6
想定外の人物の名前が出たことで、応接室がざわざわと騒がしくなる。驚いてドミニクおじ様を見る者、納得するように頷く者、心に疚しいことがある者は冷や汗をかいているだろう。
そして、ボドワンたちは怒りに顔を赤く染めている。
「お母様」
私からの耳打ちにコクンと頷いた母は、そっと父からの手紙をアドバンへと渡す。アドバンは一礼して手紙を受け取ると、自分の代わりにドミニク・マレシャル子爵を頼るよう書かれた文を読み上げた。
「バカなっ! なぜ兄上がこんな老人を!」
バンッと両手をテーブルに突いて立ち上がったボドワンは、アドバンから手紙を奪うとギラギラとした眼で読み始める。
ドミニクおじ様のことを「老人」と卑下したが……この一族会議にはドミニクおじ様より年上の代表者も出席しているのに……。その代表者たちは、眉を顰めてボドワンを睨みつけていた。
「ハハハ……なんだ、これは! 先の戦争のときの、大昔の手紙ではないかっ! こんなもの、無効だ!」
引き攣った笑いでガストンへ手紙を渡し、そのガストンもニヤニヤと笑って隣の席へと手紙を渡す。ボドワンの隣の席に座るのは、ドミニクおじ様が調べた賄賂を貰った裏切者だ。
「テレーズ様。この手紙は随分前のもので、意味はありませんよ」
次々にボドワンに肩入れする一族の代表者たちから、母へ小馬鹿にした意見が降り注ぐ。反対に、オルタンス叔母様やソワイエ家らしい豪傑な老騎士、鋭い視線の貴婦人は、人となりを確認するようにドミニクおじ様へ視線を投げた。
「ボドワン叔父様。それは父が一族の中で誰を一番信用し信頼していたかの証明です。誰にソワイエ家を託すか……誰に母を守ってもらうか、尊重すべき父の意思です」
母の肩に手を添え、ボドワンとガストンを見据えて一気に言うと、ボドワンの賄賂に靡いた軟弱者たちを視線で射る。
「……確かに、この手紙は前に書かれたものだわ。でも、ダヴィト様の気持ちは変わっていません。私はダヴィト様とジョルジュの帰りを待ち続けます。情けないことに私とクラリスではソワイエ家を守ることはできないでしょう。だから……ドミニク様へ任せたいのです」
母はボドワンの顔を見るのを避け、やや早口で自分の気持ちを伝えた。母の仕事はここまででいい。あとは私とドミニクおじ様で臨む。
「ドミニクおじ様からは、ソワイエ伯爵を継ぐことを受け入れてもらいました。皆さまから反対の声がなければ……」
「反対に決まっているだろうっ。なぜ、マレシャル子爵なんだ。兄が死んだあとは弟である私が伯爵になるべきだ!」
なんて言ったの?
本当にこの男はなんて愚かなのだろう? まぁ、母から嫌悪される天才ではあるかもしれないけど。
「おい、ボドワン。お主、いま何を言った?」
「次の伯爵には私が相応しいと……」
「違うっ! お前はダヴィトとジョルジュの帰りを待つテレーズたちの前で、言ってはならんことを口にしたのだっ!」
ドンッとドミニクおじ様がテーブルを叩くと、老騎士はフンッと不機嫌そうに鼻を鳴らした。貴婦人は扇を広げて表情を隠すが眼の険しさはそのままだ。
「ボドワンお兄様……。ダヴィトお兄様は必ず戻ってきます。私もテレーズ義姉様もクラリスもそれを信じているのに……」
オルタンス叔母様からの責めにボドワンが口を噤む。
「……何も父が認めたからマレシャル子爵様に後継をお願いしている訳ではありません。まず……父の妹であるオルタンス叔母様は?」
「私では無理だわ。領地についての教育を受けていないし、娘しかいないし」
「ほらみろ、私しかいないではないか」
得意げに鼻の穴を膨らませているボドワンを無視して、私はアドバンに出席者に紙を配るよう指示する。
「これは……」
「残念ながら父の弟であるボドワン叔父様にソワイエ家を任せられない理由の一端ですわ」
その紙には、兄の部下である騎士たちが調べたボドワンの悪行が書き連ねてあった。
一族会議の前夜のこと。
ドミニクおじ様と母と、ボドワンをソワイエ伯爵家から追い出すための算段を立てているときだった。
「して、私へのご褒美は何があるのかな?」
「は……い?」
ご褒美とは? 私と母が顔を見合わせ小首を傾げているのを見て、ドミニクおじ様がわざとらしくため息を吐く。
「なんじゃ、面倒なソワイエ家当主になってやるのに、ご褒美はないのか?」
「それは……」
そもそも、貴族なら高い爵位を継げるのがご褒美なのでは? でも、ドミニクおじ様はご自身の力で爵位を得た方だもの。伯爵家を継ぐことに利点を感じないのかも。
「そうですねぇ。ソワイエ伯爵家の領地はドミニクおじ様も知ってのとおり、そんなに広いわけでも特産品があるわけでもないですし……」
鉱山や技術力の高い職人村でもあれば別だが、領地は農耕が盛んでのんびりとした気質の領民ばかりだ。
昔はそんな野暮ったい領地を残念に思っていたが、死に戻ってきたいまは、心休まる素晴らしい領地だと評価が反転している。
「あ、そうですわ」
パチンと両手を軽く叩く。
「ドミニクおじ様には、ソワイエ家の忠誠を差し上げます」




