します。窓口業務全般を執り行っておりますので、御用の際はご遠慮なく声をかけてくださいね」
「は、はいっ」
ショウの返事は上ずっていた。ツァーレに対してもそうだが、彼は年上のお姉さん系に弱い。パーザ・ルーチンまでいくと、怖い女性教師を彷彿させられるので平気であったが。
ルカがじーっとショウを見据えている。呆れとも嫉視ともいえる眼である。
「おいくら換金いたしますか?」
「あ、はいっ。えーと、ルカは自分の分はいいよね? とすると、銅貨60枚と銀貨30枚を四人分で、240枚と120枚お願いします」
「はい。合計で12240銅貨になります。精算水晶球にお手をお願いいたします」
ショウが水晶球に手をかざす。チャリーンという音が鳴り、ステータス・カードで確認すると12240アクル減っていた。
「……カード、ですか?」
エスポワが不思議そうな顔をショウに向けた。
「サークルが壊れてて、このカードで代用してるんです」
「そうなんですね。失礼しました。カードを見たのは初めてなので……」
エスポワは謝罪し、硬貨の準備をした。カウンターに240枚と120枚の硬貨が入った袋が置かれる。
「すっげぇ重そうなんだけど……」
試しに240枚入りを持ってみる。思ったよりは重量を感じなかったが、軽いわけではない。ギザギ発行銅貨は一枚当たり2グラムほどで、日本の5円玉のおよそ半分の重さだ。これが240枚なので480グラムになる。銀貨は5グラムあり、100円玉とほぼ同じである。袋二つで1キログラムを超える計算だ。
「今回はいいけど、このさきは全額現金で持ち歩くしかないんだよな。けっこうしんどいな」
「そうだね。特にシーナなんて大変だろうね」
そういいつつ、ルカは意地悪く笑っている。
「このさきと言いますと、サウス領を出るのでしょうか?」
エスポワが差し出口と知りつつ声をかけた。もし知らないのであれば、教えておくべきだと思ったのだ。
ショウが「トウタンへ行きます」と答えると、彼女は自分の選択に安堵した。
「でしたら大丈夫ですよ。ギザギ国内の都市であれば、行政施設内に異世界人相談窓口があります。そこで換金も行えます」
「ホントに?」
「はい。役所では換金や各種申請などが行えます。トウタンにもありますので、ご利用ください」
「それは助かる。大金を持ち歩くのもけっこう怖いからな。ありがとうございます、エスポワさん」
「はい」
彼女はニッコリと笑った。ショウはまた真っ赤になった。
「キミはホントにすぐ顔に出るね」
ルカがあきれる。ショウは言い返すこともできない。
ごまかすようにショウはエスポワに質問した。
「そういえば、ここでも管理局印の道具って買えますか?」
「いえ、こちらでは販売は一切しておりません。申し訳ありません」
「わかりました、ありがとうございます。……帰りにポーチも探すしかないか」
「でしたらタウン・ガイドをお持ちください。優良な雑貨・飲食店、宿泊所の紹介をしておりますよ」
「至れり尽くせりだ……」
ショウとルカは小冊子を受け取る。記載されている店がメイン・ストリート部分だけで町全体をカバーしていないのは、やはり防犯のためであろうか。
「ナンタンでタウン・マップを作る試みがなされたと聞きまして、駐在の管理局専属召喚労働者の方たちが負けじと作成しました。お役に立てば幸いです」
ナンタンのタウン・マップを貼りだした張本人は、なんともむずがゆくなる。それがこんな遠方まで影響するとは思いもしなかった。
「駐在って、レックスさんたちですか?」
「はい。ご存じですか?」
「ナンタンでずいぶんお世話になりました。レックスさんに会うのも、ここへ来た目的の一つです」
「そうなんですか。ですが、本日は夜間巡回に出ていまして、明日の朝まで戻りません。あと一時間早ければ、間に合ったのですが……」
「そうですか。では、明日また出直して来ます。いろいろと情報をありがとうございました。失礼します」
ショウは頭を下げ、ルカとともに管理所を出ていった。
「そうえいば、ショウさんという名はどこかで……」
エスポワは首をかしげる。が、思い出せない。その彼女の正面の壁に、小冊子がぶら下がっていた。その表紙には『異世界人管理局便り』と書いており、『行方不明の召喚労働者、生還』の文字が躍っていた。
ショウとルカが宿に戻ると、二階の階段で顔をうずめて座り込む少女がいた。
「……シーナ?」
声をかけると彼女はガバッを顔を上げた。
「遅いーっ、お腹すいたぁ!」
「子供かっ」
ショウはツッコミつつ笑う。
「だって、ホントに遅いから心配だし、お腹は鳴るし……」
「わかったわかった。すぐご飯に行くからな。ルカ、悪いけど二人を呼んできて」
