第八話 ジャッジメントボディプレス!
それは尾崎さんも同じみたいで微妙な顔になっている。絵柄はドンピシャだけどカップリングが逆の薄い本を見つけたときみたいな顔に。いくら絵が好みでも、カップリングが逆ではどうにもならない。
この状況はなんとも、いかんともしがたい。
巨乳大好き愛実ちゃんのせいで美しい仲直りの流れが完全に断ち切られてしまった。
よし、これはもう、そんなんどーだっていいから愛実のせいにして温めあおう。
気持ちを伝えるのにそれ以上に適切な手段があるだろうか。いや、ない。
「尾崎さん、ハグしよう!」
「なぜここでハグ!?」
目を丸くする尾崎さんに迫ると、悲鳴のような音とともに突風が巻き起こった。突風を巻き上げたのはすっかり忘れていた八尺様。四つん這いになった八尺様が弾丸のように尾崎さんに突撃し、尾崎さんはステッキから光の壁を出して受け止めている。
「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!」
「くっ!」
七色の光が飛び散り、世界が壊れたような凄まじい音が轟き渡り思わず耳を塞いだ。両者は磁石の同じ極が反発するように反対方向に弾き飛ばされていった。
尾崎さんはトラックに吹き飛ばされたみたいに宙を舞い、何度も地面を転がって墓石にぶつかりようやく動きを止めた。ぶつかった側の八尺様にも相当な衝撃があったようで、仰向けに地面に打ちつけられて後頭部から鮮血を溢れさせている。
目の前で交通事故を目撃したときって、こんな気持になるのだろうか。こんなあっけなく、絶望的な気持ちに。
「尾崎さんっ!?」
砂煙の舞うなか尾崎さんに駆け寄って抱き起こすと、手にぬるりとした感触が伝わり背筋が冷えた。
「血っ…!?」
尾崎さんの後頭部が赤く濡れて、ピンクの髪をまだらに染めている。桃の香りに混じる鉄錆びた臭い。
「尾崎さん、やだよ!しっかりして!尾崎さん!」
「だいじょうぶ、落ち着いてください、寺島さん。防御魔法で防いだので、致命傷には、なっていません」
苦しそうに息をしながらも、落ち着いた声音でしゃべっている。
「でも、こんなに血が出てるじゃん!」
「それはもう、魔法少女の再生能力で、治りかけています。ちょっと痛いですけど」
「えっ、そう、なの…?」
「はい、こう見えて私、とっても頑丈なんですよ」
あたしを安心させるように、尾崎さんは微笑んでいる。いくら魔法少女パワーで治りが早いからって、限度はあるだろうに。
「ですが右腕を、やられてしまいました」
「……っ!」
言われてやっと気がついた。尾崎さんの右腕が、幼児がむちゃくちゃな人形遊びをしたみたいにありえない方向に捻じ曲がっている。
「左腕も、感覚がないんです。だけどあいつに、トドメを刺さなければなりません」
左腕も肩のあたりがざっくり切れて、血がダラダラと流れていた。満身創痍だ。
八尺様は痛みを感じていないかのように這いずり、首をゴキゴキと動かしてこちらを向いている。
トレードマークの帽子はどこかに吹っ飛び片方の眼球が飛び出し、ワンピースもズタボロで長い体はくの字に折れ曲がり、膝から骨が飛び出している。それなのにまだ執念深く、テケテケみたいに上半身だけで動いている。
「トドメって、どうすればいいの?」
足元に落ちたステッキに尾崎さんの目が向いた。
「寺島さん、私の左腕にステッキを握らせて、あいつに向けてください。それで魔法を、発動できます」
「わかった、任せて尾崎さん!って重っ!」
先端にピンクのハートがついたラブリーなデザインに反してビクともしない。まるで地面に根を張っているみたいに動かない。いったい何キロあるんだ、このステッキ。
「ごめんなさい、寺島さん。私のステッキ、特注品で、いざとなれば、鈍器としても使えるように、重たくしてあるんです」
恥ずかしげに頬を赤らめてモジモジしている。尾崎さんの恥ずかしポイントがよくわからない。
