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王太子妃でありながら苦渋しかなかった日々を、死ぬことで終えた私はその結婚前に回帰していた。
なのに……不幸の原因となった事故の前に戻ることはできなかった。
私が戻ってきたのは、大好きだった父が事故で死んだと連絡があった日。
なんてことなの!
父が死んだのは、兄の死の連絡を受けて任務の地から王都へと戻るときに崖崩れにあったからだ。つまり、私が守りたかった大好きな家族は既に兄と父とが失われてしまっている。
……二人を助けるためにも、もっと前の時間に戻りたかったのに!
転げるように部屋に入ってきた母付きのメイドであるサラから報告を受けながら、私は夜着からワンピースに着替える。サラは私の身支度を手伝うことにも気付かずに、ハラハラと涙を零しながら父と一緒に任務に就いていた騎士たちの動向を話し……。
「ちょっと、待って。父は行方不明なの?」
「……っ! は、はい。崖から土砂と一緒に落ちて……。辺りを捜索した騎士たちが言うには川に流されたのではと……」
――おかしい。
回帰前の時間では、父と数名の部下の騎士たちは崖崩れに巻き込まれ崖下に落下。全員死亡、馬も助からなかったと聞いた。父たちの遺体は、兄の訃報を知らせるために王都を出た一個小隊が崖から引き揚げ、王都の大教会へと運ばれた。
ソワイエ家に知らせが来たのも同じころ。
なのに、父が行方不明? 一緒に崖崩れにあった部下たちも行方がわからない。しかも、川に流されたかもしれない?
「お母様は?」
「はい。奥様は使いの者から連絡を受け、そのまま泣き崩れてしまいまして……」
騎士団長の妻として情けないと人は母を卑下するけれど、兄や私は優しくて穏やかな母が大好きだった。父も騎士の妻としては覚悟が足りないと陰口を叩かれる母を案じていたけれど、騎士としての生き方にも誇りを持っていたから、危ない任務に就くことも厭わなかった。
「……ハーブティーを淹れてちょうだい」
私は母のいる応接室へと足を向ける。
兄の死に父の事故。母でなくても心が折れてしまうわ。実際、前の時間の私は、情けなくとも母と一緒に呆然と時を過ぎるのを眺めていることしかできなかったのだから。
これから嵐がくる。
ソワイエ家を呑み込み、私に愚かな選択をさせ、母に永遠の眠りを齎す嵐が……・。
「どうしたらいいの。あのとき……どうしたらよかったの……」
小走りで薄暗い廊下を進みながら、私はこれから起きることに小さく震えるしかできなかった。
前の時間と少し違う?
父の事故の知らせを受けて落ち込む母に、ハーブティーを飲ませ背中を摩ってあげる。
父が事故で死亡したのでなく行方不明になっていることに驚いたが、兄まで前の時間と違うことになっているなんて!
「サラ、お母様を寝室に。お薬を飲んで少し眠るように。アドバンには申し訳ないけど、兄の事件について詳細をもう一度話してちょうだい」
その日、無謀にも少人数で視察に出かけた第一王子が、悪漢どもに襲われた。兄はその日夜勤明けで帰るところを、第一王子の姿を見かけ慌てて追いかけ、悪漢たちと戦い多勢に無勢で命を落とした。そのとき、兄に付き添っていた乳兄弟のセドリックも共に死んだ。
第一王子は、兄が手配した騎士小隊が来ると、悪漢と戦う兄の助力をすることなく王城まで逃げる護衛とし、兄を見捨てた。
これは、第一王子と婚約したあと、そのときの小隊の騎士がこっそりと教えてくれた真実だ。
「お兄様は、少人数で出かける第一王子殿下を見かけ、後を追い駆けたのね」
「はい。セドリックも共におりました。その際、殿下の護衛にと小隊の手配を門番に頼んだと聞いております」
元々、第一王子の城下視察は許可がでていなかった。なのに強行し、結果襲われることになった。前の時間では、その悪漢たちは全員死んでしまい、裏に誰がいたのか不明だったとか。
「襲われていた殿下を助けに行き、お兄様は……」
「行方知らずでございます」
「……?」
前の時間ではかなり損傷の激しい状態で見つかり、騎士たちが王都の大教会に運んだはず。さすがに母や私が確認するわけにもいかず、任務中の父が呼び出されることになったのだけど……父も事故にあった。
たしか……目の前の老執事アルバンが兄と父の遺体を確認したはず。
「どういうこと?」
「殿下を護衛するため、合流した騎士たちはそのまま殿下が乗った馬車を囲んで王都まで戻りました。そして手勢を増やし、戦っていた場所へ駆けつけたときには、数人の悪人どもの死体と血が残されていただけで、若君さまとセドリックの姿はなかったと。……ただ、二人が乗ってきていた馬は斬られていたので……悪人たちに連れ去られた可能性もあるそうです」
「……そう、なのね」
兄も行方不明。父も行方がわからない。
それって、二人は死んでいないということ? 兄の乳兄弟であるセドリックも姿を消し、父の部下も見つかっていない。
もしかして……。
「しかし、このまま旦那様不在では伯爵家として立ち往きませぬ。ボドワン様からも今後の伯爵家についてのお手紙が……」
ボドワン? ボドワン・ソワイエ……父の弟で私の叔父。そして……ソワイエ家を乗っ取った悪玉が、前の時間のようにその汚い手をソワイエ家に、母に、伸ばしてきたらしい。