ルカは快諾し、ショウの脇を抜けて二人を呼びにいった。
「それじゃ、これ」
ショウは集合したシーナたち三人に、硬貨の入ったウエスト・ポーチを渡した。
「このポーチは?」
「途中で買ってきた。実は往きにスリにあってさ、お金を無防備に持ってるとヤバいってわかった」
「大丈夫だったの?」
アカリが訊き返す。
「ルカがスリ返してくれたからね。だから身につけられるように、それ」
「スリ返すってスゴイわね。……それはともかく、ポーチ代は出すわ」
「いや、いいよ。安物だから。管理所で観光ガイドをもらって、いい店を紹介してもらったんだ。食事もその中の店なら安心してとれると思う。大浴場も書いてあった」
「至れり尽くせりだね」
シーナはショウと同じ感想を漏らした。
「シーナ、ご飯とお風呂、どっちが先?」
「ご飯!」
アカリの問いに、間髪おかずに答える。
「それじゃ、ルカ、三人の案内を頼むな」
「え、ショウは?」
問われて、彼は手に下げていた紙袋を掲げた。帰りがけに買ってきたパンや果物である。
「荷物番がいるだろ。スリにあわなきゃ警戒もしなかっただろうけど。オレが残るから、四人で行ってくれ」
「え~?」
不満そうなシーナの声をショウは嬉しく感じた。
「今日だけだよ。明日は宿をかえよう。きちんと荷物管理をしてくれるところもあるらしいんだ。その分、高めになるけど」
「全員で動けないのも不便だもんね」
そういうことなら、とシーナは納得した。他三人からも不満は出なかった。安さも大切だが、安全はもっと大切だった。
ショウを一人残し、シーナたちはガイドブックに従って食事に向かった。宿から近い順に店を覗き、四人分の空きがある店が見つかると即決で入った。この時間帯はもっとも混むようで、三軒目で入れたのは幸運であった。
ボダイには名物と呼ばれる料理はない。が、ナンタンよりも交易の幅が広いので海鮮料理などもあった。しかしながら今どきの日本人にありがちな魚より肉に味覚は偏っており、注文するのは肉の一品料理にパンとスープとなる。その他に各自がサラダをつけたり、酒やドリンクを追加する。
「うう、惹かれる……」
シーナはメニューの『チーズ蒸しケーキ』の文字を凝視している。「ガマンしないで食べれば?」というアカリに、「その一口をガマンしなくて後悔したんだよ……」と泣きがはいった。
「知らない街中じゃ、練習で汗を流すわけにもいかないしね」
食べたぶん動けば、と言おうとしたアカリは、ふと気づいて口にした。
「せいぜい自室で筋トレくらいだね」
「そういえば、二、三日ここにいるって話だったけど、仕事はしないのかな?」
ルカが疑問を投げた。さきほど異世界人管理所に行ったおりには、ショウは何も言わなかった。
「どうだろうね? この町のルールもわからないから、するとしてもまず話を聞くことからかな。わたしとしては違う町での仕事もおもしろそうだからやりたいんだけど」
「あたしはおもしろさよりも、今後の生活費を考えるわね。できるうちに稼ぎたいわ」
「オレはどうでもいいや。やるならやるでいいし、観光に専念するならそれのがいいし」
マルは一息でカップを空けた。初めての味の酒だ。辛みが強く、飲み慣れた風味がない。アルコールも強い。ワインではなく、蒸留酒だった。マルはメニューの文字も意味もわからずに指さしで適当に頼んだので、自分でも何の酒かは知らない。
四人は雑談をしながら食事を楽しむ。以前ほどのギスギスした空気はなかった。はじまってたった10日程度の旅ではあるが、仲間意識が強くなったのは確かである。口喧嘩はあるし、意見の相違もある。それでも相手を完全に否定しないだけ、マシにはなっていた。
「だいたいアカリは最初の印象がワリーんだよ。自分のことばっかでよぉ」
マルが酒の勢いで言い放つ。縫製工場のメンバー決めでモメたときの話である。
「そーそー。わたしのときも異物を見るような眼をしてたし」
シーナも同意する。ショウとともにゴブリン初退治に成功した夕食時の態度を言っている。それもあって、当時のシーナは内心でアカリを苦手としていた。
「う……」
以前のアカリなら、即・反論しているところである。たとえ自分が悪いとわかっていても、まずは言い返していただろう。それがないだけ、彼女も成長していた。
「そういうシーナも図々しかったと思うけどね」
ルカが肩をすくめる。彼女はショウと出会った初日から、彼の迷惑も考えずに付きまとっていた。
「キミが言うかっ」
シーナがツッコむ。二人はショウをめぐって何度となくケンカをしており、今も完全にはなくならない。それでも、以前ほどの勢いはなかった。たがいに『相手の本気』を知っているからである。ショウのことなどどうでもよければ、ルカは山奥まで彼を探しに行かなかっただろうし、シーナも心を壊したりしなかった。ショウが戻り、落ち着いた今だからこそ、相手の気持ちを理解する余裕があった。