「なんでそんなに勇ましいの!?さっきもあいつぶん殴ってたし、もしかして尾崎さんって脳筋魔法少女!?」
「ちっ、違います!極めて知的なインテリ魔法少女です!」
「インテリ魔法少女はステッキを鈍器になんてしないよ!」
「仕方ないでしょう、そうゆうの好きなんですから!ああ、寺島さんお願い早く!あいつが動き出しました!」
八尺様が腕の力だけでズリズリと這って、血の筋を描きながらこっちに向かってきている。千切れかけた下半身から溢れ出た臓物が汚いヘンゼルとグレーテルみたいに点々と零れ落ちて、離れていてもわかるほど強烈な腐臭を放ち、舞い降りたカラスたちが歓喜の声を上げてついばんでいる。
なんだよ、この地獄みたいな光景。
「うう…あたししばらくお肉食べられないかも…」
肉屋の娘としてこれ以上の不覚はない。
「一生食べられないよりマシです!早くステッキを!」
「そんなこと言われても、マジで重いんだって!」
ガニ股になってしゃがみ込み、渾身の力を振り絞っているのにちょっと持ち上げるのがやっとこさで、尾崎さんの手に握らせることなんてとてもできそうにない。
「ひいぃ!来てる来てる来てる!寺島さん!」
「くそっ!もうちょっとなのにい!」
八尺様はもう間近に迫り、嬉しそうに笑った口から漏れる耳障りな声が聞こえてきた。
「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ」
それなのにあたしの腕は限界間近で、血管が破裂しそうなほどにパンパンに張っている。ちくしょう、こんなことならさぼらずブートキャンプしておくべきだった。
「寺島さん!早くステッキを!」
「そんなこと言われたって!」
「助かったらなんでもしてあげるから!」
「なんでも…」
頭を駆け巡る不埒な妄想がそのまま力になり、ステッキをぶん回して尾崎さんの手に握らせた。
「尾崎さんのおっぱい測定がしたい!」
「ふええぇぇ!?」
そのまま寄り添って、尾崎さんの左手ごとステッキを包みこむ。パンパンに張った腕にあたるやわらかな感触に力が漲り、最後の力を振り絞ってステッキを迫りくる八尺様に向けた。
「今だ尾崎さん!やっちゃえ!」
「ああもう!ジャッジメントボディプレス!」
ヤケクソのように尾崎さんが叫ぶと、天から降ってきた巨大な覆面レスラーが八尺様を押し潰した。断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、容赦なくぺしゃんこに。
彼女が最後に残した言葉は天から降ってきた覆面レスラーを見上げて放った、疑問形の「ぽ?」だった。親方、空から覆面レスラーが。
役目を果たした覆面レスラーは立ち上がり、ファンの声援に応えるようにあたしたちに両手を振りながら、キラキラ光る砂みたいになってサラサラと風に流されて消えていった。あとには車に轢かれたカエルのように押し潰された八尺様が残り、それもまた同じように消えていった。
「ボディプレスって尾崎さん、やっぱり脳筋じゃない?」
力を使い果たし、後ろ向きに倒れて荒く息をつきながら言うと、同じように倒れた尾崎さんがスネたような口調で答えた。
「いいんです。私、プロレス好きですから」
「へえ、いい趣味してるじゃん」
横になったまま顔を見合わせるとなんだか妙におかしくなり、ふたりして大声を上げて笑った。
ああー、怖かったしとんでもなく疲れた。でも尾崎さんと仲直りできたし、結果オーライかな。愛実に感謝しないと。
あたしたちはしばらく夕陽を見上げたまま大笑いして、尾崎さんが回復するのを待った。回復した尾崎さんは安らかに眠る愛実を米俵みたいに肩に担いで、家まで文字通りひとっ飛びして送り届けた。愛実を担ぐ勇ましいその姿はどう見ても脳筋魔法少女だった。
後日、愛実は八尺様と魔法少女ピースメイカーハルカのことはきれいサッパリ忘れていた。愛実には悪いけど、あたしたちだけの秘密だ。




