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ソワイエ家の忠誠と聞いて、ドミニクおじ様は目をパチパチと不思議そうに瞬いた。
「それは、なんだ? 王家への忠誠なぞいらんぞ」
「いいえ。そもそも、ソワイエ家の忠誠は王家に捧げたものではありませんよ?」
王家は勝手にソワイエ家の忠誠を得ていると思っているかもしれないが、父も兄も忠誠を誓っていたのは民へだ。騎士として、力のある者として、二人は弱い者への盾となり力となることを神に誓っていたのだ。
「益々、いらんな」
フンッと鼻を鳴らすドミニクおじ様に、私は苦笑してみせた。
「ドミニクおじ様はソワイエ家を出たあと、ご商売で成功して子爵位を得たのですよね?」
「まあな。男爵から子爵と、不本意ながら戦争でも名を売ったから、出世は早かったな」
私は、まるで夜会に出た淑女のように微笑んだ。
「ですから、ソワイエ家の忠誠を差し上げますわ。平民にも有名なソワイエ家の忠誠心。それは、信用です。正直、どこの貴族家よりもソワイエ家の名前のほうが信用はありましてよ? しかも、平民の間では、父は隣国との戦いで英雄のごときに敬われていますもの」
ソワイエ家であれば信じられる。ソワイエ家の者はたとえ相手が平民でも、正しく接してくださる。ソワイエ家の名は王家や高位貴族の間ではたかが伯爵家だが、下位貴族、騎士、平民の間では人気が高い。
そうなれば、当然……。
「ふむ。貴族たちのつき合いは面倒だが、それは子爵のときと変わりない。だが、商売に関して利用ができる」
「ええ」
しかも、英雄である父と王子を救った兄の帰りを待つ母と私を庇護する立場のドミニクおじ様には、讃嘆する声が集まるでしょう。集まらなければ集めればいいの。
「……クラリス。お前はそんなに強かだったかのう?」
「父も兄もおりませんもの。ソワイエ家を、母を守るためには強くなりますわ。私だってソワイエ家の者です」
むんっと胸を反らすとドミニクおじ様は声を立てて笑い、母はそっと涙を拭った。
違法賭博場への出入りだけでも糾弾されるが、ボドワンには婿入りした家の財産の横領や複数の愛人の存在まである。
「なんだ、これは! 嘘だっ、でたらめだっ!」
「あら、これらを調べたのは王国騎士団の騎士たちでしてよ? 本来なら違法賭博場へいたところを捕縛されても文句が言えないのに、兄のこともあり、母たちにこれ以上の心労はかけたくないと、ソワイエ家内での処理を許してくださったの」
面子を大事にする貴族家での処罰と、法廷での処罰と、どっちかマシかは知らないけれど。
調べたのが騎士たちだと知るとボドワンは顔を真っ赤から真っ青に変えて、力なく椅子に座り込んだ。後ろに控えているガストンも両手を強く握ってブルブルと震えている。
「ボドワン、貴様! ソワイエ家の顔に泥を塗りやがって!」
引退して随分経つのに、老騎士は勢いよく立ち上がると、現役時代には腰に佩いていた剣の柄を取る仕草をする。貴婦人は扇の柄からパキリと乾いた音を立て、淑女としてはあるまじきシワを眉間に浮かべていた。
「愛人ですって? それも……一、二、さ……三人? 四人?」
一族の中でも発言力の弱い代表者たちは、コソコソと小声で何事かを呟く。
「ボドワンから勧められた商いの話は止めておこうか?」
「まさか、息子の相手に紹介された女性はボドワンの?」
そんなにソワイエ伯爵家を継ぎたかったのなら、身辺ぐらいは身ぎれいでいればよかったものを。ちなみに老騎士は額に汗を浮かべたアドバンと、ドミニクおじ様が連れてきた従者が羽交い絞めにしている。
「……騎士たちがソワイエ家での始末でいいと許したならば、私が今後気をつければいいことだ。ここで誓う。ソワイエ伯爵となったからには、死んだ兄のように清廉潔白の人物となり……」
「死んでませんっ! あの人は……ダヴィト様は死んでません!」
この部屋に入ったときから、真っ直ぐにボドワンの姿をその目に映すことのなかった母が、ボドワンを睨む。
「あ……義姉上」
「往生際の悪い男だ。私はいいぞ、多数決でもな。その前にこれも、皆に渡しておこう」
ドミニクおじ様がばさっとテーブルの上に放り投げたのは、ボドワンが伯爵位を奪うために撒いたお金とその相手先。賄賂の証拠だ。
「ああ~っ」
汚いお金を手にした者たちは、テーブルの上の紙をかき集めようとするが、すでに遅かった。
「なんと、一族会議での決定を汚す愚かな行為を……貴様ら~っ」
老騎士の顔が怒りで真っ赤に染まるが……大丈夫かしら? もう、かなりのお年なのだから落ち着いてほしいわ。
「情けない。わたくしの家は貴方たちとの関わりを絶たせていただくわ」
「そ、そんなぁ~」
貴婦人は、爵位が高いわけではないが、ソワイエ家出身なことと教養たかく所作が美しい淑女として社交界ではそれなりの力を持っている。
簡単に言うと、令嬢たちの結婚関係で頼りになるのだ。下位貴族や子女が多い家では婚約を結ぶのは大変だもの。
「……ボドワンお兄様、ダヴィトお兄様への複雑な思いはあると思いましたが……ここまでソワイエ家の誇りを踏みにじることをしていたとは……。同じソワイエ家の者として貴方をソワイエ伯爵として認めるわけにはいきません! ボドワンお兄様、貴方はソワイエ伯爵に相応しくないわっ!」
いつもはボドワンに怯えていたオルタンス叔母様の悲痛な叫びが会議の空気を支配し、ボドワンを推す者はおらず、無事にドミニクおじ様が後継として選ばれた。
「さて、ボドワンのことだが、当主の判断としてキッチリと騎士団に突き出して、公正なる裁きを受けてもらうことにする」
「……は?」
他にもボドワンと一緒に悪事を働いていた者も騎士団へ連れていき、一族からは叩き出した。賄賂を貰っていた者たちは、他にも弱味をドミニクおじ様に握られていて、今後はいいように使われそうだ。
「終わったのね……」
母の呟きに、私は黙って頷いて答えた。