少しずつ変わっていく自分がいて、仲間がいる。四人はそれをなんとなく感じていた。
四人は宿に帰り、まずはショウの部屋をノックする。彼が出てくると、シーナは抱きついた。
「よーし、ショウくん、お風呂いくよー!」
「なんだ、そのノリはっ? 酒のんだのか?」
ショウはどうにか転倒を堪え、シーナを引き剥がす。
「飲んでないよ。ルカに対するイヤガラセ」
彼女はニヒッと笑う。ルカは予想どおり面白くなさそうの顔をしていた。
「風呂といっても、やっぱり留守番はいるだろ? オレ、後で行くからみんな先でいいよ」
「あー、オレ、めんどくせーから今日パスっ。もう寝る」
マルは顔を真っ赤にして、フラフラしている。かなり飲んだらしいのが一発でわかる。
「いや、寝たら留守番にならないだろっ」
「ウッセーなぁ。ならオレの部屋に荷物投げとけよ。カギは開けとくからよ、戻ったら勝手に持ってけ」
「言ってること無茶苦茶だぞ……」
「まぁまぁ。ここはマルの案にのろう。ただし、マルの部屋のカギはかけてね。帰ったらカウンターでまたカギを借りればいいんだよ」
ルカの補正案に全員が納得し、ショウたちは風呂で使いそうな道具以外の荷物をマルの部屋に預けた。
「この町のお風呂ってどんなだろうね?」
「ガイドによると、やっぱりサウナみたいだよ」
ガイドブックを広げてショウが答えた。
「うーん、普通のお風呂に入りたい……」
「冒険者を引退したら銭湯を造るとか。意外と流行るかもよ」
「それいいねー。ちょっと本気で考えちゃおうかな。でも、水の確保が大変そう」
「そこはそれ、あの魔法で――」
「すぐにマナが切れて死んじゃうよ!」
「そこはそれ、ゆっくり風呂に入ってリラックスすれば――」
「本末転倒だよ!」
二人の掛け合い漫才にアカリとルカが笑う。
「……なんか、学校帰りを思い出すわ」
アカリが微笑む。懐かしい光景だった。放課後、友人といっしょに繁華街を歩き、夜も更けて家路につく。そんな毎日だった。楽しかった毎日を回想しながらも、一つだけ心残りがある。この世界に来る前に、友人の一人とケンカをしていた。原因はつまらないことで意地を張った自分にある。そのときは素直に謝れず、そのうち何事もなかったように日常に戻るものと思っていた。結局、元にも戻らず、何も告げず、マルマにいる。謝れる日はたぶん訪れないだろう。アカリもシーナ同様、元の世界に帰るつもりはなくなっていた。
「わたしはなかったからなぁ、そういうの。でも、だからこそ今は楽しいよ!」
シーナは明るい声で騒ぎながら、どさくさにショウの腕に巻き付く。
ショウは歩きづらそうにしながらも、シーナには何も言わなかった。かわりにルカに話を振る。
「ルカはそういう思い出――て、記憶があいまいなんだっけ?」
「うん。でも、ぜんぶを覚えてないわけじゃないから」
「それって不思議だったんだけど、なんでだろうね? 肉体変換の影響なのかな」
シーナはショウから離れ、まじめな顔になった。芝居やからかうわけではなく、彼を心配している。
「おそらくね。ナンタンに着いたときから、過去がよく思い出せないんだよね」
「アリアドはなんか言わなかった?」
「んー、特に言われた記憶もない。でも、困るわけでもないからいいよ。シーナじゃないけど、今は楽しいから――ッツ!」
ルカは唐突に頭を押さえた。
「どうした?」
「ン、ちょっと頭痛がしただけ。もう平気」
「帰って休むか?」
「大丈夫。なんか時々あるんだよ。疲れているときとかに」
「この町にはしばらく留まろうと思ってるから、ゆっくり休めよ」
「ありがとう、そうするよ」
ルカはいつもの笑みを浮かべてショウを照れさせる。
「だからなんで赤くなるのよぉ!」
シーナのツッコミは、賑やかな夜の中に溶けていった。
久々に深く眠り、ショウが目覚めたのは8時の鐘を聞いたときだった。ボダイ町にも時計塔があり、ナンタン同様、8時から20時まで二時間おきに時報が鳴る。
着替えて部屋を出ると、計ったようにシーナも出てきた。偶然ではなく、彼女は隣の部屋の物音を感知して扉を開けたのだ。
「おはよー。ゆうべはお楽しみでしたね」
「自分で言うかっ」
朝イチからツッコみ、呆れかえる。シーナは晴れやかな顔で笑った。
ショウは不毛な会話をやめ、廊下を見回す。
「他のみんなは?」
「わたしがちょい前に部屋へ戻ったときも静かだったよ。まだ寝てるんじゃないかな」
「どうしよ。朝食に誘うべきかどうか……」
「マルは完全に熟睡モードだろうけど、ルカとアカリは起きてるかも。知らない町で一人でご飯食べに行けっていうのもなんだし、ノックくらいしてみる?」
