第四話 魔法で皆さんの認知をいじらせてもらっています
尾崎さんは授業中に教室を抜け出すことが多い。週に三回くらい。
「先生、体調が悪いので保健室に行ってきます」
と堂々と手を挙げて、姿勢正しくスタスタ歩いて教室を出ていく。その姿はとても体調不良には見えない。仮病という言葉は真面目で成績優秀な尾崎さんと結びつけにくい。
だけどそれを疑いたくなるほど頻繁に、尾崎さんは授業中に教室を抜け出している。
どの教科の先生も尾崎さんの仮病を疑っている様子はなく、すんなり送り出しているしクラスメイトも気に留めていない様子。あたしが尾崎さんと同じ頻度で保健室を申請したら、ウソこけバカヤロー、どうせ便秘だろ、サボんなよチョウ子、と怒られて椅子に縛り付けられるだろうに。
人徳の差、というものだろうか。ちくしょう、あたしも欲しいぜ。仮病を疑われない人徳。
「ねえ尾崎さん、人徳ってどうすれば身につくの?」
「はっ?」
尾崎さんは口にしようとしていたプチトマトを箸から弁当箱に落とし、キョトンとした顔であたしを見た。
ときは昼休み。あたしと尾崎さんは机を合わせてお弁当を食べるのが日課になっていた。尾崎さんのお弁当はいつもカラフルで栄養バランスが良さそうで、あたしの茶色いお弁当とは大違い。家庭環境の差をまざまざと見せつけられている。尾崎さんちって晩ごはんにドーンとフライパンごと豚の生姜焼きが食卓に出てきたりしないのだろうな。
人徳というものは育ちの良さが醸し出すものかもしれない。
「寺島さんなんですか、急に?」
あたしなら手づかみでいっちゃうプチトマトを丁寧に箸でつまんで食べながら、尾崎さんが首をかしげた。尾崎さんは箸使いもキレイだ。あたしも尾崎さんに箸でつままれたい。
「だってさあ、尾崎さんしょっちゅう保健室行って授業フケてんのに、先生たちからなんも疑われてないじゃん」
「フケてるって、そんな人聞きの悪い…」
尾崎さんは周りをキョロキョロ見回して、「えっと、実はですね…」と顔を近づけて声をひそめた。ナイショの話かなと思ってあたしも顔を近づけると、見え隠れする尾崎さんの真っ白な歯に緑鮮やかな青のりがついているのを発見してしまった。
授業の合間の中休みにあたしがあげた、たこ焼き味のスナック菓子の残滓。えっ、やだ、尾崎さんたらおちゃめ。てかあたしにもついてないよな。ご飯食べたらちゃんと歯磨きしよ。
「あたしが授業中に抜け出してるのは魔法少女の仕事に行ってるからなんです」
真面目な顔で歯に青のりつけてるの、面白いな。
「魔物の出現は突発的で、早急に対処するには一番近くにいる魔法少女が向かわなければなりません。誰かが襲われてからでは遅いですから。それは授業中だろうがなんだろうが関係ないことで、人々の安全を守るのが魔法少女の最も重要な責務なんです」
尾崎さんにしては珍しくドヤ顔で語ってるけど、歯に青のりついてるんだよな。魔法少女も歯に青のりつけるんだな。歯に青のりつかないようにする魔法とかないのかな。ないか、そんなピンポイントな魔法。
「へえー、尾崎さんも大変なんだね」
「大変ですけど私、魔法少女ですから」
ふふんと得意げに胸を張ると、ブラウスがはち切れそうになる。尾崎さん、またちょっと大きくなったのでは。今度正式にメジャーで測定させてもらおう。
「でもそれと先生とかみんなに仮病を疑われないかは別じゃない?やっぱ人徳?」
「人徳じゃないです。それはちょっと、魔法で皆さんの認知をいじらせてもらっています」
申し訳なさそうな顔で尾崎さんが言った。
「へえー、認知をねえ」
ご飯の上にでんと乗ったハンバーグを箸で切りながら、背筋がゾワッと寒くなった。
ちょっと待って。今この人、さらりと怖いこと言わなかった。認知って、ミンチとはわけが違うよ。
だって認知をいじるって、洗脳とか支配とか、そういう穏やかじゃない言葉が思い浮かんでくるんですけど。
平然と鶏つくねを食べている尾崎さんは、人の心を操れる、ってことなの。魔法で自由自在に。前歯についた青のりを指摘したら、その記憶も魔法でちょちょいのちょいって消せちゃったり、見えなくさせることだってできたりするのでは。
えっ、それってすごく、怖い。
「あっ、もちろんそういう魔法は悪用できないようにちゃんと制限がかかっていますからね。人に魔法を行使する場合はやむを得ないときだけ上から許可されて、ようやく使えるようになるんです」
「あっ、そ、そうなんだ…」
慌てたような口調の尾崎さんの言葉は上滑りして、あたしを安心させてくれない。
制限って誰からかけられてるの、上ってなに、それにさっき言ってた魔物ってなんなの。
そもそも冷静に考えてみると、魔法少女ってなんだ。得体がしれない。あたしは魔法少女のことも、尾崎さんのことも、何も知らない。
どうしてあたしには魔法が使われてないって、言い切れる。ときどき自分でも変だなと思う尾崎さんへの好意も、ひょっとしてあまりの孤独に耐えかねた尾崎さんが、そう思うように仕向けたものなんじゃ。
「ごめん、ちょっとお手洗い…」
「あっ…」
置いていかれる子どもみたいな目をした尾崎さんの手が伸ばされ、あたしの袖を掴んだ。
「ひっ…!」
掴まれた裾から得体のしれない力が伝わってくるような気がして思わず振り払うと、尾崎さんの目が悲しそうに伏せられた。
あたしはそれに気がつかないふりをして、背を向けた。
トイレの鏡に写ったあたしの顔は、情けなく泣き出しそうに歪んでいた。
あれ、あたしって、こんな顔してたっけ。




