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鼻息荒く立ち上がった私は、ドミニクおじ様に呆れた顔で諫められた。
「逸るな。そして、感情的になるな」
「……はい」
う~ん? おかしいわ。前の時間の私は、こんなに怒りっぽかったかしら? 前の時間では母と手を握り合って悲しむだけだったのに。
ソワイエ家を守る気持ちが、私を強くしたのかもしれない。
「ボドワンはこの好機を逃がしたくない。一族の中でも強権の二人と、意思の弱い者、オルタンスを覗いて賄賂を配り、自分を推すように命じた」
トントンとドミニクおじ様の指が紙片を叩く。そこに書かれた賄賂の金額は、ボドワンが用意できる額を越えていると訝しく思った。
「でも……、ソワイエ伯爵位を本来継ぐはずのジョルジュの行方がわからない現在、クラリスが嫡子になり、そのクラリスが推挙するドミニク様の継承に異を唱えるなど……」
「甘いな。奴はクラリスの若さと女だということを前面に出して反対するだろう。いや……姪思いの優しい叔父として甘言で二人を騙そうとするな。テレーズ、お前もクラリスには言えぬからこそ窮地を招くこともある。まぁ……クラリスは察しているようだが?」
ドミニクおじ様の言葉に母は私の顔を凝視するが、いまこの場でその話を持ち出すつもりはない。
「ドミニクおじ様……。どうにか、ボドワンの手からソワイエ家を守るために、私たちを助けてください」
私は再び立ち上がり深く頭を下げた。父も兄もいない、後ろ盾のない伯爵令嬢から頭を下げられても意味がないし、そんな価値もないだろうが、私には、ただ願い縋ることしかできないの。
「ふむ。面倒なことではあるが、生家のことでもある。ダヴィトが帰ってくるまで預かっていてやろう」
ニヤリと笑ったドミニクおじ様の眼には、私たちへの慈愛の色が浮かび始めていた。
ソワイエ家一族会議当日。
それまで閉ざされいた門が大きく開き、馬車が何台も行き来する。使用人たちは上へ下へと足早に動き、厨房も争いのように慌ただしい。
久しぶりのドレスに着替えて支度を整えた私と母は、一族の代表たちが持つ応接室へと移動する。
「……クラリス」
「大丈夫です、お母様。きっと……大丈夫です」
母の震える手を握り、敵味方入り乱れる応接室へ足を踏み入れれば、すでに戦いは始まっていた。
「アドバン、これはどういうこと?」
私は目を眇め、席に着いている一同を睥睨する。
「おお、クラリス。テレーズ義姉上も。かわいそうに……部屋で休んでいてもいいんだよ」
ボドワン・ソワイエ。父や私と同じ栗毛で、ソワイエ家に多くいる緑瞳は受け継げなかった人。その暗灰色の瞳が嫌らしく光り、私の手の中にあるだろうソワイエ家の重責と母へ、その欲望まみれの視線が注がれた。
「……ボドワン叔父様。席を間違えておられますよ? そこは、母が座る当主の席です」
ボドワンは使用人が案内した席ではなく、当主が座る席に堂々と座り、本来ならば一族の長である母を、無礼にも座りながら迎えていたのである。
まるで、ソワイエ伯爵は自分以外にいないと明言するような、傍若無人な振る舞いだ。
「そうか? テレーズ義姉上には、一族会議を仕切るのは荷が重いだろう? 今回は私が……」
「いいえ。この会議は我がソワイエ家の命運がかかっています。母と私が開いた会議です。ボドワン叔父様はご自分の席にお座りください」
無表情で冷たい声を発する私を憎々しげに睨むボドワンに、「お前の席はそっちだ」と顎で示してやった。ボドワンが座る席には、息子のガストンが偉そうに座っている。だが、ガストンの席など用意はしていない。
「皆さま、付き添いの方は後ろに控えておりますのよ? 私も母の後ろで付き添いますわ?」
だから、お前の愚息も後ろに立たせればいいでしょ、と無言の圧をかけてやる。アドバンが恭しくガストンを促し、席から立たせた。不服そうに席を移動するボドワンを無視して、他の出席者に会釈をし母が当主の席に座る。
ドミニクおじ様が楽しそうに目を細めて私を見ているのがわかる。オルタンス叔母様は私の変貌に驚き、目を丸くしていた。
「では……これより、ソワイエ伯爵家の後継について会議を始めます」
母のか細い声で戦いの火蓋は切って落とされた。
だが、だれも口火を切らない。私から誘導するのは些か拙いので、静かに動向を見守る。
そろそろボドワンが痺れを切らすかと窺うと、反対側に座るオルタンス叔母様がおずおずと手を挙げた。
「オルタンス?」
「テ、テレーズお義姉様……。本当に、お兄様の帰りをお待ちしないでよろしいのですか? それに、ジョルジュだって、まだ……」
眼に涙をいっぱいに湛えて、オルタンス叔母様がこの会議自体を疑問視する。
「何を言うのだっ、オルタンス! お前はソワイエ家のことなど何もわかっておらんのだから、黙って座っておれ!」
ダンッと強くテーブルを叩き、オルタンス叔母様を叱責するのはボドワン。幼いときから、オルタンス叔母様を虐めてきた下衆だ。
「クラリスやテレーズ義姉様がソワイエ家を守っていけると思っているのか? 安心してください、義姉上。この私ボドワンが……」
「いいえ。ソワイエ家の当主には、ドミニク・マレシャル子爵を推挙いたします」
母の凛とした声が部屋に響き渡った。