「だな」
シーナの意見に従って、ショウは三人の部屋を軽くノックして回った。彼女の予想どおり、マル以外の二人は起きていた。アカリは軽い筋トレをしており、ルカはウトウトしながら窓の外を眺めていた。
四人は一階の洗面室で身支度をして、宿の主人にカギを預けて外へ出る。メイン・ストリートだけあって、朝から活気があった。
「寒いねぇ……」
シーナは両手に息を吹きかけた。
「山のほうは雪が降ってそうだな」
「だねー。こんなのゴブリンも冬眠するよ」
彼女の冗談に少年は笑った。ふと、先輩冒険者のミコとコボルドのジョンを思い出した。まだあの山にいるのだろうか。だとしたら、凍りついているのではないかと想像した。
「店は決めてるの?」
アカリは体をさすっていた。先ほどまで運動をして体が温まっていたので、温度差が顕著である。
「きのうも言ったけど、荷物を預けられる宿を借りようと思うんだ。ガイドだとその宿は一階が食堂らしいんで、ついでに味も確認しようかなと」
手にしたガイド・ブックを三人にも見せる。「いいんじゃない」と、彼女たちは適当だ。
「酒場じゃなくて食堂なんだ? 珍しいね」
「ファミリー向けかなぁ? お酒も出すだろうけど、あくまで宿泊者向けのサービスとか」
「あー、観光地ならありそうだね」
「ここって観光地か?」
ショウが首をかしげる。
「観光じゃなくて宿場町だね。サウス領内外の物資輸送の拠点だから、商人がたくさんいるんだ」
ルカの解説にショウたちは感心する。
「観光地じゃなくても賑わうわけだな」
「そのぶん、治安も悪くなるわけだけど」
ショウはハッとして腰のポーチを確認した。カバーは二つのバンドでしっかりととめられている。シーナとアカリも誘われるように腰に手を当てていた。
ガイド・ブックに従い大通りを中心部に向かって進む。五分ほど歩いたところで宿を発見した。推薦されているだけあって外観は悪くない。窓にはすべてガラスがはまっており、一階の食堂がよく見えた。宿泊客らしい人々が、食パンと卵料理、サラダにスープといったオーソドックスな食事をしている。
「よさそうなんだけど、高そうでもあるよね」
「安全と余裕を買うにはそれなりの対価は必要だよ」
シーナとルカのやりとりを聞いていたショウは、もう一度ポーチを――正確には中のお金を気にかけて、両開きの扉に手をかけた。
「とりあえず聞いてみてからだ」
木の扉を潜る。賑やかな声が耳についた。ガラス窓で密閉されていたので音漏れが少なかったようだ。テーブルは半数ほどしか埋まっていないが、明るい声が多いので音量も高い。
適当なテーブルにつくと店員がやってきた。浅黒い肌の、顔立ちの良い少年だった。ショウたちとさして変わらない年齢だ。
「いらっしゃいませ。当店は初めてですか?」
ニコやかに問われ、ショウが「はい」と答えた。そのわきで、アカリは美形の少年に見とれている。「アカリは面食いだよねー」とシーナが肘で突くと、アカリは「ウルサイっ」と噛みついた。
「朝食はセットメニューのみとなります。メインを卵料理、肉料理、特選サラダのいずれかお選びください。その他にお茶、スープ、パン、ミニ・サラダが付きます。特選サラダの場合、ミニ・サラダの代わりにフルーツが付きます」
「それじゃ、肉で」
ショウが間髪入れずに告げると、ルカとアカリは卵料理、シーナは数秒悩みサラダを頼んだ。
「朝くらいしっかり食べればいいのに」
「うう、そうやって惑わせないでっ」
シーナは耳をふさいだ。
三分と待たず、四人の注文が届く。肉は厚切りハム2枚、卵はダブル目玉焼き、サラダは10種類ほどの野菜で構成されていた。
味については特筆することがなく、いたって普通であった。その素朴さが、毎朝の食事に飽きを生まない。奇をてらったドキツイ食事は、極まれにだからこそ喜ばれるのだ。
もっともシーナだけは減らない・味気ない・活力がわかないサラダの山に、かなりストレスが溜まっているようであった。
正面に座るショウは、おもむろにシーナのサラダを取り上げた。驚く彼女の前に、自分のメイン・ディッシュを置く。
「半分ずつ、交換だ」
サラダは半分なくなっており、ハムも一枚しか載っていない。ショウの言葉どおり、半分ずつである。
「ダメだよ、ショウ。わたしを甘やかしちゃ」
その口の持ち主は、今にも涎を垂れ流しそうであった。
「オレだけは甘やかしていいんだよ。それに、食べなきゃ元気が出ない」
「ショウ……」シーナは感動していた。同席するアカリとルカはポカーンとしている。
「そーゆーところにわたしがホレちゃうんだよぉ……」
頬を赤らめるシーナに、「なにこのバカップル」とアカリは冷ややかだった。
