第七話 記憶を消す魔法です
「ぽおっ!?」
八尺様は長い体を折り曲げてぶっ飛び、墓石を蹴散らしながら地面に横たわった。もうもうと粉塵が立ち込め手足をピクピク痙攣させている。生きてるのかな、あれ。
桃の香りがする風とともにふわりとスカートを揺らし魔法少女、ピースメイカーハルカが着地した。八尺様に向けていた凛々しい顔があたしを見ると泣き出しそうな子どもみたいにくしゃっとなった。駆け寄ってくると、さっきの勇ましい咆哮とは真逆な、あわあわと情けない声を上げながらあたしの肩を掴んで揺さぶった。
「寺島さんだいじょうぶですか!?どこも怪我とかしてないですか!?薄い本みたいなことされてないですか!?」
その慌てぶりがおかしくて愛しくて安心して、ぎゅっと抱きしめていた。ああ、久しぶりの尾崎さんのにおいとあたたかさだ。落ち着く。
「うぇっ!?ななな、なぜ熱烈なハグ!?」
手をバタバタさせるのに構わずもっとぎゅっとすると、尾崎さんもおずおずと抱き返してくれた。
「ありがとう、尾崎さん。助けに来てくれて。それから、ごめんなさい。あたし勝手に尾崎さんのこと怖がって、酷い態度取ってた」
ぽんぽんとやさしく背中をたたかれて、また涙がボロボロとこぼれ落ちた。ああ、やだな。あたしそんなキャラじゃないのに、今日は泣いてばかりだ。ちくしょう、それもこれも真っ赤な夕陽のせいだ。
「ううん、いいんです。私こそごめんなさい。寺島さんなら受け入れてくれるって勝手に思っちゃって、言う必要のないことまで喋ってしまいました。寺島さんにはできるだけ、ウソをつきたくなかったから…」
「そんな、尾崎さんが謝ることじゃ…」
あたしの口を塞ぐように強く抱きしめて、尾崎さんは体を離した。桃の香りが遠ざかり、夕陽が顔に影を落とす。
「ほんとうはあのとき、私の正体がバレてしまったときに、こうしなきゃいけなかったんです」
静かな声で言う尾崎さんの手のひらには、未知の文字で編まれた球体が浮かんでいた。淡く蒼い燐光を放つ、美しい球体。
芸術品のようなそれを見た瞬間、ぞわりと背筋が粟立った。
あたしはなぜか、本能的にそれがなんなのかわかった。
「記憶を消す魔法です。私と関わってきた、全ての記憶を」
温度のない声で尾崎さんが告げる。
「そんな、いやだよ。尾崎さんやめて」
尾崎さんは涙目になって、首をゆっくりと横に振った。
「寺島さん、私あなたとずっと仲良くなりたいなって思ってたんです。誰にでも明るく話しかけて、先生とも物怖じせず話して、いつも楽しそうに笑っているあなたが眩しかった。私なんかが近づいちゃいけないって、思ってた。けれどあの日、魔物に襲われているあなたを助けて、あたしの正体を言い当てられて、嬉しいと思ってしまった。もしかしたらこれで仲良くなれるかもって、喜んでしまったんです」
その告白に、尾崎さんは本気なんだなってわかった。もうあたしの記憶を消す覚悟が決まっているから、なんでも言っちまえ状態になってる。
「あたしも、あたしだって、尾崎さんと仲良くなりたいって思ってた!いつもひとりでいるのに平然としてて、自分の世界を持っててカッコいいなって思ってた!だけど実は着痩せするタイプの巨乳で、目の下に泣きぼくろがあるのがむちゃくちゃエロくて、体育の時間とか揺れてるおっぱい見て興奮してた!」
だからあたしも必死に思いの丈を伝えた。伝えたつもりだったけど、間違いなく余計なこと言ったなと顔を真っ赤にした尾崎さんを見て後悔した。自分の煩悩が憎い。
「お、おっぱいって、そ、そんなとこ見てたんですか寺島さん!?なんてハレンチな!?ひどい、体目当てだったんですね!」
「違うって!いやまあ、最初は見た目からだったけど、でも今は違うよ!魔法少女してるのがカッコよくて、意外と天然で食いしん坊なのもかわいくて、もっともっといろんな尾崎さんを知りたいって思ってる!もう尾崎さんがいない毎日なんて、あたしには想像できないよ!そんなの退屈過ぎて死んじゃう!」
「寺島さん…」
今度は刺さってくれたのか、尾崎さんの目が揺らいでいる。もう一押しだ。もう一押し、何かあれば尾崎さんの覚悟を覆せるかもしれない。
ここはハグよりも熱烈な愛情表現、つまりチュー。チューをするしかないのか。そうだ、こういうのって勢いだって、誰かが言ってたもんな。
「尾崎さん…」
肩を掴んでじっと見つめると尾崎さんは戸惑ったように目をさまよわせ、そして静かに閉じた。
これは、いけるのか。
尾崎さんにも聞こえるんじゃないかと思うほど高鳴る心臓の音。尾崎さんも同じなのか、ふくよかな胸を手で押さえている。
それに励まされてあたしもそっと目を閉じると、素っ頓狂な声が響いた。
「巨乳でハレンチな魔法少女ですって!?」
ここで目を覚ます、愛読書は官能小説の愛実。好みのエロワードに反応して目覚めたのか、興奮した様子で周囲を見回してパニクっている。
「えっ、なにあのお化け!?デカっ!えっ、そして魔法少女!?こっちもデカい!別の意味で!しかも美少女!萌えっ!加えてユリユリな現場!尊い!尊すぎて滅!ってあれ、この乳圧、もしかして尾崎さ」
「ロストメモリー」
「あふん」
尾崎さんの手からボーリングの玉を投げるくらいあっさりと球体が放たれて愛実に吸い込まれていった。
再び安らかな顔で愛実がむにゃむにゃと寝込むと、あたしたちは何もなかったかのように身体を離し、得も言われぬ気持ちになって目をそらしあった。
どうしよう。こんなときどんな顔をすればいいのか、わからないの。




