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ボドワン・ソワイエ。
父には弟と妹がいる。妹であるオルタンス叔母様は、文官として王宮に勤めている男爵家に嫁ぎ、弟であるボドワン叔父様は、法衣貴族の一人娘に婿入りした。
ソワイエ家は武門の家である。父は騎士団長で兄も騎士隊長を任じられている。代々、ソワイエ家の男子は騎士や兵役に就き、その類まれなる武の能力で家名を高めてきた。
特に父は、先の隣国との争いで武功を立て騎士団長にまで取り立てられた。
けれど、ボドワン叔父様は剣の才がなく、悲しいことに下位貴族子息と模擬戦をしても勝てない弱さだ。ならば、軍略には長けているのかといえば、文官の試験にも受からない体たらくである。
ソワイエ家は女性騎士も多く輩出しているが、オルタンス叔母様は生来気が弱く、体も丈夫ではないことから、屋敷で過ごすことが多かった。母も同じ気質で、オルタンス叔母様との交友から、父と知り合い、二人は結ばれたという。
父は、ソワイエ家の子どもとしては至らないオルタンス叔母様を責めることもなく、反対に一族からの冷遇から守っていた。それは、母に対しても同じく、娘である私にも剣術を習うことを強制することもなかった。
まあ……剣の才能に溢れる兄がいたこともあるが……。
さて、凡庸なボドワン叔父様のことであるが、彼は父に複雑な思いを抱えていたと聞いたことがある。剣術に優れ、体格もよく、一族からはソワイエ家の男子として望ましい男だと讃嘆された父のことが、両親の期待を背負い、その期待以上の結果を出し続けた父のことが、羨ましくも妬ましかったのだろう。
そして……これは前の時間で死ぬ直前に知ったことだが……、ボドワン叔父様の父への歪んだ気持ちが憎悪に変わったのは……。
「お嬢様、ボドワン様へのお返事は?」
アドバンの声に、はっと現実に戻される。
「そうね……。いまはお母様も私も混乱しているから、屋敷には誰も通さないようにして」
「えっ! しかし、それでは……」
「改めて、一族の代表者の方々を招集します。お父様とお兄様が不在のいま、ソワイエ伯爵家の継承について一族会議を開くわ」
悲しいかな、父と兄に守られてぬくぬくと過ごしていた私と母には、ソワイエ伯爵家を切り盛りしていく力はない。小さくてもソワイエ伯爵領には領民がいる。領地と領民を守るためには、早急に領地経営ができる後継者を迎えなければ。
でも、それは前の時間で起きた悲劇を避けるため、ボドワン・ソワイエ以外で選ぶ必要がある。
「アドバン。お母様にお父様が後継者について、何か書き残していないか調べてもらって」
「まさか! 旦那様の後継者は若君しかおりません。それ以外の方を……」
「お兄様が生まれる前の話でもいいの。過去、お父様がソワイエ伯爵家を託してもいいと思う方が、一族の中にいたかどうか、それが知りたいのよ」
このまま会議を開いても、父の弟であるボドワンを推す声が大きいのはわかっている。その事実を覆すには、父が信頼していた人物がいて、父の信頼を証明するものが必要だ。
確かに、ソワイエ伯爵家の嫡男として兄は文句がない。ちょっと、書類仕事は苦手だが、それは父も同じだった。たとえ後継に問題がなくても、父も騎士として国に剣を捧げていたのだから、万が一のことを考えて母に何かを残していないだろうか?
「とにかく、会議の日程を決め手紙を書くわ。それと、会議の準備を進めてちょうだい」
「はい」
アドバンは私に一礼すると、他の使用人に指示するため足早に去っていった。
あら?
何か気になる。何かしら? キョロキョロと見回して、父の事故の連絡に慌てふためく使用人たちの姿。庭には庭師と厩番が難しい顔で立ち話をしている。……いったい、何が気になるの?
私は首を捻ったあと、ボドワンたち親戚に手紙を書くため、父の執務室へと足を向けた。
少し休んだ母は、一通の手紙を手に父の執務室に現れた。
「お母様、大丈夫ですか?」
顔色が悪く、涙が止まらなかったのか瞼が痛々しいほど腫れていた。
「ええ。クラリスばかりに任せてしまって、ごめんなさい」
母の吐息のような弱弱しい声に胸が突かれる。
「一族会議のこと、勝手に決めてしまいました。アドバンと相談して会議は十日後に」
「ええ。ダヴィト様とジョルジュは帰ってくると信じていますけど、領地を放っておくわけにはいかないもの」
しばらくは父を手伝っていた者たちが仕事を捌けるが、取引の決定権や契約締結の条件など当主の判断が必要なことが出てくるはず。
「それでね、クラリスがアドバンに話していた、ダヴィト様が信用していた方って……」
母は手紙を震える手でこちらへ差し出す。
「これは……」
短い手紙だが、父の大胆な筆致で母と幼い兄への愛が書かれている。日付を見ると、隣国との争い中で、たぶん父は戦場でこの手紙を書いた。
「そこに、自分が戦死したときは、伯従父のドミニク・マレシャル様を頼るように書いてあるわ」
ドミニク・マレシャル……確かに私も先ほど一族会議への出席を促す手紙を書いた相手だ。
「商会を営んでいて、一代で子爵までになった豪傑の人物よ。わたくしはお会いした回数が少なくて、人となりまでは自信がないわ」
それでも、ボドワンからソワイエ伯爵家を、母を守るためには、このドミニク・マレシャルに運命をかけるしかない!