「シーナは別に太ってないから。むしろ再会したときは絞りすぎで痩せすぎだったよ。今くらいでいんじゃないかな。女の子らしくて」
「え、そう? そうかな? あのころはさ、体を鍛えるのが日課で趣味みたいなものだったし、そうかも。痩せすぎもアレだよねー」
シーナは締まりのない顔で、はしゃいだ。
「けどあんた、このまえシーナが最近太ってきたって言いかけなかった?」
小屋で野営をしたときの話をアカリが持ち出した。
「言ってないっ。最近、血色がよくて出会ったころのカンジに戻ったねって言おうとしたんだ。……遮られたけど」
「なんだー。早く言ってよー。がんばりすぎちゃったじゃないかー」
シーナはショウからの差し入れを喜んで食べる。
「けど、その油断で今度は本当に……」
アカリがニヤニヤする。
「これからはちゃんと管理するよ! でも今は食べる!」
シーナのフォークはとまらなかった。
「シーナ個人の話は置いといて、この宿でいいかな? 食事に不満がなければ、部屋の話をしてくるけど」
「味は別にこんなものでしょ」
アカリは反対しなかった。続いてシーナが「わたしもいいよ」と応え、ルカは「量が足りないけど、いいよ」と認めた。
ショウはサラダを片付け、席を立った。
店員の少年に店の主人へのつなぎを頼み、二人とも奥へと消えた。
テーブルに戻ってきたショウの顔は明るくはなかった。ルカたち三人に状況を知らせる。
彼はまずは宿の宿泊費を伝えた。一人あたり7銀貨は妥当と言えた。問題は空室数である。現在の空きはシングルが2、四人部屋が1である。まだ早朝なので増減はあるだろうが、シングルが五部屋できる保証はなかった。また、食事は1銀貨からで、この朝食もその値段である。問題の安全性だが、部屋の鍵は特殊な術を施してあり、登録した人間にしか開けらない特別仕様だという。
「どうしたものか……」
「迷うことなく部屋は押さえるべきでしょ。例えばシングル一部屋だけだとしても、荷物を安心して預けられる場所があればそれでいいのよ。寝泊りだけなら前の宿でもいいんだし」
「そうか」アカリの案にショウは首肯する。
「それじゃ、シーナとアカリでシングルを一つずつ押さえてもらうか。あとは昼くらいに確認して、ダメならオレたちは今の宿を継続で」
「わかったわ」
アカリとシーナがうなずいた。
「ボクはこっちに空きがあってもむこうでいいかな。あの部屋の狭さと、通りの賑わいを見るのが、なんか落ち着くんだ」
「でもそれだと連絡が取りづらいだろ」
「そんなに離れているわけでもないし、常にいっしょにいる必要もないと思うけど。夕食だけは時間を決めて全員でとる程度でよくないかな」
「ショウにくっついてなくていいの?」
シーナが素朴に訊いた。
「旅をやめるわけじゃないんだから、いつだって会えるよ。それに、数日のことじゃない」
「町にいるときくらいは自分の時間も欲しいよな。用があれば、メモを残しておけばいいし」
「マルもあっちの宿に残るだろうしね。安いから」
「言えてる」
ルカの冗談にショウたちは笑った。
食事後にシーナとアカリは部屋を借りた。鍵の登録で一度部屋を見に行った二人は、ごきげんでショウたちに報告した。
「部屋は思ったより広かったよ。ベッドもあの宿より大きくて、布団も厚手で柔らかかった!」
「トイレも洗面室も各フロアにあって便利だわ」
「それはよかったな。あとでオレたちの荷物も預かってくれよ」
「うん、わかってるって。わたしがルカとマルのを預かるから、アカリはショウのをよろしく」
「いいの? 二人分も任せちゃって」
「1.5人で分けたら不便でしょ」
シーナは笑った。
「シーナたちはいったん宿へ戻る?」
「荷物を取りに行くからね。なんかあるの?」
「管理所へ行こうかなって。シーナたちも行くなら、一度荷物を取りに戻ってからのがいいかな」
「そうね。安全を確保してからのがいいわ」
アカリの発言に、一同は納得して食堂を出た。
一夜を過ごした宿は、先ほどのところと比べるといかにもみすぼらしい。扉は軋み、床もうるさい。シーナやアカリはつい両者を比べてしまい、その差が気になって仕方がない。
ショウはマルの部屋をノックした。まだ寝ていた黒髪少年が、大あくびをしながら扉を開けた。
「ンだよ、うるせぇなぁ……。しばらくのんびりすんだろ? 寝かせとけよ……」
「ああ、悪い。一つだけ確認しときたくて。荷物を安全に預けられる宿を二部屋押さえたんだ。おまえも空きがあれば移るか?」
「あー? オレはここでいいよ。防犯つきってことは高いんだろ? オレの荷物なんか盗まれても大したことねーし、どうでもいい」
マルの返事はあくびまじりだ。
「わかった。それじゃ、みんな適当に過ごすから、18時に集合な」
ショウはガイド・ブックの新しい宿の場所に印をつけ、マルに渡した。
「おー。ンじゃ、寝る……」
ショウの返事も待たず、マルは扉を閉めた。
「……だってよ」
「本人がいいならいんじゃない? そしたらルカの荷物だけ預かるね」
「んー、ボクも大した物はないからいいや。手元にあるほうが落ち着くし、盗られてもあきらめがつくし」
「弓は高そうだけど、いいの?」
シーナが再度の確認をする。
「けっこう使い込んだから、もし盗まれたらいい機会だと思って新しいのを買うよ」
「割り切りいいね。ショウはどうする??」
「オレは全部アカリに預けるよ。むこうに空きができれば移るし、なければ着替えだけ持って出る。さすがに鎧とか剣は盗まれたらヘコむ」
「だよね」
ショウたちはそれぞれに荷物を持って部屋をあとにした。四人の中でルカだけは宿泊の延長を頼んでいった。
新しい宿を経由して、異世界人管理所へと向かう。
「……小さいね」
シーナの感想は昨日のショウのそれと被る。左右が大きな建物であるぶん、よけいに痛感する。
扉を開け、中へ入る。カウンターに事務員のエスポワがいた。書類に目を通していた彼女はショウたちを認めると「おはようございます」と笑顔を向けた。
「おはようございます、エスポワさん。……シーナ、アカリ、こちら管理所事務員のエスポワさん」
ショウから紹介され、シーナたちは彼女にあいさつと自己紹介をする。エスポワも椅子から立って返礼した。
「レックスさんたち、帰りましたか?」
「ええ、明け方に。今は三階で休んでいます」
「そうですか。それじゃ、夕方にでもまた来ます。それと、仕事って何かありますか? 短時間のスポット作業とか」
ショウの質問にエスポワは困った顔をした。
「すみません、こちらではお仕事の斡旋はしておりません。レックスさんのチーム以外に常駐する異世界の方がいませんので、仕事を受けても応じられないのです」
「あ、そうか」
ショウたちは納得した。
「一般の斡旋所がありますから、そちらを訪ねてみてはどうでしょうか? 日雇いもあるそうですから、早朝6時に会場へ行けば何か見つかると思います」
「一般か……」ショウは顔を曇らせる。一般となれば、異世界人というハンデを背負うのではないかと危惧したのだ。だが、そんなことを言っていては、この先も仕事ができないだろう。
「それじゃ、その場所を教えてもらっていいですか?」
「はい、地図をかきますね」
エスポワが白紙にペンを走らせかけたとき、騒々しく扉が開いた。
一同が驚いて振り返ると、革鎧に槍を持った数人が入ってくる。鎧の胸の焼き印はボダイ守備隊を表していた。
「レックスはいるか? 頼みたいことがあるんだが」
先頭の壮年兵士が不機嫌な声を張り上げた。
「コッパーさん、どうしたんですか?」
エスポワがカウンターから離れて彼らに近づいた。コッパーは守備隊を取り仕切る兵士長である。
「無銭飲食者を捕まえたんだが、どうにも困ってな。異世界人の力がいる」
「どういう……?」
エスポワだけではなく、ショウたちも首を傾げた。無銭飲食犯くらいで異世界人を頼る理由が思いつかない。が、後ろ手に縛られた犯人を突き出されて理由がわかった。
ショウやルカと同じ年頃の少年である。黒髪で肌の色は白でも黒でもない。深い茶色の瞳に、低めの鼻、顔全体の凹凸が浅い。典型的な日本人の顔だった。一見細いが体つきがよく、服の隙間から見える筋肉は無駄がなくかなり鍛えられている。
「どう見ても異世界人でな、言葉がよくわからんのだ。断片的には東方語なのだが、訛りがひどくてな。異世界人ならいっそレックスに異界語の通訳を頼もうと思ってきた」
「わかりました。今、起こしてきますっ」
きびすを返したエスポワに、ショウが待ったをかけた。
「レックスさん、夜勤明けで寝ているんですよね? 無理に起こすのも悪いですし、オレでよければ間に入りますよ」
「え、えーと……」
エスポワは逡巡した。ショウという異世界人は悪い人間には思えないが、信用していいものかどうか、彼女には自信がない。
「ダメだよ、ショウ。きのう町に来たばっかのわたしたちなんて信用度ゼロなんだから。困らせるだけだって」
「あ、そっか。すみません、よけいなこと言いました」
シーナに袖を引かれ、ショウは素直に頭を下げた。
「いえ、お心遣いありがとうございます」
エスポワもお辞儀をして、改めてレックスを起こしに向かう。
その動きは、今度はコッパーのつぶやきで止められた。
「ショウ? レックスから聞いていたショウか? 夏のゴブリン討伐に参加して、活躍をしたという……」
ボダイ兵士たちがざわめく。
その雰囲気に好機を感じたシーナが調子に乗る。
「そのショウだよっ。この勲章が目に入らぬかぁ!」
と、胸元のお守り袋から銀特等勲章を出して突きつける。「水戸黄門じゃないんだから」とアカリは恥ずかしさのあまり顔を伏せ赤面した。
平伏はしなかったが、兵士たちは目を丸くした。銀特等勲章を持つ人物に会うなど、一生に一度あればいいところである。ましてや相手が威厳も風格もない異世界の少年だ。レックスの話がなければ、どこで盗んだのか拷問にかけてでも吐かせているところだった。
「……本物ですか?」
エスポワは勲章の形など知らない。疑うのも無理はなかった。
「本物だ。サウス家紋章も入っている。そうか、君が彼の言っていた英雄か。ならば信用しよう。すまないが、彼と話をしてもらっていいか?」
「はい、わかりました」
ショウはうなずき、無銭飲食犯の少年と向かい合った。ずいぶんと汚れ、臭う。服もボロボロで、サイズすら合っていない。これも盗んだものではないかと疑った。
「オレはショウ。日本人だ。キミは?」
少年はショウを値踏みした。小奇麗で、色つやのいい肌をしており、石鹸の香りがした。そこに女の匂いまでも交じっている気がする。つまり――
「いけ好かない」
「おいっ」
少年の第一声に、ショウは思わずツッコむ。
「なんて言ったんだ?」
コッパーがショウに訊ねる。ショウたち異世界人には日本語も東方語も自動通訳のおかげで脳内で理解できているが、マルマ人には日本語しか聞こえていない。おかしいのは、発する言語が日本語であれ東方語であれ、自動通訳によって相手には伝わるはずなのだ。この少年はそれが機能していないようだ。
ショウは通訳してもいいものか悩んだが、嘘をつくわけにもいかないので「自分が気に入らないそうです」と答えた。その答えに、当然、兵士たちは首をかしげる。
さらに問われる前に、ショウが質問する。
「オレが気に入らないのはいいとして、キミが誰で、なぜ無銭飲食をしたのか話さないと、ずっとこのままだよ?」
「……」
少年は不機嫌な顔をしてしばし考え、決意したように口を開いた。
「ゲンシロー」
「それが名前?」
「そうだ。アマミヤ・ゲンシロー。武者修行の旅をしている」
「「武者修行ぉ?」」
言葉がわかるショウたち異世界人は、古臭い言葉とその意味するところに驚いた。
その反応にマルマ人たちが不審がり、説明を求める。
「彼の名前はゲンシロー。えーと、旅をしながら強くなる修行をしているそうです」
「ああ、なるほど」
コッパーは得心がいった。部下が持っていた剣をショウに見せる。
「……これ、日本刀!?」
ショウたちは驚きまくりである。その形と拵えは、間違いなく日本刀の物だった。しかも年季がこもっている。
ショウが中を確認しようと手を伸ばすと、ゲンシローが叫んだ。
「触るな! それは父上とともに打った大切なものだ! おまえらが触れていいものではない!」
恫喝され、ショウは動きを止めた。ショウたちはあまりの迫力に思考が鈍っていた。彼の言葉の違和感に気付かず、素直に受け取ってしまっていた。
「……悪い。つい、珍しくて。わかった、触らない」
素直に謝罪され、ゲンシローは戸惑った。このような輩は、人の言葉など聞かずに横暴に振る舞うものだった。少なくとも、彼はそんな人間にしか会ったことがない。
「……わかればいい。さて、オレをどうする? いろいろと言い分はあるのだが、こうなってはいた仕方ない」
ゲンシローは言葉が通らなかったときから腹をくくっていた。ひとたび捕らわれた以上は足掻かない。それがブシドーである。
「無銭飲食については認めているようです。自分をどうするのか訊いています」
ショウがコッパーに告げた。
「小悪党を牢に入れるほど余裕はない。店も代金さえ払えばいいと言っているが……」
「あるようには思えませんね」
「うむ」
「でもそれじゃ話が進まないんで、オレが立て替えます。それから、いろいろと相談に乗ってみます」
「ああ、それは助かる。実際、無銭飲食やスリなど腐るほど発生しているんでな、いちいちかまっていられない」
「なら、どうして彼は――」
言いかけて、理由は簡単にわかった。相手が異世界人であるからだ。
「察しのとおりだ。すまないが、あとは任せる。が、次に何かをしでかせば牢屋行きは免れないからな」
「わかりました。よく伝えておきます」
ショウは代金分の硬貨をコッパーに渡し、代わりにゲンシローの刀を受け取った。
ボダイ守備隊が帰っていくと、ショウはゲンシローの背後に回った。
「ロープをほどくけど、襲ったり逃げたりしないでくれよ。話をしよう」
「……オレを助けたのか?」
「キミが食べた分の代金を払っただけだよ。店もそれで許してくれるっていうから」
ショウが彼の手を解放する。ゲンシローは即座にその場で正座した。
「かたじけない。恩は必ず返す」
「いや、そういうのいいから。さっきも言ったけど、少し話そうよ」
ショウが黒塗りの鞘に収まった刀を差し出すと、ゲンシローは「うむ」と立ち上がった。
「なんかスゲェうるさいんだけど……」
ボヤきながら、階段を下りてくる音がする。
ショウたちが注目すると、異世界人管理局専属召喚労働者・第4小隊のメンバー、タカシが現れた。就寝モードだったようで、無地のコットン・パジャマ姿だった。
「あ、タカシさん。すみません、騒がしくしてしまって」
「ホントだよ。こっちは夜勤明けなんだぜ? 頼むよ、ショウ……」
タカシは大あくびをしながら訴える。言うだけ言って寝床に戻ろうと階段を上がっていく。
その足がピタリと止まった。
「ショウ!?」
「はい、久しぶりです」
「ショぉぉ!」タカシは残りの階段を飛び降りてショウに抱きついた。
「よく生きてたな、おまえ! まぁ、そう簡単に死ぬとも思ってなかったけどよぉ!」
「ありがとうございます。こうしてしぶとく生きてますよ」
タカシは気が済むまでショウの背中を叩き、離れた。
「アカリちゃんも元気そうだな。うちの大将がいろいろウザかっただろうけど、許してくれよな」
タカシは赤毛の少女に話しかけた。ショウの行方不明以後、レックスが何かとアカリに相談を持ち掛けていたのを彼は知っていた。アカリが訓練所で戦士教練を受けていたときも、彼らのセルベント入隊特典訓練期間と重なっていたため、よく話をした。
「全然。退屈しのぎにはなったし」
アカリは軽く答えたが、いま思えば彼なりの善意だったのだろうとわかる。他人の相談にのらせることで、少しでも彼女の喪失感を紛らわせたかったのだろう。
「ちょっとみんな起こしてくるよ。帰んなよ?」
ショウの返事も待たず、タカシは階段を駆け上がっていった。
「ショウは大人気だねー」
シーナが我がことのように微笑む。
「ありがたいことだよ。みんなには本当に感謝してる」
「うん」
シーナがさりげなく伸ばした手をショウは握った。
「えーと、とりあえずみなさん、お茶にしましょうか」
エスポワが怒涛のような出来事についていけず、ようやく一息がつけたところで提案した。それは満場一致で賛成を得た。
レックスたちとショウの再会劇が終わると、二人の新顔を含めた紹介が行われる。
レックスの小隊には、以前からの仲間であるタカシとジューザの他に1名の追加があった。セルベント小隊は最低四人で組まねばならないので、その折に加わった仲間である。ケイジと名乗った彼は、眠気が切れていないのか、あくびが止まらない。そもそもショウたちとはまるで面識はなく、再会を喜ぶレックスたちとの温度差が激しい。ゆっくり寝たい心境なのだろう。
もう一人は先ほど守備隊から解放されたアマミヤ・ゲンシローだ。ショウの隣で腕を組み、ふんぞりかえっている。ルカが自分の席を追いやられて憤慨していた。
「それでゲンシロー……長いからゲンでいい?」
「かまわん」
ゲンシローは眉も動かさない。
「気になってたんだけど、ゲンはいつからこっちの言葉がわからなくなったの?」
兵士との間で会話が成り立たないのは、ショウと同様に体に異常があるからだろう。ショウ自身も、一時的ではあるが東方語がわからなくなったことがある。
「いつから、とは?」
ゲンシローが怪訝な顔でショウを見かえす。
「オレも以前、強いショックを受けて言葉が通じなくなったことがあるんだ。今は平気だけど、ステータス・サークルはけっきょく直らなかった」
ショウは自分の首もとを叩いた。本来ならステータス・サークルが現れるはずが、何も反応を示さない。
「すてぇたすさぁくる……?」
さらに顔を険しくするゲンシローに、シーナが「これだよ」と首もとを叩いて銅色の光円を出現させた。
「なんだ、それは!」
ゲンシローは慄き、思わず席を立った。
「なんだって……これがステータス・サークルだよ?」
一同はポカーンとする。彼の過敏な反応は芝居とも思えず、よけいに戸惑う。
「そんなものが出るわけがないだろう! おまえたち、本当に人間か!? それとも妖術使いか!?」
「ちょ、なに言ってんだよ、ゲン。こんなのオレたち異世界人なら常識じゃないか」
「異世界人? そうか、おまえたちは父上と同じ世界の住人か。まさかあの話が本当だったとは……」
ゲンシローは半信半疑だが納得しかけた。同時に、ショウたちもわかった。
「ゲン、キミはもしかして、この世界で生まれたのか?」
「ああ、そうだ。オレの父はヒノモトの国ミマサカ出身アマミヤ・タケジロー、母はサダーラ国皇女ティマト・ターブベルジ。オレはこの世で生を受けたのだ」




